2011年05月27日

品田悦一著 『斎藤茂吉』


ミネルヴァ日本評伝選。副題は「あかあかと一本の道とほりたり」。

万葉調という伝統と近代的な精神とを併せ持つ国民歌人という斎藤茂吉像を、根底から問い直した評伝。2001年刊行の『万葉集の発明』を総論とするならば、この『斎藤茂吉』が各論にあたる内容となっている。

この本のすぐれている点は、著者の記す内容の一つ一つに十分な論拠が示されている点にあるだろう。歌人たちがこれまで漠然と考えたり、感じたりしていたことを、歴史的な事実や資料に基づいて丹念に解き明かし、論証している。

また、歌の読みも的確で納得できるものとなっている。「赤茄子」の歌や「剃刀研人」の歌に関する著者の読みには、教えられることが多かった。音韻分析や文法的な解説が得意なのは学者であれば当然であるが、そこにとどまらず、茂吉の心理の襞に分け入るような読みが随所に見られ、一歩も二歩も踏み込んだ内容となっている。

さらに、以下に挙げるような指摘も示唆に富むものだと思う。
 茂吉少年が上野駅に降り立った一八九六年の時点で、(…)そのとき彼は、標準語という観念をまだ持ち合わせていなかったばかりか、東京語が話されるのを耳にしたこともほとんどなかったはずである。

書きことばはその(松村注、意識的な学習が必要という)意味で、外国語がそうであるように、本質的に他者のことばである。

鉄道網の整備が簡便な旅行を可能にしたという意味では、この種の(松村注、昭和戦前期の「木曾鞍馬渓」「伊香保榛名」「層雲峡」など)自然詠が量産されるのは実は近代的現象なのだとも思う。

今後、国文学者と歌人とが共同して、近代短歌や歌人の研究をしていくといった動きが出てくると面白いのではないかと思う。

2010年6月10日、ミネルヴァ書房、3000円。

posted by 松村正直 at 00:50| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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