2024年04月30日

雑詠(037)

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回転する円を線へとほどきつつ文字の上ゆく修正テープ
うなだれて山吹色に変わりゆくあんなに明るかったミモザが
ひと月の収支といえど目に見えて数字がわれの日々を蝕む
リニューアルしてからなぜか行かざりし中華萬吉つぶれていたり
回転する円を線へとほどきつつ丘陵を行く春の自転車
全身に付けられるだけの花を付け木香薔薇は加減を知らず
「あ」に始まり「ん」へと到る人生の松村正直いまどのあたり

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2024年04月29日

徳島(その1)

1泊2日で徳島へ行ってきた。
京都駅〜徳島駅は高速バスで約3時間。


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あいにくの小雨だが、徳島に来たからには眉山(びざん)に登らないと、というわけでロープウェイに乗る。そもそもロープウェイが好きなのだ。ここのロープウェイは2台がセットで運行している。


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山頂からの徳島市街の眺め。
川が何本も走っていて、海も近い。


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パゴダ平和記念塔。

1958年に第二次世界大戦の死者を慰霊するために建てられたもの。約30年前に眉山を訪れた時にも見て印象に残っている。


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万葉歌碑。

「眉のごと雲居に見ゆる阿波の山懸けて漕ぐ舟泊り知らずも」
(船王 巻六 998)

眉山の名前の由来となったとされる歌である。

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2024年04月28日

徳島から

徳島から帰ってきました。

とても楽しい2日間。昨日は四国キャラバン歌会、今日は晴天の道をひたすら歩いて日に焼けました。

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2024年04月27日

徳島へ

四国キャラバン歌会に行ってきます。

徳島へ行くのも、自分が主催する以外の歌会に参加するのも久しぶりなので楽しみ!

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2024年04月25日

黒木三千代歌集『草の譜』

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『貴妃の脂』(1989年)、『クウェート』(1994年)に続く第3歌集。30年ぶりの歌集ということになる。幼少期の回想の歌や恋の歌が印象に残った。

桃の葉が指(および)のやうに垂るる午後 重たいおとうさまの文鎮
樹の影をうつして池は昏れはじむ墨溜りのくらさまでもう少し
薬袋(やくたい)を柳葉包丁に裂き開けて祖母が押し殺しゐしもの知らず
すれつからし あばずれ みづてん きらきらとをみなごだけが被(き)せられし笠
桃の花ぼつと明るし牛乳(ぎうちち)はよく嚙んでから飲むと習ひき
「元少年」といふ不可思議な日本語がひらひらとせり朝の郵便受(ポスト)に
だし喰ひのお砂糖喰ひの棒鱈がわが家一年分の砂糖を食ひき
何をして食べてゐるのか分からない叔父などがむかしどの家にもをりし
両切りのピースのつよいニコチンはあなたの若さだつた 髪も強(こは)かりき
言はずとも分かつてゐるといふひとにどんなわたしが見えてゐるのか
ブラウシュバルツのインクをときみが言ふからに銀座伊東屋までの春雪(しゆんせつ)
入院をすれば家族の手の中の光年よりも遠いこひびと

1首目、若くして亡くなった父親。「おとうさま」に時代を感じる。
2首目、池の水面の暮れゆく様子には心の翳りに通じるものがある。
3首目、女性ゆえに耐え忍んできたものが、きっと祖母にもあった。
4首目、性的に奔放な人物を悪く言う言葉だが、男性には使わない。
5首目、昭和の頃の懐かしい教え。あれは何のためだったのだろう。
6首目、少年犯罪を犯した人物が成人した後にだけ使う特別な用語。
7首目、京都の正月の伝統的な食べ物。手間のかかることで有名だ。
8首目、ジャック・タチ「ぼくの伯父さん」もフーテンの寅さんも。
9首目、元気だった頃の恋人の姿。煙草を吸う人も減ってしまった。
10首目、言葉にしなくても分かり合えるというのは本当かどうか。
11首目、万年筆と輸入物のインクを使う昔ながらの学者肌の人物。
12首目、入院や死の場面には家族以外は立ち入ることができない。

2024年1月21日、砂子屋書房、3000円。

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2024年04月24日

90年前の歌

来月の講座「ラジオと戦争」に向けて下調べをしていたら、こんな歌が見つかった。

眉あげて戦争をとく人びとは兵役の関係なきものおほし
/木下国一「アララギ」1932年1月号
たはやすく戦をいふこの人は死を他人事(ひとごと)と思へるらしき
/半田良平「国民文学」1932年5月号
兵役にかかはりの無きがたはやすく世界を敵と戦へと言ふ
/大和勇三「歌と観照」1933年12月号

90年前も今も変わらないなあと思う。

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2024年04月23日

下重暁子『家族という病』


60万部を超えるベストセラーになった本。

「ほんとうはみな家族のことを知らない」「家族は、むずかしい」「家族という病」といった刺激的な章題が並んでいる。

多くの人達が、家族を知らないうちに、両親やきょうだいが何を考え感じていたのか確かめぬうちに、別れてしまうのではないかという気がするのだ。
都会で独居してそのまま亡くなるケースを人々は悲惨だというが、はたしてそうだろうか。本人は一人暮らしを存分に楽しみ、自由に生きていたかもしれない。
「お子さんがいらっしゃらなくてお淋しいですね」という人がいますが、今あるものがなくなったら淋しいでしょうが、最初からなかったものへの感情はありません。

こんな文章を読んで、思い出したのは次の二首。

沢瀉(おもだか)は夏の水面の白き花 孤独死をなぜ人はあはれむ/雨宮雅子『水の花』
子はなくてもとよりなくてさびしさを知らざるわれをさびしむ人は/草田照子『旅のかばん』

いろいろと考えさせられる内容の一冊だった。

2015年3月25日、幻冬舎新書、780円。

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2024年04月22日

同人誌「パンの耳」

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同人誌「パンの耳」は9か月ごとの発行です。

最新の第8号が出たのに合わせて、BOOTHにバックナンバーも補充しました。現在、2号から8号までお買い求めいただけます。

https://masanao-m.booth.pm/

定価はどれも1冊300円。送料込みです。
ご注文お待ちしております。

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2024年04月21日

佐太郎関連のおススメ本

先日のオンライン講座「作歌の現場から」では、「てにをはの使い方」というテーマで引かれた10首のうち4首が佐藤佐太郎の歌であった。さすが佐太郎という感じ。

佐太郎や助詞の使い方についてさらに詳しく知りたい方のために、いくつかおススメの本を挙げておこう。

○佐藤佐太郎『短歌を作るこころ』(1985年)

佐太郎は作品だけでなく歌論や入門書や自歌自註も多く書いていて、短歌作りの理論を詳しく記している。本書はその一つで、代表的な歌論「純粋短歌」(1953年)も収録されているので便利。「日本の古本屋」で1000円以内で買える。

○大辻隆弘『佐藤佐太郎』(2018年)

「コレクション歌人選」の一冊。先日の講座でゲストとしてお迎えした大辻さんが佐太郎の歌から50首を選んで鑑賞を書いている。「てにをはの使い方」についても詳しい。
https://matsutanka.seesaa.net/article/463994081.html

○秋葉四郎『短歌清話 佐藤佐太郎随聞』(上)(下)(2009年)

佐太郎に師事した著者が昭和45年から61年までの師の言行について日録風に記した本。かつての師弟関係の濃密さに圧倒されるとともに、佐太郎の人となりがよくわかる内容となっている。上下巻あわせて1050ページに及ぶ大作だが、佐太郎沼にハマった人にはぜひ読んでほしい。
https://matsutanka.seesaa.net/article/415463275.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/415518232.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/416110859.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/416149775.html

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2024年04月20日

狭山池吟行

フレンテ歌会のメンバー11名で大阪の狭山池へ吟行に出かけた。
9:30に南海「大阪狭山市」駅に集合。


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狭山池は約1400年前に作られた日本最古のダム式のため池。
川を堰き止めて人工の池を作ったものだ。


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晴天に恵まれて気持ちの良い風景が広がる。ムクドリ、ツバメ、ウグイス、カイツブリ、コサギ、カワウなど鳥もたくさん集まっている。


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ため池から水が流れ出る常用吐(じょうようばき)。
曲線を描く堰堤が美しい。


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安藤忠雄設計の大阪府立狭山池博物館。
エントランスに滝の通路が設けられている。

館内には輪切りにして移設した巨大な堤の一部や、池から出土した飛鳥時代、奈良時代、江戸時代の木製の樋、鎌倉時代の重源の改修碑などが展示されている。ボランティアガイドの資格を持つ畑中秀一さんの解説を聞いて、歴史の楽しさを存分に味わった。

その後、近くの店で名物のポトフランチを食べて、15:00から歌会。一人2首の計22首について語り合う。その場にいない人にも伝わる歌になっているかが、吟行ではしばしば議論になる。17:00終了。

帰りに葉ね文庫に寄って、「パンの耳」第8号を納品する。今日も多くのお客さんで賑わっていた。19:00解散。今日はたっぷりと短歌漬けの一日だったな。

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2024年04月19日

今井聡『ただごと歌百十首』


副題は「奥村晃作のうた」。

奥村晃作の第1歌集『三齢幼虫』(1979年)から最終歌集『蜘蛛の歌』(2023年)までの18冊から110首を選んで鑑賞文を記した本。

長年奥村に師事してきた著者ならではの深い分析が随所に光る。また、親しい者しか知らないような奥村の個人的なエピソードも出てくるのも楽しい。

社会的・人間的規制の内側にあって、却ってひらめくような「ワイルドネス(本能)」といったものの光・力動というものを、奥村ただごと歌は常に掲出し、あぶり出している。
奥村の思想の根底、「一つの」「一人の」という、イデア志向があることに幾度か触れてきた。一つのこと、一人の行動・思考が、状況を動かす。そしてその一つの、一人の営為によって、奥村の認識が「改まる」のだということ。
奥村は徒歩及び自転車のひとであり、自動車乃至自動車社会を様々な角度から詠う。
奥村の現代ただごと歌、それは情(こころ)の歌であり、それは物に即して、こころの余計な装飾を避け(かなしい、寂しい等)その流れを示していくもの。
奥村がただごと歌で示していること、それを哲学的な面で捉えるのならば「我々は何を、知っている、分かったと言い得るのか」その範囲とは何処までを言えるのか、ということだろうと、私は解釈している。

1首につき1〜2ページ程度の鑑賞文という構成で、とても読みやすい。いろいろな歌人について、こうしたスタイルの本が出るといいなと思う。

最後に、110首の中から特に印象に残った歌を引こう。

縄跳びを教へんと子等を集め来て最も高く跳びをり妻が/『三齢幼虫』
大男といふべきわれが甥姪(おひめひ)と同じ千円の鰻丼(うなどん)を待つ/『鴇色の足』
タラバガニ白肉(しろにく)ムシムシ腹一杯食べて手を拭きわれにかへりぬ/『都市空間』
転倒の瞬間ダメかと思ったが打つべき箇所を打って立ち上がる/『ピシリと決まる』
スティックに切りしニンジン分け持ちて子らは腹ペコ山羊へと向かう/『ビビッと動く』

コスモス叢書の番号が「第1234編」であるのも、この本によく合っている気がする。

2024年2月20日、六花書林、2000円。

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2024年04月18日

鎌田慧『日本列島を往く(5)』


副題は「夢のゆくえ」。
昨年、只見町の「たかもく本の店」で購入した本。

沖縄県本部町、北海道別海町、広島県因島市、香取開拓団、福島県三島町を訪れて記したルポルタージュ。それぞれの地で行われた沖縄海洋博やパイロットファーム、造船、開拓、ダム建設のその後を描いている。

このシリーズは20年くらい前に読んだはずなのだが、この1冊は未読だったようだ。

縫製工場が進出する計画もあるが、男の採用にはつながらない。失業地帯に低賃金の縫製工場が進出してくるのは、全国に共通した現象である。一家の主が失業すれば、主婦がはたらきに出なければならない。失業者が多ければ多いほど、パートの希望者がふえ、競争が激しくなって、安い賃金ではたらくようになる。
戦後の「緊急開拓事業」は、一九四五年一一月の閣議決定によるのだが、食糧増産と引揚者や戦災者の帰農対策との一石二鳥を狙うものだった。それはある意味では、戦前の「満州移民」の後始末でもあった。満州に移植させられたひとたちは、命からがら帰国したあと、こんどは「内地」の無人地帯に追放されたのだ。
こうして只見川流域には、東北電力が一三、電源開発が八、あわせて二一の発電所が並ぶことになった。福島県は水力発電のあと、東京電力の合計一〇基の原発を引き受けて、太平洋岸に並べ建て、「原発銀座」をつくりだした。文字通り「電力県」となったのだが、土木工事と交付金による、立地町村の好況は、一瞬のうちに過ぎ、それぞれ過疎地に転落している。

本書に収められた文章が書かれたのは1980年代のこと。それから、さらに約40年の歳月が過ぎた。インタビューを受けた人たちはその後どのような人生を送り、町は今どんなふうになっているのだろう。

2004年5月18日、岩波現代文庫、1000円。

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2024年04月17日

オンライン講座「『ラジオと戦争』今、戦時下メディアの責任に向き合う」

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5月25日(土)の講座「『ラジオと戦争』今、戦時下メディアの責任に向き合う」はオンラインでも受講できます。

講座終了後、1週間限定のアーカイブ配信もありますので、当日ご都合の悪い方もどうぞお申込みください。

https://college.coeteco.jp/live/5ynjce7k

よろしくお願いします。
posted by 松村正直 at 15:21| Comment(0) | カルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月16日

講座「『ラジオと戦争』、今、戦時下メディアの責任に向き合う」

5月25日(土)14:00〜15:15、NHK学園国立本校(東京都国立市富士見台2-36-2)にて、講座「『ラジオと戦争』、今、戦時下メディアの責任に向き合う」を行います。

https://culture.n-gaku.jp/course/6321

昨年、毎日出版文化賞を受賞した『ラジオと戦争』の著者である大森淳郎さん(元NHKディレクター、元NHK放送文化研究所研究員)に、私が聞き手としてお話を伺います。

『ラジオと戦争 放送人たちの「報国」』(NHK出版)は、戦時下のラジオに携わった人々の動向を多くの資料やインタビューをもとに多面的に浮き彫りにした労作です。戦意高揚に加担した責任という点では、歌人にも共通する問題を描いています。

過去の歴史の検証は、私たちの現在や今後を考える手掛かりとなります。多くの方のご来場をお待ちしております。

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2024年04月15日

「パンの耳」第8号刊行

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同人誌「パンの耳」第8号を刊行しました。
メンバー18名の連作15首とエッセイ「雨のうた」が載っています。


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A5判、60ページ、定価は300円。
現在、松村の BOOTH で販売中です。
https://masanao-m.booth.pm/

歌会などにも持参しますので、お気軽にお声がけください。
よろしくお願いします。

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2024年04月14日

北野新太『透明の棋士』


将棋や棋士に関する文章17篇を収めた本。
ミシマ社の「コーヒーと1冊」シリーズ2。
https://mishimasha.com/coffee/

将棋と特に縁のなかった著者は、2005年の瀬川晶司の棋士編入試験をきっかけに将棋や棋士に興味を持ち始める。

今の私にとって将棋は不可欠な存在となっている。(…)なぜか。今の私にとって将棋以上に震える対象はないからだ。棋士以上に興味を惹かれる存在などいないからだ。

そんな著者が、里見香奈、三浦弘行、屋敷伸之、中村太地、羽生善治、渡辺明、森内俊之といった棋士の勝負を追い、話を聞く。

「6六銀は、ここに銀を捨てるからすごい手なんですよと、プロがアマチュアにすぐ説明できるじゃないですか。トップのプロが感心する一手というのは、もうちょっと難しくて地味なところの手ですね」(渡辺明)
「相手を打ち負かそうという感情は薄いと思います。でも、将棋は勝つか負けるかしかないので、負けないためには勝つしかないんですよね。負けるのは嫌なんです」(森内俊之)

勝つか負けるしかない世界の厳しさと潔さ。そこでは言い訳も弁解も肩書も年齢も、何の役にも立たない。

どれだけ優勢に立った終盤戦でも、三点リードの後半ロスタイムといった状況は存在しない。あるとすれば、三点リードで迎える九回裏二死満塁しかない。

なるほど。一手の持つ怖さが実によくわかる比喩だ。

2015年5月25日第1刷、2017年12月20日第4刷。
ミシマ社、1000円。

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2024年04月13日

楠誓英歌集『薄明穹』

著者 : 楠誓英
短歌研究社
発売日 : 2024-01-17

第3歌集。

モザイクのタイルをおほふ草の中お風呂ではしやぐ子らの声せり
てのひらの菌を殺せば遠つ世の仏陀のまなこに翳のさしたり
崖ぞひの軒にそよげる鯉のぼり岩肌に尾を削られながら
石段(いしきだ)の泥(ひぢ)は乾けり台風ののちを流れて炎暑の川は
陰惨に抜かれし牛の舌に似てジャーマンアイリスくらき花弁よ
草原を過ぎゆく雲のかげのなか白きイーゼル残されたまま
本当の名は知らぬまま離(か)れしひとの恥骨あたりのほくろをおもふ
開かれたポストの中を下がりゐる牛の胃袋のごとき見てゐつ
父を憎む少年ひとりをみつめゐる理科室の隅の貂の義眼は
ひしめける真鯉の口をぬひてゆくすずしき貌の鳰(にほ)の一羽は

1首目、廃屋の風呂場だった所からその家の子たちの声が聞こえる。
2首目、手の消毒をすることは仏教の不殺生の教えに反するのかも。
3首目、下句がいい。風にそよぐたびに岩に擦れてしまうのだろう。
4首目、増水した時の名残の泥がこびりつき無惨な姿を見せている。
5首目、かなり個性的な連想だ。牛タンを食べるために抜かれた舌。
6首目、夢の中の風景のよう。絵を描いていた人は消えてしまった。
7首目、本名を知らない相手との性愛の記憶。下句がなまなましい。
8首目、郵便ポストの中にセットされている回収袋。比喩が印象的。
9首目、少年時代の回想か。剝製の貂の義眼と少年の暗い眼を思う。
10首目、関わりを持たない鯉と鳰。でも官能的な雰囲気を感じる。

2024年1月17日、短歌研究社、2100円。

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2024年04月11日

オンライン講座「短歌のコツ」

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NHK学園のオンライン講座「短歌のコツ」は、今期残り3回です。1回ごとに完結する内容ですので、興味・関心のある方はぜひご受講ください。

https://college.coeteco.jp/live/8940cyl2

日程は4/25、5/23、6/27。毎月第4木曜日の開催です。

時間は 19:30〜20:45 の75分。前半に秀歌鑑賞をして、後半は提出していただいた作品の批評・添削を行います。質問の時間もありますので、何でもお気軽にお尋ねください。

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2024年04月10日

藤井貞和『日本語と時間』


副題は「〈時の文法〉をたどる」。

「き」「けり」「つ」「ぬ」「たり」「り」など多くの助動詞を持っていた文語の時間表現のありようを確認しながら、その変遷と現代につながる道筋を記した本。

いわゆる文法に関する本なのだが、「文法がけっして学習にとっての検閲≠ノなりませんように! より深く文章を味わうための道しるべになってほしい」とあるように、非常に豊かな内容を持っている。

古文の七〜八種の時間の差異を知ってのち、近代文学や現代詩歌に接すると、われわれの近代や現代での文体を創る苦心とは、それら喪われた複数の時間を復元する努力だと知られる。
「……だろ!」「……行こ!」などと、「だろう」「行こう」の「う」をゼロ化(厳密には促音化)してさえ、未来〜推量(〜意志)は成立するのだから、文法はおもしろい。
当然のことながら、古代人はやすやす「たり」と「り」を使い分ける。別語だから「たり」と「り」との二種があったので、それらの使い分けが難しいのは現代人にとってだ、ということを銘記しよう。
一方、俳句(発句)形式はどうだろうか。/5−7/5/という形式は、非音数律詩だと言うほかない。(…)音数律詩が成立する直前で投げ出された、その意味で自由@・として俳句形式はある。

助動詞の相関図としての「krsm四面体」モデルをはじめ、著者の独創的なアイデアが随所に出てきておもしろい。一つ一つ自分の頭で根源から考え抜く姿勢の大切さを教えられた。

2010年12月17日、岩波新書、800円。

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2024年04月08日

伏見桜まつり

昨日は「伏見桜まつり」へ。


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京橋(伏見みなと公園)付近。
水路沿いに多くの屋台が出て、大勢の人で賑わっていた。


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桜は満開で天気も上々。


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 伏見であい橋付近。


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 肥後橋から眺めた濠川。
 遠くに三栖閘門が見える。


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東高瀬川の土手。
ここまで来ると誰もいない。


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 紅白の鉄塔がいい味を出している。


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松本酒造株式会社。
ここは伏見の定番の撮影スポットになっている。

気温25度の暖かさの中を歩き回って、桜と春をたっぷり満喫した。

posted by 松村正直 at 11:10| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月07日

江田浩司『短歌にとって友情とは何か』

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「北冬」の連載をもとにした第T部「短歌にとって友情とは何か」と第U部「寺山修司をめぐる断想」をあわせて一冊にまとめた評論集。

中心となる第T部では、石川啄木と金田一京助、岡井隆と相良宏、与謝野晶子と山川登美子、小中英之と小野茂樹などの関係を例に、友情とは何かについて考察している。

どのような親密な関係も、幸福の絶頂にあるとき、関係の崩壊は密かに気がつかないところで進行している。
孤独でなければ、友情の真の意味が理解できないのであれば寂しいが、孤独なるが故に、友情の持つ崇高さに触れることができるのならば、孤独であることの豊かさが友情とともに花開くこともあるだろう。

こうした友情論とともに印象に残ったのは、本歌取りや批評に関する鋭い指摘である。

「本歌取り」による歌の世界の重層性は、単に新しく創造された歌のことだけを指しているのではありません。本歌とそれに基づく歌との相互の世界が、創造を基点として、どちらにも拓かれてゆくことが必要とされているのです。
批評は、自分の短歌の好みを語る場でも、自己の短歌観の正当性を主張する場でもない。あくまでも、テクストに即し、その可能性を追求する場であり、テクストの読みを批評の言葉として提示する場である。

一つ気になったのは「斎藤茂吉と吉井勇」について論じた章に「二人に親密な交友関係があったわけではない。むしろ、勇と茂吉が、このような歌を送り合ったのには意外の感がある」と書いている部分だ。

細川光洋『吉井勇の旅鞄』は、『斎藤茂吉全歌集』に収録されていない茂吉の吉井勇宛の書簡24通(京都府立京都学・歴彩館所蔵)があることを述べた上で、次のように記している。

若き日に長崎で歓楽をともにし、「ダンスホール事件」ではともに妻と別居して冬の時代を過ごした二人は、心と心の深いところで通じ合う間柄であった。

これは二人の関係を考える上で大切なポイントだろうと思う。

https://gendaitanka.thebase.in/items/83845387

2024年2月26日、現代短歌社新書、1800円。

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2024年04月06日

「THE伏見」編集部編『歴史でめぐる伏見の旅』


京阪「丹波橋駅」の改札内にあった水嶋書房(先月27日に閉店)で購入した1冊。

古代から近代にいたる伏見(深草・稲荷・桃山・鳥羽・醍醐・淀)の歴史をたどるガイドブック。伏見に住んで23年になるが、まだ知らないことがいろいろとあった。

伏見を知る上で欠かせないのは、この町が、かつて「港湾都市」だったという視点ではないだろうか。現代の私たちからすれば港といえば海辺にあるものと思いがちだが、移動と運輸の主が船だった時代には、水運の要衝は政治・経済・軍事の面から重視された。
伏見を深く知るためのキーワードは「水」。古くは「伏水」とも書き、その字の通り、いまも伏流水(地下水)に恵まれた地です。
明治天皇崩御後、旧伏見城跡に陵墓が造られることになり、大正元年(一九一二)九月に桃山大葬列が行われました。その後も御陵参拝者は多い時には年間三十万人が訪れ、周辺の商店や旅館はおおいににぎわいました。
秀吉はなぜ伏見に城を造ったのか、平安時代の絶対王者・白河院の離宮はなぜ鳥羽だったのか。なぜ龍馬は伏見を拠点にしていたのか。港町というキーワードを知れば、あっけないほどにわかる謎ですが、伏見が港の機能を失って半世紀、巨椋池が姿を消して八十年近い時間が流れる中で、鍵は歴史の中に埋もれ、伏見の本当の魅力は見えにくくなってしまっています。

このところ気温が20度を超す暖かな日が続いている。また伏見のあちこちを散策してみよう。

2015年10月4日、淡交社、1500円。

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2024年04月05日

住吉カルチャー&フレンテ歌会

10:30から神戸市東灘区文化センターで住吉カルチャー。参加者10名。大松達知『ばんじろう』を取り上げたところ、皆さんに好評だった。12:30終了。

昼食を挟んで同じ場所で13:00からは第78回フレンテ歌会。参加者10名。自由詠1首と題詠1首、計24首について意見交換する。同じ歌の読みをめぐってポジティブな受け取り方をする人もいればネガティブな受け取り方をする人もいて面白かった。17:00終了。

今月20日には「春の吟行会〜日本最古のためい池に行こう!〜」がある。また、同人誌「パンの耳」第8号も今月発行の予定。ますます元気にやっていきたい。

posted by 松村正直 at 22:38| Comment(0) | カルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月03日

同人誌「北公園 砂場編」

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島根県塔短歌会員有志による同人誌の2冊目。
https://matsutanka.seesaa.net/article/500810803.html

9名の連作7首+コメントと、前号評(寺井淳)、題詠「砂」の歌評が載っている。前号よりさらにパワーアップした印象だ。

樹の下は深深と赤き沼になる咲いても落ちても椿のままで
あんなにも樹の下まつ赤に落ち椿ひとつくらいはなりすましがゐる
/今井早苗

「椿」7首はうす暗い心のありよう感じさせて迫力のある一連だ。1首目は「沼」に喩えたところが印象的。2首目の「なりすまし」にも不気味なものを感じる。

冬の画廊にふたりならんでみた絵画ふたつの岩が描かれていた
夕焼けは空の出血 橋の上できみがおおきく口あけている
/田村穂隆

1首目は「ふ」の頭韻が効いている。二つの岩が二人の関係性を暗示しているようだ。2首目はまるで「きみ」が血を吐いているかのよう。禍々しくも美しい。

月明かり南の窓からさしこんでしかくい部屋にしかくをつくる
/乙部真実

四角い窓から差し込んだ月明かりが床を四角く照らしている。「しかく」の繰り返しが巧み。

鼻かんで捨てたティッシュのことなんておぼえていないでしょう ふるさと
/上澄眠

最後の「ふるさと」が何とも痛烈。ふるさとを捨てた人(自分?)への強い問い掛けだ。

二億回再生されたラブソングなんかに涙が出てしまうおれ
/西村鴻一

そんなものに心を動かされたりしないと思っていたのに、という感じか。再生回数二億回は伊達じゃなかった。

木造船になったあなたの右肩にひと枝さきはじめている蠟梅
/日下踏子

幻想的な味わいの歌。人間だった頃の魂や心の名残のように、美しい蠟梅が光っている。

風葬の手順を君に語られて君を風葬させながら聞く
/丸山恵子

下句がおもしろい。頭の中で死んだ君を手順通りに風葬させていく。どことなく官能的でもある。

縦縞の建屋越しに見る海は今日は綺麗な穏やかな青
/平田あおい

島根原子力発電所と美しい日本海。「今日は」が穏やかでない天気の日や、さらには万一事故が起きた時のことなどを想像させる。

同人誌「北公園 砂場編」(600円)と前号の「北公園」(500円)は、「書架 青と緑」のネットショップで購入できます。
https://shoka-books.stores.jp/

2024年2月25日、北公園編集委員会、600円。

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2024年04月02日

映画「愛しのタチアナ」

監督:アキ・カウリスマキ
出演:カティ・オウティネン、マッティ・ペロンパー、マト・ヴァルトネン、キルシ・テュッキュライネンほか

特集「愛すべきアキ・カウリスマキ」の一本。1994年公開のモノクロ作品。

2人の中年男性が偶然出会った2人の外国人女性と車で旅するロードムービー。会話はほとんどなく、ひたすらコーヒーやウォッカを飲んだり煙草を吸ったりしている。

フィンランドからエストニアへ船で渡るシーンがあるのだが、地図で見ると両国の首都であるヘルシンキとタリンはフィンランド湾を挟んで向かい合っていて、わずか85キロの距離なのであった。

なるほど。

出町座、62分。

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2024年04月01日

三井修歌集『天使領』


ビルの影、木の影、我が影 一方(ひとかた)に倒れて都心の休日静か
春の夜のシフォンケーキはほぼ空気 ほろほろ空気を零しつつ食む
空也吐く小仏ほどの幽(かそ)けさに秋の夕暮れ鳥渡りゆく
大洋を航(ゆ)くべかりしに街をゆく我の肩より垂るる帆布は
明日の朝摘果さるべき実も容れてビニールハウスにメロンしずけし
あまたなる耳が夕陽に透きながら交差してゆく渋谷駅前
支払いを終えたる人はその杖を再び取りて歩み始めぬ
小さなる甕棺ありて小さなる骨が小さき石を抱きいる
八月の銀河が蒼く展(ひら)く下 紐解けやすき靴にて歩む
三人(みたり)して眠れば雪の下にても温かからむ能登の父母兄(ふぼあに)

1首目、本体は大きさも形も異なるけれど、影は同じ方向に伸びる。
2首目「ケーキ」と「空気」の音が響き合う。何とも軽やかな印象。
3首目、有名な空也上人像を用いた見立てと遠近感が実に鮮やかだ。
4首目、一澤帆布製のかばん。帆船や海への憧れを胸に秘めている。
5首目、メロンだけでなく人間の運命のことなども思わされる歌だ。
6首目、耳に着目したのがいい。スクランブル交差点を行き交う耳。
7首目、特別なことは何も言ってないのに、これで十分に歌になる。
8首目、縄文時代の抱石葬。「小さ」の繰り返しが悲しみを伝える。
9首目、上句と下句の取り合わせがいい。天上の銀河と地上の靴紐。
10首目、故郷の墓に眠る肉親たち。能登の風土への心寄せが滲む。

2024年1月25日、角川文化振興財団、2800円。

posted by 松村正直 at 10:09| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする