2011年05月12日

紅茶(その3)

ブランデー入りの紅茶には、古き良き時代の優雅な感じがある。普通は香りづけに少し垂らす程度のブランデーを「思い切り」入れるというのも珍しい。ただ、誰もがそこに関心を向けるわけではない。年表作成の作業に通った他の歌人たちも、それぞれに森岡家の思い出を記しているが、ブランデー入り紅茶の話は出てこない。
 (…)私たちが森岡さんのお宅に通うようになってから、気がつけば七年近くが経とうとしていた。「女人短歌」の終刊号に収められた年表の不足を補いたいという森岡さんのお申し出に応え、女性歌人六人がお宅に通い作業することになったのである。確かに当初は森岡さんを助け、作業するはずだったのだが、早々に目的は変わってしまった。大きなテーブルを囲み、さて、と腰を落ち着けると、森岡さんの「あなたね、まあ面白いったらないのよ」が始まる。それは本当に素晴らしく面白く、その話を囲む機会となってしまったのである。
          川野里子「森岡貞香という戦後史」(「歌壇」2009年5月号)
 
 森岡貞香監修による『女性短歌評論年表』作成作業に、目黒区中根のお宅に月に一度、五年近く通った。(…)黒の鉄扉に郵便受けがやや傾きかげんに取り付けてあり、あふれている郵便物をそこから抜くのも私たちの習慣になっていた。持参したおにぎりやらをがさごそと開け、昼食となる。テーブルにはお菓子の箱や果物が載っている。頂き物が多いとおっしゃって、そこにあるのは名産品や高級和洋菓子だ。ついつい手が伸びて、六人いると端から片付いていく。にぎやかなわれわれに森岡さんはニコニコと微笑んでいらして、ご自分は少ししか召し上がらない。
          西村美佐子「折り鶴」(「歌壇」2009年5月号)

部分的な引用なので伝わりにくいかもしれないが、同じ家を訪れて同じ時間を過ごしても、印象に残ることは人によって違う。様々な物事のなかから、「ブランデー入り紅茶」に注目したのは花山さんの個性であり、それが歌にもなっているのである。

posted by 松村正直 at 00:16| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。