A「ゆたゆたと血のあふれてる冥い海ね」くちづけのあと母胎のこと語れり
Bあなた・海・くちづけ・海ね うつくしきことばに逢えり夜の踊り場
A青年は背より老いゆくなだれ落つるうるしもみぢをきりぎしとして
B背を抱けば四肢かろうじて耐えているなだれおつるを紅葉と呼べり
A海くさき髪なげかけてかき抱く汝が胸くらき音叉のごとし
B重心を失えるものうつくしく崩おれてきぬその海の髪
B駆けてくる髪の速度を受けとめてわが胸青き地平をなせり
こんなふうに二首を対にして鑑賞するのは邪道かもしれないが、相聞歌のやり取りのようにも思われて、私には面白い。もっとも、こうした見方は既に岩田正が『現代短歌 愛のうた60人』で述べていることでもある。岩田は『森のやうに…』と『メビウス…』からそれぞれ五首ずつを引いて、「呼応して歌いあっているわけではないが、(…)あきらかに呼応しあって歌っているようにみえる」と記している。