わけもなく
人の恋しく思へる日
燐寸(マツチ)ともして見てゐたるかな
あはれかの
我に煙草を教へたる
上級生の盗癖(ぬすみぐせ)かな
書くことはありや
書くことはなし
インクのしみを見つめてゐたり
ふと思ふ
中学校の黒板(こくばん)の
裏に彫(ほ)りたるわが名のことを
その名さへ忘られし頃
髭(ひげ)はやし
ふるさとに来て花を売らむか
もちろん、本物ではない。
作ったのは寺山修司。
丁寧なことに、次のような解説も付いている。
これは明治四十一年夏以後の啄木の一千余首から五百五十一首を抜いて、「一握の砂」を編んだ折に洩れた残りの四百余首を、石川家の遺品の中より発見し、再録した啄木未発表歌篇です。文学史的にも貴重なものと思われるので、手を加えず、そのまま発表することにします。(…)
啄木の歌というのはパスティーシュしてみたくなるもののようで、私も歌集『やさしい鮫』に「啄木風に」と題した歌を載せたことがある。もっとも、これは雑誌の求めに応じて作ったもの。
公園にひとり座りていし男
立ち去りにけり
傘を残して
魚屋の息子なりしが
魚屋のあるじとなりて
ふるさとにおり
工場の二階へのぼる
階段の
窓より見える青き川かな