マックス・ダウテンダイ(1867―1918)はドイツの詩人・文学者。1906年に世界一周旅行をして日本を訪れ、京都や大津をめぐった。帰国後、近江八景をモチーフにして書いたのが、この小説である。
この本は、外国人から見た日本というジャポニスム的な要素に、作者の生み出した幻想が加わって、独特で不思議な世界を生み出している。似たようなものとしては、ピーター・グリーナウェイの映画『枕草子』や山口雅也『日本殺人事件』などが思い浮かぶ。
日本の文字は、彼の目に特に不思議なものとして映ったようだ。樹木の皺や雁の飛ぶ絵を文字になぞらえて物語を作っている。
毎日の出来事を、樹皮が表面にできる速記文字のような皺や刻み傷、節や掻き傷で書きとめる。(…)樹齢を重ねた琵琶湖畔の謎めいた樹の樹皮の解読はそれまで不可能だったが、それを最初に成し遂げたのがこの日本人の僧だった。
どの雁もほかの雁の後ろを飛ぶわけですから、絵師の描いた雁の渡りがまとまると字になります。ある種の木と小さな山の尾根を渡って行く雁の列で文字ができるのです(…)
その一方で、日本文化についての的確な観察や描写も多く、日本文化論や比較文化論としても読むことのできる内容となっている。
白い冬の季節には日本人は、鼠色や茶色の絹の綿入れを三、四枚重ねて着る。彼らは暖炉を知らない。真鍮の火鉢に埋めたわずかな炭火に手をかざして、指先を暖めるだけだ。だが、日本人は温度を調節するいろんな方法を知っている。彼らが住んでいる竹と木でできた小さな家は、薄い紙の障子や襖で外界と隔てられているだけなので風がよく通る。
この本は大津市出身のお二人の方が翻訳したもの。邦訳が出版されているとは知らなかったので、たいへん有難かった。ダウテンダイの出身地ヴュルツブルグと大津市は姉妹都市になっているのだそうだ。
2004年10月8日、文化書院、1980円。