2023年07月31日

雑詠(029)

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報われることと報いを受けること竹林たかく風にそよいで
それぞれの寿命を知らず流れゆくしゃぼん玉あり子の手が潰す
炎天の直方体に近づいて円柱形のみずを取り出す
赤いボタン押されてわれにとうとうと北前船の栄華をかたる
湯あがりに三角パックのコーヒーを飲めど子どもに戻れぬからだ
ゆうがたの風が流れていくところベンチに浮かび白猫ねむる
里人の暮らしのなかに墓があり帰りに摘んだ花を供える

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posted by 松村正直 at 20:29| Comment(0) | 雑詠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「軍人家庭と短歌―戦後派歌人 森岡貞香の初期作品を中心に」

8月10日(木)に野兎舎主催のオンラインセミナー「軍人家庭と短歌―戦後派歌人 森岡貞香の初期作品を中心に」を開催します。時間は19:30〜21:00。

https://yatosha.stores.jp/items/649955f410a492002ab86682

戦争と短歌について考えるシリーズも今年で4回目。今回は森岡貞香を取り上げます。父も夫も陸軍将校という軍人家庭に生まれ育った森岡は、どのように短歌と出会い、戦争を経験し、敗戦後はどのような苦難を乗り越えてきたのか。

全歌集にも収められていない初期作品を中心に読み解きながら、軍人家庭における女性の役割や短歌と戦争の関わりについて考えてみたいと思います。

新しい発見もたくさんあって面白い内容になると思いますので、どうぞお気軽にご参加ください!

posted by 松村正直 at 17:42| Comment(0) | カルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月30日

稲泉連『サーカスの子』


私がサーカスを好きになったのは、大人になってからのことだ。大学を出てフリーター生活を始めた岡山で、初めてサーカスを見たのがきっかけである。

それ以来、サーカス関連の本もいろいろと読んできた。中でも、久田恵『サーカス村裏通り』(1986、文春文庫1991)は忘れられない。4歳の子を連れたシングルマザーがサーカスに入って働く様子を描いた本である。

今回、書店で『サーカスの子』をぱらぱら見ていて、著者の稲泉連が、久田恵の息子であることを知った。あの4歳の子が、大きくなって母と同じノンフィクション作家として活躍していたとは!

かなり驚いた。そんなこんなで、この本も私にとって思い入れの深い一冊となった。

稲泉は子どもの頃に自分が1年間を過ごしたキグレサーカスの関係者を訪ねて取材する。『サーカス放浪記』(岩波新書1988)を書いた宇根元由紀も出てくる。キグレサーカスは2010年に解散して、今はもう存在しない。

サーカスの人々は、西暦や年号で自分たちの歴史を語らない。「木更津」や「高崎」、「福島にいたとき」という具合に、公演場所で、「あの頃」について語る。それが二か月に一度、公演場所を変える彼らの時間感覚だったからだ。
サーカスの公演は二か月に一度のペースで「場越し」をする。だから、小学校や中学校に通う子供たちは、年に少なくとも六回は転校しなければならない。
新幹線のホームにぽつんと四人だけで立っている光景が、今でも彼女の胸には残っている。そのなかで、サーカス以外の「社会」を知っているのは彼女だけだった。テント村での大勢の人々との暮らしから離れてみると、そんな四人の「家族」はあまりに弱々しく、心許ない存在だった。

サーカスを離れた団員たちのその後は人それぞれだ。でも、華やかなスポットライトを浴び、共同体のなかで生きてきた人たちにとって、外の社会で生活していくことが大変なのはよくわかる。

ずっしりとした読後感の残る内容であった。
それ以上は、ちょっとうまく言えない。

2023年3月30日、講談社、1900円。

posted by 松村正直 at 21:22| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月29日

中川誼美『ちょっと前の日本の暮らし』


「たもかく本の店」で購入した古本。

「お宿吉水」を経営する著者が、季節感を大切にした昔ながらの暮らしを現代に生かすことを提唱している。

五感を養うということは、生きていく判断力を身に付けることにも繋がります。それは、大人になるにせよ、年をとるにせよ、そのいずれの時も自分にとっては初めての経験ですから、その時過去の体験からの判断力が役に立つのです。
私は宿屋を始めてから、野菜や建材を求めて地方に出かけることが多くなりました。その出かけた経験から、地方に元気がないと感じずにはいられません。
改めてロハスやオーガニックという横文字の言葉でなく、自然、持続可能な暮らし、ありがたい、もったいないなどの意味を含む言葉はないものかと、さんざん考えた結果、「ちょっと前の日本の暮らし」という言葉に行き着きました。

少しお説教っぽいところや日本の伝統礼賛的な部分が気になるものの、基本的な考え方には賛同する点が多い。とはいえ、37度、38度の気温が続くこの夏の猛暑。

夏には縁側に風鈴が下げられ、涼しげな音が鳴っていました。打ち水をした庭や道端には縁台が出され、団扇片手に将棋を指す姿がありました。行水を喜ぶ子供の声が聞こえる昼下がり、蚊帳の中で夕立の雷の過ぎるのを待つ不安な時など。

こんな昔の光景は取り戻すのは、もう不可能だとも思う。

2010年11月10日、中公新書ラクレ、740円。

posted by 松村正直 at 21:54| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月28日

東京、母

入院中の母の容態が悪いという連絡があり、日帰りで東京へ。
病院があるのは、ふるさとの町田市。

4か月ぶりに会った母は、身体が衰えて小さくなっていた。
ひとまず小康状態とのことで、声を掛けたり手を握ったりする。

私は小さい頃は病弱で母にいつも看病してもらっていたし、大人になってからも長くフリーターを続けて心配を掛けっぱなしであった。

ありがとう、お母さん。

posted by 松村正直 at 21:10| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「歌壇」2023年8月号

坂井修一の対談シリーズ「うたを生きる、うたに生きる」の第7回。永田和宏との対談がおもしろかった。

印象に残った箇所を引く。

永田 最近、もう一つ、「手渡す時間」がすごい大事だと思っている。時間って直線的に流れて行くと思っているんだが、実は一つ一つ手渡されているという意識がないと流れていかないんじゃないか。これは物理的な時間とはちょっと違って、生物学的な時間でもある。
永田 それが、さらに日本人の中のアイデンティティの分裂と言うか、ギャップを生んでいて、つまり日本人は江戸から明治と続いてきた自分たちの歴史を一つのものとしてなかなか実感できないところがある。
坂井 日本の伝統の中でも良いものは、近代短歌がつなぎ損なったものも多い。それは、文化伝統を継ぐ立場としては、恥ずかしいことではないかと思うことがあります。
坂井 基本はすごくピュアで、多くが単純なものなんだけど、それゆえに深いものがあるんですよね。そこへカジュアルにつなげられるかどうか、すごく難しくて、私がいちばんうまくいってないことかもしれない。岡井さん、塚本さんなどもそうです。

それぞれの問題意識がはっきりと出ていて、印象に残った。

posted by 松村正直 at 07:04| Comment(0) | 短歌誌・同人誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月27日

宗像和重編『鷗外追想』(その2)

古い文章を読んでおもしろいのは、現在の見方や価値観とは違う内容が記されているところかもしれない。

例えば、観潮楼歌会についての北原白秋の書いた「千樫君と私」には、

その頃のアララギは歌壇的勢力からいうと、いまのアララギのみを見ている人から思うと、それは想像外に微々たるもので、私などもそれまでの左千夫さんの存在も知らなければ、アララギと云う雑誌を一度も見たことがなかったのです。

とある。明治40年頃の話だ。これを読むと初期の「アララギ」はごくごく小さな勢力であり、短歌の新しい時代を切り拓いたのは圧倒的に「明星」の力であったことがわかる。この文章が書かれたのは昭和2年なので、別の言い方をすれば大正期に「アララギ」が勢力を急拡大したということだろう。

また、岡田正弘「大正十年二月十四日の晩」には、鷗外が文壇を離れた大正7年頃の話が出てくる。

その頃鷗外の著書は既に新刊書を売る店には無かった。菊判の全集が出たのは先生の歿後であるから、わたくしは鷗外の著書やその作品の載ったスバル、三田文学等の古雑誌を求めてあたかも逢引の如き心のときめきを感じながら、本郷、神田から場末の古本屋に至るまで一軒一軒と尋ね歩いた。

鷗外の亡くなるのは大正11年のことだが、その晩年には既に鷗外の著書は本屋にはなく、古書店で買うしかなかったのだ。今では漱石と並ぶ二大文豪という扱いを受けている鷗外だが、生前はそうでもなかったということだろう。

最後に、大阪毎日新聞社長の奥村信太郎「追憶の森鷗外博士」から。

わたくしの従事している大阪毎日新聞社では、ライヴァル・ペーパーである朝日新聞が夏目漱石氏を迎えて紙価を高からしめているので、何とかしてこれに対抗する文芸の大家を聘しようと、いろいろに焦慮した。

これを受けて、鷗外は大正5年から6年にかけて新聞に「渋江抽斎」「伊沢蘭軒」「北条霞亭」といった史伝物を連載する。けれども、新聞社の求めたのは購読者を増やしてくれるような人気の出る小説であった。

有態にいうと当時かかる読み物は、新聞紙上において大衆から余り歓迎を受けられないのであったが、わが社は執拗にこれを続けて行った。そしてわたくしは何か別に創作をお願いしたのであったが、博士は伝記物に興味を持たれていて、終にわが社には一篇の創作すら掲載することなくして、美術院長に任ぜらるると同時に、わが社を辞されたのであった。

事情や背景がよくわかるだけに、何だか読んでいるうちに鷗外が可哀そうになってくる。

2022年5月13日、岩波文庫、1000円。

posted by 松村正直 at 08:41| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月26日

宗像和重編『鷗外追想』(その1)


森鷗外について書かれた追悼文や回想など55篇を収めたアンソロジー。執筆者は、与謝野晶子、坪内逍遥、佐佐木信綱、小山内薫、平塚らいてう、芥川龍之介、小堀杏奴、森類、森茉莉など。

鷗外の素顔や人柄などが多面的に浮かび上がってくる内容で、すこぶる面白い。没後100年を記念して編まれた本であるが、鷗外のことが非常に身近に感じられる。

どうも病気が重いようだったから、私が劇しい手紙を出して、医者に見て貰って薬用しろと云うと、その返事に、馬鹿を云うな、一年かそこらの生命はなんだ、一行りでも一字でも調べて行くのが自分の生命だ、それゆえ仕事を継続しているのだ、それをやめて養生して一年二年生き延びても、自分において生きてるとは思わない、再び云ってよこすな……と先ずそういう精神なので(…)(賀古鶴所「通夜筆記」)
兄は自分の周囲は綺麗に整頓して置くのが好きで、机は大小二脚を備え、右手の小の方に硯、インキ壺、筆、ペン、鉛筆、錐、鋏その他文房具を浅い箱に入れて載せ、正面の大机に書籍なり原稿紙なり時に応じて置くという工合にし、小机の横から自分の背後に参考書その他必要書類を一山一山正しく重ねて置き、暗中でも入用にものは直ぐ分るようになっている。(森潤三郎「兄の日常生活」)
私の思うままを有体に云うと、純文芸は森君の本領では無い。劇作家または小説家としては縦令第二流を下らないでも第一流の巨匠で無かった事を敢て直言する。何事にも率先して立派なお手本を見せて呉れた開拓者では有ったが、決して大成した作家では無かった。が、考証はマダ僅に足を踏掛けたばかりであっても、その博覧癖と穿鑿癖とが他日の大成を十分約束するに足るものがあった。(内田魯庵「森鷗外君の追憶」)
先生は一体、所謂天才らしい所の無い方であった。夏目さんや芥川龍之介や晶子夫人などに見る如き才華煥発の趣きは、若い時のことは知らないが、私どもが知る限りでは微塵も無い。人物の上にも無い、作物の上にも無い。その反対に理性の権化のような先生が規帳面に作られた文章が、返って落付きがあって奥光りがして人をして永く厭かしめざること、所謂天才家のそれに優っていることは驚くべきことである。(平野万里「鷗外先生片々」)
先生はいつも独りである。一所に歩こうとしても、足の進みが早いので、つい先きへ先きへと独りになって仕舞うのだ。競争と云うような熱のある興味は先生の味おうとしても遂に味えない処であろう。自分は先生の後姿を遥かに望む時、時代より優れ過ぎた人の淋しさという事を想像せずに居られない。(永井荷風「鷗外先生」)

引用が長くなったので、これくらいにしておこう。
どれも鷗外に対する深い思いのこもった良い文章ばかりだ。

2022年5月13日、岩波文庫、1000円。

posted by 松村正直 at 11:05| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月25日

梶原さい子『落合直文の百首』


歌人入門シリーズの7冊目。
このシリーズは読みやすくて入門編にちょうどいい。

夕暮れを何とはなしに野にいでて何とはなしに家にかへりぬ
霜やけのちひさき手して蜜柑むくわが子しのばゆ風のさむきに
つながれてねぶらんとする牛の顔にをりをりさはる青柳の糸
さくら見に明日はつれてとちぎりおきて子はいねたるを雨ふりいでぬ
ぬぎすてて貝ひろひをる少女子が駒下駄ちかく汐みちてきぬ

今読んでも新鮮さが伝わってくる歌が多い。「短歌の最初の一滴はここからにじみ出た」と解説にある通りだ。

直文は江戸時代の終わりに伊達藩の重臣の家に生まれた。当然、明治の四民平等の世になっても、ルーツである「武士」は強く意識されていただろう。
直文は、通りすがりの他者を描くのがとても上手い。心に触れたその情景を過不足ない言葉でさっと捉える。
直文は、守旧派と改進派のはざまにいて、双方に活を入れ、提案できる貴重な存在であった。実際、古今の古典・漢文をとことん学び、和歌をものし、そのよさを十分知り抜いている直文だからこそ、その言が聞き入れられたところはある。

気仙沼市生まれの著者にとって、地元出身の歌人落合直文は身近な存在なのだろう。直文の歌の魅力とともに、和歌改良・革新に果たした役割がよく理解できる一冊である。

2023年5月21日、ふらんす堂、1700円。

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2023年07月24日

旧陸軍第16師団司令部庁舎

京都伏見はかつて陸軍第16師団が置かれた軍都であった。今でも師団街道や第一軍道、軍人湯といった名前にその痕跡をとどめている。

その第16師団司令部庁舎が現在も「学校法人 聖母女学院」の本館として活用されている。私の家から歩いて20分ほど。


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煉瓦造銅板葺2階建。1908(明治41)年竣工。

正面にマリヤ像が立っている。予約をすれば内部を見学することもでき、担当の方が丁寧に説明をしてくださる。
https://seibo.ed.jp/tour-2


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入口付近。


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入口。


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入口を入ってすぐの中央階段。
当時のままの階段が残っている。


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2階の理事長室。

ここが旧師団長室。残念ながらこの部屋は見学できなかった。廊下から覗くと美しい天井飾りが見える。


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白大理石のマントルピース。
部屋ごとに暖炉があるが、装飾はそれぞれ違う。


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こちらは黒大理石のマントルピース。


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窓もオシャレだ。かつては伏見深草の町を一望できたとのこと。


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建物の全景。

戦前・戦中の軍隊の建物が、戦後は学校の建物になった。担当の方が説明してくださった通り、戦争から平和へと正反対の目的に使われていると言っていい。

一方で、軍隊と学校はどちらも近代国民国家の産物であった点も忘れてはならないだろう。集団を統率するという意味では共通する面もあるのだ。

posted by 松村正直 at 07:36| Comment(0) | 戦争遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月23日

森鷗外『ウィタ・セクスアリス』


昨年は森鷗外(1862‐1922)の没後100年だったので、関連する本が多く出版された。本書も版を改め「鷗外を、読んでみよう」という帯を付けて出たもの。初出は「スバル」1909(明治42)年7月号。

タイトルは「性欲的生活」を意味するラテン語だが、想像していた内容とは全然違った。過激なところはまったくなく、自らの生い立ちを丁寧に記した小説という感じ。鷗外の生真面目さが窺える。これがどうして発禁処分を受けたのかわからない。

印象的だったのは、自分の容貌が醜いと繰り返し書いていること。かなりのコンプレックスがあったようだ。

同じ小倉袴紺足袋の仲間にも、色の白い目鼻立の好い生徒があるので、自分の醜男子であることを知って、所詮女には好かれないだろうと思った。
その美しい夢のようなものは、容貌の立派な男女の享ける福で、自分なぞには企て及ばないというような気がする。それが僕には苦痛であった。
青年男女のnaivelyな恋愛がひどく羨ましい、妬ましい。そして自分が美男に生れて来なかったために、この美しいものが手の届かない理想になっているということを感じて、頭の奥には苦痛の絶える隙がない。
生んでもらった親に対して、こう云うのは、恩義に背くようではあるが、女が僕の容貌を見て、好だと思うということは、ちょっと想像しにくい。

鷗外が自分の容貌のことで悩んでいたなんて、不思議な気がする。
最後に、一番印象に残った部分を引こう。

僕はどんな芸術品でも、自己弁護でないものはないように思う。それは人生が自己弁護だからである。あらゆる生物の生活が自己弁護であるからである。

鷗外に対する興味がだんだん強くなってきた。

1935年11月15日第1刷、2022年3月15日改版第1刷。
岩波文庫、480円。

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2023年07月22日

柳原恵津子歌集『水張田の季節』


「未来」所属の作者の第1歌集。

生きているだけでふたたび夏は来て抜け殻に似た棚のサンダル
米のないカレーのようじゃないかしら欲をきれいに捨てた夫婦は
それぞれの臓腑に白く降る雪よわれには淡く父には深く
卓上の玻璃のうつわに注がれてミルクはこの朝の水準器
だし巻きを食べて育たざる我なれどくるくるとたまご巻くことが好き
娘らの乳房のことを母たちは畑の茄子のごとく言いあう
喉みせてサラダボウルの春雨を夫が食べきる今日のおわりに
その肺にだって淡雪ふるものを暗記カードに世界史綴じて
木蓮の枝には木蓮のみが咲くつぼみに過ちなどはなくて
夜更けがた戻った人の腕の気配うたたねのなか知ってまた眠る

1首目、上句の言い回しの面白さと下句の具体がうまく合っている。
2首目、特に不足はないのだけれどカレーライスの方が美味しいか。
3首目、父の死の一連にある歌。「淡く」と「深く」の対比がいい。
4首目、家族や家庭に歪みが生じていないかを測ってくれるみたい。
5首目、食生活は家によってそれぞれ違う。育った家と今いる家と。
6首目、比喩が強烈。思春期の娘の体のことを無造作に話す母たち。
7首目、「喉みせて」がいい。一日がともかくも無事に終った感じ。
8首目、勉強する子。明るさと暗さ、狭い世界と広い世界が混じる。
9首目、言われてみれば不思議な気がする。人間も同じことだろう。
10首目、別に声を掛けはしないが安心する。「腕の気配」がいい。

2023年5月31日、左右社、2000円。

posted by 松村正直 at 10:57| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月21日

富山・岩瀬(その2)

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北前船廻船問屋「森家」。
国指定重要文化財。明治11年に建てられたもの。


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オイ(広間)の見事な梁組。
北前船の模型も飾られている。


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「食堂天保」の白えび海鮮丼(白えびコロッケ付)。
美味しかったです。


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旧東岩瀬駅舎。

国鉄・JR時代の古い駅舎が休憩所になって保存されている。すぐ横に現在のLRT(次世代型路面電車)の駅がある。富山港線は本数も増え、富山駅の南側への直通運転もして、かなり便利になっている。LRT化の成功例と言っていいだろう。


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富山地方鉄道9000形電車(セントラム)。
こんなカッコいい車両が走っている。


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富山から京都・大阪へ向かう高速バスから見た砺波平野。
良い旅でした。

posted by 松村正直 at 16:55| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

富山、岩瀬(その1)

「現代歌人集会春季大会 in 富山」終了後、いなり鉱泉で1泊して翌日、富山港に近い岩瀬まで行ってきた。


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富岩運河環水公園。

「世界一美しい」スターバックスなどがあり、人気の観光スポットなっている。富岩運河(富山〜岩瀬)は昭和9年の完成。富山港までの物資の輸送を担ったほか、掘削した土砂を用いて市街地に残っていた神通川の旧流路の埋立も行った。まさに一石二鳥である。


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天門橋の上からの眺め(東側)。
左端に少し見えているのがスタバ。


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天門橋の上からの眺め(西側)。

岸に観光船が3隻泊まっているのが見える。これから乗る「富岩水上ライン」の船だ。高度経済成長期以降使われなくなった運河を保存・再生し、観光に活用している。


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中島閘門。国指定重要文化財。

運河の途中に水位差2.5メートルを調整する閘門が設けられている。パナマ運河と同じ方式の「水のエレベーター」で、船に乗ったまま2.5メートル下降していくところ。


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岩瀬はかつて北前船で栄えた町。
旧北国街道沿いに古い街並みが残っている。


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旧馬場家住宅。
北陸の「五大北前船主」の一つ。


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立派な梁組。


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縁側から眺めた庭園。


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洗面所にあるステンドグラス。

迷子になってしまいそうなほど部屋数が多くて広い。観覧料は「馬場家・森家共通券」で180円と格安。

posted by 松村正直 at 08:54| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月20日

小倉美惠子『諏訪式。』


諏訪の風土や歴史・文化に興味を惹かれた著者が、さまざまな角度から諏訪の独自の魅力に迫ったノンフィクション。「近代ものづくり編」「近代ひとづくり編」「土地となりわい編」「科学と風土編」の全4章に分かれている。

諏訪では、江戸時代の地場産業から近代の製糸業、戦後の精密機械産業からIT、メカトロニクスと言われる現在に至るまで、その主体は地生えの諏訪人たちであることに驚かされる。
製糸業は蚕の生態に人が寄り添う「農的」な側面と、人間の欲求・欲望を原動力とする市場経済に則った「商工業的」側面の二つを持ち合わせている。
日本の水田といえば、だだっ広い平野に広がる田園風景を思い浮かべるが、平地の水田は近世の新田開発によるもので、水利技術の向上がもたらした成果なのだ。山の高低差を利用して湧水や沢の水を引き込む谷戸田や棚田といった小さくて不規則な形の田んぼの方が古い。
かつて、原料のテングサ類は伊豆の海から上がり、「塩の道」と同じ経路をたどり、駿河岩淵から甲州鰍沢まで富士川舟運で上り、陸揚げされると馬の背に負われて諏訪まで届いたという。
長野県は、疲弊した農村の救済策という体で、満蒙開拓青少年義勇軍(満蒙開拓団)を積極的に推進したが、その中心を担ったのは皮肉にも信濃教育会だった。

下諏訪温泉にある島木赤彦の「恋札」の話もおもしろかった。近代短歌の世界においても、諏訪は重要な土地なのである。

土着の文化と外来の文化、古い価値観と新しい価値観をどのようにミックスさせるかという問題意識が、著者には常に働いている。

自文化を「過去の遺物」としか見られず、そこに何の価値も見出すことができなければ、それは地に着いた自分の「軸足」を放棄するに等しいことなのではないだろうか。土地に根ざした自分たちの文化や、ものの見方を失い、一方に同化、吸収されることを意味するのではないか。
先住者は、次元の異なる文化を持ち込む外来者によって、駆逐、あるいは滅ぼされてしまうことが多い中で、外来の民である建御名方側は、先住の民を攻め滅ぼすことなく、先住者の祀る神を尊重し、その文化を駆逐することがなかった。土着の洩矢神も吸収されて同化するのではなく、軸足を譲ることなく外来者を受け入れたのだろう。

こうした問題意識は、経済や文化のグローバル化がますます進む現代において、とても大切なものだと思う。

ただ、「三協精機」も日本電産の子会社「日本電産サンキョー」となり、今春から「ニデックインスツルメンツ」に名前が変った。諏訪のアイデンティティの象徴であったスケート部も昨年廃止されている。そうした経緯を見ると、「諏訪式」もまた大きな岐路に立たされているのかもしれない。

2020年10月2日、亜紀書房、1800円。

posted by 松村正直 at 07:38| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月19日

映画「君たちはどう生きるか」

原作・脚本・監督:宮崎駿

サービスデイということもあって観客はたくさん入っていた。
吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』は1937年の刊行なのか。
宮崎駿は1941年生まれなのか。私の母と同じだ。

MOVIX京都、124分。
posted by 松村正直 at 22:15| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「THE 新版画 版元・渡邊庄三郎の挑戦」

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美術館「えき」KYOTOで「THE 新版画 版元・渡邊庄三郎の挑戦」を観る。この美術館は、行くたびにどこだったか迷う。

ここ数年、私の中で新版画に対する興味が湧いてきている。もちろん、世間における新版画再評価の動きを受けてのものだ。

大正から昭和初期の作品180点が展示されている。フリッツ・カペラリ、チャールズ・W・バートレット、エリザベス・キースなど外国人の作品もある。

このところブログに浅草観音の話を書いていたが、笠松紫浪「浅草観音堂大提灯」(昭和9年)、楢崎栄昭「浅草観世音の内堂」(昭和7年)という作品もあった。こういう偶然は嬉しい。

新版画はやはりおもしろい。
自分がなぜ興味を惹かれているのかに、興味を惹かれる。

posted by 松村正直 at 06:51| Comment(0) | 演劇・美術・講演・スポーツ観戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月18日

今後の予定

下記のイベント、歌会、カルチャー講座に参加します。
多くの方々とお会いできますように!

・ 8月10日(木)講座「軍人家庭と短歌―戦後派歌人 森岡貞香の
           初期作品を中心に」(オンライン)
https://yatosha.stores.jp/items/649955f410a492002ab86682

・ 8月11日(金・祝)第8回別邸歌会(宇治)
 https://matsutanka.seesaa.net/article/499999824.html

・ 8月27日(日)人麿の里全国万葉短歌大会(益田)
 https://note.com/marumaruhaohao/n/n7abf91c7e0f7

・ 9月10日(日)文学フリマ大阪
 https://bunfree.net/event/osaka11/

・ 9月16日(土)講座「2023年上半期、注目の歌集はこれだ!」
                    (くずは)
 【教室受講】
 https://www.asahiculture.jp/course/kuzuha/378dcd78-5964-58c7-c708-644a26b57eae
 【オンライン受講】
 https://www.asahiculture.jp/course/kuzuha/4b344c1c-6ab9-9d5d-31a3-644a274f1a7f

・10月 1日(日)現代歌人集会福岡エリア歌会(福岡)
 https://site-7297482-2187-9948.mystrikingly.com/#_5

・10月 8日(日)「パンの耳」第7号を読む会(神戸)

・10月21日(土)第9回別邸歌会(八日市)
 https://matsutanka.seesaa.net/article/499999824.html

・10月28日(土)澄田広枝歌集『ゆふさり』批評会(大阪)
https://yururatanka.hatenablog.com/entry/2023/06/13/171954

・10月29日(日)大阪歌人クラブ秋の大会(大阪)
        講演「啄木短歌の超絶技巧」

・12月17日(日)第10回別邸歌会(宇陀)
 https://matsutanka.seesaa.net/article/499999824.html

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2023年07月17日

富山です

「現代歌人集会春季大会」に参加するため、富山に来ています。
賑やかな大会になりそうです。

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2023年07月16日

浅草観音(その4)

観音力は火中にあつても焼亡せず、海中にあつても溺没しないといふ経文そのまま

と茂吉が書いているのは、「観音経」の次の箇所を指している。
https://www.zen-essay.com/entry/kannongyou

仮使興害意 推落大火坑 念彼観音力 火坑変成池
(たとえ害意を興され、大なる火の坑へ推し落とされるも、彼の観音力を念じれば、火の坑は変じて池と成る。)

或漂流巨海 龍魚諸鬼難 念彼観音力 波浪不能没
(或いは巨海に漂流して、龍や魚や諸鬼の難あっても、彼の観音力を念じれば、波浪に没すること能わず。)

「観音力」という言葉は、ここに由来しているのであった。火にも水にも負けない強い力である。

そもそも浅草観音は、言い伝えによれば今から約1400年前の飛鳥時代に、隅田川で漁をしていた兄弟が網に掛かった仏像を祀ったことに始まっている。つまり、「水」に負けない力である。そして、関東大震災では「火」に負けないことが示された。

それが、東京大空襲で覆されてしまったのである。そこから「浅草の観音力もほろびぬ」という言葉が出てきた。

もっとも、茂吉自身は観音力が滅びたとは思っていない。「西方の人はおもひたるべし」、つまり西洋人はそう思うだろうと言っているに過ぎない。

前回引いた随筆「観音経と六区」の続きには、こう書かれている。

欧羅巴のいづれの大都市にも、殆ど必ずこの浅草的なローカルがある。久しぶりで田舎から帰つて来た自分は、この浅草に無限の愛惜を感ずる。さういふ意味で観音力は滅びないからである。

土地に根差したローカルな信仰や精神、地霊といったものは、敗戦くらいのことでは失われないという思いであろうか。

戦後、本堂や五重塔が再建され、初詣には毎年約280万人もが参拝する浅草観音。今ではインバウンドにも人気の観光スポットになっている。75年前に茂吉が残した「観音力は滅びない」という予言は的中したと言っていいのかもしれない。

posted by 松村正直 at 08:04| Comment(0) | 斎藤茂吉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月15日

浅草観音(その3)

浅草の観音力(くわんおんりき)もほろびぬと西方(さいほう)の人はおもひたるべし
               斎藤茂吉『つきかげ』

昨日、中村さんがコメントをお寄せくださった通り、この歌については塚本邦雄が『茂吉秀歌『霜』『小園』『白き山』『つきかげ』百首』で取り上げて、

霊験あらたかと言はれて来た浅草寺の、純金一寸八分の聖観世音も、日本の敗戦を防ぐ神通力は持つてゐなかつた。

と書いている。つまり、塚本は「浅草の観音力もほろびぬ」を、日本の敗戦を防げなかったという意味に受け取っている。

私は少し違う考えを持っていて、これは浅草寺が空襲で焼けてしまったことを指しているのだと思う。

1945年3月10日の東京大空襲で浅草寺は大きな被害を受け、旧国宝の観音堂(本堂)も五重塔も焼失した。秘仏の本尊は避難して無事だったものの、22年前の関東大震災で奇跡的に残った建物が今度はすべて焼け落ちてしまったのだ。

茂吉の歌は、おそらくその事実を詠んでいる。

なぜなら、1948年に茂吉の書いたエッセイに、次のような箇所があるからだ。

壮大な浅草寺も仁王門も無くなつて、小さい観音堂が建つてゐた。(…)五重塔も無くなり、二基の露仏、鐘楼を前景にして、対岸の麦酒会社まで一目で見えるまでになつてゐた。(「浅草」)
関東大震災の時には、仲見世まで焼けたに拘らず、仁王楼門も本堂も焼けなかつた。そこで観音力は火中にあつても焼亡せず、海中にあつても溺没しないといふ経文そのままだと思つてゐたが、焼ける物は焼けるといふことになつてしまつた。(「観音経と六区」)

関東大震災では焼けなかった浅草寺が東京大空襲で焼けてしまった。そのことが、茂吉に多大な衝撃を与えたのである。

posted by 松村正直 at 16:06| Comment(0) | 斎藤茂吉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月14日

オンライン講座「現代短歌セミナー 作歌の現場から」

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8月からNHK学園の新しいオンライン講座「現代短歌セミナー 作歌の現場から」が始まります。

https://college.coeteco.jp/live/84kyc7le

2か月に1回、永田和宏さんと私が毎回違うゲストを迎えて、短歌についての話をします。初回(8/18)のゲストは小池光さん。どんな話になるのか楽しみです。

興味深い内容になると思いますので、みなさんぜひご参加ください!

posted by 松村正直 at 22:01| Comment(4) | カルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

浅草観音(その2)

短歌の世界で浅草観音と言えば、斎藤茂吉だろう。

14歳で上京した茂吉がまず住んだのは浅草であった。「浅草医院」を開いていた斎藤紀一方に寄寓したのである。

その頃の浅草観世音境内には、日清役平壌戦のパノラマがあって、これは実にいいものであった。東北の山間などにいてはこういうものは決して見ることが出来ないと私は子供心にも沁々しみじみとおもったものであった。(「三筋町界隈」)

こうした少年時代から戦後の最晩年に至るまで、茂吉と浅草観音には深い結び付きがあり、歌にもしばしば詠まれている。

あな悲し観音堂に癩者ゐてただひたすらに銭欲りにけり
             『赤光』
みちのくより稀々(まれまれ)に来るわが友と観音堂に雨やどりせり
             『ともしび』
浅草の五重の塔をそばに来てわれの見たるは幾とせぶりか
             『石泉』
浅草のみ寺に詣で戦にゆきし兵の家族と行きずりに談(かた)る
             『寒雲』
浅草の観音力(くわんおんりき)もほろびぬと西方(さいはう)の人はおもひたるべし
             『つきかげ』

最後の歌は茂吉が戦後に疎開先から東京に戻って詠んだ「帰京の歌」(1948年)に入っている。この「観音力もほろびぬ」とは、どういうことを意味しているのだろうか?

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2023年07月13日

浅草観音(その1)

今年は関東大震災(1923年)から100年。

アララギ発行所編『灰燼集 大正十二年震災歌集』(1924年)を読んでいる。「アララギ」の同人・会員159人の詠んだ震災詠計931首を収めたアンソロジーだ。

その中で、浅草観音(浅草寺)を詠んだ歌が目に付く。

  浅草寺は焼けず
十重二十重炎みなぎる中にして観世音菩薩あはれまします
             草生葉爾
  浅草観音堂
たふとさよなべてほろびし焼原にかくし残れる観音の堂
             池田清宗
  浅草観音堂境内にて、救はれしといふ友に逢ふ
み堂やけばすべてむなしと念じたる命尊し救はれにけり
             鹿児島寿蔵
 九月四日本所に住む浪吉を気づかひ行く途中浅草寺にて二首
焼け跡のちまたを遠く歩み来てしみじみあふぐ浅草のみ堂
ことごとく焼け亡びたる只なかになほいましたまふ観世音菩薩
             藤沢古実
  浅草観世音を憶ふ三首
もろともに過ぎばすぎめどうつつ世になほ残りたまふ御ほとけの慈悲
             土田耕平
  浅草観音堂
焼原にのこるみ堂をいつくしみうれしさ充ちて詣でけるかも
             平福百穂

とにかく浅草観音を詠んだ歌が多い。震災による火災で甚大な被害を受けた東京の下町にあって、浅草観音は奇跡的に延焼を免れたのであった。

「関東大震災100年 浅草寺 焼け残りの謎を追う NHK」
https://www.nhk.or.jp/shutoken/shutobo/20230711a.html

『灰燼集』の歌からは、猛火を退けて多くの避難民の命を救った浅草観音への畏敬の念と、焼けずに残った建物に希望を見出す心情が伝わってくる。
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2023年07月12日

オンライン講座「短歌のコツ」

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NHK学園のオンライン講座「短歌のコツ」が7月から新しいクールに入ります。毎月1回木曜日の19:30〜20:45の75分間、全6回です。

講座の前半は短歌のコツに関する講義、後半は1人一首の批評・添削という内容です。ベテランの方も初心者の方も、どなたでもお気軽にご参加ください。

https://college.coeteco.jp/live/8qz4czyd

posted by 松村正直 at 23:43| Comment(0) | カルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月11日

「別邸歌会」の日程

 「別邸歌会」チラシ 2023.07.11.jpg


今後の別邸歌会の日程は、下記の通りです。

・ 8月11日(金・祝)中宇治BASE(京都府宇治市)
・10月21日(土)SATSUKI-RO さつき楼(滋賀県八日市市)
・12月17日(日)奈良カエデの郷ひらら(奈良県宇陀市)

時間はいずれも13:00〜17:00。

初心者もベテランも、初めての方も常連の方も、老若男女関係なくどなたでも参加できる歌会です。お気軽にお申込みください。

posted by 松村正直 at 20:08| Comment(0) | 歌会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月10日

「パンの耳」第7号刊行

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同人誌「パンの耳」第7号を刊行しました。
前号よりメンバーが5名増えて20名になりました。


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20名の連作15首とエッセイ「街のうた」を収めています。
A5判60ページで定価は300円。
現在、松村のBOOTHにて販売中(送料無料)です。

https://masanao-m.booth.pm/

今後、葉ね文庫さんや9月10日の文学フリマ大阪でも販売する予定。
みなさん、ぜひお読みください!

posted by 松村正直 at 22:14| Comment(0) | パンの耳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月09日

大竹昭子『個人美術館への旅』


全日空のPR誌「ていくおふ」に連載された文章をまとめたもの。全国にある12の個人美術館の訪問記である。

「たかもく本の店」で購入。2002年刊行の新書だが、20年くらい前の本を読むのも意外といいのかもしれない。例えば、この本で言えば、20年経過した今も12の美術館すべてが(市町村合併で名称の変ったものもあるが)残っている。そこに、著者の眼力を認めることができるだろう。

個人美術館は、いろいろな作家のものを一堂に集めた県立美術館などに比べると作品の量が少なく、展示室を三つ、四つまわるともうロビーにもどっている。この小ささがとても都合がいい。
個人美術館は作家の郷里だったり、アトリエのあった場所だったり、人生の大半を過ごした土地だったりと、ゆかりのある場所に建てられていることが多い。日帰りのできる近さでも、かならず美術館の近くに宿をとって一泊した。
たったひとつの美術館のために、飛行機や電車やバスを乗り継いで出かけていく。思えばずいぶん贅沢な旅である。だが、たどりつくまでの時間や労力が大きければ大きいほど、そこで出会う一点に目を凝らそうとする思いも強くなる。

こうした著者の考えに共感し、納得する。

人は五十歳に近づくと、これまで歩んできた道程を振り返り、人生のはじまりを確認しようとする。土門は酒田を再訪したとき四十八歳だった。故郷を思うのにいい時期だったように思う。(土門拳記念館)
ノグチの作品を西洋と東洋の融合のように見るのはつまらない。彼が求めたのは東洋・西洋という区分けが存在する以前の世界にむかうことだった。人が自然との交感を求めて物を造った時代に旅立とうとした。(イサム・ノグチ庭園美術館)

各美術館の展示に関する解説も行き届いている。好著。

2002年9月20日、文春新書、680円。

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2023年07月08日

「あなたを想う恋のうた」作品募集中

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今年も「あなたを想う恋のうた」の審査員を務めます。
https://www.manyounosato.com/

現在、作品募集中です。
投稿料は無料で、最優秀賞は10万円!。

締切は10月31日(消印有効)。
ご応募、お待ちしております。

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2023年07月07日

中川裕『NHK 100分de名著 知里幸恵『アイヌ神謡集』』


2022年9月のNHK「100分de名著」のテキスト。

知里幸恵『アイヌ神謡集』が刊行されてから今年で100年。番組は見られなかったのでテキストだけ読む。

口承文芸にはこれが原本だというテキストはありません、それは語り手によってそのたびに創造され、そのたびに完成するものなのです。
当時すでに、アイヌの伝統的な生活は過去のものになりつつありました。(…)それは、ニㇱパという言葉が「お金持ち」と訳されていることにも表れています。二ㇱパというのは日本語にしにくい単語で、本来は、狩りなどが上手で、カムイからの覚えもめでたく、豊かな生活を送っている立派な人という意味です。
同化論とは、アイヌの人々がそれまでの文化や生活を捨て去り、和人と肩を並べて和人として生きていくのが最も望ましいとする考え方のことです。これは金田一独自の考え方ではありません。当時の為政者も進歩的な文化人と呼ばれる人たちも、みんなこのような考え方をしていたと思われます。
つまりアイヌ語は、日本語にも外国語にも入らない言語で、それを言い表す言葉は日本語にはないのです。『アイヌ神謡集』が岩波文庫で赤色なのは、このことと無関係ではありません。アイヌ文学はどこにも入らない、「日本文学」ではないということで、仕方なく外国文学に入っているのです。

岩波文庫の『アイヌ神謡集』は8月に補訂新版が刊行されるとのこと。これを機にさらに多くの人に読まれるといいなと思う。
https://www.iwanami.co.jp/book/b629847.html

2022年9月1日、NHK出版、600円。

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2023年07月06日

原武史『地形の思想史』


2019年にKADOKAWAから出た単行本を新書化したもの。

「岬」「峠」「島」などの地形と歴史や思想との関わりを掘り下げた内容で、7つの話を収めている。著者のユニークな視点が生かされていて面白い。

皇太子夫妻が子供たちと同居し、直接子供たちを育てる一九六〇年代から七〇年代にかけての時期は、戦後日本で夫婦と未婚の子供からなる核家族が確立される時期と一致していた。核家族のためのコンパクトな居住空間として、日本住宅公団により団地が大量に建設されてゆくのもこの時期であった。
山梨県の多摩川水系まで含めた西多摩地域の思想史を振り返るために、明治以降の鉄道をいったんカッコに括ってみたい。そうすると立川でなく、甲州街道の宿場町として栄えた八王子を中心とする明治以前の交通網が見えてくる。
戦前の大規模な軍事施設が、戦後になると自衛隊の中核施設としてそのまま使われている都市としては、ほかに北海道の旭川市が挙げられる。陸軍の第七師団があったところが、陸上自衛隊旭川駐屯地になっているからだ。

印象に残ったことが2つある。

一つは天皇の臨席のもと日中戦争勃発まで毎年行われていた「陸軍特別大演習」が、全国の都道府県持ち回りの開催であったこと。なるほど、戦後の国体や植樹祭が都道府県を巡回しているのは、この続きであったわけか。

もう一つは私にもなじみの深い小田急線の「相模大野」「小田急相模原」「相武台前」といった駅が、戦前の軍隊と深く結び付いていたこと。それぞれ、陸軍通信学校、臨時東京第三陸軍病院、陸軍士官学校の最寄駅であったのだ。

著者は、あとがきに次のように書く。

実際に日本各地を訪れ、さまざまな場所に立ち、地形が織り成す風景を目にすると、まるでそこにしかない風景が語りかけてくるかのような瞬間があるのを、まざまざと体験した。

ネットで多くのことを調べられる時代だからこそ、こうした体験の持つ価値は今後ますます高くなっていくにちがいない。

2023年5月10日、角川新書、940円。

posted by 松村正直 at 10:44| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月05日

映画「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」

監督:内田英治、片山慎三
出演:伊藤沙莉、竹野内豊、北村有起哉、宇野祥平、久保史緒里、中原果南、島田桃依ほか

舞台は新宿歌舞伎町。BAR「カールモール」に集う人々の織り成す6つのエピソードで構成されている。

主演の2人が好きで観たのだが、始まって3分もしないうちに予想と違ったことに気づく。終ってみればB級映画感満載の作品であった。

まあ、それはそれで楽しかったのだけど。

アップリンク京都、116分。

posted by 松村正直 at 21:31| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真中朋久歌集『cineres』


2014年から2018年の作品を収めた第6歌集。
タイトルはラテン語で「灰」の意味とのこと。

水の辺に立つたまま食ふにぎりめし手についためしつぶをつまんで
百葉箱のなかに住みたし。するすると縄梯子など上げ下ろしして
彼女いまもあなたのこと好きよ――妻が言ふいたくしづかなこゑで
川むかうのマンション暗しベランダに莨火ひとつともるしばらく
旧街道に離合しあぐむ自動車のつやつやとして互みをうつす
まどかなる秋のいちにち老いびとの円環に入る語りさぶしも
へいわのいしずゑといふ言説のひとばしらのごときひびきをあやしむわれは
松本市大手にありしジャズ喫茶は裏からの貰ひ火に焼けてしまひぬ
塔のうへのひとひらの雲の消えしのち見あげてゐたるひとがふりむく
もうわすれてくださいといふこゑなどもありありとみみのそこにのこれる

1首目、水と白米と手だけのシンプルな描写から身体感覚が伝わる。
2首目、かわいらしいファンタジー。三句以下の具体が印象に残る。
3首目、ダッシュ部分の空白に、何とも言えない気まずさを感じる。
4首目、川辺なのでまさにホタルみたい。遠くからでも見えるのだ。
5首目、下句の描写から、古い街道の細さがありありと感じられる。
6首目、同じ話を繰り返す様子を「円環に入る」と表したのがいい。
7首目、死者たちは誰も、平和の礎になどなりたくなかっただろう。
8首目、城下町とジャズ喫茶の取り合わせに時代や雰囲気を感じる。
9首目、しばらく自分だけの世界に入っていた相手と、再び出会う。
10首目、忘れることができずに、声だけがいつまでも残っている。

2023年6月8日、六花書林、2400円。

posted by 松村正直 at 08:29| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月04日

石川幸太郎『潜水艦伊16号 通信兵の日誌』


1992年に草思社から刊行された単行本の文庫化。

第二次世界大戦において、真珠湾攻撃、マダガスカル島攻撃、インド洋通商破壊作戦、ソロモン決戦、ラバウル決戦に参加した潜水艦「伊16号」。その乗組員であった著者が艦内で書いていた日誌である。

開戦から約1年間のものだが、読み応え十分。現代に残っているのが奇跡のような日記だと思う。真珠湾やマダガスカル島のディエゴスアレスにおける特殊潜航艇による攻撃の様子など貴重な話が多い。

日誌の始まりは1941年11月17日。「明十八日はいよいよ作戦地へ向けて晴れの征途に就くのだ」とある。12月8日の真珠湾攻撃の約3週間前から、既に行動が開始されていたことがわかる。

印象に残るのは、潜水艦内での長期生活の過酷さだ。

夜間に入ってからの艦の動揺はなはだしく、夜通し、ベッドの上にて左右にゴロゴロころがされて眠れず、かつ胸がつかえるようだった。(1941年11月26日)
爽やかに明けんとする東天を拝し、と言いたいところだが、戦争という運命は、われわれに太陽も見ることを許さない立場にしてしまった。生れてこの方、元旦の陽の光を見ざるは今年をもって初めとする。(1942年1月1日)
片舷機故障のため、水もあまりとれないので、顔も洗わず身体もぬぐわない。歯を磨いたのは出港してから数回に過ぎないだろう。世の中に潜水艦乗りほど物臭いのもないだろう。(1942年6月3日)
腹の具合がとても悪い。未だに下る。食事も今朝ちょっと食べてみたが、すぐ痛くなるようなので、昼食を抜きにする。明日出撃までによくならないと、出港後は長時間潜航中、大便にゆけないので一番困るのだ。(1942年11月3日)

日記は1942年11月5日で終っている。

これにて、ハワイ海戦以来の陣中日誌、一冊目を終る。読み返す気もない。幾度か決死行の中にありて、気の向いたときに書き綴ったもの。そしてわれ死なばもろともにこの世から没する運命にある。しかし、第二冊目を書き続けてゆかねばならない。運命の魔の手が、太平洋の海底に迎えに来るその日まで。

この1冊目の日誌は翌年、伊16号が修理のため横須賀に戻った際に家族に渡された。その後、1944年5月19日に伊16号はソロモン諸島沖で撃沈され、著者も運命を共にする。27歳。結婚したばかりの妻と幼い娘を残しての戦死であった。

2冊目以降も書き続けられたはずの日誌は、海の底に眠っている。

本を読むのが好きな著者で、読書の話もたくさん出てくる。

樋口一葉『にごりえ』『たけくらべ』及びヴァイウォーターの『英独海戦』若干を読む。(1943年7月17日)

戦時中の潜水艦の中で樋口一葉の小説を読みながら、26歳の石川幸太郎はどんなことを考えていたのだろうか。

2021年12月8日、草思社文庫、1000円。

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2023年07月03日

今後の予定

下記のイベント、歌会、カルチャー講座に参加します。
多くの方々とお会いできますように!

・ 7月17日(月・祝)現代歌人集会春季大会 in 富山(富山)
 https://matsutanka.seesaa.net/article/499174176.html

・ 8月10日(木)講座「軍人家庭と短歌―戦後派歌人 森岡貞香の
           初期作品を中心に」(オンライン)
https://yatosha.stores.jp/items/649955f410a492002ab86682

・ 8月11日(金・祝)第8回別邸歌会(宇治)
 https://matsutanka.seesaa.net/article/499999824.html

・ 8月27日(日)人麿の里全国万葉短歌大会(益田)
 https://note.com/marumaruhaohao/n/n7abf91c7e0f7

・ 9月10日(日)文学フリマ大阪
 https://bunfree.net/event/osaka11/

・ 9月16日(土)講座「2023年上半期、注目の歌集はこれだ!」
                    (くずは)
 【教室受講】
 https://www.asahiculture.jp/course/kuzuha/378dcd78-5964-58c7-c708-644a26b57eae
 【オンライン受講】
 https://www.asahiculture.jp/course/kuzuha/4b344c1c-6ab9-9d5d-31a3-644a274f1a7f

・10月 1日(日)現代歌人集会福岡エリア歌会(福岡)
 https://site-7297482-2187-9948.mystrikingly.com/#_5

・10月 8日(日)「パンの耳」第7号を読む会(神戸)

・10月21日(土)第9回別邸歌会(八日市)
 https://matsutanka.seesaa.net/article/499999824.html

・10月28日(土)澄田広枝歌集『ゆふさり』批評会(大阪)
https://yururatanka.hatenablog.com/entry/2023/06/13/171954

・10月29日(日)大阪歌人クラブ秋の大会(大阪)
        講演「啄木短歌の超絶技巧」

・12月17日(日)第10回別邸歌会(宇陀)
 https://matsutanka.seesaa.net/article/499999824.html


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堀之内、小出、只見(その4)

ダムに沈んだ田子倉集落の歴史を伝える「ふるさと館田子倉」、只見町の自然をテーマにした「ただみ・ブナと川のミュージアム」を見学したあと、三石神社へ向かう。

駅の裏手の山の中腹に3つの大きな岩があって、ご神体として祀られているとのこと。いわゆる「磐座」(いわくら)である。これは、見に(拝みに)行かなければなるまい。


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一の岩。

山道を15分くらい登るといきなり現れる。岩の下側の鳥居の奥に穴が空いている。「この岩の穴に頭を入れてお祈りすると頭が良くなり頭の病気も治るといわれている」。

雨上がりで地面が濡れていたので、残念ながらこれはパス。


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泪岩(二の岩)。

一の岩からY字になった道を左手に進むとすぐ。「不思議なことに昔から夏の暑い日でもこの岩から水が沁み出ており涙を流しているようでその水を目につけると目の病気が治るといわれている」。

実際に岩からポタポタと滴が落ちてくる。目の病気はないけれど、滴を両方の目に受けておいた。


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縁結び岩(三の岩)。

一の岩からY字になった道を右手に進むとすぐに見えてくる。真打登場という感じで、とにかく迫力がすごい。岩の下の洞の部分が社になっている。


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横から見るとこんな感じ。ちょっと秘密基地みたいでわくわくする。

「岩の小さな穴を見つけ、ヒモを通して結ぶことができれば縁がむすばれるといわれている」そうで、穴にはたくさんの細紐が通され、五円玉がぶら下がっていた。

その後、食事したり、カフェで休んだりしていたところ、午後3時半ころから激しい雨となり、只見線が運行休止となってしまった……。仕方がないので、駅前の旅館に泊まる。


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宿泊した「只見荘」。

飛び込みの客だったにもかかわらず、とても親切で丁寧な対応をしていただいた。「これに懲りずにまた来てくださいね」との言葉に送られて、宿を後にする。

只見線は運行再開の見込みだったが、念のため会津田島までバスに乗り、そこから会津鉄道・野岩鉄道・東武鉄道を直通する特急「リバティ」に乗り、北千住→東京→京都というルートで帰ってきた。何ごとも経験だな。


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会津田島駅前に展示されている「C11-254」。

蒸気機関車を見るとつい写真を撮ってしまう。1944年製造の車両。世の中にはすごい人がいるもので、全国に保存されている約600両の蒸気機関車の情報を載せているサイトなどもある。
https://www.steamlocomotivejapan.com/c11-254

こういう情熱にはひたすら感心するばかりだ。

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2023年07月02日

林光『職人技を見て歩く』


副題は「人工心臓、トイレ、万年筆、五十塔…」。

「たかもく本の店」で購入した20年前の新書。モノ作りの職人を訪ねて話を聞くシリーズで、全10話を収めている。私はこういう「見て歩く系」の本が好きで、つい見かけると買ってしまう。

印象に残った発言を引く。

送電鉄塔って、鉄塔だけではだめで、電線があってはじめて完成なんですね。だからマイクロ鉄塔や電波塔みたいに、塔だけとはちがって、電線が張られて、はじめて美しくなるんですよ。(東京電力株式会社 本郷栄次郎)
じつは、外国の万年筆のメーカーさんにとって、いま、世界最大の万年筆のマーケットは日本なんです。世界では、いまの日本と同じように、圧倒的に簡便なボールペンが主流で、ほとんどがそれです。(潟pイロット 広沢諄一)
焼き物は、やっぱり中国が本家ですからね。戦争で中国に行ったということは、私にとって、本当にプラスになったんですよ。あれが、別のどっか島にでもほっぽりだされてたら、もう、目も当てられんですね。(走波焼き五代 佐藤走波)

文中に「弟のリンボウ先生」という記述があって、初めて著者と林望が兄弟だと知った。

2002年3月20日、集英社新書、700円。

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堀之内、小出、只見(その3)


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JR小出駅。

越後堀之内の隣の駅(上越線)であるとともに、只見線の始発駅でもある。駅名板は俳優の渡辺謙が書いたもの。新潟県北魚沼郡広神村(現・魚沼市)出身で、県立小出高校に通っていたらしい。


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小出駅から魚野川を渡った反対側に商店街や魚沼市役所などの市街地があり、そこで1泊する。商店街には宮柊二記念館のチラシが貼られていた。


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小出駅5:36発の只見線の始発列車。

午前中はこれ一本しかない。乗り遅れたら次は13:12発。只見線は昨年10月に11年ぶりに全線運転再開となって話題を呼んだ。観光路線として人気が出ていて、休日には座れないことも多いという。


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福島県に入って最初の只見駅で降りて「たもかく本の店」へ。

読み終わった本と只見の森を交換するという珍しい事業をやっているところ。倉庫を含めると本は150万冊くらいあるらしい。ただし、コロナ禍のため現在は店主一人で運営していて大変なようだ。


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蒸気機関車C58-244。

JR只見駅から200メートルほど離れた只見振興センターの前に保存されている。1940年に製造されたものなので今年で83歳。

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2023年07月01日

堀之内、小出、只見(その2)


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宮柊二の生家跡の「丸末書店」。
今も営業を続けている。


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雁木の続く古い街並み。
商店街になっているが、営業している店は少ない。


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宮柊二の作詞した「堀之内小唄」の歌碑。
7・7・7・5のリズム。

波に陽がさす
早瀬の中を
上る若あゆ
二寸鮎

一人出てみりゃ
磧の河鹿 田戸の
渡しの
灯がうるむ



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堀之内を流れる魚野川。


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宮柊二のお墓があると知って向かう。
案内表示がいくつもあって、ありがたい。


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この石段の先が墓処になっている。


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「宮柊二之墓」。


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全体はこんな感じ。
墓処全体がきれいに掃除され、落ち着いた空間になっていた。

posted by 松村正直 at 12:27| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雑詠(028)

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ひね鶏の安きを買って網に焼く齢をふかく嚙みしめながら
あつあつのシューマイ、シューカツ、メンチカツおいしく食べているか息子は
知ってたら行ってたのにと言う人はいつだって来ない紫陽花濡れて
玉ねぎの島ありバナナの島もあり積荷をのせたカート行き交う
ひたすらに勢いを増す夏の雲ことばだけでも返してほしい
ニッポンを見ずにスマホの地図を見る一団みちを引き返しゆく
駅弁の白米食えばありありと車窓に稲はかがやきを増す

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posted by 松村正直 at 00:07| Comment(0) | 雑詠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする