月の下に馬頭琴弾くひとの絵をめくりぬ空の部分にふれて「海蛇と珊瑚」は言葉の扱いがとてもうまい。「夜」や「冬」や「雪」や「死」といった、やや暗めのイメージで50首が統一されている。全体に静かではあるのだが、その中に感情や力が漲っている印象を受ける。
眼底に雪はさかさに降るといふ噂をひとつ抱きて眠りぬ
冬の浜に鯨の座礁せるといふニュースに部屋が照らされてゐる
水汲みの帰りに見たる金柑のような朝日がただただ遠し「地上の鮃」の作者は宮城県在住。東日本大震災を詠んだ一連である。途中で緩むことなく緊張感を保ったまま最後まで詠み切っているのがすごい。具体の効いている歌が多く、現場の様子や作者の思いがじわじわと伝わってくる。
ガムテープを口に貼られて傾けるポストがほそき雨に濡れつつ
大津波きたりし後に浮かびたるトンカツ〈喜八〉の看板二文字
選考座談会で気になったのは、藪内作品に対して島田修三氏が「男性ですか、女性ですか?」「小島さんは、この作者を女性だと思いますか」「こだわるけれども、これは男性ですか、女性ですか」と何度も発言していること。そんなこと選考に関係あるのだろうか。作者当てゲームをしているわけでもないのに、何とも無意味なことだと思う。