2011年05月10日

紅茶(その2)

朝日新聞に引かれていた一首は、『胡瓜草』の巻末にある「微笑」という一連のなかにある。4首全部を引いてみよう。
ひさにして訪ふ家はたかだかと掲げてゐたり秋の黄の薔薇
ブランデー紅茶に垂らしいくたびか豊かなる時間ここに過ぎにき
黒き盃に載せられ来しは何といふあやしき斑(ふ)入り蔦の紅葉の
微笑(ほほゑみ)はわれらを送るゆふぐれの半開きなる扉の間(あひ)に

誰かの家を久しぶりに訪れて、ブランデー入りの紅茶を飲み、あるじの微笑に見送られて辞するという内容である。

この家のモデルは、2009年に亡くなった歌人森岡貞香さんのお宅であることが、次の文章からわかる。
(…)東京の家の特徴だが、古い石段を上がるとドアがある。薄暗い玄関を入ってすぐ向こうに、部屋いっぱいの楕円のテーブルがあって、数人が囲めるようになっている。椅子は壁にぎりぎりに置かれているので、テーブルについてしまうと動けない。テーブルには、こまごまと洒落た可愛い置物、ぬばたまの実の枝や、時には慶応桜などが活けてある。森岡さんはいつも紅茶を淹れてくださるが、そこに小さなガラスの容器に入ったブランデーを思い切り振り入れるのである。それを飲んだとたん、何か世の中から隔絶したふしぎな空間に入ったように思われたものだった。私たちは鋏や糊を手に、切り貼りなどの作業を始めるのだが、たちまちに森岡さんの思い出話の中に吸い込まれてゆく。(…)
           花山多佳子「楕円のテーブル」(「短歌」2009年3月号)

森岡さんへの追悼文に書かれた『女性短歌評論年表』(森岡貞香監修)作成の風景である。どこか芥川龍之介の「魔術」を思わせる雰囲気だ。

posted by 松村正直 at 00:04| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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