ドイツ文学者でありエッセイストである著者が、東京23区内を気ままに歩き回って綴ったエッセイ集。日本橋兜町や八重洲地下街、代官山、文京区西片町など、ちょっと珍しい場所も歩いている。
池内さんはカフカなどの翻訳者として高校生の頃の私の憧れの人であり、大学時代の2年間ドイツ文学の講義を受けたことがある。この本にも大学の近くを歩く場面が出てくるのだが、そこには
以前、ちょっとした縁があって、十年ばかりお勤めをした。建物を目にしただけで重苦しい気分になるのは、よほど全身がイヤがっていたのだろう。勤めをやめてから、よんどころない用事で一度だけ足を踏み入れたことがあるが、そのほかはすっかりごぶさた。
と書かれている。定年前に大学を辞めたことは聞いていたけれど、そんなにイヤだったのかと思うと、ちょっと可笑しい。
一つだけ気になったのは、著者が「鬼子母神懐古―雑司ヶ谷」の回で、
武蔵野の芒(すすき)の梟(ふくろう)買ひに来ておそかりしかば灯ともしにけり
という島木赤彦の歌を引いて、「島木赤彦はひところ牛乳屋をしていたから…」と書いているところ。これは伊藤左千夫と混同しているのではないかと思う。
久しぶりに東京の町をぶらぶら歩いてみたくなった。
2009年9月25日、中公新書、740円。