石川啄木が探偵役で、親友の金田一京助が助手を務める連作短編5編を収録。小説や校正の仕事では食べていけない啄木が、生活費を稼ぐために探偵稼業を始めたという設定になっている。
トリックや謎解きなど推理小説としての面白さよりも、ホームズとワトソンのような二人の掛け合いが楽しい。また、浅草をはじめとした明治末の東京の町の様子が丁寧に描かれている点に特徴があるだろう。こんな感じの文章である。
東鉄が走る往還から、僕たち二人は浅草六区の通りにでたところだった。板石を敷きつめた小路にはいると、目の前が急に明るくなる。歌舞伎をまねた小芝居の劇場やら、料亭やミルクホールが軒を連ねるその戸口を、様々な照明が彩っている。(…)
すっかりさびれてしまったパノラマ館を過ぎて、またひと角曲がる。客寄せの幟がひしめく通りに出た。活動写真館が、道路の両側を占めている。東京市内だけでも七十を越えるときく常設館の、その半分もあるかとみえるほど、活動写真館ばかりが目についた。
各編のエピローグには必ず啄木の短歌が一首引かれて、余韻を残す終り方となっている。
2008年11月21日、創元推理文庫、680円。