老いや死に関する歌が多いが、あまり深刻な感じは受けない。精神的にも肉体的にもまだまだ余裕があるようで、むしろのんびりとした印象の歌集となっている。退職後の時間の流れ方というのは、やはり現役の頃とは大きく違っているようだ。
師走坂下りゆく先に灯りあり通夜式場のはなやぎもるる
ランドセル背負い少女はリコーダー吹きつつ唱歌を家まで運ぶ
手をつなぎ信号を待つ両国の日光翁月光媼
水でっぽうにいくたび死にし子の夏をとおく眺めるようにいう妻
水仙に妻は水やる成績の挙がらぬ子等を励ますごとく
骨につきあれこれ語る数人は燻製を噛む骨上げの間に
現役を退(ひ)いていながら役職の順につづきぬ焼香の列
遠からず世を去る背のあとにつき焼香をまつ三列に待つ
青年とあらそうことに倦みはじめ明治後期の詩文にあそぶ
微笑みという懲役に仏壇の父はまだまだ堪えねばならぬ
2010年9月20日、柊書房、2700円。