2023年09月30日

雑詠(031)

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みずからの鼾ふかきに目を覚ます昼うす青きひとりの部屋に
一点の朱を添えるべく古庭のみずの面に浮上する鯉
汗かかぬように呼吸を抑えつつ混み合う朝の電車に浮かぶ
敵の敵は味方にあらず噴水のみずの根元に浮かぶ白球
中国のこと書き立てる投稿も当然として漢字を使う
カラス鳴く声に応えるにんげんのカラスもいたり父に抱かれて
ありがとうございますって言われても土鳩のようにわれは眠るよ

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2023年09月29日

松平盟子『与謝野晶子の百首』


「歌人入門」シリーズの8冊目。
副題は「光と影を含む多様な歌世界」。

与謝野晶子の短歌100首を取り上げて鑑賞・解説をした本。大きな特徴はテーマ別に12の章に分けられていること。「恋」「十一人の子の母として」「社会を見る眼差し、都市生活者の思い」「西洋との遭遇、旅と思索」など。

初めて知る歌もあって、晶子に対する興味がまた増してきた。

秋来ぬと白き障子のたてられぬ太鼓うつ子の部屋も書斎も/『青海波』
腹立ちて炭まきちらす三つの子をなすにまかせてうぐひすを聞く/『青海波』
花瓶の白きダリヤは哀れなりいく人の子を産みて来にけん/『さくら草』
女より智慧(ちゑ)ありといふ男達この戦ひを歇(や)めぬ賢こさ/『火の鳥』
ついと去りついと近づく赤とんぼ憎き男の赤とんぼかな/『朱葉集』

このシリーズは右ページに短歌1首、左ページに250字程度の鑑賞となっていて、とても読みやすい。まさに入門編として最適だと思う。

2023年7月7日、ふらんす堂、1700円。

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2023年09月28日

彼岸花

亀岡市に彼岸花を見に行った。
亀岡駅からバスで10分ほどのところ。


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畦に沿って彼岸花が咲いている。
今年は猛暑のため例年より開花が遅れたそうだ。


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彼岸花の「赤」と露草の「青」。


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一か所に群れて咲いている彼岸花もある。


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 西国三十三所の「穴太寺」(あなおうじ)の仁王像。
 吽形。


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 阿形。


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落ち着いた雰囲気の庭園。

本堂には寝釈迦(釈迦如来大涅槃像)が祀られ、撫で仏として参拝者に親しまれている。


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畦道をぐるぐる歩き回る。
写真を撮っている人もちらほら見かけた。


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長かった夏もようやく終わり、秋になったという感じがする。

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2023年09月27日

エリック・ホッファー『エリック・ホッファー自伝』


副題は「構想された真実」。
中本義彦訳。原題は〈Truth Imagined〉。

エリック・ホッファー(1902‐1983)が『大衆運動』を刊行して著作活動に入る以前の生活について記した本。巻末に72歳の時のインタビューも載っている。

7歳で失明し15歳で視力は回復したものの18歳で両親を亡くし、28歳で自殺未遂を起こす。その後、季節労働者や港湾労働者として長年働き続けた。

旧約聖書に登場する人物で活力のない者は、ほとんどいない。王、聖職者、裁判官、助言者、兵士、農夫、労働者、商人、修行者、預言者、魔女、占い師、狂人、のけ者など、ページの中には数え切れないほど多くの主人公たちが登場する。
われわれは、貧民街の舗道からすくい上げられたシャベル一杯の土くれだったが、にもかかわらず、その気になりさえすれば山のふもとにアメリカ合衆国を建国することだってできたのだ。
開拓者とは何者だったのか。家を捨てて荒野に向かった者たちとは誰だったのか。(…)明らかに財をなしていなかった者、つまり破産者や貧民、有能ではあるが、あまりにも衝動的で日常の仕事に耐え切れなかった者、飲んだくれ、ギャンブラー、女たらしなどの欲望の奴隷。逃亡者や元囚人など世間から見放された者。
四十歳から港湾労働者として過ごした二十五年間は、人生において実りの多い時期であった。書くことを学び、本を数冊出版した。しかし、組合の仲間の中に、私が本を書いたことに感心する者は一人もいない。沖仲士たちはみな、面倒さえ厭わなければできないことはないと信じているのである。

こうした話には、労働者や社会的弱者の持つバイタリティに対する畏敬の念がある。それは、人間が本来誰でも持っているはずの生きる力に対する信頼と言ってもいい。

誰かといるよりも孤独を好む一方で、街で知らない人に話し掛ける気さくな一面も持っている。

私が「何かお手伝いしましょうか」と冗談半分に声をかけると、彼は頭を上げて、初めびっくりしていたが、私に微笑みかけた。彼が読んでいたのは紙が黄色くなったドイツ語の本で、もう一冊は独英辞典だった。
明らかに初めての来訪で、列車を降りた場所であたりを見回している。様子を見ているうちに、急に話しかけてみたくなり、足早に彼女たちに近づいて「何かお手伝いしましょうか」と声をかけた。

ちょっと寅さんに似ているところがあるかもしれない。

2002年6月5日第1刷、2021年5月20日第25刷。
作品社、2200円。

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2023年09月26日

安田茜歌集『結晶質』

著者 : 安田茜
書肆侃侃房
発売日 : 2023-03-15

2014年から2022年の作品を収めた第1歌集。

かなしいね人体模型とおそろいの場所に臓器をかかえて秋は
撃鉄を起こすシーンのゆっくりと喉をつばめが墜ちてくかんじ
わたしは塩、きみを砂糖にたとえつつ小瓶と壺を両手ではこぶ
ベランダにタオルは風のなすがまま会えないときもきみとの日々だ
橋をゆくときには橋を意識せずあとからそれをおもいだすのみ
ごめんねのかたちに口をうごかせば声もつづいて秋の食卓
裏庭をもたないだろう一生に自分のためのボルヘスを読む
あやうさはひとをきれいにみせるから木洩れ日で穴だらけの腕だ
白いシャツはためきながら歩くとき腕はこの世をはかるものさし
胸あたりまでブランケットをかぶっても怒りがからだを操っている

1首目、人間と人体模型の関係が転倒していてアンドロイドみたい。
2首目、下句の比喩が個性的。緊迫した場面で息を飲む様子だろう。
3首目、容器の形は違うけれどどちらも白い粒同士のペア感が強い。
4首目、下句の断言が力強い相聞歌。タオルに心情を投影している。
5首目、時が経ち全体を俯瞰できるようになって気づくこともある。
6首目、口の動きと声との微妙なずれに、心と言葉の乖離を感じる。
7首目、上句が面白い。ある程度の広さの一軒家にしか裏庭はない。
8首目、まだらな光の様子を穴に喩えた。美しさと危うさは紙一重。
9首目、下句の箴言調がいい。剝き出しの腕が風を受けている感触。
10首目、コントロールできない怒りに感情を掻き乱されてしまう。

2023年3月22日、書肆侃侃房、2000円。

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2023年09月25日

映画「福田村事件」

監督:森達也
出演:井浦新、田中麗奈、永山瑛太、コムアイ、東出昌大、豊原功補、柄本明ほか

1923年9月6日、関東大震災後の混乱のなか、千葉県福田村(現・野田市)で行商人の一行が殺害された事件を描いた作品。

朝鮮人殺害や甘粕事件のことは知っていたが、この事件についてはほとんど知らなかったので強く印象に残った。朝鮮人か日本人か言い争う中で発せられる「朝鮮人なら殺していいのか」という台詞が重い。

ドラマとしは、堂々と正論を述べる新聞記者の姿が浮いているのが気になった。一人だけ現代人が紛れ込んだように見えてしまう。もちろん、そこに監督の主張がストレートに出ているのだけれども。

出町座、137分。

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2023年09月24日

土井善晴・土井光『お味噌知る。』

著者 : 土井善晴
世界文化社
発売日 : 2021-10-29

味噌について知り、日々の食事に味噌汁を作ろうとすすめる一冊。カラー写真とともに70種類以上の素朴なレシピが載っている。

テレビ番組でもよく見かける著者のやわらかな語り口と、細かなところにこだわらないおおらかさが特徴である。出汁を取らなくてもいいとか、洋食と合わせても美味しいとか、とにかく自由。その上で、守るべきことは何かを伝えてくれる。

味噌汁は濃くても、薄くても、熱くても、冷めてもおいしいのです。味噌に任せておけばいいのです。
かぼちゃなどの野菜の種やワタは、きれいに除くのが日本料理だと昔、言ってきましたが、毎日の食事であれば、全部用いることが大事だと思います。手間を省くというわけではなく、野菜の種の周りや、魚や肉の骨の周りはおいしいものです。それは栄養価値もあるからです。
油揚げは日本のベーコンと考えてもよいでしょう。油揚げを入れる場面では、代わりにベーコンや豚肉、ソーセージに変えてもよいということです。
季節にあるもんを食べるというのは、旬を食べるということです。季節のもんを食べたら、また、一年が過ぎて巡って来たなあ、と思います。旬を食べることを基本にしていると、一年のリズムができて大事なことをちゃんと身体が思い出してくれ、失うものが少ないような気がします。
食べてから身体の外に出るまでが、食事です。頭で考えるだけじゃなくて、自分自身の身体の声をよく聞いてみてください。

料理についての著者の考えの根幹にあるのは「自立」ということだ。

自分の食べるものを、自分で作ることは第一の自立です。お料理には、不思議な力があるんです。
一人でお料理やってみることで、その経験を生かして、だんだん、いろんなことを身につけてもらえたらいいなと思います。お料理することは自立することです。自立して、自由になって、自分の人生を楽しくやってください。

食の大切さや料理の大切さを、押し付けがましくなく、丁寧にやさしく教えてくれる。早速、今日から味噌汁を作ってみようか。

2021年11月10日、世界文化社、1600円。

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2023年09月23日

佐藤華保理歌集『ハイヌウェレの手』


「まひる野」所属の作者の第1歌集。
2000年前後から2019年までという長い期間の歌が収められている。

南北を海側山側という街のわたしは常に海を指す針
アイラインを引こうとのぞく鏡面の裏側があるなら常にくらやみ
冷たくも暖かくもない終い湯に長く浸かれば消えゆくごとし
こまごまと叱る言葉のおおかたは鳥語であれば子にはとどかず
おもそうに落ちゆくをみる髪の毛がゆうぐれが美容室のすみに
七年後だれかがはずすクリップを機密書類と箱にしまえり
いくまいも花びらをのせ深い沼のようにしずもる黒いボンネット
おおいなる四股とおもえりプレス機が日がな社屋をゆらしておりぬ
メモが貼れる落ち着くなどと近頃はオフィスの一部になる仕切り板
格別なフルーツサンドがあるという長き行列が果てるところに

1首目、神戸ではこういう言い方をする。方位磁針になったみたい。
2首目、自分の内側にある得体のしれない暗闇を覗き込んでしまう。
3首目、重力も温度も何も感じなくなって身体の輪郭が溶けてゆく。
4首目、効果がないとわかっていても小言を言わずにはいられない。
5首目、「髪の毛」と「ゆうぐれ」の並列がいい。世界が遠い感じ。
6首目、保存期間は7年。その時に自分がまだいるかはわからない。
7首目、ボンネットに周囲の景が映って沼のような奥行きを感じる。
8首目、毎日揺れることに慣れてくると安心感や頼もしさを覚える。
9首目、コロナ対策で導入された仕切り板が意外と好評だったのだ。
10首目、明るい色のフルーツサンド。永遠に届かない希望みたい。

2023年3月15日、本阿弥書店、2600円。

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2023年09月22日

黒岩比佐子『伝書鳩』


副題は「もう一つのIT」。

明治時代から現代までの主に国内における軍用鳩・伝書鳩・レース鳩の歴史について記した本。今では知る人も少なくなったエピソードが数多く含まれている。

一九一九(大正九)年にフランスから多数の鳩を輸入すると共に共感も招き、本格的に軍用鳩の研究を始めている。その結果、陸軍ではシベリア出兵を皮切りに、満洲事変から日中戦争にかけて鳩通信を実用化し、太平洋戦争においても前線で活用していた。
(第一次世界大戦で)重要地点に設けられていた有線通信網は、敵軍に発見されてことごとく破壊され、頼みの無線通信機は故障がちで、いざという時には全く役に立たなかった。結局、砲煙弾雨の最前線で危険な通信の任務を果たしたのは、科学技術が創り出した機器類ではなく、鳩だったのである。
(関東大震災後)九月中旬にようやく機械通信が復旧するまでの間、通信面に関しては、ほとんど伝書鳩の独り舞台の観があったと言われている。結局、十一月初旬に戒厳勤務が終了するまでの間に鳩が運んだ通信件数は、二千七百余通にも達した。
湾岸戦争は、ハイテク兵器や軍事衛星や高度な通信システムが駆使され、最先端のテクノロジーの戦争と言われたが、万一、衛星通信網が使えなくなった場合に備えて、スイスが自国軍から三千五百羽の伝書鳩を多国籍軍に貸与したのである。

国内の通信社・新聞社では1960年頃まで伝書鳩が用いられていた。スイスの伝書鳩部隊は1994年に廃止されるまで続いていたとのこと。そんな最近まで、とびっくりする。

伝書鳩は通信文や写真を運ぶだけでなく、輸血用の血液のサンプルや人工授精用の牛の精液も運んだそうだ。現代のドローンのような役割も果たしていたということだろう。

・伝書鳩の歌
https://matsutanka.seesaa.net/article/480698315.html
・軍用鳩の歌
https://matsutanka.seesaa.net/article/480869084.html
・さらに軍用鳩の話
https://matsutanka.seesaa.net/article/480891612.html

伝書鳩・軍用鳩については、今後もいろいろと調べてみたい。

2000年12月20日、文春新書、680円。

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2023年09月21日

川口慈子歌集『Heel』

著者 : 川口慈子
短歌研究社
発売日 : 2023-05-10

2017年から2022年の作品367首を収めた第2歌集。

タイトルの「Heel」は踵やハイヒールの意味かと思ったらそうではなく、プロレスの「悪役」の意味で使われていた。

独りきり蕎麦すする春ここよりは硝子徳利で作る結界
四貫の寿司折を買い四口で昼飯終わる新幹線に
練習をサボると痙攣する指に今日はショパンのポロネーズ弾かす
バランスを微妙に崩し着地する蝶のごと美しき音色を探る
水飴を入れない母の栗きんとん愛想のない子供だったね
〈私〉がずっと連なっているようなきし麺啜る駅のホームで
生きている母には作らなかった粥供えれば湯気のつやめいており
まず非正規から疑われる窃盗犯 砂時計には季節がないね
一人では飲まないジャスミンティーの茶葉戸棚に残る父のキッチン
使い切れない石けんと歯ブラシとポケットティッシュ溢れる空き家

1首目、カウンターに置いた徳利によって、自分だけの世界を作る。
2首目、あっけなく食べ終ってしまう。「四」の繰り返しが効果的。
3首目、練習をすると痙攣するのではなく、しないと痙攣するのだ。
4首目、ピアノの鍵盤に触れる感覚を独自の比喩によって描き出す。
5首目、上下句の取り合わせが絶妙。母との微妙な関係が窺われる。
6首目、平たくまとわりつくきしめんを自意識に喩えたのが面白い。
7首目、上句がせつない。母の死によって感情も変化したのだろう。
8首目、正規か非正規かは別に関係ないずだがそう見られてしまう。
9首目、夫婦一緒に飲んでいたのだろう。一人暮らしの父の寂しさ。
10首目、大量に買い溜めしてあった品々が喪失感を深く思わせる。

両親が亡くなった悲しみに浸る一方で、たぶん作者は少し自由になったのかもしれないと思った。

2023年5月10日、短歌研究社、2200円。

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2023年09月20日

映画「罠 THE TRAP」

監督:林海象
出演:永瀬正敏、夏川結衣、山口智子、杉本哲太、麿赤兒、佐野史郎、馬渕晴子、南原清隆、宍戸錠 ほか

1996年公開作品。「私立探偵 濱マイクシリーズ」第3弾。
30周年記念4Kデジタルリマスターによる上映。

携帯電話の大きさに時代を感じる。
山口智子の存在感が抜群だった。

MOVIX京都、106分。
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2023年09月19日

同人誌「北公園」

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「島根県塔短歌会員有志」8名による同人誌。
連作5首とミニエッセイ、題詠「北」とその歌評が載っている。

たまごやきもっていこうね まだ冬とよばれる日々にもひなたはあって/日下踏子

どこかにピクニックに出掛けるような楽しい気分。ひらがなの多さが相手との穏やかな関係を感じさせる。

白線を見ながら歩く 正しいことばかりしているわけじゃないこと/上澄 眠

道路に引かれた真っ直ぐな白い線は正しさを感じさせる。でも、人生はなかなかそうはいかないもの。

小学校で一番地味な場所だった西側校舎の石炭置き場
/小山美保子

地味だったのに何十年経っても忘れられない記憶として残っている。きっと好きな場所だったのだろう。

声が聞きたい だからといって覗いてはだめだよ昼の製氷室を
/田村穂隆

ダメと言われるとかえって覗きたくなってしまう。製氷室の中には一体どんな声がうごめいているのか。

千一羽折ってしまった鶴一羽折り紙に解く 赦してあげる
/丸山恵子

人間の願いや祈りが込められているから、千羽鶴はたぶんしんどい。だから折り紙に戻すのは解放なのだ。

題詠「北」の歌評を見ると、お互いの作品をよく読み込んでいることがわかる。第4回BR賞でも、日下踏子さんが田村穂隆『湖とファルセット』を取り上げた書評が佳作に入っていた。

今のところ同人誌「北公園」は単発の発行のようだが、2号、3号とぜひ続けて欲しい。

2023年2月26日、北公園編集委員会。

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2023年09月18日

石村博子『ピㇼカチカッポ』


副題は「知里幸恵と『アイヌ神謡集』」。

昨年没後100年を迎えた知里幸恵の評伝である。タイトルは「美しい鳥」を意味するアイヌ語。

生い立ちから金田一京助との出会い、上京、そして死に至るまでの軌跡と『アイヌ神謡集』の刊行から現代までの話を描いている。

幸恵の洗礼名はどの資料にも記されていない。創氏改名が進んでいた時期で、アイヌ名もつけられていない。幸恵が生まれたのは、アイヌたちが根底から覆されたアイヌの暮らしを立て直そうと、力を振り絞って生き残ろうとしている時期でもあった。
一九二〇年代末には、青年の多くはアイヌ語を用いないし、知らないとの調査の記録があるが、学校教育がアイヌ語の急激な喪失にどれほど加担したかを物語っている。
「ユカㇻ」は一般的に使われだしたのは、一九九〇年代後半から。この頃からアイヌ語学習が盛んになり、表記も発音に忠実になってきた。その流れを受けて、二〇一六年からは『北海道新聞』が紙面でアイヌ語の表記に関しては独特の小書きのかなを使用するようになる。
追い打ちをかけるように、発刊直後の九月一日に関東大震災が発生。『アイヌ神謡集』に関する重要ないくつもの資料は消失してしまった。修正が入ったタイプ原稿もいまだに見つかっていない。

『アイヌ神謡集』については、今もいくつかの謎が残されている。

それにしても本当になぜ、「アイヌ神謡」という特異なテーマであるのに、金田一による解説は何もなされなかったのだろう? 岩波文庫版の知里真志保の論文も、この本のために書かれたものではないので、幸恵の世界に誘うには適役とは言い難い。

刊行100年を迎えた今年、ちょうど岩波文庫『アイヌ神謡集』の補訂新版が出た。中川裕の解説も付け加えられているので、そちらもまた読んでみたい。

2022年4月27日、岩波書店、1800円。

posted by 松村正直 at 12:06| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月17日

秋山佐和子歌集『西方の樹』

砂子屋書房
発売日 : 2023-05-16

2014年から2023年までの作品498首を収めた第9歌集。
亡き夫や息子の死を詠んだ歌が印象に残る。師の岡野弘彦を詠んだ歌も多い。

腰までを覆へる夫のカーディガン濃紺にして身にあたたかし
霊園の芽吹きの木の間をマラソンの青年つぎつぎ駆け抜けゆけり
歓びの声たつる子へしぶきあげ海豚三頭身を反らし飛ぶ
しのび泣く若きを宥むるこゑ聞こゆ真夜のカーテンのいずれかのうち
花道を小走りに来る勝ち力士懸賞金の熨斗袋手に
床に差す朝の光は真(ま)清水の小さき泉 素足ひたさむ
秋の陽に透き通りて佇つスカイツリー百済観音の水瓶(すいびやう)のごと
新盆に求めし廻り燈籠の組み立てはかどる回を重ねて
灯り消し寝よと諫めし夫の声半ば待ちつつ夜を徹し読む
昨日までパン生地こねゐし媼ならむ手をひかれ国境の仮橋わたる

1首目、亡き夫の大きめの服。守られているような安らぎを覚える。
2首目、死者のいる霊園と健康的なランナーたちの対比が鮮やかだ。
3首目、水族館のイルカショー。飛沫が掛かる前から大興奮である。
4首目、入院中に聴いた同部屋の患者の様子。「若き」がせつない。
5首目、喜びに身体ごと弾んでいるような感じがよく伝わってくる。
6首目、明るく清浄な光を泉に喩えたのが美しい。結句も印象的だ。
7首目、個性的な比喩。水瓶だけでなく百済観音の細身の姿も思う。
8首目、新盆の時は組み立てに手間取ったのだろう。慣れる寂しさ。
9首目、どこかから夫の声が聞こえてこないかと待ち望んでしまう。
10首目、ウクライナから避難する人。一瞬にして日常が失われた。

2023年5月9日、砂子屋書房、3000円。

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2023年09月16日

古い友人

真夏のように暑い一日。

13:00から朝日カルチャーセンターくずは教室で、講座「2023年上半期、注目の歌集はこれだ!」を行った。今年1〜6月に出た歌集の中から6冊を選んで、それぞれ5首ずつ紹介した。来年3月頃にまた「2023年下半期」も開催する予定。

以前入っていた結社の古い友人が、講座を聴きにきてくれた。会うのは5年ぶりくらいだろうか。まさか会えるとは思っていなかったので嬉しかった。先月亡くなった母にと素敵なお花をいただいた。

講座が終わってから近くのカフェで話をする。同世代の気安さで、短歌のこと、暮らしのこと、結社のことなど、あれこれ喋った。今年は私の人生にもいろいろあったので、心配して顔を見に来てくれたのかもしれない。古い友人というのは、やはり有難いものだ。

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2023年09月15日

森まゆみ『京都不案内』

著者 : 森まゆみ
世界思想社
発売日 : 2022-12-02

2015年から頻繁に京都に通うようになった著者の個人的な体験や友人知人の話、京都の歴史に関することなどを綴ったエッセイ集。

世界思想社のWEBマガジン「せかいしそう」に2020年3月から2021年12月まで連載した文章に、書き下ろし1本とインタビュー3本を加えてまとめている。

いわゆる京都観光や名所旧跡案内とは違うので「京都不案内」というタイトルにしたのだろう。前半、「樹木気功で身体を治す」「バスと自転車」「ゲストハウスとアパート探し」「カフェとシネマ」「がらがらの京都」など、どれも具体的で面白い。

ただ、後半は学者・文化人仲間の話が多くなってきて今ひとつという印象だった。有名人でなければ入れない世界といった感じがする。

インタビューでは法然院の貫主、梶田真章さんの話が良かった。

昨日も仏教講座があってみんなで話が弾みました。みなさん、いろいろと活発にご意見をおっしゃるので、おっしゃる場があるということはいいことやな、と。読書会もやっています。わかりあうんじゃなくて、わかりあえないことをわかりあうために。
スポーツ選手はオリンピックなどで金メダルを取ると、「努力したらかなうということがわかった」とおっしゃいます。でも、その一方で努力してもかなわない人が無数にいらっしゃる。そのほうも伝えていかないと、なかなかつらい人も多いかなと思います。

法然院は河野裕子さんのお墓と歌碑のあるところ。もう少し涼しくなったら、また訪ねてみたい。

2022年12月10日、世界思想社、1600円。

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2023年09月14日

染野太朗歌集『初恋』


現代歌人シリーズ37。
2016年から2018年の作品を収めた第3歌集。

ことば奪はず声を奪ひて吹く風の冷たし卒業式の朝(あした)を
赤羽とおんなじ味のハンバーグをデニーズ熱海店に食ふさへ愉し
西部ガスのさいぶがすといふ読み方のいよいよ住むといふ感じする
米研げば五指にまつはる米粒の、怒りよもうことばを喚(よ)ぶな
排泄にちからふるつてゐる猫のいつさいを見つ春待つごとく
水切りに興ずる人を見下ろして真夏の橋でぼくはとどまる
海原に落暉は道をとほしたりその最果ての民宿〈浦島〉
にごり湯の湯舟三畳ほどなるが十畳ほどの浴場にあり
尿 濃い で検索をする日々にしてこころちひさくなりにけるかも
ひととゐて自分ばかりを知る夜の凧をあやつるやうにくるしい

1首目、学校が生徒にとってどういう場であるかを考えるのだろう。
2首目、旅先に来ていると思うだけで、いつもとは気分が違うのだ。
3首目、埼玉から福岡への転居。「せいぶ」ではない読み方が新鮮。
4首目、上句から下句への展開がいい。胸の怒りを鎮めようとする。
5首目、いきむ猫の姿に存在感がある。結句の付け方がおもしろい。
6首目、橋と川の構図が鮮やかに見え、夏の空気感が伝わってくる。
7首目、船で甑島へ行く場面。海にのびる光の帯に導かれるように。
8首目、昔ながらの共同浴場の感じ。「三畳」「十畳」が効果的だ。
9首目、病気かもしれないと不安に思いつつ、とりあえず検索する。
10首目、比喩がうまい。自分の感情や思いを制御するのが難しい。

2023年7月11日、書肆侃侃房、2200円。

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2023年09月13日

免許更新

運転免許の更新のため、京都駅前運転免許更新センターへ。
京都駅からすぐなのでありがたい。

ここ数年だいぶ目が悪くなって視力検査は大丈夫かなと思っていたのだが、「適性検査(視力検査等)が不合格の場合、更新手数料は返金できません」という貼紙があって、さらに心配になる。

でも、結果的にはまったく問題なかった。
右目、左目、両目とも、1回も間違えずに言えたみたい。

これで、また5年はのんびり過ごすことができる。
ひとまず良かった。

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叶内拓哉『鳥に会う旅』


副題は「野鳥写真家が綴る日本全国野鳥撮影紀行」。

1991年に世界文化社から出た単行本を30年ぶりに復刊・文庫化したもの。「写真は、印刷関係のデジタル化により、初版時のものとは別のものを多数使っている」とまえがきに記されている。

「出水のツル」「道東のタンチョウ」「羅臼のワシ」「大栗川のヤマセミ」「立山のライチョウ」「対馬の珍鳥」「根室のシマフクロウ」「南部のコノハズク」「屋我地のアジサシ」「蒲生のコバシチドリ」「伊良湖岬のタカ渡り」「伊豆沼のガン」と、各地に出掛けている。

丹頂鶴。日本人なら誰でも知っているだろうこの鳥の本名は、ただのタンチョウである。日本では現在までに七種類のツルが記録されているが、そのなかで名前にツルと付いていない唯一のツルである。
晴天が何日か続いたときなどは、佐護の田んぼに全く鳥影がないという日もある。天気がいいと、渡り鳥たちは対馬に降り立って休む必要がないわけで、どんどん頑張って次の目的地まで飛んで行ってしまうからだ。
野鳥写真を撮っていて、いちばん難しいと思うのは、夏らしい写真を撮ることである。(…)夏を代表する花、誰が見てもすぐに夏の花だと分かるものとなると、ヒマワリかアサガオあたりか。しかし、これらの花に野鳥が止まることはほとんどない。

著者の撮影したカラー写真が100点くらい載っていて美しい。初めて知った鳥も多いのだが、どの鳥も命名がわかりやすい。「キガシラセキレイ」は頭部が黄色いし、「アカエリカイツブリ」は首が赤い、「キマユホオジロ」は目の上に黄色い線が入っているといった感じで、何だかおもしろい。

2022年2月15日、世界文化社 モン・ブックス、1600円。

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2023年09月12日

佐クマサトシ歌集『標準時』


第1歌集。235首を収めている。

陽に焼けた地図のどこかが国境で息がきれいになるガムを噛む
この部屋にあなたのいない朝夕の二回に分けてお飲みください
現代のこの街が舞台のアニメには行ったことのある駅も出てくる
右に君、左に知らない人がいて、知らないの人の読んでいる本
席を立つときそのままでいいですと言われた 春の花瓶の横で
ドライヤーをかけている間は何ひとつ聞こえないので髪を乾かす
ぷよぷよが上手な人の中にある抽象的なぷよぷよのこと
PKでもらった点を守りきる サッポロポテトに途中で飽きる
すれ違う人のコートの印象の次第に薄れていくキャメル色
人にみな脳があること 双子用ベビーカーが越える小さな段差

1首目、音の響きがいい。地図の中に入り込んでしまうような感じ。
2首目、三句「朝夕の」が蝶番のように上句と下句をつないでいる。
3首目、アニメの世界と現実の世界が反転したような味わいがある。
4首目、横並びの席に座っているところ。本のことが気になるのだ。
5首目、カフェで返却口に運ぶのを止められて、何となく気まずい。
6首目、論理が逆転しているのが面白い。髪を乾かすしかできない。
7首目、画面上のぷよぷよより先に脳の中のぷよぷよが動いている。
8首目、P音や「きる」「飽きる」の脚韻など音の響きが印象的だ。
9首目、すれ違う前、すれ違う瞬間、すれ違った後という時間経過。
10首目、双子の赤子の二つの脳が段差に揺れるのが透けて見える。

2023年6月30日、左右社、1800円。

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2023年09月11日

オンライン講座「作歌の現場から」

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永田和宏さんと私が毎回ゲストの歌人を招いて語り合うNHK学園のオンライン講座「現代短歌セミナー 作歌の現場から」。次回は10月20日(金)の開催です。

ゲストは小島ゆかりさん、テーマは「過去形と現在形」、時間は19:30〜21:00。連続講座ですが単発の受講も可能です。どうぞお気軽にお申込み下さい。歌作りのヒントが詰まった90分になると思います。 

https://college.coeteco.jp/live/84kyc7le
https://college.coeteco.jp/live/5p0vcqw1

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2023年09月10日

文学フリマ大阪

大阪天満橋のOMMビルで「文学フリマ大阪11」が開催された。
フレンテ歌会としては初めての出店。
入場者数は4,283人と盛況だった。

「パンの耳」第7号が40冊以上売れたのをはじめ、『駅へ』も10冊が完売するなど売行きは上々。初めてお会いする方や久しぶりに話をする方も多かった。

終了後はいくつかのブースの人が集まって、近くの「海鮮屋台おくまん」で打ち上げ。ジンジャエールを5杯。

楽しい一日だったな。

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2023年09月09日

歌の良し悪し

自分の歌の良し悪しは最終的には自分で決めなくてはならない。これは、とても大切なこと。先生や仲間の意見を聞くのは構わないけれど、最後は自分で決めなくてはダメ。

あなたは御自分の詩がいいかどうかをお尋ねになる。あなたは私にお尋ねになる。前にはほかの人にお尋ねになった。あなたは雑誌に詩をお送りになる。ほかの詩と比べてごらんになる。(…)そんなことは一切おやめなさい。あなたは外へ眼を向けていらっしゃる、だが何よりも今、あなたのなさってはいけないことがそれなのです。誰もあなたに助言したり手助けしたりすることはできません。
/リルケ『若き詩人への手紙』(高安国世訳)
本集所載の歌によつて僕ははじめて兎に角一人の作家としての自覚と責任とを持つやうになつて来たことである。それまでは歌に関する限り僕は全く土屋文明先生に頼り切つてゐた形であつた。それが敗戦後はじめての大阪アララギ歌会に先生が見えられた時のことであつた、久しく歌を休んでゐたために自信のなかつた僕は、帰途先生に「歌を見て頂けないでせうか」とお願ひした所、「自分の歌を人に見てもらふなどといふことは止せ、自分らも左千夫先生の歿後それぞれに工夫をしてやつて来たのだ。やれない筈がない。」といふやうな意味のお答へを得て大変驚くと共に心打たれたのであつた。
/高安国世『真実』巻末小記

自分の歌の評価をひとに委ねない。他人に依存せず自分で考える。それは、自分の人生を自分で決めるのと同じことなのだと思う。

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クリス・フィッチ『図説 世界地下名所百科』


副題は「イスタンブールの沈没宮殿、メキシコの麻薬密輸トンネルから首都圏外郭放水路まで」。上京恵訳。

世界各地の印象的な地下空間40か所を取り上げて、地図や美しい写真とともに解説した本。紹介されているのは、自然の洞窟や古代の陵墓から地下鉄や現代の実験施設までさまざまだ。

今では絶滅したオオナマケモノが掘ったと考えられる古代巣穴(ブラジル)、かつて2万人が暮らした地下都市デリンクユ(トルコ)、東西ベルリンをつないで57名を逃がした「トンネル57」(ドイツ)、核攻撃に備えた秘密シェルターのバーリントン(イギリス)など。

世界にはまだまだ知らない場所、魅惑的な地下空間がたくさんあるのだとあらためて感じた。

2021年2月22日、原書房、3200円。

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2023年09月08日

中島美千代『土に還る』

ぷねうま舎
発売日 : 2020-07-22

副題は「野辺送りの手帖」。

かつて使われていた集落の小さな火葬場を見つけたのを機に、著者は土地の歴史や風土、信仰などについて民俗学的な考察を深めていく。それは、葬送の文化とは何かという問題でもある。

人生最後の儀式とはいっても、葬儀をどのようにするのかは、死者あるいは「死にゆく私」の問題ではない。だから、そこにくっきりと見えてくるのは、死者がどのような「関係」の中を生きたのかということ、どんな共同体と、そこに堆積した文化の層とともに歳を重ねたのかということなのだ。
野辺送り、拾骨のためには、火葬場が集落からあまり遠くてはいけない。風向きによっては火葬の煙と匂いが漂ってくるだろうから、近すぎるのも困る。
獺ヶ口への道路が改修されたことによって、一番奥の集落とされた下吉山が芦見地区の入口になった。すると数百年もの間、入り口だった皿谷が一番奥の集落になったのである。
火葬は仏教とともに日本に入ってきたと言われているが、多くの仏教宗派は布教のためには土葬も容認したし、真宗にしても火葬が至上命令というわけではなかった。だが、越前では真宗のひろまりと同時に火葬が普及した。真宗は、この地の葬送の文化を変えたのである。

集落の火葬場から公営の火葬場へ、宮型霊柩車から洋型霊柩車へ、自宅葬から葬祭会館へ、葬儀や葬送の形は時代とともに変わってきた。近年は家族葬も増えている。

それは共同体や人間関係の変化、そして私たちの生き方の変化をも意味している。

2020年7月22日、ぷねうま舎、1800円。

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2023年09月07日

映画「ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE」

監督:クリストファー・マッカリー
出演:トム・クルーズ、ヘイリー・アトウェル、ビング・レイムス、サイモン・ペッグ、レベッカ・ファーガソンほか

「ミッション:インポッシブル」シリーズ第7作。

いつの間にかもう第7作だった。1〜3までは見たけれど、その後はたぶん見ていない。

砂漠の馬、市街地のカーチェイス、バイク、オリエント急行、パラシュートと、派手なアクションシーンがてんこ盛り。それで十分に楽しめるのだけれど、格段に進化した映像に比べて脚本というのは変らないなとも思った。

MOVIX京都、164分。

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2023年09月06日

講座「2023年上半期、注目の歌集はこれだ!」

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9月16日(土)に朝日カルチャーセンターくずは教室で、「2023年上半期、注目の歌集はこれだ!」と題する講座を行います。今年の1〜6月に刊行された歌集の中から、私のおススメのものを紹介して鑑賞するという内容です。

時間は13:00〜14:30の90分。場所は京阪「くずは」駅ビル3階です。オンライン受講もできますので、お気軽にご参加ください。
                    
【教室受講】
https://www.asahiculture.jp/course/kuzuha/378dcd78-5964-58c7-c708-644a26b57eae

【オンライン受講】
https://www.asahiculture.jp/course/kuzuha/4b344c1c-6ab9-9d5d-31a3-644a274f1a7f

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菊竹胡乃美歌集『心は胸のふくらみの中』


203首を収めた第1歌集。

女性が現代の日本に生きることの大変さが繰り返し詠まれている。「Ms. たらこくちびる」と題する連作が良かった。

おんなというもの野放しにして生きるには多すぎる爆撃機
見たことのないヘルシンキの水平線そこはそこでの生きづらさ
贅沢はずっと言わないまま生きて移民のように日本で過ごす
妊娠のふたもじは女偏でありひとつを男偏で書いてみる
月よりもそばにいたいよ鼻息で産毛を揺らすぐらい近くに
トースターで焼いたたらこみたいになる二月のたらこくちびるは
もう何も言わないことにしたサンドイッチのハムとして挟まってる
ナンを焼く異国の人のオレンジのTシャツを茶色にする汗
我慢をする十分咲きの桜のような我慢をする肛門締めて
賃金のすくなさ自転車を漕ぐちから肉まんふたつ分のおっぱい

1首目、女性が自由に振舞おうとすると数多くの圧力や反発に遭う。
2首目、遠い国へ行けば生きづらさがなくなるというわけでもない。
3首目、安心感や満足感を得られず居場所のないような心地なのだ。
4首目、妊娠出産に関するすべてが女性の役割や責任にされている。
5首目、初二句と三句以下の距離感のアンバランスな感じが面白い。
6首目、乾燥したくちびる。やや自虐的にユーモラスに描いている。
7首目、何を言っても無駄との思いだろう。強い意志の表明である。
8首目「オレンジ」と「茶色」では色の持つイメージが大きく違う。
9首目「十分咲き」がいい。花びらをこぼさないように耐えている。
10首目、開けっ広げな詠みぶりに力がある。自己肯定感が伝わる。

2023年4月6日、書肆侃侃房、1500円。

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2023年09月05日

別邸歌会の日程

 「別邸歌会」チラシ 2023.09.03.jpg


今後の別邸歌会の日程は、下記の通りです。

・10月21日(土)SATSUKI-RO さつき楼(滋賀県八日市市)
・12月17日(日)奈良カエデの郷ひらら(奈良県宇陀市)
・2024年 2月24日(土)昭和の隠れ家(大阪市住之江区)

時間はいずれも13:00〜17:00。

初心者もベテランも、初めての方も常連の方も、老若男女関係なくどなたでも参加できる歌会です。お気軽にお申込みください。

posted by 松村正直 at 07:21| Comment(0) | 歌会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月04日

温泉津温泉(その2)

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沖泊港。

温泉津港から海岸沿いに数百メートル進んだところにある。かつて石見銀山の銀の積み出し港として栄えたところ。


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江戸時代には北前船の寄港地でもあった。


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沖泊の岸から見た海。
今は十数軒の集落があるだけで、ひっそりとした場所になっている。


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鼻ぐり岩。
船を係留するための穴の空いた岩が、今も数多く残っている。


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岸の近くで見かけたクラゲ。
誰もいない海で数匹がのんびりと泳いでいた。

posted by 松村正直 at 07:28| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月03日

温泉津温泉(その1)

先日、益田市で開催された「人麿の里全国万葉短歌大会」を終えて、温泉津(ゆのつ)温泉に泊まった。JR温泉津駅から徒歩約15分。国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている古い町並みが残る。


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共同浴場「元湯泉薬湯(せんやくとう)」。

入浴料450円。浴槽が3つあって、初心者用、普通、熱めとなっていて、熱めの湯は46℃くらいあるようだ。1300年の歴史を誇るだけあって、雰囲気もお湯も素晴らしい。


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共同浴場「薬師湯」。

入浴料600円。こちらは明治5年の浜田地震で湧き出た温泉。浴室には一面に湯の花が付着していて最高の味わいである。


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2階の休憩室。無料でくつろぐことができる。


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3階(屋上)のガーデンテラスからの眺め。
石州瓦の町並みが続いていて、風呂上がりの身体に風が涼しい。


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今回泊まったゲストハウス「湯るり」。
築145年の古民家を改装した建物で、外国人の利用も多いようだ。


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温泉津港。
ここから数百メートルにわたって温泉街が続いている。


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野口雨情の詩碑。

戦時中の昭和18年4月に温泉津を訪れたとのこと。「向かう笹島日の入る頃は磯の千鳥もぬれて啼く」。

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2023年09月02日

芥川竜之介『芥川竜之介紀行文集』


国内旅行記9篇と1921年に大阪毎日新聞の視察員として中国を訪れた際の紀行文(上海游記、江南游記、長江游記、北京日記抄、雑信一束)を収めている。

「長崎小品」は7ページほどの短篇だが、おもしろい。日本における西洋文化の受容について考えさせられる。

慣れて見ると、不思議に京都の竹は、少しも剛健な気がしない。如何にも町慣れた、やさしい竹だと云う気がする。根が吸い上げる水も、白粉の匂いがしていそうだと云う気がする。(京都日記)
実際私は支那人の耳に、少からず敬意を払っていた。日本の女は其処に来ると、到底支那人の敵ではない。日本人の耳は平すぎる上に、肉の厚いのが沢山ある。中には耳と呼ぶよりも、如何なる因果か顔に生えた、木の子のようなのも少くない。(上海游記)
古色蒼然たる城壁に、生生しいペンキの広告をするのは、現代支那の流行である。無敵牌牙粉、双嬰孩香烟、――そう云う歯磨や煙草の広告は、沿線到る所の停車場に、殆見なかったと云う事はない。(江南游記)
何しろ長江は大きいと云っても、結局海ではないのだから、ロオリングも来なければピッチングも来ない。船は唯機械のベルトのようにひた流れに流れる水を裂きながら、悠悠と西へ進むのである。

芥川の中国紀行はかなり露悪的で、口が悪い。中華民国初期の政治的な混乱や街の猥雑な様子を皮肉たっぷりに描いている。そこに中国に対する差別意識を見る人もいるかもしれない。

ただ、芥川の筆致は国内旅行記でも似たようなものなので、むしろ長年漢詩などで親しんできた文学的・歴史的な中国とは異なる現実の中国の姿を鋭く描き出したと評価すべきだろう。

表紙に「詳細な注解を付した」とある通り、約400ページのうち、実に約100ページが注解となっている。丁寧なのはいいのだけれど、注解を見ながら読もうとすると、けっこうわずらわしくもあった。

2017年8月18日、岩波文庫、850円。

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2023年09月01日

映画「遥かな時代の階段を」

監督:林海象
出演:永瀬正敏、南原清隆、麿赤児、佐野史郎、鰐淵晴子、岡田英次、杉本哲太、白川和子、坂本スミ子 ほか

1995年公開作品。「私立探偵 濱マイクシリーズ」第2弾。
30周年記念4Kデジタルリマスターによる上映。

濱マイクの母と父の物語。
「杉本」役の杉本哲太がなかなかの迫力。タクシー運転手兼情報屋の南原清隆も良い味を出している。

MOVIX京都、102分。

posted by 松村正直 at 07:21| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする