2021年12月31日

2021年の活動記録

作品
 ・「心臓は心臓」7首(「短歌往来」4月号)
 ・「土を掘る」15首(「パンの耳」第4号)
 ・「面と向かって」7首(「短歌研究」5月号)
 ・「心理」3首(「うた新聞」5月号)
 ・「家族会議」10首(第32回文学フリマ東京)
 ・「ハルニレ」21首(「短歌往来」9月号)
 ・「195.7km」10首(「短歌研究」10月号)

連載
 ・啄木ごっこ(第27回)函館へ(「角川短歌」1月号)
 ・啄木ごっこ(第28回)苜蓿社と雑誌「紅苜蓿」
                   (「角川短歌」2月号)
 ・啄木ごっこ(第29回)大森浜(「角川短歌」3月号)
 ・啄木ごっこ(第30回)「五足の靴」と函館の夏
                   (「角川短歌」4月号)
 ・啄木ごっこ(第31回)延びゆく鉄道(「角川短歌」5月号)
 ・啄木ごっこ(第32回)札幌と向井夷希微
                   (「角川短歌」6月号)
 ・啄木ごっこ(第33回)小樽の賑わいと野口雨情
                   (「角川短歌」7月号)
 ・啄木ごっこ(第34回)歌ふことなき人人
                   (「角川短歌」8月号)
 ・啄木ごっこ(第35回)さいはての町、釧路へ
                   (「角川短歌」9月号)
 ・啄木ごっこ(第36回)啄木の歌は素朴か―事実と脚色
                   (「角川短歌」10月号)
 ・啄木ごっこ(第37回)酒色と借金の日々
                   (「角川短歌」11月号)
 ・啄木ごっこ(第38回)東京病と自然主義の流行
                   (「角川短歌」12月号)
 ・干支のうた「卵と肉をめぐる命の不思議」
                  (「NHK短歌」1月号)
 ・干支のうた「人間との長くて深い絆」
                  (「NHK短歌」2月号)
 ・干支のうた「存在感のある体と気配」
                  (「NHK短歌」3月号)
評論
 ・歌枕はなぜ生き残ったのか(「俳句界」9月号)
 ・高安国世と万葉集
        (『万葉を楽しむ 高岡市万葉歴史館論集20』)
時評
 ・今も続く除染(「朝日新聞」1月24日朝刊)
 ・亡き妻と料理(「朝日新聞」2月21日朝刊)
 ・日常生活と社会(「朝日新聞」3月21日朝刊)

書評
 ・久我田鶴子歌集『雀の帷子』評(「現代短歌」3月号)
 ・篠弘著『戦争と歌人たち』評(「短歌研究」6月号)
 ・加藤治郎著『岡井隆と現代短歌』評
                 (「現代短歌新聞」10月号)
 ・田中成彦歌集『即興曲』評(「うた新聞」11月号)
 ・時田則雄著『樹のように石にようにU』
                 (「現代短歌新聞」12月号)
その他
 ・「羊・未」入選歌、入選への道(「NHK短歌」1月号)
 ・「猿・申」入選歌、入選への道(「NHK短歌」2月号)
 ・「鶏・酉」入選歌、入選への道(「NHK短歌」3月号)
 ・「犬・戌」入選歌、入選への道(「NHK短歌」4月号)
 ・「猪・亥」入選歌、入選への道(「NHK短歌」5月号)
 ・第8回現代短歌社賞選考座談会(「現代短歌」1月号)
 ・アンケート「新しい読者のための「入門歌集」教えます。」
                   (「短歌研究」2月号)
 ・「連作集三」一首評(「けやき 連作集」四)
 ・アンケート「二〇二〇年の収穫」(「ねむらない樹」vol.6)
 ・20号作品評(「灯船」第21号)
 ・田口朝子歌集『朝の光の中に』解説
 ・乾醇子歌集『夕陽のわつか』栞
 ・わたしの投稿時代(「NHK短歌」8月号)
 ・学徒出陣と教師(「朝日新聞」8月15日朝刊)
 ・一葉の記憶 ―私の公募短歌館―(「角川短歌」10月号)
 ・中村ヨリ子歌集『おもあい』栞
 ・四月の歌(「六花」vol.6)
 ・中林祥江歌集『草に追はれて』跋文

出演
 ・第9回現代短歌社賞選考委員
 ・第23回「あなたを想う恋のうた」審査員
 ・NHK短歌 題「鶏・酉」(Eテレ、1月10日放送)
 ・NHK短歌 題「犬・戌」(Eテレ、2月7日放送)
 ・NHK短歌 題「猪・亥」(Eテレ、3月7日放送)
 ・『駅へ』復刊記念オンライントークイベント(3月27日)
 ・オンラインイベント「『戦争の歌』を読む」(8月12日)

posted by 松村正直 at 23:59| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大杉浩司『岡本太郎にであう旅』


副題は「岡本太郎のパブリックアート」。

先日、川崎市岡本太郎美術館にて購入した本。全国約50か所の施設や広場、公園などにある岡本太郎作品が写真入りで紹介されている。

万博記念公園の「太陽の塔」や渋谷駅の「明日の神話」などの有名作から、寒河江市役所の「生誕」や別府の「緑の太陽」など初めて見るものまで、実に様々な作品がある。

美術館や個人が所蔵する作品と違って、パブリックアートは誰もが見ることができる。その一方で、施設の改装や取り壊しなどにより作品自体が失われてしまうこともある。

京都や関西の作品も載っているので、近くに行く際には足を運んでみたい。

2015年9月19日第1刷、2020年10月7日第3刷。
小学館、1500円。

posted by 松村正直 at 20:31| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月30日

雑詠(012)

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頭を垂れるひとの後ろをジョギングの人が過ぎゆく天皇陵に
落ち着いたらまた戻ってきますと言う人の戻りくることほぼほぼなくて
三十年過ぎてふたたび何もないわたし自身に戻る冬晴れ
介護士・看護師・相談員だれも丁寧で怒りぶつける相手はおらず
目玉こぼれ落ちんばかりの眠たさの道路の脇に生えるかたばみ
炎上ののちに「いいね」を取り消して私のもとを去る人もいる
三郎も二郎もおらず原色の唯一無二のTAROかがやく

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posted by 松村正直 at 07:33| Comment(0) | 雑詠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月29日

永田和宏歌集『置行堀』


2013年から2017年までの作品492首を収めた第15歌集。

床紅葉(ゆかもみぢ)と誰かが名づけたるゆゑに紅葉より床を見る人多し
            京都岩倉実相院
雪つもらねば気づかなかつた水の幅電車の窓のゆふぐれに見き
長き手の長きがままに垂れゐたり湖北の寺の暗き灯(あか)りに
            渡岸寺十一面観音
琵琶湖産と念を押されて皿に載るまこと小さき諸子(もろこ)の一尾
いつもいつも大事なことは言ひ忘れ運河を流れゆく壜の尻
顔のあたりから老けてゆくのがよくわかる焚火の熾(おき)に屈みこむとき
網目キリンは網目のなかに生まれきて網目は立てり生後一日
天井のひとところ色の変はりたり夜ごとあなたに線香を焚く
凄いわねえとあなたが褒めて褒め上手褒められ上手のわたくしがゐた
石段の一段づつに積もりたる紅葉掃かねばと思ひつつをり

1首目、名前が与えられたことで、人々の注目を集めるようになる。
2首目、一面に雪に覆われた風景の中で、川だけが黒く流れている。
3首目「長きがままに」がいい。あらためて長さが印象付けられる。
4首目、琵琶湖八珍の一つ。漁獲量が減って高級食材になっている。
5首目、上句の「情」と下句の「景」の取り合わせに味わいがある。
6首目、熾火の熱や光を顔面に受けた時に自らの老いを感じたのだ。
7首目、本物の網をかぶって生まれてきたかのように詠まれている。
8首目、何か漏れているのかと思って読むと、下句でしんみりする。
9首目「褒め上手」はよく聞くが「褒められ上手」も大事なことだ。
10首目、歌に詠むよりも本当は箒で掃いてしまえば良いのだけど。

2021年11月12日、現代短歌社、3300円。

posted by 松村正直 at 16:31| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月28日

映画「偶然と想像」

監督・脚本:濱口竜介
出演:古川琴音、中島歩、玄理、渋川清彦、森郁月、甲斐翔真、占部房子、河井青葉ほか

3話構成のオムニバス。

脚本のよく練られた会話劇のような味わい。会話のやり取りが、現実そのままをコピーして再現するリアルではなく、現実と異なりつつも認識を更新するようなリアルを感じさせる。

どの話も最後が少し余分なように思ったが、それは私が短歌脳になっているからかもしれない。

京都みなみ会館、121分。
posted by 松村正直 at 18:43| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月27日

上野リチ展

京都国立近代美術館で開催されている展覧会「上野リチ:ウィーンからきたデザイン・ファンタジー」を見る。ウィーンと京都で活躍したデザイナー、上野リチ(1893-1967)の回顧展。

会場で驚いたのは、展示作品に解説などを書いたキャプションがなく作品番号が表示されているだけであったこと。解説等は入口で配布される作品リストのパンフレットにすべて記されている。


 P1090480.JPG


最初は作品とパンフレットを見比べるのに慣れず戸惑ったが、だんだんコツを摑めてきた。まずは作品だけを見て、もし気になった点があればパンフレットで確認すれば良いのだ。

山下裕二『商業美術家の逆襲』にも、こんな一節があった。

実作品をナマで、自分の眼だけを頼りに味わう。これが何より大事で、一番面白い美術の見方です。いつも言っていることですが、そのためにも、まずは作者名や作品を解説しているキャプションを読まずに見ることが大事です。知識というフィルターがかかって、眼が曇ってしまうからです。

今後はこういう方式が美術館の主流になっていくのかもしれない。

posted by 松村正直 at 22:15| Comment(0) | 演劇・美術・講演 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月26日

『踊り場からの眺め』について

いよいよ今年も残り少なくなってきました。

9月に刊行した『踊り場からの眺め 短歌時評集2011-2021』(六花書林)について、様々な場で取り上げていただいてます。

・後藤由紀恵「時評:時評の賞味期限」
        (まひる野 11月号)
・大松達知「短歌はいま:作歌深化させる批評の強さ」
        (共同通信配信 11月)
・酒井佐忠「詩歌の森へ:死生観の追求目立った1年」
        (毎日新聞 12月9日)
・大辻隆弘「回顧と展望:自閉状態を超えて」
        (角川短歌年鑑 令和4年版)
・藪内亮輔「短歌展望:もうポストニューウェーブはいらない/根強い生の実感/ポップな短歌に足りない部分」
        (現代詩手帖 12月号)

ありがとうございます!
まだまだ在庫はありますので、年末年始にぜひお読みください。

posted by 松村正直 at 23:58| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山下裕二『商業美術家の逆襲』


副題は「もうひとつの日本美術史」。

挿絵、口絵、装幀、装画、工芸、デザイン、新版画、イラスト、漫画など、いわゆる商業美術に焦点を当て、多くの作家や作品を紹介した一冊。アカデミックな美術史においてワンランク下のものとされてきた世界を再評価し、美術史を書き替える意図が込められている。

登場するのは、渡辺省亭、鏑木清方、柴田是真、小村雪岱、歌川国芳、河鍋暁斎、鰭崎英朋、伊藤彦造、伊東深水、川瀬巴水、橋口五葉、田中一光、横尾忠則、つげ義春など。

そもそも明治以降、漆工や金工、木工、陶芸といった工芸は「美術」の埒外に置かれ、作品の多くは外貨獲得のため「製品」として輸出されるのが普通でした。この時代の職人が精魂を込め、切磋琢磨した精華とその超絶技巧を正当に評価していたのは、海外の美術家やコレクターだったのです。
本画の作品は画集に編まれ、美術全集にも収載されていますが、どれだけ素晴らしい作品であっても挿絵は蚊帳の外。挿絵作品を総覧するような全集が編まれるには、昭和一〇年まで待たなければなりませんでした。
将来的には、マンガの原画が国の重要文化財や国宝に指定される日が来るでしょう。その筆頭候補は、何と言っても「ねじ式」です。文化財候補マンガの中でも、この作品は「絵」として最も素晴らしい。

カラー写真が71点と豊富で、作品の持つ力をまざまざと感じることができる。この本で初めて名前を知った美術家も多く、実物を見に美術館へと足を運びたくなる。

2021年12月10日、NHK出版新書、1100円。

posted by 松村正直 at 17:56| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月25日

啄木とアイヌ

啄木が釧路に住み始めて間もなくの頃の手紙に、アイヌに関する記述がある。

アイヌには忙しくてまだ逢はず候が、当町より十四五町の春採(ハルトリ)湖と申す湖の近所に部落あり、道庁で立てたアイヌ学校ありて永久保春湖と申す詩人が校長の由、遠からず訪問して見るつもりに候。それから社長の所に、明治初年の頃何とかいふアイヌ研究者が編纂したアイヌ語辞典(但し語数順にしたる)の稿本(未だ世に公にせられざる)がある由、これもいつか見たく存居候(金田一京助宛書簡、明治41年1月30日)

永久保秀二郎(春湖、1849〜1924)は春採尋常小学校でアイヌ教育に尽力した人物。「遠からず訪問して見るつもり」とあるが、啄木の釧路生活は短く、結局会うことはなかった。

その後上京した啄木が北海道について書いた文章にも、アイヌについての話が出てくる。

 誰か北海道から帰つて来ると、内地の人は必ず先づ熊とアイヌの話を聞く。聞くのは可(よ)いが、聞かれる方では大抵返事に窮する。何故と云へば、如何に北海道でも、殊に今日に於ては、さう熊が出て来て大道に昼寝する様な事は無い。(…)
 アイヌにしても然(さ)うだ。旅行家とか、さもなくば特別の便宜ある土地に居た人でなければ、随分北海道に永く住んで居ても、アイヌを知らぬ人が多い。偶(たま)にあるとしても、路で遭遇(でつくは)したとか、汽車が過る時停車場に居たのを見た位なもの。地図には蝦夷島(えぞたう)と書いてあつても、さう行く人の数がアイヌと隣同志になつて熊祭の御馳走に招待される訳ではない。(「北海の三都」明治41年5月6日起稿)

北海道に行ったからと言って簡単にアイヌに会えるわけではないというわけだ。啄木もアイヌと関わることはなかったのだろう。そのためもあってか、アイヌ語学者である金田一京助から樺太のアイヌについての話を聞くのを喜んだようだ。

雹を見ながら、金田一君と語つた。粉屋の娘の水車で死んだ話。コルサコフの露人の麵麭売の話。アイヌ人の宴会の話。(明治四十一年日誌、6月8日)
十時頃から一時頃まで金田一君と語つた。樺太の話はうれしかつた。鳥も通はぬ荒磯の、太い太い流木に腰かけて、波頭をかすめとぶ鶻の群を見送つたり、単調な波の音をかぞへたりした光景! アイヌ少女のさき!(明治四十一年日誌、7月23日)

このアイヌの少女「さき」の名前は、金田一の樺太調査の日記によく出てくる。

サキ ハヤクモ入リ来ル。 端ニ掛ケテ ニコニコシテル 柳ノ眉 メジリ 口モト 可愛ラシイ子ダ。 飯タベナガラ 色々聞ク。手島氏来ル。 晩餐ハ四人デニギハフ。 食ヒナガラ 又 サキニ アイヌ語ヲ問ヒ試ミ 声ニ応ジテ タメラハズ サハヤカニ 問フ。(明治40年8月9日)

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2021年12月24日

評論「高安国世と万葉集」

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高岡市万葉歴史館論集20『万葉を楽しむ』(笠間書院)に、「高安国世と万葉集」という評論を書きました。

http://shop.kasamashoin.jp/bd/isbn/9784305002501/

2019年に同館で講演した内容をもとに文章化したものです。

坂本信幸さん(高岡市万葉歴史館館長)、影山尚之さん(武庫川女子大学教授)はじめ万葉集の専門家の方々ばかりの執筆者の中に、なぜか私も加えていただいてます。

posted by 松村正直 at 21:26| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月23日

渡辺泰明編『和歌のルール』

著者 :
笠間書院
発売日 : 2014-11-04

「枕詞」「序詞」「見立て」「掛詞」「縁語」「本歌取り」「物名」「折句・沓冠」「長歌」「題詠」の10のテーマについて、それぞれ和歌の専門家が解説した本。

どの章も有名な例歌を挙げてわかりやすく説明していて、和歌の入門書としてもってこいの一冊になっている。

和歌に使われる言葉は、限られています。(…)それまでの和歌の中で使用されてきた、洗練された語句しか使っていけないからです。選ばれた言葉によって三十一文字でまとめられていて、その中だけで考えればよいというのですから、複雑なものになるはずがありませんね。和歌というのは、とてもシンプルなものなのです。
序詞の持つ具象的なイメージを頭の中に残しつつ〈思いの文脈〉を読むと、何となく作者の心がわかったような気がするのです。(…)序詞は、表現しにくい伝わりにくい人の心に形を与え、心が表現できたかも知れない、心がわかったかも知れない、という感覚を抱かせてくれる表現技法なのです。
一般に歌は初句から順に読みはじめ、結句に至って全面的に趣旨が明らかになるものです。だから、初句を見た時にはまだ全貌が見えません。しかし、先をある程度予想して読みを修正しながら読み進めていきます。そうして最後までたどり着いた時、はじめて全体像が見えるわけです。

これまで、和歌は何となく敬して遠ざけてきたのだけれど、意外に現代の短歌とも共通する面がいろいろとあるのだと感じた。今後少しずつ読んでいこうと思う。

2014年11月1日第1刷、2020年1月10日第7刷。
笠間書院、1200円。

posted by 松村正直 at 17:49| Comment(4) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月22日

清水浩史『幻島図鑑』


副題は「不思議な島の物語」。

島旅のプロと言っていい著者が、「はかなげで(人口が少ない、もしくは無人島、無人化島)、稀少性(珍しい名称・フォルム、稀有な美しさ、知られざる歴史)のある小さな島」を幻島(げんとう)と名付け、全国17の島を旅した記録。

登場するのは、エサンベ鼻北小島(北海道)、大島(岩手)、鵜渡根島(東京)、見附島(石川)、ホボロ島(広島)、鴨島(島根)、羽島(山口)、ねずみ島(愛媛)、初島・三池島(福岡)、沖ノ島(佐賀)、六島(長崎)、宇々島(同)、蕨小島(同)、黒島(同)、具志川島(沖縄)、降神島(同)。

何よりも特筆すべきなのは、地図に記載されている「エサンベ鼻北小島」が、著者の取材によって既に消失している事実が明らかになったこと。これは数年前にニュースでも報道されていたが、まさに幻の島だったわけだ。これだけ科学技術の発達した世の中で、そんなことが現実に起きるのである。

ひとたび有人島が無人島になってしまうと、全国の例を見る限り、ふたたび有人島に戻れる可能性はまずない。上陸は困難となり、閉ざされた存在となってしまう。
快適性や利便性にまっしぐらに進んでいく今の社会って、いったい何なんだろう。もしかすると、思い出深い人生の真逆、「薄味の人生」に向けてまっしぐらに進んでいることになりはしないのか。

数え方にもよるが、日本には6852の島があり、そのうち416島に人が住んでいるらしい。それを多いと見るか少ないと見るか。今後の移り変わりも含めて、だんだんと興味が湧いてきた。

2019年7月30日、河出書房新社、1600円。

posted by 松村正直 at 07:31| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月21日

小林弘忠『逃亡』


副題は「「油山事件」戦犯告白録」。
2006年に毎日新聞社から刊行された本の文庫化。
第54回エッセイスト・クラブ賞受賞作。

油山事件(昭和20年8月10日、福岡市の油山においてアメリカ軍の捕虜8名が処刑された事件)によりBC級戦犯として指名手配された元陸軍見習士官、左田野修の3年半に及ぶ逃亡生活を描いたノンフィクション。

昭和21年2月に故郷の福岡を発って岐阜県多治見市に行き、偽名を使って陶器製造所で働く生活を送ったのち、昭和24年7月に逮捕、戦犯法廷で裁かれるまでが記されている。

戦後社会における価値観の変化や、警察による厳しい追及の様子が生々しい。

戦争に負けて連合国に占領され、「ミンシュシュギ」という言葉が、DDTの粉を振り撒くように全国を席捲すると、出兵時に「バンザイ」と歓呼の声で送り出してくれた国民たちは、手のひらを返したごとく元軍人たちを責め立てている。
(姉の)葬式のとき、警察官二人が家の近くに張り込み、弔問客の中に左田野が混じっているかどうか目を光らせ、葬儀が終わるまで立ち去らなかった。彼が姉の死を知ったのは巣鴨プリズンに収監された後だった。
巣鴨プリズンの収容者で絞首刑となったのはA級七人、BC級五十三人の計六十人、各国の計死者を入れるとBC級の死者は九百三十五人。

先日、同じく油山事件で裁かれた見習士官の大槻隆氏の残した資料を、立命館大学国際平和ミュージアムで閲覧してきた。巣鴨プリズンで短歌を詠み始め、合同歌集『巣鴨』の刊行などに尽力された方だ。

http://www.ritsumei.ac.jp/mng/er/wp-museum/publication/journal/documents/17_73_2.pdf

彼らの過酷な人生について、しばらく考え続けてみようと思う。

2010年7月25日、中公文庫、838円。


posted by 松村正直 at 20:24| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月20日

講座「文学者の短歌」

来年2月6日(日)に大阪で、講座「文学者の短歌」を行います。

森鷗外、芥川龍之介、村岡花子、宮沢賢治、中島敦、北杜夫、石牟礼道子などの歌を紹介して、一人一人の個性に迫るとともに、短歌の持つ魅力について考えます。ご興味のある方は、ぜひご参加下さい。

日時:2022年2月6日(日)11:00〜12:30
場所:毎日文化センター(JR大阪駅より徒歩8分)

http://www.maibun.co.jp/wp/archives/course/36106

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2021年12月19日

映画「愛のまなざしを」

監督:万田邦敏
脚本:万田珠実、万田邦敏
出演:仲村トオル、杉野希妃、斎藤工、中村ゆり、藤原大祐、片桐はいり、ベンガル他

愛、救い、嫉妬、依存、狂気、嘘、悔恨、赦し、過去、生、死。
といったことを、つらつら考える。

出町座、102分。
posted by 松村正直 at 23:52| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

短歌と漫画

「プチトマトのへた取らないでほしかつた」泣くほどに恨まれて母とは
              山木礼子『太陽の横』

歌集『太陽の横』には、子育ての日々の具体的な場面がたくさん詠まれている。一つ一つは小さな出来事かもしれないが、それが積み重なり繰り返される日々を思うと、その大変さがよく伝わる。

こうした素材は、例えば育児漫画ではしばしば描かれてきたものだ。
https://conobie.jp/article/10706

この漫画でも「バナナの皮むき」「パンなどを食べやすいサイズにちぎる」「ヨーグルトなどのフタをはがす」といった些細なことが大泣きを招く場面が描かれている。言わば「子育てあるある」なのだ。

けれども、従来の子育ての歌はあまりこうした場面を詠んでこなかった。私自身も含め、短歌はもう少し高尚なものだという漠然とした思い込みがあり、歌を詠む時の構えがあったからだろう。

そうした構えをすべて取っ払ったところに、現代の子育ての歌の切実さと面白さがある。

posted by 松村正直 at 15:19| Comment(0) | 短歌入門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月18日

川崎市岡本太郎美術館

川崎市に住む父と一緒に岡本太郎美術館へ。

小田急線の向ヶ丘遊園駅から歩いて15分くらい。「かわさき宙と緑の科学館」や日本民家園などもある生田緑地の西門近くにある。


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常設展・企画展ともに充実した内容で見ごたえがあった。渋谷駅に展示されている壁画「明日の神話」の下絵(177×1085cm)もある。どの作品も、うねるような力強い線と鮮やかな色彩が目を引く。


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岡本かの子(母)と一平(父)に関する展示もある。両親の強烈な個性を受け継いだ太郎の人生は、起伏に富んでいて面白い。

「太陽の塔」の手の中にはエスカレーターがあって万博当時は大屋根の上に出られたことや、近鉄バッファローズの有名なロゴも岡本太郎のデザインであることなどを初めて知った。


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屋外に立つ「母の塔」。

この美術館は、川崎市の小学生が遠足などで訪れる場所になっているようで、平日にもかかわらず賑わっていた。

ミュージアムショップで『岡本太郎にであう旅』という本を買ったので、各地に残る岡本作品をあれこれ見て回りたい。

posted by 松村正直 at 17:22| Comment(0) | 演劇・美術・講演 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月17日

46時間

22:30自宅→23:00京都駅→6:30富士駅→8:00波高島駅→8:30【母の施設】→9:00〜12:00病院→13:00〜14:00富士川クラフトパーク(昼食)→15:00下部温泉駅→16:30甲府駅→18:30八王子駅→19:00長津田駅→19:30あざみ野駅→20:00〜11:00【父の家】→11:30新百合ヶ丘駅→12:00向ヶ丘遊園駅→12:30〜16:00川崎市岡本太郎美術館(昼食)→16:30向ヶ丘遊園駅→17:00町田駅→17:30新横浜駅→20:00京都駅→20:30自宅

なかなかの強行軍だったな。

posted by 松村正直 at 22:41| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年12月16日

山梨へ

2泊3日で山梨(母のとこ)と神奈川(父のとこ)へ行ってきます。

80代の母や父にとっての1年は、私にとっての1年とはずいぶん違うのだと実感する日々です。

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2021年12月15日

遠藤由季歌集『北緯43度』


「かりん」所属の作者の第3歌集。2016年から2019年までの作品290首を収めている。タイトルは旅行で訪れた札幌の緯度。

前かがみに人々走らす広重の雨の角度をいま窓に見る
ひらいたら散りゆくばかりのカレンダー筒状のまま立てかけておく
人であるわれとかもめであるかもめ出会う沼へと夕暮れはくる
みずからの深きところにひろげたる蒼知らぬまま消える水溜まり
ちんまりと服に埋もれる黒柳徹子の昼を風邪にこもりぬ
瓶ビールの王冠ほどの海老を買う身ぐるみ剝がされ丸まりたるを
母の椅子からは欅がよく見えて今日はつぶらな雲を乗せおり
一生分詠いつくして出がらしの人称としてしまいき「きみ」を
トンネルを抜け出たように翻るつばめにもきっと利き羽あらむ
ひと粒のあまつぶ食べてあまがえる目をつむりたり緑濃くなる

1首目、東海道五十三次の「庄野」の光景が目の前に広がっている。
2首目、初二句までは花の話かと思う。まだ手つかずの一年である。
3首目「かもめであるかもめ」は当り前なのだが一期一会を感じる。
4首目、水溜まりに映る青空を、水溜まり自身は見ることはない。
5首目、約半世紀続く「徹子の部屋」。身体は小さくなったけれど。
6首目「王冠」の喩えから丸まった海老の大きさや形が目に浮かぶ。
7首目、母の椅子に座ると、ふだん母が見ている風景が理解できる。
8首目、かつて相聞歌に多く用いただけに、もう気軽には使えない。
9首目、人間に利き腕があるように鳥には利き羽があるという発想。
10首目、初句二句三句の音の響きが楽しい。満足している様子だ。

甥や姪を詠んだ一連(「クリオネのごとく」「姪に似たひとり」)があることも、この歌集の特徴に挙げられるだろう。

2021年11月18日、短歌研究社、2200円。

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2021年12月14日

国谷裕子+東京藝術大学『クローズアップ藝大』


23年にわたってNHKで「クローズアップ現代」を担当してきた著者は、現在、東京藝術大学の理事となり、広報も兼ねて教授たちとの対談を行っている。その12回分をまとめた本。
https://www.geidai.ac.jp/cntnr_column/archive/closeup-geidai

美術、音楽、映像、アート、デザインなど、様々な分野の第一線で活躍している人々の語る言葉には印象的なものが多い。

テクノロジーを活用したシステムやデジタルコンテンツやコンピュータを使った仮想現実は、わたしの作品と似ているように見えますが、真逆ですね。わたしの目指しているものは、どうやって予定調和が壊れるかなんです。それは風であり、空気であり、人。/大巻伸嗣
例えば、手を骨折してギプスをつけていたとします。すると、もういつものようには歌えません。共鳴が変わるんです。声楽に手の骨折は関係ないと思われるかもしれませんが、声を支えるのは全身なんです。まさに全身が楽器となります。/菅英三子
自分自身が強いモチベーションを持って作品を作り始める部分は、あとで説明しようと思っても上手く言えないんです。(…)作品を完成させて十年くらい経って、やっとやりたかったことがなんとなくわかるという。/山村浩二
エネルギーが高まると良い発想ができるんですよね。発想だけ求めても、果てしない砂漠で金貨を探しているようなものです。発想っていうのは、その人間が持つエネルギー、力の強さだという気がするんですよ。/前田宏智
演奏の中で無意識にやっていることってあるじゃないですか。それを人には言葉で教えるしかない。例えば、口の中でどういう空間ができているとか、自分の息がどこに当たっているとか、どこを意識して響かせるとか、お腹の空気の持っていき方とか。/高木綾子
「多様であらねばならない」とか「分断を避けなければならない」とか、「ねばならない」という話って、頭では賛同できても、そうじゃない自分に気が付くだけなんですよね(…)世の中が、「ねばならない」っていう重い足かせや、重荷を背負って、悲壮感の中で新しい時代を作っていこうっていうのは、気高くはあるけど難しい。/箭内道彦

こうした言葉が次々に出てきて引き込まれる。対談相手の言葉をうまく引き出す著者の、インタビュアーとしての技量の表れでもあるのだろう。

2021年5月30日、河出新書、900円。

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2021年12月11日

講座「現代に生きる与謝野晶子」

来年2月19日(土)に、朝日カルチャーくずは教室(大阪府枚方市)で一日講座「現代に生きる与謝野晶子」を行います。有名な短歌だけでなく、晶子が精力的に書いた評論を取り上げて、没後80年になる今も色褪せることのない魅力に迫ります。

教室&オンラインどちらでも受講できます。ご興味のある方は、ぜひご参加下さい。

日時:2022年2月19日(土)13:00〜14:30
場所:朝日カルチャーくずは教室(京阪樟葉駅すぐ、駅ビル3階)

【教室受講】
https://www.asahiculture.jp/course/kuzuha/50362444-cbb8-c551-20f6-6176523248a7
【オンライン受講】
https://www.asahiculture.jp/course/kuzuha/11faa639-5eab-41ad-6918-6176537f2bc0

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2021年12月10日

伏見の今と昔

1枚の絵葉書を手に入れた。


 P1090451.JPG

大正から昭和初期のもので、キャプションに「伏見桃山 御陵参道伏見大手筋」とある

目に付くのは道路を跨ぐ鉄道のガーター橋。「←奈良電車のりば」と書かれている。その下を見ると、奥に鳥居が立っているのが見える。

左手前には大きな建物がある。塔のような部分に「京阪自動車」とあり、「タクシー」「乗合自動車 六地蔵 木幡 黄檗 岡本 三室戸 宇治 方面行」「六地蔵 宇治 方面行 乗合」「御陵 乃木神社 参拝」といった看板が出ている。

右手には食堂などが並び、「うどん そば 寿し 丼 一式」「御手荷物預所」などの看板が見える。


 P1090433.JPG

同じ場所の現在の姿がこちら。

近鉄の「桃山御陵前」駅の近くである。かつての「奈良電気鉄道」は1963年に近鉄になったが、奥に見える御香宮の鳥居は今も同じ場所に立っている。「京阪自動車」の建物はなくなったが、店の前にこんな碑がある。


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「京阪バス発祥之地」。


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 京阪バス株式会社の前身桃山自動車株式会社は、大正11年7月20日中野種一郎を発起委員長とする発起人13名により資本金5万円でこの地に創立され、自動車11両を以てハイヤー営業を開始した。
 大正13年10月28日社名を京阪自動車株式会社に改め、同15年1月1日から京阪電車伏見桃山駅―桃山御陵下間0.8粁の乗合バス営業を開始した。昭和2年10月30日京阪電鉄は京阪自動車の全株式を取得、その後の京阪沿線のバス路線網拡充の基をなした。
 同47年4月1日創立50周年を期して社名を京阪バス株式会社に改めた。
          昭和六十二年五月   式地 晧

こんな身近な場所にも、長い歴史を感じることができる。絵葉書はおそらく1930年頃のものと思われるので、約90年の歳月が流れたことになる。

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2021年12月09日

三枝ミ之『跫音を聴く』


副題は「近代短歌の水脈」。

近代歌人に関する23篇の文章を集めた評論集。短歌誌や紀要に掲載された評論のほか、講演録や講義の筆記などもあり発表の場は様々だ。けれども、それらが時代順に並ぶと、自ずと近代短歌史の流れが浮かび上がってくる。

登場する歌人は、落合直文、佐佐木信綱、与謝野晶子、石川啄木、北原白秋、窪田空穂、宮沢賢治、半田良平、佐藤佐太郎など。

一見すると無関係に思えるが、実は文芸の動きに戦争が及ぼす作用は決して小さいものではない。とりわけ、明治以後の日本最初の対外戦争である日清戦争と日露戦争の影響は大きかった。信綱の回想からは、それが新しい短歌を促進する力としても作用したことが確認できて、大変興味深い。
旧派和歌の厚い題詠の壁を突き崩すためには体温40度の『みだれ髪』が必要だった。しかし次にはそれを暮らしの歌に着地させるために平熱の自我の詩が求められた。その役回りを典型的に担ったのが啄木の『一握の砂』だった。
日常生活のなかに起こるかすかな気分の波立ち、すぐに消えてしまいそうなささやかな場面、それらも歌にするといつまでも保存され、暮らしを小さく豊かにする。短歌はそうした領域がもっとも得意な詩型である。それが空穂の短歌観の核心である。

著者の幅広い知識と、短歌に対する愛情が十二分に感じられる内容となっている。近代短歌を学びたい人にとって、恰好の入門書になるだろう。

2021年9月22日、六花書林、2600円。

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2021年12月08日

原武史『歴史のダイヤグラム』


副題は「鉄道に見る日本近現代史」。
初出は朝日新聞「be」2019年10月〜2021年5月(現在も連載中)。

日本政治思想史を専門とする著者が、自らの趣味である鉄道の話をもとに、近現代史の様々なトピックに迫っている。一篇あたり3ページという短さながら、多くの本やデータを踏まえて中味の濃い話を展開している。

大正から昭和になると、明治天皇の誕生日である一一月三日が「明治節」という祝日になるなど、明治ブームが起こった。文部省は明治天皇が全国各地を回った際に宿泊や休憩のために使った施設を「聖蹟」として顕彰するキャンペーンを始め(…)

なるほど、それで「明治天皇御○○跡」みたいな石碑が全国あちこちにあるのか!
https://meiji.fromnara.com/

一九四五(昭和二〇)年八月十七日、会社員の吉沢久子は神田駅でビラが貼られているのを見つけた。そこには「軍ハ陸海軍共ニ健全ナリ、国民ノ後に続クヲ信ズ 宮中尉」と書かれていた。(『吉沢久子、27歳の空襲日記』)

著者は他の例も挙げて「天皇の玉音放送が流れたあとも、なお抗戦を呼びかけるビラが首都圏の駅に貼られていたわけだ」と書く。思い出すのは次の一首。

いつの間に夜の省線にはられたる軍のガリ版を青年が剥ぐ
             近藤芳美

『埃吹く街』(1948年)の有名な巻頭歌である。

この総選挙(1946年:松村注)では女性に初めて参政権が認められ、京都府でも三人の女性が当選した。国務大臣だった小林一三は「婦人の当選者の多いのには驚いた、正に世界一だ。米国は下院議員四百三十五名の中、僅かに九名、英国は六百十五名の中二十三名、我国では四百六十何名の中、驚く勿れ、三十九名」と記している。

日本の女性議員の割合が世界一と言われた時代があったとは!
欧米諸国も思いのほか少なかったのだな。

それから75年が過ぎた今、その割合は465名中45名(先月の衆議院選挙の結果)と、ほとんど増えてない。

2021年9月30日、朝日新書、850円。

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2021年12月07日

堺へ(その2)

続いて、晶子の生家跡から徒歩5分ほどの開口(あぐち)神社へ。


 P1090415.JPG

「少女たち開口の神の樟の木の若枝さすごとのびて行けかし」

ここは晶子がよく遊んだ場所で、『私の生い立ち』の中に

後を向いて街の方を見ますと、ずっと北の方に浅香山の丘が見え、妙国寺の塔が見え、中央に開口神社の塔が見えます。私等が実を拾って遊ぶ廻り二三丈もある開口神社の大木の樟が塔よりも高く見えます。

と記されている。ちなみに、この開口神社の三重塔は1945年7月10日の空襲で焼失して、今は残っていない。


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いよいよ、「さかい利晶の杜」の企画展「与謝野寛・晶子夫妻の旅―パノラマ地図でたどる観光名所―」を見る。

昭和6年の北海道・九州・四国の旅で詠まれた歌や写真と、吉田初三郎の描いたパノラマ地図が取り合わされて展示されている。当時の旅の雰囲気がよく伝わってくる好企画であった。吉田初三郎ファンとしては嬉しい限り。

太田登氏の記念講演「与謝野夫妻の北海道紀行と石川啄木」も興味深い内容だった。

啄木が右の肩をば猶揚げて岬に立つと見ゆるその墓  寛
なつかしき函館に来て手に撫づる亡き啄木の草稿の塵 晶子

帰りは南海電車の堺駅から。


  P1090428.JPG

駅の西口に立つ与謝野晶子像。

9年前に訪れた時の写真を見ると以前は手に筆と短冊を持っていた。
https://matsutanka.seesaa.net/article/387138922.html

破損してそのままになっているのだろうか。

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2021年12月06日

堺へ(その1)

「さかい利晶の杜」で行われている企画展「与謝野寛・晶子夫妻の旅―パノラマ地図でたどる観光名所―」を見るために堺へ。

まずは南海電鉄で「浜寺公園駅」へ行く。


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1907年に辰野金吾の設計で造られた美しい駅舎。

かつて、この地が関西有数の別荘地・海水浴場であった時代を偲ばせる。2016年まで実際に使われ、その後、曳家工事を経て現在の場所に移りカフェやイベントスペースとして活用されている。
  

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浜寺公園にある与謝野晶子の歌碑。
「ふるさとの和泉の山をきはやかに浮けし海より朝風ぞ吹く」

「浮けし」は「浮かべた」の意味。「浮く」を他動詞として使っている。1900年に鉄幹が堺を訪れた際に、浜寺公園で鉄幹と晶子は歌会をするなど交流を深めた。

かつては白砂青松の海岸だったこの一帯も昭和30年代に沿岸部が埋め立てられ、今では海が遠くなってしまった。美しい海の代わりに泉北臨海工業地帯の煙突が並ぶ。それでも、バラ園や遊具、運動場などがあって、浜寺公園は多くの人で賑わっている。

その後、阪堺電車の「浜寺駅」から「宿院駅」へ。


  P1090412.JPG

駅から徒歩数分のところに晶子の生家「駿河屋」の跡地がある。かつての店舗の敷地は、幅約50メートルに拡張された道路に完全に飲み込まれた形だ。


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「海こひし潮の遠鳴りかぞえへつゝ少女となりし父母の家」

三句は歌集『恋衣』(1908年)では「かぞへては」であるが、初出の「明星」1904年8月号では「かぞへつつ」であった。歌碑は初出に拠っているのだろう。「つつ」だと同時進行の意味が強すぎるので、歌の出来としては改作後の方が良いと思う。

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2021年12月05日

講座「『石川啄木』こんな歌もあったの?」

来年1月23日(日)に講座「『石川啄木』こんな歌もあったの?」を行います。主に歌集に収録されてない歌に焦点を当てながら、啄木短歌の魅力に迫ります。ご興味のある方は、ぜひご参加下さい。

日時:2022年1月23日(日)13:00〜15:00
場所:JEUGIAカルチャー京都 de Basic.(地下鉄四条駅すぐ)

https://culture.jeugia.co.jp/lesson_detail_2-46106.html?PHPSESSID=1bv8aiijrc9nr28pg1os6j88d2

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2021年12月04日

石井大成歌集『キラーチューン』

P1090394.JPG

2018年から2021年までの作品213首を収めた第1歌集。
下記のサイトで販売されている。
https://dainabook.booth.pm/items/3399505

レジュメのことをレジメっていう人なのか遠くの水辺に開くロゼット
チョココロネの中にこころとあることを思う 待つとは膨らますこと
えび 玉ねぎ 枝豆 にんじん なんやかんやあってきれいな季節だったな
引っ越しの日取りを聞いてそれだけで終わる会話の あなたと歩く
バスを待つ少年の手の中でいま春のマリオが崖から落ちる
雪見だいふくだとあまりにふたりで感なのでピノにして君の家に行く 月
一斉に鳩を飛び立たせるように君をぱあってさせたいけれど
たまに胸で泣かれて人は泣くときにすこしその香りをつよくする
なんべんも触って淡くなってゆく牛乳石鹸のように季節は
関係に名前は無くてとおくからとおくへとゆく野焼きの煙

1首目、微妙な違いに隔たりを感じる。上下句の取り合わせがいい。
2首目、言葉遊びとパンの形状からの連想。期待に胸が膨らむ感じ。
3首目、半角空けで表されたかき揚げの彩りを見て、感慨にふける。
4首目、本当はもっと詳しい話を聞きたいのだろう。でも聞けない。
5首目、バス停という日常の現実世界とゲーム機の中の冒険の世界。
6首目、二個入りのアイスだと、恋人の感じが強く出過ぎてしまう。
7首目、元気のない相手を何とか喜ばせたいと思うけれど、無力だ。
8首目「香りをつよくする」がいい。距離の近さと濡れている感じ。
9首目、一日一日の変化はわずかだが、気づけば移り変わっている。
10首目、人間同士の関係のあり方は複雑で、刻々と変化していく。

2021年10月19日、私家版、600円。

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2021年12月03日

青木真兵・青木海青子『山學ノオト2』

著者 : 青木真兵
エイチアンドエスカンパニー
発売日 : 2021-09-27

人文系私設図書館ルチャ・リブロを運営する二人の2020年の日記+エッセイ。

毎日のように本を読んだり、打ち合わせをしたり、ラジオの収録をしたりと、忙しい毎日が記されている。そんな中で、「男はつらいよ」にも興味を持ったようだ。

年越しは酒をちびちびやりながら、「男はつらいよ」を鑑賞。(1/1)
年始から観始めた「男はつらいよ」完走。全作最高。(3/10)
今年に入り急に「男はつらいよ」を最初から見続けているのだが、それは何も「寅さん」に日本人の理想像云々を見出したわけではない。そこには時代を映すドキュメント的要素があったり、日本社会特有(?)の病理が詰まっていたり、柴又を社会モデルで見てみたり、色んな角度から見ることができるのだ!(5/28)
山田洋次「男はつらいよ」二周目を引き続き見る傍ら(6/18)
「男はつらいよ」は、高度経済成長を経た人々の「自然との向き合い方」について、寅さんという「自然」を中心に描いた作品だと思っている。(11/29)

いや〜、寅さん熱がすごい。

しかも、単に見て楽しむだけでなく、そこから私たちの生き方や社会のあり方についてのヒントを摑み、思索を深め、独自の理論を組み立てている。

2021年9月15日、エイチアンドエスカンパニー(H.A.B)、2000円。

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2021年12月02日

映画「ダウン・バイ・ロー」

監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:トム・ウェイツ、ジョン・ルーリー、ロベルト・ベニーニ、ニコレッタ・ブラスキ

1986年公開作品。
映画館で見るのは今回が初めて。

3人の男がニューオリンズの刑務所に入れられ、やがてそこから出て行く。片言の英語しか話せないイタリア人のロベルトが、他の2人の仲を取り持っているのが面白い。ロベルトとニコレッタが躍る場面や、美しいラストシーンも忘れがたいな。

京都みなみ会館、107分。

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2021年12月01日

土井善晴『一汁一菜でよいという提案』


2016年にグラフィック社より刊行された本の文庫化。20万部突破のベストセラー。

家での食事は「一汁一菜」で良い、さらに言えば、おかずを兼ねる具だくさんの味噌汁とご飯だけで良いとの考えを記した本。テレビの料理番組での温かみのある語り口がそのまま本になっている。

家庭料理ではそもそも工夫しすぎないということのほうが大切だと思っています。それは、変化の少ない、あまり変わらないところに家族の安心があるからです。
メディアでは「おいしい」「オイシイ‼」と盛んに言われていますが、繰り返し聞かされている「おいしいもの」は、実は食べなくてもよいものも多いのです。

まずは、料理に対するこうした発想の転換にハッとさせられる。一般的な料理本に見られる「美味しいもの」「特別なもの」を目指す方向性とは正反対だ。でも言われてみれば当り前のことばかりで、日常を大事にする姿勢が一貫している。

そして、「生きることと料理することはセットです」と書く著者の話は、人生論や文明論にもつながっていく。

私たちは生きている限り「食べる」ことから逃れられません。離れることなく常に関わる「食べる」は、どう生きるのかという姿勢に直結し、人生の土台や背景となり、人の姿を明らかにします。
料理とは、いつも新しい自分になることです。自然は絶えず変化していますから、レシピ通りにはいきません。自然に対して、自分自身も新しくするのです。

やや教訓めいたこの手の話は苦手と思う方もいるかもしれない。ジェンダーや「日本人の美意識」についての記述にも、世代的な違和感は覚える。

その一方で、私たちが時流や経済効率に流されず「食べる」ことを大事にするには、何らかの思想・考えが必要となるのも確かだ。外食や総菜、冷凍食品などで何でも比較的安く食べられる現代は、かえって「食べる」ことの難しい時代なのかもしれない。

2021年11月1日、新潮文庫、850円。

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