2011年01月22日

「短歌往来」2月号

「短歌往来」2月号を読む。
喜多昭夫さんの評論「河野裕子の死生観―「死児」をめぐって」に感銘を受けた。

第一歌集『森のやうに獣のやうに』や第二歌集『ひるがほ』などに登場する死児の歌を中心に、河野さんの死生観について論じたものである。これまであまり正面から論じられてこなかった部分であるが、河野さんの歌を考える際に避けては通れないテーマだと思う。

私も「短歌往来」1月号に書いた「亡きひとのこゑ」という文章の中で、河野さんの亡くなった子の歌を引き、〈この「呼ばむ名」もなく死んだ子は、この後の歌集にも繰り返し登場するのであるが、今回は触れない〉と書いた。いつか論じなければならないと思いつつ、まだそれだけの覚悟ができていなかったのである。

こうしたテーマについて書こうとすると、どうしても単なる歌の話を超えて、作者のプライベートな部分にまで踏み込まざるを得ない場合が出てくる。そのあたりに関しては、当然ためらいもある。踏み込んでいいのかどうか迷うことも多い。

今回の喜多さんの文章は、そうしたデリケートな点にも配慮しつつ、けれども曖昧にするのではなく、必要な部分に関しては何歩も踏み込んで論じており、真剣さの伝わってくるものであった。今後もこうした真摯な評論によって、河野さんの新しい一面がどんどん見えてくると嬉しい。



posted by 松村正直 at 23:24| Comment(0) | 短歌誌・同人誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。