2021年10月31日

雑詠(010)

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バス席の母に抱かれて眠る子に抱かれて母のからだも眠る
生きている人の姿のない墓地に来て読む本の秋はさわやか
ちょっと話があるんだけどと呼ぶ時も呼ばれる時もちょっとではなく
靴ひもが長くて今日は結べないどう結んでも地面に垂れて
みずからの心あやうき秋の日を川さかのぼり吊り橋わたる
ダージリンに角砂糖ふたつ崩れゆく沈没船のように声なく
こころ治すためにこころに触れることこわいなあ赤くコスモス揺れて

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2021年10月30日

みんな若くして

最近このブログで取り上げている人って、
みんな若くして亡くなっているな。

・石川啄木  26歳
・小林多喜二 29歳
・佐藤泰志  41歳
・野呂邦暢  42歳
・土方歳三  34歳

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辰井裕紀『強くてうまい!ローカル飲食チェーン』


全国各地にある人気ローカルチェーンの魅力や経営方法を取材してまとめた本。

登場するのは、福田パン(岩手)、551HORAI(大阪)、ばんどう太郎(茨城)、おにぎりの桃太郎(三重)、ぎょうざの満洲(埼玉)、カレーショップインデアン(北海道)、おべんとうのヒライ(熊本)。

いまくらいの規模がちょうどいいです。会社が大きいと安全とも考えたんですけど、岩手ご当地のものだから取材していただけるのがわかってきました。そこに行かなきゃ味わえないほうが価値はある。(福田パン)
コンビニの台頭で多少の影響はありましたが、そもそも客層が違うんです。「やっぱり桃太郎のおにぎりじゃないと」って思ってくれるお客さまのために、そう確信できる商品を出したいですね。(おにぎりの桃太郎)
どんなにおいしい醤油ラーメンでも、豚骨ラーメンがメインの九州ではさほど売れません。同じ福岡のラーメンでさえ、博多、久留米、長浜と微妙に違うんです。地域性に応じて味を整えるのはすごく難しい。(おべんとうのヒライ)

私の印象に残っているローカルチェーンと言えば、函館のラッキーピエロ。楽しそうな店構えと美味しいハンバーガーで地元の人に愛されていた。

画一化・均質化が進む現代社会において、ローカルチェーンの掲げる地域密着の理念は今後ますます大切になっていくように思う。

2021年8月31日、PHPビジネス新書、1100円。

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2021年10月29日

松村由利子『与謝野晶子』


「科学へのまなざし」「里子に出された娘たち」「「母性保護論争」の勝者は誰か」「童話作家として」「聖書への親しみ」の五章構成。著者の関心の深いテーマに沿って、晶子の評論や作品を引きつつ、その人生を描き出している。

元新聞記者ならではの緻密な資料の読み込みと深い考察力が印象的。男女平等や科学的思考、ワーク・ライフ・バランスといった晶子の主張が、わかりやすく解き明かされていく。

引用されている晶子の論は、現代にも十分に通じる内容ばかりだ。

私は以前から、家庭は男女の協力の中に出来上るべきもので、従来のやうに主として女任せにして置くべきもので無いと考へて居ます。従つて「主婦」と云ふやうな言葉をも好きません。女子が家庭に必ずこびりついて居ねばならぬとする考へに至つては私の最も同感し難い所です。
世間では、父親が小学へ行く幼い子供の送り迎へをしたり、母に代つて乳呑児に牛乳を呑ませる世話をしたり、子供を膝に載せてあやしたりするのを見ると、窃(ひそ)かにその子煩悩を嘲り、女女しい男子のやうに侮蔑する習慣があります。何と云ふ非人間的な習慣でせう。

100年前から既にこういうことを言っていたわけで、やっぱり晶子はすごいと思う。それと同時に、社会の変化は遅々として進んでいないことも痛感させられる。

2009年2月10日、中央公論新社、2200円。

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2021年10月28日

映画「ドライブ・マイ・カー」

監督:濱口竜介
脚本:濱口竜介、大江崇允
原作:村上春樹
出演:西島秀俊、三浦透子、岡田将生、霧島れいか、パク・ユリム、ジン・デヨン、ソニア・ユアンほか

約3時間という長さで重みのある内容。現実の世界と演劇の世界、さらに語られる物語が重なり合うように進行していく。その脚本が見事だと思う。

言葉にしなければ伝わらないこと、あるいは言葉では伝えられないことなど、人間同士のコミュニケーションについて深く考えさせられる作品だった。

京都シネマ、179分。

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2021年10月27日

河野有時『石川啄木』


コレクション日本歌人選35。

石川啄木の短歌50首の鑑賞と解説「いま・ここ・わたし・石川啄木」、読書案内、さらに付録エッセイとして三枝ミ之「平熱の自我の詩について」を収めている。

50首の内訳は、『一握の砂』から34首、『悲しき玩具』から9首、歌集未収録歌が7首。

(東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる)
この「われ」には、「われ」を歌う「われ」という短歌表現の機能があまねく発揮されていよう。『一握の砂』の最初の章は「我を愛する歌」と題されているが、東海の歌はその幕開けにふさわしい「われ」の歌なのである。
(「さばかりの事に死ぬるや」/「さばかりの事に生くるや」/止せ止せ問答)
そもそも歌には「私」の体験や感動が詠まれているという了解があり、全体が「私」の発話としてカッコに括られているようなものなのだ。だから、対話を取り入れる手法は歌の原理からすれば挑戦的な詠作だったと言えよう。

このように単なる作品鑑賞だけではなく、短歌の本質に触れる記述も多い。

2012年1月31日、笠間書院、1200円。

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2021年10月26日

小林多喜二『蟹工船 一九二八・三・一五』


3月に小樽文学館で小林多喜二のデスマスクを見た。多喜二の勤務先であった旧北海道拓殖銀行小樽支店(現・似鳥美術館)にも行った。


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その流れで、この1冊。読んでみたら予想以上に良かった。プロレタリア文学という括りを外しても十分に味わえる内容のように思う。

視点があちこち動くので最初は読みにくく感じたのだが、群像劇として描いていることがわかると、すんなり作品世界に入っていける。

内地では、労働者が「横平」になって無理がきかなくなり、市場も大体開拓されつくして、行き詰ってくると、資本家は「北海道・樺太へ!」鉤爪をのばした。
北海道では、字義通り、どの鉄道の枕木もそれはそのまま一本一本労働者の青むくれた「死骸」だった。築港の埋立には、脚気の土工が生きたまま「人柱」のように埋められた。

「蟹工船」は北洋漁業に出る船が舞台だが、当時の北海道における蛸部屋や鉄道工事の実態も生々しく描かれている。

竜吉は警察で非道(ひど)い拷問をされた結果「殺された」幾人もの同志を知っていた。直接には自分の周囲に、それから新聞や雑誌で。それらが惨めな死体になって引渡されるとき、警察では、その男が「自殺」したとか、きまってそういった。

「一九二八・三・一五」には、凄惨な拷問シーンが何か所も出てくる。この作品を書いた五年後、29歳の多喜二はまさに自らが書いた通りの姿で亡くなったのだ。

1951年1月7日第1刷、2003年6月13日改版第1刷、
2020年4月6日第19刷、岩波文庫、700円。

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2021年10月25日

佐藤モニカ歌集『白亜紀の風』

短歌研究社
発売日 : 2021-09-07

2017年から2021年までの作品310首を収めた第2歌集。

沖縄の豊かな自然や子育ての日々が多く詠まれている。また、ブラジルに移民した曾祖母や日系人の母など、自らのルーツに関する歌にも力があり印象に残った。

ベーグルを買つて帰れりゆふぐれは誰かに少し褒められたくて
幾度もたたまれちひさくなる街の片隅にある白き港は
ボゴール、ピーチ、ゴールドバレル市場にはささめきあへりパイナップルが
縦縞の夫と横縞の子を連れて花柄われの買ひ物たのし
家中の扉に油さしてゆく秋のこころは旅人に似て
夏の日はグンバイヒルガオ従へて川いきいきと流れてやまず
猫はまたやはらかき島この家に三つの島のある昼下り
窓磨きカーテン洗ふ一日なり心と窓は通じるやうで
サイタサイタサクラガサイタと暗唱す桜まだ見ぬ日系子女ら
浮遊する心は蝶に預けたり窓辺にわれと猫は並びて

1首目「ベーグル」が効いている。三句以下と付かず離れずの感じ。
2首目、地図の話のようだが、直前の歌の「産着」のことなのかも。
3首目、沖縄ならではの歌。パイナップルにも様々な品種がある。
4首目、洋服の柄に着目して詠んだのが面白い。夫も子も同じ扱い。
5首目、扉が軽く開け閉めできるようになると、心までも軽くなる。
6首目、川岸に多く咲いている。「従へ」という動詞の選びがいい。
7首目「島」の喩えが絶妙。丸まって眠っている姿を思い浮かべる。
8首目、窓やカーテンをきれいにすると心の風通しも良くなるのだ。
9首目、ブラジル移民の子であった母。桜のない地で桜を想像する。
10首目、自由に飛んでは行けない心の代わりに、蝶を眺めている。

2021年8月28日、短歌研究社、2600円。

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2021年10月24日

映画「燃えよ剣」

監督・脚本:原田眞人
原作:司馬遼太郎
出演:岡田准一、柴咲コウ、鈴木亮平、山田涼介、尾上右近ほか

新選組副長・土方歳三を主人公にした物語。多摩の農家に生まれ、剣術の修行に励み、京都に出て新選組の結成に参加し、鳥羽伏見、甲州、会津と転戦したのち箱館五稜郭の戦いで死ぬまで。

原作を読んだのは大学生の時だった。歴史物としてではなく、組織論やナンバー2の心得として感銘を受けたことを覚えている。

MOVIX京都、148分。
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2021年10月23日

今年の新刊

今年は2月に『駅へ』新装版(野兎舎)を刊行しました。もともと2001年に出た第1歌集なので20年ぶりの復刊となります。

また、9月には短歌時評集『踊り場からの眺め』(六花書林)を刊行しました。2011年〜2021年の10年間に新聞や短歌雑誌に書いてきた時評類をまとめたものです。

どちらも、まだまだ在庫がありますので、どうぞお読みください。

下記の版元やネット書店等でお買い求めになれます。また、松村宛にご連絡いただければ直接販売もいたします。

○『踊り場からの眺め』
六花書林
アマゾン

○『駅へ』新装版
野兎舎オンラインストア
アマゾンKindle版

また、葉ね文庫(大阪)など一部の書店でも販売しております。

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2021年10月22日

『現代短歌分類辞典』

つばた英子・つばたしゅういち『ふたりからひとり』を読んでいて、驚いたことがある。

(英子)しゅうタンの父親は、近代の短歌を調べて全集を残した人ですけど、お金儲けとはまったく無縁な人でね、だからしゅうタンは、中学校も行けるかどうかわからない状況だったらしいの。

「近代の短歌を調べて全集を残した人」って誰のことだろう?と思って読み進めると、さらに、こんな箇所に出会う。

(しゅういち)僕の親父は晩年、いつもカードに歌を書いていました。明治、大正、昭和の時代の短歌分類辞典をつくるためで、六十万枚くらい、そのカードはあったと思います。そんな本をつくるために、既成の出版社からではなく、自分で調べて原稿をつくり、印刷も自分でやって本を出しました。

あっ、と思って調べると、津端亨編『現代短歌分類辞典』のことであった。新装版 61巻を含め、通巻219巻もの大著である。そんな本を手書きのカードで作成したって、一体どんな人だったんだろう。

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2021年10月21日

石川梵『鯨人』


インドネシアのレンバタ島のラマレラ村では、手作りの木造船に乗って銛一本でマッコウクジラを仕留める伝統捕鯨が行われている。著者は1992年から4年かけて、初めてその漁の撮影に成功した。

昔ながらの方法で、マンタやジンベエザメ、クジラを捕獲する村人たち。漁は常に危険と隣り合わせで、怪我を負ったり船が沈んだり、死者が出ることもある。そんな彼らの生活に密着し、その生き方や自然観に触れる。

「自分たちは食うために必死に鯨と闘う。鯨も生きるために必死に抵抗する。どちらが勝つかは神様が決めることだ」

著者は鯨漁の撮影に成功した後も村に通い続け、今度は命を奪われる側の鯨の姿の水中撮影に挑む。

現在公開されている映画「くじらびと」の原点がここにある。

2011年2月22日、集英社新書、780円。

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オンライン講座「短歌のコツ」

毎月2回木曜日の夜にNHK学園のオンライン講座「短歌のコツ」を担当しています。毎回一つテーマに沿った講義をして、その後、受講生の作品の批評・添削という流れです。19:30〜20:45の75分間。

https://coubic.com/ngaku-online/730834

現在、10/28(木)・11/11(木)のお申込みを受付中です。ご興味のある方はお気軽にどうぞ。

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2021年10月20日

山木礼子歌集『太陽の横』

著者 :
短歌研究社
発売日 : 2021-09-21

2013年に短歌研究新人賞を受賞した作者の第1歌集。

T章に2019年〜2021年の作品連載30首×8回分、U章にそれ以外の歌、合計336首を収めている。二人の子を育てる日々の生活が鮮やかに見えてくる一冊だ。

生活に1を足しても生活で ベビーフードの小瓶をすすぐ
はやぶさは凛々しく走る リビングの風の吹かない線路のうへを
使ひすてのわたしがほしい 封切ればあたらしい笑顔で立ちあがる
芋ほりに子が持ち帰る大ぶりで泥だらけの芋 こまりますよね
子の頰へ口づけるときぼんやりとよだれの跡を避けてゐること
腕づくでちひさな腕を引きよせる石けん水のボトルの下へ
「プチトマトのへた取らないでほしかつた」泣くほどに恨まれて母とは
ベビーカー押して入れば葬場のとびらは思ふよりも大きい
長すぎる一生をふと持てあまし星はしばらく光りてゐたる
雌の方が大きく育つ生き物に生まれたかつた みづに吐く息

1首目、無限ループに入っているみたいな子育て中の疲労感が滲む。
2首目、鳥ではなく本物の新幹線でもなく子が遊ぶおもちゃの車両。
3首目、心身ともに疲れが蓄積する自分をリセットできたらと思う。
4首目「こまりますよね」が読者に語り掛けているみたいで面白い。
5首目、母親だからって子のすべてを受け入れられるわけではない。
6首目、子に手を洗わせる場面。「腕づく」の暴力性に痛みがある。
7首目、親からすると訳のわからないことで子はごねることがある。
8首目、赤子も死者も自分で歩いて出入りができないゆえの広さだ。
9首目、何億年もの寿命を持つ星と人間とでは時間の流れ方が違う。
10首目、男女の格差の原因として体の大きさの問題があるのかも。

2021年9月16日、短歌研究社、2000円。

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2021年10月19日

後藤治・二村悟『食と建築土木』


副題は「たべものをつくる建築土木(しかけ)」。
写真:小野吉彦。

全国各地の農山漁村で見かけた石垣、小屋、仮設の棚など、建物以外の構築物を取材してまとめた本。あまり見たことのない珍しいテーマだと思う。

取り上げられているのは、「ゆで干し大根の大根櫓(長崎県西海市)」「階段状ワサビ田(静岡市)」「串柿の柿屋(和歌山県かつらぎ町)」「凍み豆腐干し(福島市)」「壁結(福岡県うきは市)」「海苔ヒビ(三重県南伊勢市)」など。

農家を評価するときに、これまでの研究はほとんど母屋の研究なんです。でも実は、産業を形成しているのは母屋よりも圧倒的に付属屋のほうです。

なるほど、言われてみれば確かにその通りだ。新幹線の車窓を見ていても、農業や漁業の生産に関わる構築物は町並みや景観の大事な要素になっていることが多い。

約200点も載っているカラー写真がどれも美しく、現地を訪ねてみたくなる。

2013年11月30日1刷、2018年12月10日2刷発行。
LIXIL出版、2300円。

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2021年10月18日

伊東音次郎・並木凡平『風雪』

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大正から昭和初期にかけて北海道で活躍した口語短歌の歌人、伊東音次郎の150首と並木凡平の130首を収めた本。小樽文学館で購入。

1961年に「ぷやら新書」から刊行されたシリーズの一冊で、1981年に沖積舎より新装復刻版が出ている。

このシリーズは、北海道の文化、民俗、文学、自然などに関する文献を集めたもので、知里真志保『えぞおばけ列伝』、原田康子『サビタの記憶』、高倉新一郎『北海道と円空』など全50冊。

【伊東音次郎集】
並木みち、ポプラの影の縞の道梯子をのぼるやうに歩いた。
炉の底の炭火は沈む、夜は更ける、げんのしようこをこつとりと煮る。
尿をさせる児もじつと見入る深ぶかと尿を吸ふ土。秋じめる土。
妻子らが続けば進む向く前を前として行く追はれるやうに。
肌をとほして胃の腑の傷をなほすといふお湯につかつて眼をとぢてゐる。(登別温泉)
一枚の硝子のやうに凍る原を今朝の列車が断ち切つてくる。

1首目「梯子をのぼるやうに」という比喩がいい。楽しそうな感じ。
2首目、下痢や便秘に効く整腸剤として古くから使われてきた薬草。
3首目、子におしっこをさせている間は、じっと見ているしかない。
4首目、とにかく一家の長として自分が先頭に立って進むしかない。
5首目、目に見える外傷だけでなく弱った内臓にも効果を発揮する。
6首目「硝子」「断ち切つて」が北海道の厳しい寒さを感じさせる。

【並木凡平集】
むつちりとパン売り露人が秋の陽に大きな靴を光らせて行く
赤毛布つけたヤン衆が漁場の雪はこぶ三月ゴメも啼いてる
宿直の夜の気安さ重役の椅子にどつかり腰かけてみる
廃船のマストにけふも浜がらす啼いて日暮れる張碓の浜
雪の朝真赤な毛糸のシャツを着る妻にほんのり残る若さか
貰ひ湯の曇り硝子に日まはりのかすかにゆれてうつる月明

1首目、北海道に住む白系ロシア人。「大きな靴」に焦点を当てる。
2首目「ヤン衆」はニシン漁などの季節労働者。「ゴメ」はカモメ。
3首目、勤め先の新聞社の光景か。誰でも一度はやってみたくなる。
4首目、石狩湾沿いのうら寂れた浜の風景。「は」の音が響き合う。
5首目、雪の冷たさとシャツの赤さで、肌が若い感じに見えたのだ。
6首目、窓硝子に映る向日葵のほのかな黄色と月光の色が心地よい。


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1981年10月1日、沖積舎、5万円(全50巻)

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2021年10月17日

野呂邦暢『愛についてのデッサン』


副題は「野呂邦暢作品集」。
岡崎武志編。

読書には流れがあって、関口良雄『昔日の客』と岡崎武志『上京する文學』を経て、この1冊にたどり着いた。

古書店主の佐古啓介を主人公とした6篇の連作小説「愛についてのデッサン」と「世界の終り」「ロバート」「恋人」「隣人」「鳩の首」の5篇を収めている。

どの作品も推理小説のような味わいがあって、でもスッキリと解決するわけではない。読後に何かモヤモヤとしたものが残る。相手や他人の考えは結局はよくわからないという感じ。たぶん、そこが良いのだろう。

作者は1980年に42歳で亡くなった。

Wikipediaには「心筋梗塞のため急逝」とあるが、本当のところはどうなのだろう。

2021年6月10日、ちくま文庫、900円。

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2021年10月16日

映画「そこのみにて光輝く」

2014年公開作品。
佐藤泰志原作の映画化2作目。

監督:呉美歩
出演:綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉、高橋和也、火野正平ほか

函館を舞台に描かれる男女の出会いと思い通りにならない人生。
暗く陰惨な場面も多いのだが、登場人物の個性が生き生きとしていて、良い作品に仕上がっている。

初めの方に啄木小公園のわきの道を通るシーンがあって懐かしかった。かつて函館に住んでいた時に毎日通っていた道だ。

京都みなみ会館、120分。

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2021年10月15日

半田

神様は信じないけれど、偶然は信じることにしている。
本を読んでいると、全く関係ない別の本が偶然交差することがある。

最近読んだ『日本発酵紀行』は、初めに東海地方の醸造蔵を取り上げている。

東海エリアでは各蔵がそれぞれ古くからの製造設備を維持して、自社ですべての生産工程を担っている蔵が多い。味の自立性も高ければ、蔵の自立性もものすごく高い。

そして、ミツカンの話も出てくる。

現代における造酢の雄であるミツカンは、知多半島→江戸という東の廻船航路を制覇した。

このミツカンの本社があるのが愛知県半田市。
『ときをためる暮らし』『ふたりからひとり』の語り手、つばた英子さんはこの半田市の出身だ。

私が育った半田の実家は、一〇〇〇坪あまりの敷地に、酒蔵、精米、樽屋などの酒造りの工房があって、中庭を囲むように本宅が建てられていたの。二〇〇年以上続いた小さな造り酒屋でしたけれども、たくさんの人が働いていたんですよね。

まさに醸造蔵を構える家である。
さらに、最近興味を持っている『新版画作品集』の表紙。


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これは、川瀬巴水の「尾州半田新川端」(昭和10年)という作品。
川沿いに木造の蔵が立ち並んでいるが、これは醸造関連のものだったわけだ。

こういう偶然は嬉しい。
半田・・・ぜひ、一度訪れてみようと思う。

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住吉カルチャー

毎月第1金曜日の10:30〜12:30、神戸市東灘区文化センター(JR住吉駅すぐ)で自主的なカルチャー講座を開催しています。

前半1時間は近刊の歌集の紹介と秀歌鑑賞、後半1時間は受講生の作品(1首)の相互批評という内容です。

参加費は2000円。現在の参加者は10名です。

興味のある方はお気軽に松村までご連絡ください。初心者からベテランの方まで、どなたでも歓迎します。
masanao-m☆m7.dion.ne.jp(@を☆に変えて下さい)

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2021年10月14日

つばた英子・つばたしゅういち『ふたりからひとり』


副題は「ときをためる暮らし それから」。
聞き手・編集:水野恵美子、写真:落合由利子

前作『ときをためる暮らし』(2012年)から4年後に刊行された続編。夫しゅういち氏が入院し、90歳で亡くなり、夫婦二人の暮らしから一人の暮らしへと変わる。

それでも、雑木林とキッチンガーデンのある木造平屋の家での営みは、変わらずに続いていく。

干し柿一つ、つくるのだって。くり返し、くり返しやらないと、うまくできない。だから、また来年もつくってみようと思うし、うまくできないからのおもしろさがあるのね。(英子)
病院での入院の日々は、いつどんな検査をするかわからないから、恐怖の日々だったって。退院した三か月後にまた検査しますからと言われましたけど、断ったの。このままずっと、平穏に暮らしたほうがいいって。(英子)
直すとかえってお金がかかる仕組みになってしまった世の中は、不自然ですよ。経済が回るよう、使い捨てを主流にしようとしてね。昔のものはとにかく丈夫で長持ち。そして、道具を自分の手で育てていくという楽しみがあるでしょ。(しゅういち)
炊事をやっていたねえやが「なんでも、手間ひまかけてつくったものがおいしいのよ」と言っていたけど、ほんとうにそうだなって。その言葉がいまだに耳に残っているから、梅を漬けたり、粕漬をつくったり、土鍋で豆を煮たり。(英子)

読んでいると、しーんと気持ちが穏やかになる。料理や家事といった日々の行いが、私たちの身体や心を整えていることにあらためて気づかされる。

巻末のプロフィールによれば、この本が出て2年後の2018年に英子さんも90歳で亡くなられたそうだ。

2016年12月5日1刷発行、2019年6月25日14刷発行。
自然食通信社、1800円。

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2021年10月13日

川野里子歌集『天窓紀行』


副題は「短歌日記2020」。

2020年1月1日から12月31日まで、「日付」+「短歌1首」+「短い文章」という構成で計366首を収めている。

亀虫ひとつ畳に転がり死にてをりどこかへ行かむとしたるこの虫
道に迷ひだんだん小さくなるわれは〈ひざまくら耳かきの店〉も過ぎたり
この石をちよつと見てゐてくださいと蜥蜴去りたり陽だまりの石
難攻不落 つひに敵来ず誰も来ず誰かを待ちかね春の城跡
闇なかに牛の眼のやうなものみひらきてをり地震(なゐ)過ぎるまで
マスクをし一人乗りカヌー漕ぐやうに人を避けつつゆくなり街を
蒲鉾の聖なる白さ白くなりすがた消されてしまつた魚たち
氷上を滑りゆくやうリモートワーク、リモートワークして誰にも会わず
糸蜻蛉の交尾あまりにしづかにて睡蓮と吾と消えてゆくやう
こんなにも追いつめられしことあるか身を反らせつつ煮えてゆく鱈

1首目、人間もこんなふうに何かする途中で死ぬのかもしれない。
2首目、道に迷った時の心細さ。耳の穴に入ってしまうかのよう。
3首目、蜥蜴が去った後に残っている石。石の番を頼まれた気分。
4首目、敵に攻められなければ、石垣も堀も価値を発揮できない。
5首目、地震に遭った時の体感を生々しいイメージで表している。
6首目、ソーシャルディスタンスが盛んに言われる街中の風景。
7首目、蒲鉾は色も形も魚とは似ても似つかない物になっている。
8首目、「リモートワーク」は長音が二つあって滑らかな発音だ。
9首目、糸蜻蛉が消えるのではなく、糸蜻蛉以外が消えてしまう。
10首目、煮えてくると皮の方に反っていく。その苦しげな感じ。

文章も「人類が二足歩行になったのは、ちょっと立ち止まって考えるためではなかろうか。四つん這いではたぶん、考えられない」など、独自な発想が多くて印象に残った。

2021年8月12日、ふらんす堂、2000円。

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2021年10月12日

映画「マスカレード・ナイト」

監督:鈴木雅之
原作:東野圭吾
出演:木村拓哉、長澤まさみ、小日向文世、石黒賢、沢村一樹、勝村政信、木村佳乃、麻生久美子、高岡早紀、博多華丸、渡部篤郎ほか

「マスカレード・ホテル」シリーズの映画化2作目。

川崎で一人暮らしをしている父が、コロナ禍で家に閉じ籠ってばかりだと言うので、映画館に連れて行った。007シリーズの最新作とどちらにしようか迷った末に、とりあえず邦画の方がいいかなという判断でこの作品に。

父の感想は「いっぱい人が出てきて、何だか難しかったねえ〜」というもの。まあ、確かにそういう内容でした。

イオンシネマ新百合ヶ丘、129分。

posted by 松村正直 at 23:31| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

エッセイ「投稿が青春だった」

現在発売中の角川「短歌」10月号に、巻頭エッセイ「投稿が青春だった」を書きました。ネットの「試し読みをする」の範囲に全文含まれていますので、どうぞお読みください。

https://www.kadokawa.co.jp/product/322011000118/

posted by 松村正直 at 07:34| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月11日

小倉ヒラク『日本発酵紀行』


発酵デザイナーである著者が、全国47都道府県の発酵食品の現場を訪ねてまわった旅の記録。

取り上げられているのは、「愛知・岡崎の八丁味噌」「京都・大原のしば漬け」「岡山・日生のママカリずし」「秋田・八森のしょっつる」「北海道・標津の山漬け」「群馬・高崎の酒まんじゅう」「香川・小豆島の醤油」「佐賀・呼子の松浦漬け」など。

一口に発酵と言っても実に多様であり、日本の食文化に欠かせないものであることがよくわかる。

熟成に時間のかかる醸造蔵は商品を仕込んでから出荷してお金に換えるまでに何年もかかる。それはつまり資金をプールしなければいけないということだ。近代的な金融システムが整備される前の日本では、商品製造のために資本蓄積をしなければいけなかった醸造蔵が、プールした資本の運用のために地域の金融サービスを担ってきた。
醸造蔵は簡単には引っ越せないし、蔵を建て替えることもできない。商品の個性をつくりだす微生物の生態系が変わってしまう恐れがあるからだ。だから古い建物を少しずつ直し、建て増しをしていく。結果、様々な時代の建築が蓄積されることになる。
江戸時代に起きた醸造ビッグバンには意外な立役者がいる。木桶だ。老舗の醤油蔵や味噌蔵で見かける、見上げるほど大きな木桶。これは日本で特異に発達した文化だという。そういえば、ワインやウィスキーに使う木樽(Barrel)で自分の背丈を超すようなものを見たことがない。
藍染めの産業を考えるうえで、ひとつ重要なポイントがある。藍染めの工房は日本各地にあるのだが、染めの原料となるすくもの生産地は限られている。なかでも阿波は質の高いすくもの名産地。全国に消費のための需要がある反面、「原料」を生産できる場所は限られている。これはビジネスにおける最強の勝ちパターン。

どのページにも、発酵に対する著者の情熱と愛情が満ち溢れている。

時おり出てくる「発達したんだね」「ほんとうなんだよ」「大変なんだ」といった語り掛けの口調に最初は少しとまどったけれど、慣れてくると親しみを感じるようになる。

2019年6月10日、D&DEPARTMENT PROJECT、1800円。

posted by 松村正直 at 22:21| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月10日

「川瀬巴水 旅と郷愁の風景」

P1090320.JPG


新宿のSOMPO美術館で開催されている川瀬巴水(1883‐1957)の展覧会に行ってきた。大正から昭和にかけて流行した新版画の第一人者。版画約200点が展示されているほか、旅のスケッチに使われた写生帖などの資料もあり、作品制作の舞台裏を垣間見ることができる。

とても良かった。

やはり美術でも映画でも何でも、思い立った時に観に行くべきだとあらためて思う。次の機会があるかどうかわからないし、その時に自分が同じ気持ちでいるかもわからないのだから。

展覧会を見て気付いたことが2つ。

1つは風景画と言ってもほとんどの作品に人物が配されていること。これは広重の浮世絵などでも同じだけれど、絵の中に人物がいることで、風景が不思議と精彩を帯びてくる。それと、風景だけではあまり時代を感じない場所でも、人物が入ると服装などから時代がわかるようになる。

もう1つは、写生帖と版画作品との違い。全国各地を旅してスケッチした巴水だが、版画制作においてはありのままを描いているのではない。写生帖では山と川だけだった風景に帆掛け船と人物を加えたり、晴天の風景を雪景色に変えたり、様々なアレンジを加えている。

摺り色によって時刻や天候を自由に変えることもできる。これは、絵師・彫師・摺師の分業体制によって作られる版画が、デジタル加工的な側面を持っているということでもあるだろう。巴水作品の魅力は単なる郷愁といった点にとどまらない。加工された世界の持つ様式性やデザイン性でもあるのだと思う。

posted by 松村正直 at 10:46| Comment(0) | 演劇・美術・講演 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月09日

オンライン講座「短歌のコツ」

NHK学園のオンライン講座「短歌のコツ」を毎月2回、木曜日の夜に行っています。毎回1つのテーマ(語順、省略、繰り返し、表記、身体感覚など)について講義をして、作品の批評・添削も行います。

ZOOMを使った講座ですが、顔出しは自由です。
どうぞお気軽にご参加下さい。

日程 @10/14 A10/28 B11/11 C11/25 D12/9 E12/23
時間 19:30〜20:45

https://www.n-gaku.jp/lifelong-school/course/7671(3回分)
https://www.n-gaku.jp/lifelong-school/course/7605(6回分)

posted by 松村正直 at 20:46| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月08日

根津神社の水飲み場

根津神社(東京都文京区)の本殿左手の西参道わきに、小さな水飲み場がある。


 P1090311.JPG

どこにでもあるような水飲み場であるが、「我武維揚」と篆書体で刻まれているのが目に付く。調べてみると、書経が出典の言葉で、かつて軍人勅諭に使われ「わがぶこれあがりて」と訓読したらしい。

なぜ、そんな言葉が水飲み場に刻まれているのか?

それは、この台座はもとは水飲み場ではなく、戦利品の砲弾を載せていたものだったからだ。


 P1090312.JPG

台座の背面には

戦利砲弾奉納
 陸軍々医監 森林太郎
 陸軍少将  中村愛三
明治三十九年九月十日建之

と刻まれている。
日露戦争の勝利を記念して、戦利品の砲弾を奉納したのである。

森林太郎は、森鷗外の本名。森鷗外記念館で上映されている映像には、砲弾の前に整列して撮られた記念写真も登場する。

posted by 松村正直 at 22:23| Comment(0) | 戦争遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月07日

映画「海炭市叙景」

監督:熊切和嘉
原作:佐藤泰志
出演:谷村美月、竹原ピストル、中里あき、山中崇、南果歩、小林薫、加瀬亮、三浦誠己ほか

2010年公開作品。

佐藤泰志原作の新作映画「草の響き」の公開に合わせて、これまでに制作された4本の映画(「海炭市叙景」「そこのみにて光輝く」「オーバー・フェンス」「きみの鳥はうたえる」)が京都みなみ会館で上映されている。

函館をモデルにした「海炭市」を舞台に繰り広げられる5篇の物語のオムニバス。どれもけっして明るい話ではない。人間や社会の抱えるどうしようもない矛盾や鬱屈が描かれていく。

函館は20代の頃に住んでいた町なので懐かしい。

以前、函館市文学館で佐藤の直筆原稿を見て衝撃を受けた。升目いっぱいに書かれたカクカクとした字で、いかにも繊細で神経質そうな感じ。41歳で自死した事実を想起せずにはいられなかった。

152分、京都みなみ会館。

posted by 松村正直 at 03:16| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月06日

高島裕歌集『盂蘭盆世界』

2011年から2019年までの作品901首を収めた第6歌集。第一篇「ひばり、たかんど」と第二篇「盂蘭盆世界」の二部構成となっている。

ふるさと富山の自然や風土、妻子や老母の歌が中核となる一方、他国に併合された日本の姿を描く「最後の歌人」、歌人になっていなかった自分を想像する「平行われ」、異民族への侵略譚として「桃太郎」を捉え直す「桃太郎の鬼退治」など、かつての「首都赤変」を思わせるような意欲的な連作も多い。

病巣も巣にほかならず、犇いて女蜂男蜂の刺し合へる見ゆ
はればれと串田の丘にふたり立つ、射水砺波を左右(さう)に瞰(みおろ)し
うつすらと雪を被りし山並みは未知なる山のごとく鮮(あたら)し
元日に大晦日の日記書いてゐる、ひとり明るい地下室に居て
夕餉(がれひ)、デザートまでの二時間を円(まど)かな月に目守(まも)られてゐつ
(とうきやう)と声を殺して呟きぬ。東海省省都トンキン暮れて
独立派兵士の額(ぬか)に捺されたる「倭」の文字の上に止まる黒蠅
昭和六十二年製造の天ぷら粉、母の冷蔵庫の隅にひそみゐき
New York とプリントされしジャンパー着てひとり柚子採る鄙の老人(おいひと)
対岸の山を流るる霧として東京といふ古き夢あり
汚れなさい、汚れなさい、と呼びやまぬ朝のひよどり夕(よひ)のむくどり
一滴の乳を生(な)さざる男(をのこ)の身寂しきままに梅も過ぎたり
哺乳瓶の剛(つよ)さを深く信じつつ熱湯注ぎ氷に浸ける
机から手を離したる数秒の子の独立をわれら称(たた)へつ
里の古老の祖父の代(よ)いまだ倶利伽羅の谷に兜の落ちゐしといふ

1首目、病巣という言葉から、蜂の巣の生々しい姿を思い浮かべる。
2首目、景の大きなのびやかな歌。現代短歌ではあまり見かけない。
3首目、いつも見慣れている山並みが、全く違った姿に見えてくる。
4首目、前年の日記を書くズレの感じが地下室の明るさと響き合う。
5首目、結婚式の後にふたりで過ごす宿。満月に祝福されている。
6首目、「最後の歌人」の一首。「東京」がトンキンになった世界。
7首目、日本独立を目論んで処刑された兵士。映像的で鮮明な描写。
8首目、母が施設に移った後の整理。賞味期限はとうに過ぎている。
9首目、昔ながらの暮らしにも、グローバル経済の波は押し寄せる。
10首目、かつて東京に住んでいた頃の自分を思い出すのだろう。
11首目、誰も汚れずに生きることはできない。下句の対句がいい。
12首目、子が生まれて父となった作者。女性との違いを痛感する。
13首目、粉ミルクを熱湯で溶かし適温に冷やす。慌ただしい時間。
14首目、子が初めて立った瞬間。「独立」という語の原義だろう。
15首目、1183年の源平の合戦が、身近なものとして語られている。

2021年8月15日、TOY、3000円。

posted by 松村正直 at 08:32| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月04日

つばた英子・つばたしゅういち『ききがたり ときをためる暮らし』


聞き手:水野恵美子、撮影:落合由利子。

80歳を超えた建築家・評論家の津端秀一と妻英子の生活の様子を、一年間にわたる聞き書きと美しい写真によって描き出した本。

雑木林とキッチンガーデンのある木造平屋の家。そこでの暮らしの四季折々の姿が浮かびあがってくる。

二人とも、健康診断はもう何十年と受けたことがないんですよ。もし、不具合が見つかったら怖いですからね。意識しちゃうでしょ、それも健康な人ほど、精神が不安定になってしまうから。たっだら検査を受けないほうがいいと思ってね。(修一)
収穫する量が多くありませんから、そんなたくさんはつくれないけど、「もう少し食べたい」と思うくらいがちょうどいいのね、ジャムに限らず何でも。また、来年を待つ楽しみができますからね。(英子)
このベーコンづくりも、もうすぐ一五〇回に到達する予定です。やっぱり、どんなことでも一〇〇回以上回数を超えると、自分らしいホンモノになってくるもんですねえ。何度も繰り返すことで、自分なりのやり方やコツがつかめてくる。(修一)
「自分が食べる物は、自分の手でつくりたい」という思いは、小さい頃からもっていましたけど、実現できるまでは長い時間がかかりましたものね。でも、思い続けて、それに向かって少しずつ実現していくことは大事なんですね。(英子)

野菜や果実を庭で育て、自家製のゆべし、ベーコン、ハブ茶、梅酒、梅干し、ジャム、佃煮、粕漬けなどを作る。植木の剪定や屋根の塗装なども自分たちでやる。そんな自由で自立した暮らしの美しさが存分に感じられる内容であった。

2012年9月20日初版1刷発行、2018年10月15日21刷発行。
自然食通信社、1800円。

posted by 松村正直 at 22:00| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月03日

宮田珠己『日本全国津々うりゃうりゃ 仕事逃亡編』


2015年に廣済堂出版より刊行された本の文庫化。

全国各地のあまり有名でない(?)観光地を旅して回るシリーズ。同行編集者テレメンテイコ女史とのやり取りも楽しい。

書店でぱらぱらと目次を見て、「高知・徳島」の旅に沢田マンションが載っているのを見つけて買うことに決めた。沢田夫妻が30年かけてほぼ独力で建設したマンションで、以前から一度訪れたいと思っている場所だ。

https://matsutanka.seesaa.net/article/413024075.html
https://matsutanka.seesaa.net/article/417319941.html

ガイドはさらに、流氷が接岸すると知床は内陸性気候になる、と教えてくれた。気象的な観点で言えば、ここはもう海ではないということだ。海面が閉ざされてしまうため、水分の蒸発が起こらないわけである。(オホーツク)
西福寺だけでなく、最近こういう、昔からあったけれども知られていなかったすごいものがいろいろと発掘されていて、日本の観光地図が変わってきた気がする。(栃尾又)
泊まった部屋には、宿泊者ノートがあって、めくってみると、わざわざ泊まりに来る人が少なくないようだ。(…)ついに念願の沢田マンションに来ました! と感動の言葉がたくさん書きつけられていた。(高知・徳島)

緊急事態宣言も明けたことだし、またあちこち出掛けてみようか。

2021年8月5日、幻冬舎文庫、710円。

posted by 松村正直 at 18:06| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月01日

オンライン講座「短歌のコツ」

NHK学園のオンライン講座「短歌のコツ」が新しいクール(全6回)に入ります。毎回一つのテーマに沿った講義をして、その後、受講生の作品(事前に1首提出)の添削指導も行います。ご興味のある方はこの機会にぜひご参加下さい。

https://coubic.com/ngaku-online/528455

日程 @10/14 A10/28 B11/11 C11/25 D12/9 E12/23
時間 19:30〜20:45
posted by 松村正直 at 07:51| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする