2011年12月31日

「波」2012年1月号

永田さんの連載「河野裕子と私」の第8回。今回は2004年から亡くなる直前まで河野さんを診ていた精神科医、木村敏先生の話である。

木村先生が永田さんの同僚であったことはこの文章にも書かれているが、木村さんは実は高安国世とも関係のあった方である。「塔」の高安国世追悼号(1985年7月号)にも追悼文を寄せている。
 高安先生にはじめておめにかかったのは昭和二十三年のことだった。
 まだ終戦後まもないその年に、わたくしは旧制高校最後の入学生として三高の門をくぐった。そして先生が部長をしていらっしゃった音楽部に入れていただいたことから先生とのおつきあいが始まった。(…)
二人の接点が「音楽」であったというところが面白い。高安家は代々医者の家系であるが、高安の次姉が東京音楽学校を出ていることからもわかるように、音楽とも縁が深いのである。

posted by 松村正直 at 14:50| Comment(0) | 高安国世 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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