この本の最大の特徴は「木槿」「青樫」「オレンヂ」などの短歌雑誌に発表された初期の塚本作品を丹念に掘り起こしていることだろう。前衛短歌が生まれるまでの歌風の変遷が実に鮮やかに見えてくる。
塚本の『水葬物語』が何もないところから突然生まれたのではなく、長い助走を経て、さまざまな人々との交流や影響の中から誕生したという事実。これは考えてみれば当り前のことなのだが、これまで塚本の革新性ばかりが伝説のように語られるなかで、あまり見えていなかった部分だろう。
引用されている歌の中では第22歌集『汨羅變』の
炎天ひややかにしづまりつ終(つひ)の日はかならず紐育にも❢爆
という一首が目を引いた。9・11の予言という意味ではなく、この歌人もそうした暗い鬱屈を抱えていたのだという意味において。
生年が2年早まった年譜の問題をはじめ、戦前の塚本の経歴には依然として謎の部分が残されている。塚本が隠したがったものは一体何だったのか。非常に気になる。
2009年2月23日、ウェッジ文庫、840円。