2016年にグラフィック社より刊行された本の文庫化。20万部突破のベストセラー。
家での食事は「一汁一菜」で良い、さらに言えば、おかずを兼ねる具だくさんの味噌汁とご飯だけで良いとの考えを記した本。テレビの料理番組での温かみのある語り口がそのまま本になっている。
家庭料理ではそもそも工夫しすぎないということのほうが大切だと思っています。それは、変化の少ない、あまり変わらないところに家族の安心があるからです。
メディアでは「おいしい」「オイシイ‼」と盛んに言われていますが、繰り返し聞かされている「おいしいもの」は、実は食べなくてもよいものも多いのです。
まずは、料理に対するこうした発想の転換にハッとさせられる。一般的な料理本に見られる「美味しいもの」「特別なもの」を目指す方向性とは正反対だ。でも言われてみれば当り前のことばかりで、日常を大事にする姿勢が一貫している。
そして、「生きることと料理することはセットです」と書く著者の話は、人生論や文明論にもつながっていく。
私たちは生きている限り「食べる」ことから逃れられません。離れることなく常に関わる「食べる」は、どう生きるのかという姿勢に直結し、人生の土台や背景となり、人の姿を明らかにします。
料理とは、いつも新しい自分になることです。自然は絶えず変化していますから、レシピ通りにはいきません。自然に対して、自分自身も新しくするのです。
やや教訓めいたこの手の話は苦手と思う方もいるかもしれない。ジェンダーや「日本人の美意識」についての記述にも、世代的な違和感は覚える。
その一方で、私たちが時流や経済効率に流されず「食べる」ことを大事にするには、何らかの思想・考えが必要となるのも確かだ。外食や総菜、冷凍食品などで何でも比較的安く食べられる現代は、かえって「食べる」ことの難しい時代なのかもしれない。
2021年11月1日、新潮文庫、850円。