君が耳未だ聞こえていし頃の童謡ひとつ君はうたいぬ
呼ばるれば声濁り起つわが生徒北村君は口話優等賞をもらいぬ
聞こえねばわけがわからぬ祝辞にも馴らされて生徒らよ拍手を送る
靄は深く沈み公園の一つの灯われらの長き手話をば照らす
少女居りて手話美しく語るなり幾度も「諦め」という語使いて
煮えし湯葉干す傍らにかがみいてわが少年白崎孝司桶洗うところ
つきつめゆけばろうあ者からも弾(はじ)き出され淋しき我がわが傍にいる
みどり子に言葉教えんに手話なればてれび買いたしと来て君ら言う
ろうあ者の福祉さまざまに謳(うた)いあげ知事代理市長代理の祝辞が続く
伊東先生湯気たてて怒りいる漫画近づけばあたふたと一人が消しぬ
1949年から1967年までに作られた歌の中から約450首が収められており、聾学校の現場やろうあ者との関わりの中から詠われた作品がほとんどを占める。短歌作品としての完成度だけを見れば、もちろん足りない部分もあるだろう。しかし、作者自身がそれを認めた上で、後記に次のように記していることが印象に残った。
ただ、私の場合短歌は、私の仕事や問題意識、社会的関心と次第に深くかかわって存在してきたし、今後はさらにそれらを離れての制作動機はないだろうと思う。つまり、私が、細々ながらもこの小詩形に依って来たのは、やはりろうあ者問題に向かう私の意志であったし、私にとって短歌は、非常に大きな役割を果してくれたことも事実である。
こうした短歌のあり方も大切にしていきたいと思う。
1997年8月20日、文理閣、1700円。(1968年に汐文社より刊行されたものの再録)