時々、俳句のアンソロジーなどを読む。本当は句集を丸ごと読むのがいいのだろうが、なかなかそこまでいかない。それでも、俳句を読むのは楽しい。
この本は「家」「山」「芸術」「身体」「都市」など30のテーマ別に、各15句、合計450の俳句を取り上げて、それぞれ半ページの解説を付けている。好きなものを10句引く。
しんしんと肺碧きまで海のたび 篠原鳳作
永き日のにはとり柵を越えにけり 芝不器男
石段のはじめは地べた秋祭 三橋敏雄
春ひとり槍投げて槍に歩み寄る 能村登四郎
おそるべき君らの乳房夏来る 西東三鬼
大寒や見舞に行けば死んでをり 高浜虚子
ところてん煙のごとく沈みをり 日野草城
しぐるゝや駅に西口東口 安住敦
満月をよぎるセスナ機明るからむ 大高芭瑠子
戦争が廊下の奥に立つてゐた 渡邊白泉
最近は何でも高安国世に関連付けて考える癖が付いていて、石田波郷や渡邊白泉が高安と同じ大正2年生まれなのだと覚えたりする。二人とも高安よりだいぶ早く、昭和44年に亡くなっている。
作者に関する年譜的な事実は作品の鑑賞と切り離すべきだと考える人もいるが、僕はあまりこだわらない。例えば「太陽に襁褓(むつき)かかげて我家とす」という篠原鳳作の句は、これだけでも十分に印象的な作品だ。赤ん坊が生まれて、貧しくとも(?)前向きに生きていこうとする意志の強さが感じられる。
ただ、鳳作がこの句を発表した年に30歳にならずに急逝し、この赤子も翌年に夭折したことを解説によって知ると、句の印象はさらに強くなる。それが良いことなのかどうかはわからない。ただ、僕はその事実を否定することはできない。
短歌をやる人の中には、俳句や詩もやる人が多いですが、松村さんはどうですか?
私は、短歌を作る前は、母の影響で川柳を少しやっていました。今でもたまに作っています。
クラス担任を持つとこの頃は毎年、俳句や川柳、短歌を子どもたちと一緒に作ったり、コンクールに応募したり・・・。昨年の6年生とは2回ほど句会&歌会をしました。
松村さんの作った俳句や詩も読んでみたいです。
詩は十数年前に少し作っていました。と言っても、いわゆる現代詩というものではなくて、かなり素朴なやつです。