(…)上の句は夫と子らに向けたのか、「あなた」と口にしながら夫を想ったのか、読者はそれぞれ自分なりの解釈で感じ入っている。それでいいと思う。でも、こうも思う。並列の言い方をしながらも一首としては〈あなた〉ひとりを想定していた。〈あなた〉ひとりに触れようとした。(…)と書かれていて、ハッとした。「あなたとあなたに」をどのように解釈するかについて、作品発表後からいくつもの読みが出ているが、「あなた」をかぎ括弧に入れる読みは初めて目にしたのだ。
〈手を伸ばして「あなた」と声をかけながらあなたに触れたいと思うのに〉という感じだろう。この読みはかなり魅力的である。上句に声を想定すると、下句の「息が足りない」が一層切実に響いてくる。
この読みは、7月31日の山川登美子記念短歌大会の鼎談の中で披露されたものらしい。同じ号に載っている報告記(栗田明代)には次のように書かれている。
歌集の最後、この辞世の歌の呼びかけの相手は単数か複数かで大いに盛り上がった。当初、あなたにも、あなたにも、みんなに声を掛けたいのよ、と複数説が優勢だったらしいが、今野氏は単数にこだわる。単数か複数かということで言えば、私も最初からこの歌は単数のイメージで読んでいた。目の前の「あなた」と存在としての「あなた」というような感じで理解していたのである。ただ、どうにもうまく説明ができずに困っていた。
今回の読みは、その点でかなり有力な読みになるような気がする。かぎ括弧の有無については、この歌が口述筆記されたことを考慮に入れてもいいだろう。実際に歌集『蝉声』の第2部(口述筆記など未発表作)には、かぎ括弧を用いた歌が一首もない。
わたしなりに述べます。
これは、あなた、の強意で本来、あなたにあなたに、といわんとするところですが作者が表現として深めるために、あなたとあなたに、にしたものと思います。
河野裕子さんのこの歌、私も「あなたとあなたに触れたきに」をあなたと言ってあなたにふれたいと解釈しました。私と同じよみをされている方があってとてもうれしくびっくりもしました。少し自信ももちました。
いつもこのブログかかさず読んでおります。
ブログお読みいただき、ありがとうございます。
やはり、最初からそのように解釈されていた方も、いらっしゃるのですね。今後、いろいろな場で議論していきたいと思います。