山姥は携帯ストラップとなりてきらありきらあり刃物向けくる
蟇蛙かんがへて跳びかんがへて跳ばぬことありこの世の春を
夫のシャツ子のシャツ異なる匂ひもち仕方なさげに重なりあへり
背中にひとり湿布貼るすべ湿布ひろげ狙ひさだめて寝ころぶと言ふ
青森県野辺地
マンバウの刺身ふぶきの街に食み茫々と吾にはじまる吹雪
お大事に、と老女らわかれゆきしのち安達医院に日だまり残る
日本兵の遺品は木の根に巌の間にさびしい場所を選びて宿る
こんな人ゐたつけと思ふクラス写真その人にしんと見られつつ閉づ
遺書書きて死ぬとふ作法なぜ守るひらがな多きこころ遺して
くらがりに蕨のやうに祈る人祈りは美しとほく見るとき
第4歌集。引いた歌は日常詠が多くなったが、歌集全体としてはタイトルにも見られるように、もっと大きなものを詠おうとしている。日常の出来事を日常の出来事として捉えるのではなく、歴史や物語や神話といったものへつなげていこうとする志向が強い。
母や息子、妹などを詠んだ歌に生彩があり、特にふるさと竹田市にひとりで暮らす母を詠んだ歌に印象的なものが多かった。また、その土地その土地の持っている歴史や固有の力というものを歌から強く感じた。
全体的にやや理知的過ぎる感じはあり、もう少し作者のコントロールの弱い歌がまじっていてもいいかもしれないなと思う。
2010年8月26日、角川書店、2571円。