2011年10月31日
網野善彦著 『古文書返却の旅』
副題は「戦後史学史の一齣」。
戦後間もなくの昭和24年秋、全国各地の漁村の古文書を調査・整理して、本格的な資料館を設立するという計画が、水産庁の委託のもと、日本常民研究所月島分室にて始まった。
しかし、この遠大な計画は中途で頓挫し、昭和29年度で水産庁の予算が打ち切りとなってしまう。組織は改編され、研究者たちも新たな就職口を求めて四散。その結果、百万点を超える文書が借りたままの形で残された。
この本は、その後、約50年をかけて著者がそれらの文書を元の持ち主へと返却するまでの記録である。訪れた場所は、対馬、霞ヶ浦、二神島(愛媛県)、奥能登、和歌山、気仙沼、佐渡、真鍋島(岡山県)など、日本各地にわたっている。
著者も記している通り、これは歴史・民俗研究における「失敗史」であるのだが、読んでいてすこぶる面白い。この後始末の旅を通じて、著者は日本の漁村が廻船業や交易などによって栄え、豊かな歴史を育んでいたことを知るようになる。
文書が伝えているものを解き明かすには、多くの人々の協力が必要である。文書の持ち主と借り手、仲介者、研究者、筆写(撮影)する人、補修する人、市史の編纂者など、様々な信頼関係があって、初めて研究が進む。
そういう意味で、この本は歴史学における貴重な証言であるとともに、すぐれた人間ドラマでもあるように思う。
1999年10月25日、中公新書、660円。
資料を借りて仕事をする人には必読書……というだけじゃなくて。
読んで良かったです。
直接関係があるわけではないですが、文明の歌などを読んでいると、旅先で、その土地の暮らしの様子や風習を詠んだ歌がたくさんあって、なにか民俗学的(?)なアプローチができないものかなあという気がしています。