2011年07月26日

今尾恵介『地図で読む戦争の時代』


地図の研究家として有名な著者が、「地図で戦争の時代を詠む」「戦争の時代の地図を読む」の二つをテーマに書いた本。戦時中に機密保護のために地図を偽装した「戦時改描」や戦後の軍事施設跡地の変遷など、地図と戦争に関する問題を様々な角度から取り上げている。

日本で地形図を作り始めたのが陸軍参謀本部の外局である陸地測量部であったことからもわかるように、戦争と地図には深い関係がある。歴史を遡れば、江戸時代後期に国外持ち出しが禁じられていた日本の地図を持ち出そうとして、関係者が処罰されたシーボルト事件もあり、地図というのは国家の機密事項でもあったのだ。

本書には地図の実物とともに数々の事例が紹介されている。京都の御池通や堀川通が戦時中の建物疎開(防火帯設定のための建物の取り壊し)により生まれたこと、台湾の地名が日本風に変更されて「打狗」が「高雄」になったこと、戦時中の防諜のために小田急線の駅名「士官学校前」が「相武台前」に、京阪電鉄の「師団前」が「藤森」に変更されたことなど、どれも興味深い。
    「こどもの国」は旧陸軍田奈弾薬庫跡地にある
みどりいろの扉の奥にひとつずつ蔵(しま)われてある古き戦争
日曜日ごとに家族を運びくる電車路線がかつて運びいしもの
                 『やさしい鮫』
以前、私はこのような歌を詠んだことがあるのだが、この「こどもの国線」の変遷についても、本書では二枚の地図を比較しながら紹介している。

「戦災焼失区域」がピンクに塗られている終戦直後の地図を取り上げて、著者は
番地まで表示されたこの図を眺めていると、「東京は焼け野原になった」などという大雑把で月並みな表現より、よほど具体的に、広大な面積で家屋も学校も工場も、何もかもが焼かれた事実として迫ってくる。
と述べている。こうした具体や事実を大切にする姿勢こそが、本書をユニークで優れた内容にしている一番の理由であるように感じた。

2011年4月9日、白水社、1800円。

posted by 松村正直 at 00:29| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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