河野里子さんについては、「短歌往来」1月号に書いた「亡きひとのこゑ」という文章をお読みいただければと思う。
日記
二月十八日―洗濯をする
物干場を星会場(せいかいじょう)と呼ぼう。
暗闇を白いけむりの雲がすうっと
流れてゆく。
何だか星たちが順ぐりに
洗われてゆくようだ。
さっぱりとした星は、
うれしそうに
ぞくぞく体をふるわせている。
きょうは、星たちの心が
自然と分ってくるような日だ。
(略)
三月九日―春
こわれた小さな赤い傘が
カーネーションに見える日
川の水は濁っていて流れない。
バターのやわらかくなったことや、
紅茶椀のレモンの車輪が、
ゆるゆる まわるのをみつめていると、
やっぱり春は来ているのだと思う。
(略)
四月十八日―まよい
このごろまた、
まよいが
まぬけな青だいしょうのように
よたよたしはじめた。
(略)
小野十三郎編『大阪文学学校詩集』(1968年)より。
次のような作者紹介が載っている。
河野里子(かわのさとこ)
*’66年10月「新文学」22号に発表。自由で新鮮な眼をもつ。第2回文学集会ではフジ・三太郎の遠視の思想をもちだし、そのゲリラ的発想で並居る猛者達を仰天させた。京都の女子大の学生だったが、退学し、好きな保母になるため勉強中。野菊の風情あり。大阪文学協会会員。