この間の大きな出来事として、自らの経営する喫茶店「ラ・セーヌ」を閉店し、引越しをしたことが詠われている。また、持病の肺疾患についても繰り返し歌に詠んでいる。しかし、上野の作品は、そうした現実をベースとしながらも、それとは少し別の次元に成り立っているようだ。どの歌も言葉に艶があって、どこか謎めいている。
枯葦に隠されて川のあるならむ夕べ犬らの跳び越えゆけり
心拍を数えて過ぎし秋の夜の一分の刻 還らざる
湯浴みするこのひとのおとを聴くが好き招かれて来し秋のしずけさ
液状の糊こんもりと冬の夜の机に洩れていることのある
助からぬ病と聞きぬ これの世に助かる人のもし誰かある
燃えさかる炎(ひ)を摑むためみずからを火となす齢(よわい)すぎたりしかな
ツインベッドの一つ使わず去らんとす朝なほ美(は)しき時間(とき)の過ぎれば
雨垂れのきこえずなれば眠らなむしずかに薄き翅(はね)をひらきて
坂の上まで山茶花の雨 修道女(シスター)は二人並びて登りゆくもの
沈められてゆくようにいま睡魔くる沈みてゆかな鰭振りながら
亡くなった人の歌集を読んでいると、なぜだか不思議と心が落ち着いてくる。山梨に生まれて山梨で亡くなった歌人の生涯に、にわかに興味が湧いてきた。
2001年7月1日、雁書館、2800円。