引用は「かわのさとこ追悼集 梨の花」(1987年)より。
戸外診療
夜勤明けの担当医のE先生と
午后の病庭を歩く。
―今日は戸外診療や
といって連れられて出た戸外。
入院以来始めて受ける初春の風が
セーターを通して
ぴしぴし肌を打ってゆく。
青草の出揃ったあの丘を越え
糸杉で囲まれたあの棟は
外来用の診療棟だ。
―あそこへ行くのだろうか。
と思っていると
駐車場、プールのある広場をぬけ
診療棟とは別の木造へと
医師は進んでゆく。
やがて作業棟の奥の一角に
ちいさなピンクの日差しが見えた。
―○○保育園
と書かれた木札があり
その下の小さな扉をE先生は押した。
―君をここに連れてこようと思ってね
と言われたここは病院付設保育所だった。
キャンデー色の靴ばこに
子ども達の小さな靴が並んでいる
私には懐しいはずの風景だった。
―今、お昼寝の時間なんですよ、
と顔出した保母が私を見た。
―僕の患者で保母をやってた人なんだ
ちょっと見せてやってくれる
E先生はその保母に言った。
よくスチームの利いた部屋には
小さなゆで卵たちが汗ばんで眠っていた。
甘ずっぱいミルクの匂い
メリーゴーランドにおむつカバー
陽に光るほ乳ビン、ガラガラ……
私もかってあの中に居たと
思ってみるが
なれなれしい懐しさに身を任かせるには
私の中にかすかな抗いがあった。
(つづく)