手紙や日記、短歌作品などの資料を精細に読み込んで、それを基に歌人長塚節の人生を描き出している。タイトルに「小説」とあるが、評伝的な要素も十二分に備えており、資料的な価値も高い。小説家の力量というのは凄いものだと驚かされる。傑作。
長塚節を取り巻く歌人たち(子規、左千夫、茂吉、赤彦、三井甲之など)も実に生き生きと描かれていて、初期アララギに興味がある人には非常に楽しめる内容となっている。「馬酔木」→「アカネ」・「阿羅々木」→「アララギ」の変遷や、同人間の反目や離合の様子もよくわかる。
一か所、ユーモアを感じたのは次の部分。
下妻の友人の三浦義晃にあてた絵ハガキに、節は「荘内は美人多しと申せど、三日の旅に一人も美人らしきを見ず」とこぼしたが、鶴岡、酒田はむろん、田の中畑の中に、頬かむりしてごろごろいたはずの荘内美人が眼にとまらなかったのは、節の不運というしかない。作者の郷里(山形県鶴岡市)に寄せる愛情が、こんなところに顔を出している。
1988年12月10日、文春文庫、629円。