2010年06月02日

栗木京子歌集『しらまゆみ』

2006年から2010年までの作品440首を収めた第7歌集。歌作りのお手本となるような巧い歌が多い。

寒き夜の宝石店に飾らるる黒き首黒き手のうつくしきかな
つらさうに生き物たちの歩みをり雨の動物園、否(いな)新宿駅前
むき出しの右腕ぬッと湯に入るるごとく乗り出しダライ・ラマ語る
昼寝より覚むれば世界黄ばみをりカナカナの声ひとすぢ垂れて
燃えさかる炎は不意に掌(て)となりてつかみぬ焚火の中の手紙を
グラスへと氷入れたり氷には音符がひとつづつ隠れゐて
ダンボール箱にて軍法会議などありしや月夜のみかんの甘し
錦糸卵ふはりと寿司に散らしたり老後を託すべき娘なく
巨いなる鍵盤の上ゆくごとし月夜の並木道をあゆめば
昨夜(よべ)書きしこころの重さ測られてをり旅先の郵便局に

いずれの歌も比喩や上句・下句の取り合わせなど鮮やかで印象に残る。こうした特徴は栗木さんの持ち味であるが、もう少し何でもない歌があってもいいように思う。

歌集には「ここは戦場でなし」「戦争はあらぬに」「軍装の天皇在らぬ国」「「捧げ銃(つつ)」の体験あらぬ若者」「徴兵のなき世」など、戦争をイメージさせることによって、平和な日常を問い直す作品が数多くある。自分自身も日本の社会もこのままで良いのだろうかといった、作者の漠然とした不安や焦りのようなものを強く感じた。

2010年6月3日、本阿弥書店、2500円。
posted by 松村正直 at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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