2024年07月31日

雑詠(040)

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ひと月の収支といえど確かにて心はうすく削られてゆく
エアコンより垂れくる風に食べ終えたハンバーガーの紙がふるえる
そのピンク似合ってますと褒められるピンクと思ってなかったけれど
半袖の白シャツ多き名古屋場所はばたくようにうちわがゆれる
笑いながらカフェでお喋りする声の「それでね」からは小さくなりぬ
釣銭は百十五円てのひらに金銀銅のメダルがならぶ
地下通路に餌をついばむ二羽の鳩そのまま5番出口へ向かう

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2024年07月30日

天野匠歌集『逃走の猿』

2003年から2016年の作品308首を収めた第1歌集。

駅前に聳える高級マンションといえど見た目は板チョコに似る
ラタトゥイユ平らげしのち思いおり閉経のまえに死にたる母か
あやまてばたちまち死者の出る仕事リフトに吊りて人を移しぬ
呑みながら話題の輪からそれてゆくさびしさもちて海ぶどう食む
東京の迷路浮き彫りとなるまでを成人の日の雪ふりやまず
独り居の父に金庫の開けかたを教わるゆうべこれで三度目
全盲の老女に降っているのかと問われて気づく硝子の雪に
アナウンスのこえ三重にかさなれる新宿駅に快速を待つ
この世へと押し出してやる枝豆のつややかな照り食えば楽しも
哄笑の起こらぬ施設 談笑はところどころに咲きて立冬

1首目、「高級マンション」と「板チョコ」の何とも驚くべき落差。
2首目、若くして亡くなった母。上句のシーンからの展開が鮮やか。
3首目、入浴介助の場面だろう。モノではなく人の命を預かる仕事。
4首目、「海ぶどう」のぷちぷちした歯触りに寂しさを噛み締める。
5首目、道路の部分だけ黒く残る。迷いの多い人生の象徴のように。
6首目、もしもの時に備えてなのだが、「三度目」が何とも哀しい。
7首目、窓の外に降る雪の気配を老女は敏感に感じ取ったのだろう。
8首目、「三重」はあまりない。多くの列車が発着する駅ならでは。
9首目、莢の中の暗闇にある時はまだ「この世」ではなかったのだ。
10首目、老人介護施設の様子。ゆっくりと穏やかな時間が過ぎる。

2016年5月20日、本阿弥書店、2700円。

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2024年07月28日

「戦争で負傷した軍人は何を詠んだのか? ― 村山壽春の短歌」

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8/6(火)にオンラインイベント「戦争で負傷した軍人は何を詠んだのか? ― 村山壽春の短歌」を行います。
https://yatosha.stores.jp/items/6688a1b2f06ae80578503259

鳳仙花咲いたときゝて探り見ぬ実が二つ三つ手に弾けたり
病室を出でて十七歩日を重ね杖つかずして洗面所に至る
たはむれに牛の鳴くまねわがすれば皆が笑ひて我家あかるし
/村山壽春

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ウクライナやパレスチナのガザ地区で戦争により多数の死傷者が
出ていることが報じられています。戦争は死者だけでなく多くの
負傷者を生みます。

日中戦争・太平洋戦争においては、戦傷者に対して治療やリハビリ
とともに慰安のための短歌の指導が行われました。傷痍軍人のアン
ソロジー歌集が「再起奉公」といった戦意高揚に利用された一方で、
歌作りは彼らの生きがいにもなったようです。

今回は戦争で失明した陸軍中尉、村山壽春(としはる)の歌を取り
上げて、その心情と生涯に迫ります。
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みなさん、どうぞご視聴ください!

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2024年07月27日

足で調べる

良真実さんと暮田真名さんのラジオ「短歌・川柳耳学問」の「夏休み集中講座・月のコラムを読むC」を聞いていたら、今年から現代短歌評論賞の選考委員になった私についての言及があった。

11:20あたりから。
https://open.spotify.com/episode/44BqJT41FgxqXitA5ZgQT6

「情熱がすごくて行動派」
「フリーのジャーナリストですかって感じでフットワークが軽い」
「松村さんがヤバすぎるんですよね」

こんなふうに言ってもらえると、けっこう嬉しい。

私が短歌評論を書く際に現地に出向いたりするようになったきっかけは、『高安国世の手紙』の連載8回目「榎南謙一を探して」で岡山県の旧金光町を訪れたこと。この取材で高安の古い友人であった榎南について突き止めることができ、はっきりとした手応えを感じたのだ。

評論にはいろいろなアプローチの仕方があるけれど、私にはこの「足で調べる」方法が向いている気がした。それ以来、高安山荘に行ったり、サハリンに行ったり、渋民に行ったり、北海道に行ったり、堀之内に行ったりするようになり、今に至っている。

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2024年07月26日

土岐善麿『鶯の卵』


副題は「新訳中国詩選」。

1925(大正14)年にローマ字表記の『UGUISU NO TAMAGO』(アルス)として出版され、1956(昭和31)年に春秋社より新版が出た本を1985年に筑摩書房が新たに刊行したもの。

「晋の陶潜以後、唐宋元明清に及ぶ」漢詩167篇を取り上げて、日本語訳と短い解説を付けている。

最近、「啄木ごっこ」の連載で土岐善麿(哀果)について書いたので、その流れで積読の山から掘り出した。

「春眠不覚暁」(春あけぼのの うすねむり)、「生涯在鏡中」(鏡の中の こしかたよ)など、味わい深い文言が数多く出てくる。高校時代の漢文の授業を思い出したりした。日本語訳が主に五音・七音になっているのは、作者が歌人だからでもあるだろう。

解説によれば、日本では古来、漢文の訓読が行われてきたので、漢詩の日本語訳が本格的に始まったのは明治以降になるらしい。

これはあるいは森鷗外らによる『於母影(おもかげ)』や、上田敏『海潮音』、あるいは堀口大学の『月下の一群』など、ヨーロッパ詩のすぐれた訳業から逆に示唆と刺戟とを受けた結果ではないかと思われる。

なるほど、漢文訓読はすぐれた読解法であると同時に、純粋な翻訳を妨げる要因にもなってきたわけか。おもしろい問題だと思う。

1985年3月29日、筑摩叢書、1500円。

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2024年07月25日

映画「先生の白い嘘」

監督:三木康一郎
原作:鳥飼茜
脚本:安達奈緒子
出演:奈緒、猪狩蒼弥、三吉彩花、風間俊介ほか

インティマシー・コーディネーターを入れなかった問題が報じられて見るのを少し躊躇したのだが、作品自体は良いものだった。

性や暴力、男女の格差といった問題が、かなり深いところまで描かれていてる。俳優陣の演技にも熱が入っているように感じた。

MOVIX京都、117分。

posted by 松村正直 at 10:13| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月24日

椛沢知世歌集『あおむけの踊り場であおむけ』


第4回笹井宏之賞大賞を受賞した「塔」所属の作者の第1歌集。

水着から砂がこぼれる昨年の砂がこぼれて手首をつたう
冬の肘のかさつきに似た陽を浴びて広場の鳩にパンくずをやる
手のひらを水面に重ね吸い付いてくる水 つかめばすり抜ける水
うたたねの妹の口があいている飴を食べるか聞くとうなずく
おかえりと犬のしっぽがふくらます春の風船はちきれそうな
わるぐちとぐちの違いがわからない 鳩の身体に追いつく頭
夜の川に映る集合住宅は洗いたての髪の毛のよう
見つめれば犬の瞳におさまって手のひらから肘舐められていく
そういえば定食屋さんもうないねと言われるまではたしかにあった
めがさめてしめった布団から部屋がはなれていくゆっくりとだんだん
起き上がるまでのアラーム一つずつ消して朝から降る天気雨
人差し指握って離す 握られてできたみたいなゆびのいでたち
思いっきりぶつけた脛の残像が新宿の夜のクレープ屋さん

1首目、結句がいい。一年前の夏の記憶が体感とともに甦るようだ。
2首目、比喩が面白い。「かさつき」と「パンくず」の質感も似る。
3首目、同じ水であるのに粘り気を感じたりさらさらしてたりする。
4首目、妹の歌はどれも妙に存在感がある。日常のだらっとした姿。
5首目、喜んでいる犬の気持ちが「春の風船」により可視化された。
6首目、頻りに前後に動く鳩の頭は体に追い付こうとしていたのか。
7首目、かなり距離のある比喩だが、不思議と納得させる力がある。
8首目、犬の黒目に自分の全身が映っている。犬と私の距離の近さ。
9首目、以前から無くなっていたのだが認識としては今消えた感じ。
10首目、布団=部屋の睡眠の状態から次第に空間が生まれてくる。
11首目、時間差で3個以上の目覚ましが鳴る。全体の流れがいい。
12首目、まるで粘土を手のひらで摑んで生まれたような形である。
13首目、二つの出来事が記憶の中で強く結び付いているのだろう。

2024年7月6日、書肆侃侃房、1800円。

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2024年07月23日

本岡類『ごんぎつねの夢』


新美南吉の名作「ごんぎつね」をめぐるミステリー。

ちょうど今年4月に発行した同人誌「パンの耳」第8号に、新美南吉や「ごんぎつね」に関する連作15首を載せたところだったので、興味深く読んだ。

「ごんぎつね」が小学校のほとんどの教科書に取り入れられ、国民的童話≠ノなったのは1980年代からだというから、角田さんは学校で習っていなかったのだろう。
かつて団地は近代的な造りで、家族にとって憧れの住まいだったらしい。しかし、高度成長やバブルの時期をへて、有馬一家が越してきた頃には、団地は時代から遅れた住居となっていた。
半田はお酢で知られていましたが、今は作者の新美南吉の故郷ということで、ごんぎつねの町になってますね。
古本とか前の時代の雑誌とかは、過去の時代に立ち戻れるタイムマシンとも言えるでしょうな。古本屋は昔に戻れる場所なんだね

新美南吉は宮沢賢治と並んで詳細な研究の進んでいる児童文学者らしい。それだけ人を惹きつける魅力があるのだろう。

2024年5月1日、新潮文庫、710円。

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2024年07月22日

酒井聡平『硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ』


戦時中に小笠原諸島の母島や父島の部隊にいた祖父を持つ著者が、3度にわたり硫黄島戦没者遺骨収集団に参加するとともに、今も約1万人の日本兵の遺骨が見つからない問題を追求したノンフィクション。

硫黄島は、激戦から七十余年を経て、焦土の島から、ジャングルの島になっていた。
硫黄島戦は、遺児の悲劇を多く生み出した。兵士の多くが、全国各地から集められた30代、40代の再応召兵だったからだ。
収集団には化学さんと弾薬さん以外にも同行するスペシャリストがいた。人類学者や考古学者ら「鑑定人」と呼ばれる人骨の専門家たちだ。

著者は硫黄島戦の戦没者遺児である三浦孝治氏や硫黄島の戦闘の生き残りである元陸軍伍長の西進次郎氏、参議院議長で元日本遺族会会長の尾辻秀久氏などに取材を行い、また、情報公開請求によって過去の遺骨収集派遣団の報告書を入手するなど、地道な調査を続けていく。

その結果判明したのは、硫黄島が戦後1968年までアメリカの占領下に置かれただけでなく、返還後も核の持ち込みをめぐる密約が交わされ、現在もなおアメリカ軍の戦略拠点や軍事訓練場となっている事実である。そのため、日本の民間人の帰島はもちろんのこと、立ち入りも厳しく制限されている。

そう、硫黄島では今もまだ戦争が続いているのであった。

2023年7月25日第1刷、2024年1月29日第7刷。
講談社、1500円。

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2024年07月21日

講座「短歌―歌集の編み方、作り方」

次の土曜日、7月27日に朝日カルチャーセンター(くずは教室&オンライン)で、「短歌―歌集の編み方、作り方」という講座を行います。時間は 13:00〜14:30 の 90分。

なぜ私たちは歌集を出すのか? 歌集を編む意味とは何か? そんな出発点から、歌の選び方や並べ方、タイトルの付け方、出版社の決め方、費用や寄贈に関することまで、私の経験をもとに具体的にお話しします。

歌集作りというのは自分自身と出会い直す機会でもあります。そろそろ歌集をまとめようと思っている方、いつか歌集を出せたらと考えている方、ぜひこの機会にご参加ください。

【オンライン受講】
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7208162

【教室受講】
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7208161

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2024年07月20日

八木澤高明『日本殺人巡礼』


2017年に亜紀書房より刊行された単行本の文庫化。

ドキッとするタイトルと表紙の本だが中身は興味本位のものではなく、いたって真面目なノンフィクション。全国各地の殺人現場や犯人の生家などを訪ね歩きながら、事件の背景となった時代や社会や風土を考察している。

東京などの都市を中心として人と人とのネットワークは、かつてこの国の隅々にまで毛細血管のように張り巡らされていた。その末端の血管である農村が壊死しつつあるのが、今の日本の姿ではないか。
今にして思えば、同じ町に暮らしながら何の交流もなかった東北人の姿は、最近よく見かける外国人労働者の姿と重なる。日本経済が底上げされ、東北からの出稼ぎ人の代わりにアジアや南米の人々がやってきた。
海に生きた和歌山の漁民たちは鰯や鰹、さらには鯨といったさまざまな獲物を捕らえることに長け、日本各地の海辺に移住した。代表的な土地では、千葉県の外房や長崎の五島列島などが挙げられる。
麻原の一家は、九人兄弟のうち三人が目に障害を持っていた。麻原と年齢が一一歳離れた全盲の長兄は、写真家藤原新也のインタビューの中で、幼少の頃、生家近くの水路で、貝や海藻を採って食べていたことから、兄弟に眼病が多いのは水俣病によるものではないかと証言している。

この著者の執筆した他の本も読んでみたくなった。

2020年9月25日、集英社文庫、940円。

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2024年07月19日

東京から

東京から帰宅。

昨日は早朝6:00前に東京駅にバスで着き、本郷→九段下→相模原→溝の口と、取材と打合せで20:30まで。

今日は朝から83歳の父親を連れてスーパー銭湯「湯けむりの里」へ行き、入浴・食事・昼寝で計4時間、のんびりしてきた。

posted by 松村正直 at 18:40| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月18日

東京へ

短歌関連の取材と用事で東京にいます。
明日の夜に京都に帰ります。

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2024年07月17日

今後の予定

下記の講座や歌会などを行います。
みなさん、お気軽にご参加ください。

7月27日(土)講座「短歌―歌集の編み方、作り方」(くずは、オンライン)
https://matsutanka.seesaa.net/article/503924191.html

8月6日(火)講座「戦争で負傷した軍人は何を詠んだのか?」(オンライン)
https://yatosha.stores.jp/items/6688a1b2f06ae80578503259

8月28日(水)講座「現代短歌セミナー 作歌の現場から」(オンライン)
https://college.coeteco.jp/live/m331c69e

9月15日(日)第15回別邸歌会(奈良)
https://matsutanka.seesaa.net/article/503430273.html

10月6日(日)講座「没後35年、上田三四二の短歌を読む」(大阪)

11月10日(日)鳥取県民短歌大会 講演「平明で奥深い歌」
https://toricul-kenbunren.jp/pages/50/detail=1/b_id=251/r_id=38/

11月16日(土)第16回別邸歌会(滋賀)【予定】
https://matsutanka.seesaa.net/article/503430273.html

11月24日(日)岩国市民短歌大会講演 講演「短歌と省略」

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2024年07月16日

ライナー・マリア・リルケ『若き詩人への手紙』


副題は「若き詩人F・X・カプスからの手紙11通を含む」。これまで『若き詩人への手紙』はフランツ・クサーファー・カプス宛のリルケの手紙だけが出版されていた。そのため、

カプスはリルケに求められた詩人になる使命を果たすことができず、それゆえに大詩人に宛てた彼の手紙は公式には「残っていない」という伝説

があった。けれども、今回カプスのリルケ宛の手紙が収録された本書が刊行されたことで、二人の往復書簡が揃い、リルケが手紙に記した言葉の意味が明確になるとともに、カプスの名誉回復も実現したと言っていいだろう。

晩年、「リルケの手紙のおかげで、受け取っただけなのに、私は自分で書いたものによってよりもずっと有名になってしまいました」と語ったというカプス(1883-1966)の数奇な人生を思わずにはいられない。

この本を読めば明らかなように、カプスはもともと「詩人」ではなく、軍人である。陸軍士官学校卒業後にオーストリア・ハンガリー帝国の士官となり、第一次世界大戦にも従軍している。リルケに最初の手紙を送ったのも、リルケが陸軍学校を中退して詩人になった経歴の持ち主だったからだ。

陸軍学校から士官への道を歩みつつ、詩や文章など文学への憧れを捨てきれなかったカプスが、8歳年上のリルケに手紙でアドバイスを請うたのである。そういう意味では、第一次世界大戦後に退役して作家・ジャーナリストとして活躍したカプスは、自らの思い描いていた道に進むことができたと言っていい。

もう一つ印象的だったのは、二人の手紙が実にさまざなま住所から送られていることである。カフカはヨーロッパ各地に出掛け、カプスも軍隊の移動に伴って転居する。手紙は転送されながら相手に届き、何か月もかけてやり取りが行われている。現代のラインやメールのやり取りとはまるで違う。

カフカの手紙の発信地は「パリ」「ピサ近郊ヴィアレッジオ(イタリア)」「ブレーメン近郊ヴォルプスヴェーデ」「ローマ」「ボルゲビイ・ゴオ、フレディエ、スウェーデン」「フルボリ、ヨンセンド、スウェーデン」となっている。

一方のカプスの手紙の発信地は「ウィーン新市街」「ティミショアラ(現ルーマニア)」「ボジョニ、ドナウ通り38、ハンガリー(現スロバキア)」「ナーダシュ(現スロバキア)」「南ダルマチア、コトル湾、ツルクヴィチエ(現モンテネグロ)」だ。

1902年から1909年まで交わされた二人の手紙。その多くが100年以上の時を超えて残されたのは奇跡のようなことだと思う。

2022年6月30日、未知谷、2000円。

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2024年07月15日

第14回別邸歌会

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13:00から紫明会館(京都市)で第14回別邸歌会を開催した。


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紫明会館は京都府師範学校の同窓会館として1932(昭和7)年に竣工した建物で、国の登録有形文化財に指定されている。


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随所に施されたアールデコ風の意匠が美しい。

祇園祭の宵々山の日ということもあって、地下鉄はかなり混雑していた。参加者は15名。計30首の歌について、途中に休憩を挟みつつ4時間ひたすら議論する。

歌会は自由に、対等に、意見交換できることが大切だと、あらためて感じた。いろいろな意見を聞いたうえで、最終的には自分で判断すればいい。

17:00終了。その後、北大路駅のミスドに移動して2時間ほどお喋り。ありがとうございました!

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2024年07月14日

「パンの耳」第8号歌評会

13:00から神戸市東灘区文化センターで、「パンの耳」第8号の歌評会を行った。島田幸典さんをゲストに招いて、18作品について一つ一つ丁寧に批評していただいた。

具体や細部の大切さ、効果的な比喩の使い方、心情表現の難しさ、タイトルにする言葉の選び方など、メンバーにとって実りの多い内容だったと思う。

17:00に終了。その後、イタリアンレストラン「Atik style」で懇親会。短歌の話、結社の話、人生の話など、約3時間お喋りした。

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2024年07月13日

女性歌人の歌集シリーズ

黒木三千代『クウェート』(1994)は本阿弥書店の「ニューウェイブ女性歌集叢書」(1992〜1995、10冊)の1冊として刊行された。ラインナップは以下の通り。

1 梅津ふみ子『わらふ山鳩』
2 木畑紀子『女時計』
3 草田照子『天の魚』
4 久慈こうこ『星河原』
5 黒木三千代『クウェート』
6 五所美子『三耳壷』
7 斎藤佐知子『風峠』
8 高旨清美『珈琲パペット』
9 中野昭子『たまはやす』
10 吉宗紀子『緑の卵』

「ニューウェイブ」という名が付けられているが、短歌史的な意味での「ニューウェーブ」とは関係ない。全体にやや地味な印象と言っていいだろう。

この時期、河出書房新社も「同時代の女性歌集」(1991〜1994、15冊)というシリーズを刊行している。

俵万智『かぜのてのひら』
道浦母都子『風の婚』
李正子『ナグネタリョン』
林あまり『最後から二番目のキッス』
大田美和『きらい』
沖ななも『ふたりごころ』
松平盟子『たまゆら草紙』
井辻朱美『コリオリの風』
干場しおり『天使がきらり』
早坂類『風の吹く日にベランダにいる』
今野寿美『若夏記』
米川千嘉子『一夏』
永井陽子『モーツァルトの電話帳』
佐伯裕子『あした、また』
栗木京子『綺羅』

『サラダ記念日』がベストセラーになった俵の第2歌集をはじめ、錚々たる歌集が並ぶ。今ではベテラン歌人ばかりだが、当時はまだ30代・40代の若手・中堅歌人であった。彼女たちを選んだ河出書房新社の力量をまざまざと感じる。

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2024年07月12日

京丹波町へ

村山壽春の住んでいた家の大体の住所がわかったので、昨日、ダメ元で京丹波町まで行ってきた。電車とバスを乗り継いで約2時間。市町村合併などを経て既に地図には該当する地名が存在せず、目星をつけた集落で尋ねたところ、目的地は2キロほど離れた集落であった。

あとはひたすら聞き込みをする。突然の訪問にもかかわらず、みなさん親切な方ばかりでありがたい。なにぶん80年も昔の話なので、聞いても聞いても誰も知らない。村山という名の家も見当たらない。

帰りのバスの時間も迫って諦めかけたところ、なんと生前の村山を知っているお年寄りが現れた。子どもの頃に片腕で農作業をしている姿を見たことがあるとのこと。「昔の者はみんな亡くなってしまって、当時のことを知ってるのはもう私くらいだろう」とおっしゃる。

ご遺族の連絡先も判明して、電話でお話しすることができた。むちゃくちゃ嬉しい!

8/6(火)オンラインイベント「戦争で負傷した軍人は何を詠んだのか? 村山壽春の短歌」
https://yatosha.stores.jp/items/6688a1b2f06ae80578503259

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2024年07月11日

「戦争で負傷した軍人は何を詠んだのか? ― 村山壽春の短歌」

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8/6(火)に野兎舎主催のオンラインイベント「戦争と歌」で話をします。このシリーズも今年で5回目を迎えました。

2020年「『戦争の歌』を読む」
 https://youtube.com/watch?v=jN3CYty61oc
2021年「『戦争の歌』を読む」
2022年「軍医の見た戦争 ― 歌人米川稔の生涯」
2023年「軍人家庭と短歌 ― 戦後派歌人 森岡貞香の初期作品を中心に」

今年は戦争で負傷した村山壽春の短歌を取り上げます。
https://yatosha.stores.jp/items/6688a1b2f06ae80578503259

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ウクライナやパレスチナのガザ地区で戦争により多数の死傷者が
出ていることが報じられています。戦争は死者だけでなく多くの
負傷者を生みます。

日中戦争・太平洋戦争においては、戦傷者に対して治療やリハビリ
とともに慰安のための短歌の指導が行われました。傷痍軍人のアン
ソロジー歌集が「再起奉公」といった戦意高揚に利用された一方で、
歌作りは彼らの生きがいにもなったようです。

今回は戦争で失明した陸軍中尉、村山壽春(としはる)の歌を取り
上げて、その心情と生涯に迫ります。
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みなさん、どうぞご視聴ください!

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2024年07月10日

黒木三千代歌集『クウェート』

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第2歌集。ニューウェイブ女性歌集叢書5。

咬むための耳としてあるやはらかきクウェートにしてひしと咬みにき
  91・1・17
ペルシャ湾から「サダームヘ愛をこめて」まことに愛は迅くみなぎる
西側の二枚の舌がしんしんと嬲(なぶ)りしパレスチナにあらぬか
想ひ出といふやはらかな実りには敷藁が要(い)る、ぬくき敷藁
なにものと知れぬ獣に飾らるる壺ありてこの国のこんとん
この家のまはり坂ばかり 大いなる中華鍋の底ゆ日に一度出る
男でも女でもなく人間と言へといふとも桶と樽はちがふ
花鳥図に百年咲きて芍薬のひかりやうやう褪せゆくらしも 奈良県立美術館
すべての葉動かぬ桃の木はありつ 鈍牛(どんぎう)のやうな夏を感じる
戦利品・商品として女ある 野葡萄をこそ提げてゆくべきに
〈雌伏〉といひ〈雄飛〉といふを 〈奸婦〉といひ〈悍婦〉といふを 寂しみて繰る
赤松も蓖麻(ひま)もこぞりて戦争をせし日本を思ひつつゐる

1首目、湾岸戦争の歌。戦争と性愛を重ね合わせた表現が印象的だ。
2首目、艦艇から発射された巡航ミサイルに記された落書きだろう。
3首目、イギリスの二枚舌外交に始まる歴史。「嬲」の字が強烈だ。
4首目、思い出は単なる記憶とは違い、熟成されて育ってゆくもの。
5首目、混沌(カオス)でもあり渾沌(中国神話の動物)でもある。
6首目、「中華鍋」の比喩が面白い。地形的に窪地に家があるのだ。
7首目、性別は関係ないと思いつつも、現実には身体の違いがある。
8首目、絵の中の芍薬が100年生き続けているように詠まれている。
9首目、日差しが強く風も吹かない暑い昼。「鈍牛」の比喩がいい。
10首目、女性の扱いに対する異議申立て。下句に強い矜持を示す。
11首目、言葉のジェンダー格差。後半は女性だけに使われる言葉。
12首目、戦争末期には松根油やひまし油まで何もかもが使われた。

高野公彦の解説「比喩と諧謔」の最後の部分が目を引く。

歌のスタイルとか韻律の面で岡井隆の影響が見られる。影響といふより、意欲的な接近であるかもしれない。第三歌集では〈岡井ふう〉が払拭されてゐることを希ふ。

かなり率直な書き方だ。こうした批判的な文言は、最近の歌集ではほとんど見かけなくなったように思う。

1994年3月1日、本阿弥書店、2500円。

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2024年07月09日

オンライン講座「短歌のコツ」

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NHK学園のオンライン講座「短歌のコツ」が今月から新しいクールに入ります。この講座も4年目になりました。

日程は7/25、8/22、9/26、10/24、11/28、12/19。毎月第4木曜日(12月のみ第3木曜日)の開催です。

時間は 19:30〜20:45 の75分。前半に秀歌鑑賞をして、後半は提出していただいた作品の批評・添削を行います。質問の時間もありますので、何でもお気軽にお尋ねください。

https://college.coeteco.jp/live/5j0yc613

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2024年07月08日

講座「短歌―歌集の編み方、作り方」

7月27日(土)に朝日カルチャーセンター(くずは教室&オンライン)で、「短歌―歌集の編み方、作り方」という講座を行います。時間は 13:00〜14:30 の 90分。

なぜ私たちは歌集を出すのか? 歌集を編む意味とは何か? そんな出発点から、歌の選び方や並べ方、タイトルの付け方、出版社の決め方、費用や寄贈に関することまで、経験をもとに具体的にお話しします。

歌集作りというのは自分自身と出会い直す機会でもあります。そろそろ歌集をまとめようと思っている方、いつか歌集を出せたらと考えている方、ぜひこの機会にご参加ください。

【オンライン受講】
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7208162

【教室受講】
https://www.asahiculture.com/asahiculture/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=7208161

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2024年07月07日

遠藤ケイ『鉄に聴け 鍛冶屋列伝』


「ナイフマガジン」1991年6月号から1997年6月号まで連載された「僕の鍛冶屋修業」を加筆・改題して文庫にまとめたもの。

全国各地の鍛冶屋を取材してきた著者が自らも鍛冶小屋を構えて修行する様子を記したルポルタージュ。

一口に刃物と言っても「鮎の切り出しナイフ」「猟刀フクロナガサ」「ヤリガンナ」「渓流小刀」「肥後守」「斧」「剣鉈」「菜切り包丁」など、大きさや形や用途など実にさまざまだ。

ある意味で、人間は頭(観念)でなく、手(感覚)で思考し、判断する動物だ。使い勝手のいい道具は美しい。そして美しい道具は使い勝手がいい。
かつて、どこの町にも野鍛冶がいた。使い手と作り手の顔が見えた時代があった。使い手は用途や、自分の資質や癖に合った道具を選べた時代があった。だが、いまは出来合いの道具が幅をきかせ、人間が道具に合わせていかなければならない時代になった。
鍛冶仕事は作り手の力量の差がモロに出る。偶然うまくいくということは一切ない。厳しく残酷な世界である。しかし、だからこそ面白い。
繊細さを要求される日本の手仕事はすべて座業だった。座業は、膝も臑も、足の指も治具に使える。

炭と鞴(ふいご)で火を自在に操り、鉄と鋼と金槌とヤットコで何でも造ってしまう鍛冶屋たち。手打ち刃物を生み出す職人の姿が生き生きと描かれている。

2019年9月10日、ちくま文庫、900円。

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2024年07月06日

『幕末の探検家松浦武四郎と一畳敷』


幕末から明治にかけて活躍した松浦武四郎(1818‐1888)の生涯と、彼が晩年に建てた一畳の書斎について、多数の図版や写真を織り交ぜて紹介した本。

探検家、著述家、古物蒐集家などマルチな顔を持つ松浦の業績を伝えるために、さまざまな工夫が施されている。松浦がフィールドワークに使った「野帳」の複製を綴じ込んだり、「新版蝦夷土産道中寿五六(すごろく)」の複製を折り畳んで綴じ込んだり、縦長の「北海道人樹下午睡図」を見開き2ページを使って横向きに印刷したり、眺めているだけで楽しくなってくる。

江戸で習得した篆刻で旅費の一部を捻出したが到底足りず、野宿でしのいだり、時には旅先で出会った人々の世話になったりもした。返礼として、彼らが伊勢参りをする際は、一宿一膳を提供するよう実家宛の書簡で頼んだ。

伊勢街道に面した土地(現在の松阪市)に生まれ育ったことは、松浦の生涯に大きな影響を及ぼした。帝釈天の参道に家がある寅さんにも似たエピソードだ。

松浦が全国から取り寄せた銘木などを集めて建てた「一畳敷」は現在、国際基督教大学の構内に保存されている。いつかぜひ公開されている時に見に行きたい。

2010年6月15日第1刷、2019年9月20日第5刷。
LIXIL出版、1500円。

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2024年07月05日

住吉カルチャー&フレンテ歌会

本格的な夏の暑さになってきた。

10:30から神戸市東灘区文化センターで住吉カルチャー。参加者9名。足立巻一『やちまた』の紹介をしてから、大辻隆弘『橡と石垣』の歌を取り上げて話をした。12:30終了。

昼食を挟んで同じ場所で13:00からは第81回フレンテ歌会。参加者13名。自由詠1首と題詠1首、計34首について意見交換する。歌に出てきた「オニキス」という石の名前を初めて知った。17:00終了。

その後、近くのロイヤルホストで食事をしながら2時間ほどお喋りした。フレンテ歌会も8年目になり思い出話も出るようになってきた。

今月は「パンの耳」第8号の歌評会、8月に須磨シーワールド吟行、9月には大阪文学フリマへの出店と、楽しみな行事が続いていく。

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2024年07月04日

高桑信一『狩猟に生きる男たち・女たち』


副題は「狩る、食う、そして自然と結ばれる」。

雑誌「渓流」に連載された「現代マタギ考」全17章を改題してまとめたもの。狩猟する人々への取材とともに、自らも狩猟免許を取得して猟をするようになる経緯が記されている。

土に残る微細な足跡が、いつ刻まれたものかの判定が重要になってくる。(…)しかし、雪が降れば話はべつで、見切りは格段に楽になる。きのうまでなかった足跡があれば、それはもちろん昨夜から今朝のものに決まっているのだから。
熊の脂は、古くから切り傷や火傷の特効薬として用いられてきた。しかし、医薬品と銘打てば薬事法に抵触する。だから、肌に潤いを与える商品として販売するのだ。つまりはスキンケアであり、化粧品として売るのである。
近年は、センサーによって罠の捕獲をスマホに伝えてくれるシステムまであるという。時代の変化といえばそれまでだが、その便利さが猟の上達に繋がるわけではない。むしろ額に汗して山に登り、罠を見まわって、山の囁きに耳を傾けてこそ、動物の動きが見え、工夫が生まれるのである。

奥会津、山形・小国、南会津の猟師に加えて、京都で罠猟をする千松信也さんも登場する。

2021年4月1日、つり人社、1800円。

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2024年07月03日

川村有史歌集『ブンバップ』

著者 : 川村有史
書肆侃侃房
発売日 : 2024-04-02

第1歌集。
タイトルの「ブンバップ」はヒップホップの用語らしい。

オリックス楽天アコム武富士母は貧乏なので歌を聴いてる
ヘッドスピンずっと回ってヘッドスピン止まらないことが美しい夜
父親がコンビニエンスストアから持って帰ってくる生パスタ
傘を差す人が歩道に立っていて陽が射したので日傘の人に
とびだすなキケンぼうやが飛び出ていて猛暑日続けばいいと思った
僕にでもわかる星座が描いてあるあれはたしかカシオペヤ 確か
ぼくの横を速い二輪が抜けてって前のセダンがパトカーになる
友達のジュニアが話しかけてくる親とは違うサイズで僕に
行進はたぶんそれなりにできる子どもの僕がやったのだから
はたらいてシャワーを浴びる日々あるある 緑地公園にふえる紫陽花

1首目、語順がいい。最初は野球の話かと思ったら消費者金融の話。
2首目、このままずっと夜が続いてここが世界の中心であるような。
3首目、「持って帰って」とあるので買ったのではない感じがする。
4首目、モノは変わらないのに「傘」から「日傘」に認識が変わる。
5首目、飛び出し坊や自身が飛び出していることに対するツッコミ。
6首目、「わかる」と言ってから自信がなくなっていくのが面白い。
7首目、スピード違反のバイクを見つけて追い掛ける覆面パトカー。
8首目、大きさは違うけれど顔かたちは似ていて相似形なのだろう。
9首目、小学生の頃にやって以来大人になると行進する機会がない。
10首目、仕事と睡眠を繰り返す日々に気が付けば紫陽花が満開だ。

ラップのような韻の踏み方や音の響かせ方が歌集の大きな特徴となっている。例えば、連作「退屈とバイブス」は「退屈」と「バイブス」がどちらも AIUU で響き合う。

〈怪物をだいぶ疲れた面持ちの男の人が追い出す映画〉の「怪物」「だいぶ(つ)」も同じ原理で、音の響きが言葉を呼び込んでいるのだろう。

〈ビルボードチャートをちゃんと追っている友達とポテトLを終える〉の「チャート」と「ちゃんと」、「トL(エル)」と「終える」なども、内容と言うよりは音が優先されている。

2024年4月9日、書肆侃侃房、1800円。

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2024年07月02日

今後の予定

下記の講座や歌会などを行います。
みなさん、お気軽にご参加ください。

7月15日(月・祝)第14回別邸歌会(京都)
https://matsutanka.seesaa.net/article/503430273.html

7月27日(土)講座「短歌―歌集の編み方、作り方」(くずは、オンライン)
https://matsutanka.seesaa.net/article/503408936.html

8月6日(火)講座「戦争で負傷した軍人は何を詠んだのか?」(オンライン)
https://yatosha.stores.jp/items/6688a1b2f06ae80578503259

8月28日(水)講座「現代短歌セミナー 作歌の現場から」(オンライン)
https://college.coeteco.jp/live/m331c69e

9月15日(日)第15回別邸歌会(奈良)
https://matsutanka.seesaa.net/article/503430273.html

10月6日(日)講座「タイトル未定」(大阪)

11月10日(日)鳥取県民短歌大会 講演「平明で奥深い歌」
https://toricul-kenbunren.jp/pages/50/detail=1/b_id=251/r_id=38/

11月16日(土)第16回別邸歌会(滋賀)【予定】
https://matsutanka.seesaa.net/article/503430273.html

11月24日(日)岩国市民短歌大会講演 講演「短歌と省略」

posted by 松村正直 at 22:49| Comment(0) | 今後の予定 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

樋口健二『忘れられた皇軍兵士たち』


1970年から72年にかけて各地の療養所に暮らす傷痍軍人を取材した写真集。版元が先月末で廃業したので今後は入手が難しくなるかもしれない。

脊髄に障害を負った元兵士が暮らしていた「国立箱根療養所」(現・国立病院機構箱根病院)や精神を病んだ元兵士のいた「国立武蔵療養所」(現・国立精神・神経医療研究センター)・「国立下総療養所」(現・国立病院機構下総精神医療センター)など、今では知る人の少ない施設の様子が写真に収められている。

元皇軍兵士であった傷痍軍人たちが、社会から疎外されたまま、にもかかわらず必死に生きていたことはまぎれもない事実なのだ。彼らは「皇軍」が人間をどのように扱ったのかの生きた証拠として、黙々と「戦後」を告発し続けていたのだ。

著者は2006年にその後の様子を追加取材しているが、傷痍軍人の多くは既に亡くなっていた。

2017年6月30日、こぶし書房、2000円。

posted by 松村正直 at 20:40| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年07月01日

雑詠(039)

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木目ではなく木目調、レンガではなくレンガ風、落ち着くけれど
あみだくじのようにわたしの休日の窓を伝って消える雨粒
安くなれば誰もキャベツのことなんて言わなくなってどんと積まれる
橋脚が燃えているとは知るはずもなく笑い合い渡りゆくひと
夏草に包まれてゆく公園に高さの違う鉄棒ふたつ
特急が普通列車を抜き去って立ち食いそばの暖簾が揺れる
じりじりと枇杷の季節の過ぎゆくを眺めるままに今年も食べず

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posted by 松村正直 at 21:40| Comment(0) | 雑詠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする