雨にしずむ皇居の森を見おろして缶コーヒーが窓際に立つ
胡麻塩の胡麻のようだな多数派となりて出でたり小会議室を
戦前のひろしまを知らず春まひる路面電車で紙屋町を過ぐ
ぼくは痩せ友は太った 体重が落ちつく頃に終らん若さは
時間という雲をあやつり生徒らは眠り続ける 時おり日の差す
クロールに息継ぎすればそのたびに窓に射す陽の右眼に溜まる
たろうさんたろうさんとぼくを呼ぶ義父母に鬱を告げ得ず二年
コピー機のひかり行き来す教師らの突き出た腹のベルトのあたり
雨音のとおく連なる日曜日隙間の多き身体を起こす
不満というわけではないと言いながら木香薔薇に触れている人
教師をしていて、結婚をして、鬱になって、休職して、復帰して、という等身大の作者の現在が、率直に詠われている。詠いにくい部分も詠っているところに、力を感じる。表現力よりは人間力で読ませる歌集と言えばいいだろうか。共感したり、反発したりと、読みながら感情移入する部分が多かった。
吉野家の豚丼にそっと添えられて兵士の眼冷えきっており
これは、もちろん「兵士の眼」=「生卵」というコードで読む歌。塚本邦雄の〈突風に生卵割れ、かつてかく撃ちぬかれたる兵士の眼(まなこ)〉を踏まえたものである。豚丼と兵士の眼の取り合わせに一瞬ギョッとする。
「ドトール」「サンマルクカフェ」「タリーズ」「スターバックス」など、今どきのコーヒーチェーン店が実名入り(?)でたくさん登場するのも、この歌集の雰囲気によく合っている。
2011年2月20日、本阿弥書店、2800円