歌枕と言えば普通は古典和歌に詠まれた場所をイメージするが、この本は副題に「近現代の歌枕を訪ねて」とあるように、近現代短歌に詠まれた場所の物語である。それだけ今の私たちにとってなじみが深く、読んでいて実に楽しい。
いつ来ても光も音もひそかなり寺町二条三月書房 辻喜夫
階段を二段跳びして上がりゆく待ち合わせのなき北大路駅 梅内美華子
さざなみの近江兄弟社メンターム折りふし塗りて六十七となる 高野公彦
「三月書房」「北大路駅」「近江兄弟社」なども、普通の歌枕紹介の本には決して載らないものだろう。そうした場所が「法然院」や「仁和寺」などの歴史的な場所と並んで収められているのが面白い。
巻末には歌枕についての二人の対談も載っており、その中で永田和宏が
われわれが歌に引かれてある場所に行くというのは、確かに空間を渡ってはいるんだけれど、実は時間を渡って行ってるんだよね。つまり、時間をさかのぼっていっているというか、そんな感じはいつもしてたなあ。
と述べているのが印象的であった。この本は8月に亡くなった河野さんの最後の本ということもあり、歌枕の持つ時間に加えて、永田さん河野さん二人の時間というものがそこに重なっているように感じられ、私にとっては特別な一冊となった。
2010年10月17日、京都新聞社、1600円。


京都だけでなく、滋賀のことも載っていて、不思議とその時のことやその時代の空気にふれるような、うれしい一冊です。
駅弁を買ひて乗りたる日もありき一番ホーム始発柘植行き
河野裕子
大学時代の4年間はこの柘植行き電車に乗って、甲西(今は湖南市)まで帰っていました。
『京都うた紀行』に滋賀のことも載っているのは、元の連載をしていた京都新聞が滋賀県もカバーしているからなのでしょう。でも、永田さんも河野さんも滋賀とは深い縁があるので、ちょうど良かった感じですね。
京都と滋賀の実際の距離の近さ、そして心理的な近さというものは、京都に住むまで知りませんでした。比叡山の向こうはすぐに琵琶湖ですもんね。