2011年01月28日

花電車(その1)

文学作品に出てくる鉄道ということでは、私にも取り上げたいものがある。昨年出版された永田和宏・河野裕子著『京都うた紀行』だ。この中で、滋賀県の琵琶湖西岸の地「堅田」について、河野さんが印象的な文章を書いている。高校三年生の時に入院して休学をすることになった河野さんが、外泊を許されて、堅田に住む中学時代の先生の所に泊まりにいった場面である。
夜に縁側で、昼間、摘み溜めておいた彼岸花の茎を折って手遊びをしていると、カラカラと軽やかな音がする。目をあげると、琵琶湖のほとりを一輌の花電車が走っている。はなやかに月が照り、湖はいちめん銀色に輝きわたり、ちいさな花電車は明るく、この世のものではないように美しい。わたしは夢を見ているのだと思った。

エッセイの最後には次のような歌が載っている。
しろがねに月輝(て)る湖辺(うみべ)を北に向き彼(か)の花電車いづく行きにし

この花電車の正体(?)について、少し考えてみたいと思う。

花電車とは花や電球などで飾り付けをほどこした電車のことで、祝いごとやイベントなどの際に運行された。戦前は皇室関係の「御成婚」「御即位御大礼」などのほか、「天長節」「帝都復興式典祭」「東亜勧業博覧会」「明治神宮鎮座祭」「満州国皇帝陛下御来訪」「大英帝国皇太子殿下御来朝」「大阪城公園落成」など、実にさまざまな機会に花電車が走っている。

戦後もこうした習慣は長く続いたようで、祭やイベントなどの際に市内を走る路面電車で花電車の走る姿がよく見られた。各地で路面電車が廃止されたのちは、代わりに花バスなどが走ることもあったが、最近では花電車も花バスもほとんど見かけなくなったように思う。(つづく)

posted by 松村正直 at 22:05| Comment(0) | 河野裕子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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