2021年02月28日

企画展「イッツ・ア・スモールワールド:帝国の祭典と人間の展示」


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京都伝統産業ミュージアムで開催中の企画展「イッツ・ア・スモールワールド:帝国の祭典と人間の展示」へ。最終日ということもあって、かなり賑わっていた。

19世紀から20世紀にかけて欧米で開催された万国博覧会では、植民地の人々や少数民族の村の展示がよく行われた。日本でも第5回内国勧業博覧会の「学術人類館」において、アイヌ・台湾原住民・沖縄県人・朝鮮人・清国人などが展示された。

この企画展ではさらに、見世物やショービジネス、形質人類学や骨相学といった問題も取り扱っていて、キュレーターの問題意識がはっきりと伝わってくる。

特に印象に残ったのは、フランスの人類学者ジョゼフ・ドゥニケールの『地球上の人種と民族』に載っている日本人の写真。1862年に文久遣欧使節団の一員としてパリに渡った際の若き福沢諭吉の姿である。キャプションには「日本人士官」「面長の典型」などとあり、日本人の見本として扱われているのだ。

脱亜入欧を目指した明治期の日本のことや、かつて訪れた野外民族博物館「リトルワールド」のことなど、あれこれ思い浮かび、深く考えさせられる内容だった。

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2021年02月27日

雑詠(002)

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人生の残り時間はいかほどか尿意で覚める冬の明け方
ほぼ同じこと繰り返す平日を歩いて駅の段差にころぶ
この先にどんな風景があったろう降りた列車をながく見送る
舗装路に落ちては死んでゆく雨のかがやきそれにしてもよく死ぬ
どのようになっても母は母なれどベランダに伸びて分葱(わけぎ)が青い
台本があればいいのに励ましの言葉はいつも棒読みとなる
思ったより元気だったとだけ伝え母についての話を終える

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2021年02月26日

映画「香港画」

監督・企画・撮影:堀井威久麿
プロデューサー・企画・撮影:前田穂高

香港の民主化運動を記録した短編ドキュメンタリー。

2019年11月〜12月の約1か月半の映像を、1日の出来事に再構成してまとめている。デモの街頭風景や参加者へのインタビュー、警察との攻防戦など、生々しく迫力のある映像が多い。

ただ、28分という長さでは十分に消化しきれない感じも残った。

アップリンク京都、28分。

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2021年02月25日

瀬川拓郎『アイヌの歴史』


副題は「海と宝のノマド」。

新しい研究成果をふんだんに取り入れて、生き生きとしたアイヌの歴史を記した一冊。和人やニブフらと盛んに交易をしていた姿を描き出している。

本州の人びとが農耕社会に踏み出し、激変の歴史をあゆんできたように、北の狩猟採集民の社会も、あゆみこそ異なるものの変容し、複雑化し、矛盾は拡大してきた。かれらはその歴史のなかをしたたかに生き抜いてきたのだ。
私たちは、アイヌを日本の周縁や辺境の人びとと見なしている。そしてそれは、ほとんど自明のことになっている。しかし、アイヌが周縁や辺境という本質をもつ人びとだったことは一度もない。

アイヌの主要な交易品は鮭とワシ羽であった。それを元に手に入れた日本産の漆器や刀剣、中国産の織物やガラス玉は、アイヌ社会での宝となり権力ともなった。

この鮭とワシ羽に関する詳細な分析が実におもしろい。

長期保存用には産卵場付近まで遡上し、脂肪が抜けきったサケが最適だった。だからアイヌは河口部ではなく、内陸の産卵場でサケ漁をおこなっていたのだ。
ワシ・タカのなかでもオオワシとオジロワシは真鳥とよばれ、その尾羽は真鳥羽、略して真羽と称されていた。なかでもオオワシの尾羽がランクの頂点に位置し、さらに一四枚あるオオワシの尾羽は、外側から何番目の羽かといった部位や、その斑文によっても価値が異なっていた。

この本は多くの発掘品や文献資料をもとに、ありのままのアイヌ社会の歴史を記している。貶めることもない代わりに、過度に持ち上げることもない。でもアイヌに寄せる愛情は十分に伝わってくる。

2007年11月10日、講談社選書メチエ、1600円。

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2021年02月24日

ウポポイ

先日ETV特集「帰郷の日は遠く〜アイヌ遺骨返還の行方〜」を観た。
https://www.nhk.jp/p/etv21c/

来月、北海道白老町にあるウポポイ(民族共生象徴空間)、国立アイヌ民族博物館に行くつもりなので、いろいろなことを学んでおきたいと思う。

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2021年02月23日

笹川諒歌集『水の聖歌隊』


新鋭短歌シリーズ49。
2014年から2020年までの作品227首を収めた第1歌集。

文字のない手紙のような天窓をずっと見ている午後の図書館
知恵の輪を解いているその指先に生まれては消えてゆく即興詩
ひとつまた更地ができる ミルクティー色をしていて泣きそうになる
ほとんどが借りものである感情を抱えていつものTSUTAYAが遠い
遠目には宇宙のようで紫陽花は死後の僕たちにもわかる花
部屋干しの水蒸気たちに囲まれて眠る 命名とはこんなもの
強弱に分けるとすれば二人とも弱なのだろう ピオーネを剝く
公園を逆さにしたら深くまで一番刺さるあの木がいいな
風邪引きの体には鐘が吊されるゆえに幼い夕暮れを呼ぶ
レモンティーのレモンを二人とも食べて以来長らく雨が降らない

1首目、四角い天窓を手紙に喩えたのがいい。雲が流れていく感じ。
2首目、指先と知恵の輪の動きの美しさにしばらく見惚れてしまう。
3首目、ミルクティー色と表したところに、記憶の懐かしさが滲む。
4首目、TSUTAYAでは様々な人生や物語を借りることができる。
5首目、下句の直観が鋭い。紫陽花の球形は永遠に近い感じがする。
6首目、目に見えない水蒸気に包まれて、また生まれ直すみたいだ。
7首目、皮がツーっと剝ける感じ。弱であることの安心感もある。
8首目、一番高い木だろう。自分の身体に突き刺さるようで怖い。
9首目、身体が重たく感じられて、遠く幼い頃の記憶が甦ってくる。
10首目、何かをきっかけに何かが変ってしまう。偶然だとしても。

2021年2月12日、書肆侃侃房、1700円。

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2021年02月22日

映画「夢みるように眠りたい」

監督・脚本:林海象
出演:佐野史郎、佳村萠、深水藤子、吉田義夫ほか

1986年公開の林海象の長編デビュー作。
2020年完成のデジタルリマスター版を見る。

モノクロ&サイレントで、独自の映像美を醸し出している。
これは確かに名作だなあ。
「私立探偵濱マイク」シリーズもまた観たくなった。

出町座、84分。

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2021年02月21日

石堂淑朗『将棋界の若き頭脳群団(チャイルドブランド)』


約30年前の本を読む。

脚本家・評論家で将棋の観戦記も書いていた著者が、当時「チャイルドブランド」(=幼くして一流)と呼ばれていた羽生善治たちについて記した本。彼らの強さの理由や将棋界の変化を、かなり批判的に分析している。

升田幸三はじめ人間味溢れる棋士を理想とする著者にとって、羽生たちは強さこそ認めざるを得ないものの、決して認めたくはない存在であったようだ。

新人類、リズムとメロディーとハーモニーの違う将棋を指すCBたちが、どうしてこうも一挙にまとまって出現したのか
羽生のように何でもこなすという感性は、相撲でいうとなまくら四つの、せいぜい関脇クラスのものだといわれてもしかたないのである。
それが成立するのは、ゲーム将棋だからである。ゲームである以上は、勝てばよい。どんな手を指しても勝てばよい。

何とも、散々な書きようである。でも、嫌な感じはしない。自分の信じる将棋のあり方からすれば到底受け入れられないものを、何とか理解しようと努めている。そこに嘘はない。

現在光り輝いているCBが、三十のころいったいどのような運命をたどっているのか、ここには意地悪い好奇心が潜んでいることを認めざるをえないが、しかしこれもひとつの人生の相であると思えば、やはりだれがいったい三十まで息が続くのか、ぜひぜひ見たく思っている。

「三十まで息が続くのか」と揶揄された彼らは、実際には三十歳どころか五十歳になった今も第一線で活躍を続けている。若い時だけではなく、実に息の長い輝きを放つ世代となったのだ。

著者の予測は外れたわけだが、それはあくまで結果論。この本は二十歳代前半だった彼らが当時どのように見られていたのかを伝える貴重な記録となっている。

1992年10月15日、学習研究社、980円。

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2021年02月20日

鶴亀算

鹿児島県伊佐市が2014年度から続けていた「市内にある県立大口高から難関大学に合格した生徒に最高100万円の奨励金を支給している制度」を終了するというニュースが流れている。

旧帝大などは100万円、他の国公立大(短大を除く)などは30万円を支給する。昨年度までに計56人が受け、総額は計1750万円になっていた。(読売新聞オンライン)

30万×56人=1680万
(1750万−1680万)/(100万−30万)=1人

・・・鶴亀算、なつかしいな。

旧帝大の合格者は7年間で1人ということか。狭き門なり。

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2021年02月19日

朝日カルチャー芦屋教室

朝日カルチャーセンター芦屋教室で「短歌実作」A組、B組を行う。
今日が最終回。芦屋教室自体が明日で閉鎖となるのだ。

https://www.asahiculture.jp/news/ashiya/20210209

1986年のオープン以来、河野裕子さんが担当していた短歌講座を、2010年から引き継がせていただいた。それから10年あまり。閉鎖は残念なことだけれど、これも時代の流れだろう。

受講生の皆さん、カルチャーセンターの皆さん、長い間ありがとうございました。

posted by 松村正直 at 17:54| Comment(0) | カルチャー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月18日

清水浩史『不思議な島旅』


副題は「千年残したい日本の離島の風景」。

長年にわたって全国各地の島を旅してきた著者が、人口ひとりの島や古い風習が残っている島、無人島になってしまった島などを紹介しながら、島旅の魅力を語っている。

島には過去から継承された風習や在来知が色濃く残っている。加速度的に経済偏重に呑みこまれる社会において、島々はいにしえからの多様な知が息づく、最後の拠点なのかもしれない。

取り上げられているのは、黒島(長崎県)、前島(沖縄県)、多楽島(北海道)、オランダ島(岩手県)、由利島(愛媛県)など。あまり名前を聞いたことのない島が多い。

中でも印象的だったのは鹿児島県の新島(燃島)。「桜島沖に浮かぶ新島は、2019年に有人島に戻った。新島が有人になったのは、6年ぶりのこと」とある。

実は、この島には2013年に行ったことがある。当時は無人島になっていた。


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桜島から望む新島。写っている船が行政連絡船「しんじま丸」。
この船で桜島(浦之前港)から新島に渡る。


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島の道にはいたるところに草や木が生えていて、奥の方まで進むことはできない。


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かつての桜峰小学校新島分校跡。1972年に廃校になった。

屋根瓦つらぬき通す木の力、草の力、蔦の力を生みたるちから
窓ガラスあらぬ窓よりのぞき見る学ぶ子も遊ぶ子もいない分校
                  『風のおとうと』

この新島に、また人が住み始めたのだ。

今の新島は生まれ変わったかのようだ。雑草はきれいに刈り取られ、島全体が明るくなった印象を受ける。

何とも感慨深い。

2020年12月30日、朝日新書、790円。

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2021年02月17日

最後の収録

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今日は「NHK短歌」の最後の収録だった。

昨年3月から始まった収録は、コロナ禍のために1回は中止、1回はリモート収録になったものの、何とか1年間体調を崩さずに乗り切ることができた。テレビは何度出ても慣れないけれど、多くのゲストの方ともお会いできて楽しい時間だった。

視聴者の皆さん、スタッフの皆さん、出演者の皆さん、ありがとうございました。

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2021年02月16日

黒瀬珂瀾歌集『ひかりの針がうたふ』


現代歌人シリーズ31。

329首を収めた第4歌集。福岡に住んでいた時の歌。巻末にはあとがきに代えてエッセイ「博多湾の朝について」が収められている。

しばらくを付ききてふいに逸れてゆくカモメをわれの未来と思ふ
風絶えし朝のひかりは漿膜として広ごれり曽根の干潟に
一歩一歩干潟を重く歩めるに鯊(はぜ)は逃げゆく吾の影より
『どうぶつのおやこ』の親はなべて母 乳欲る吾児を宥めあぐねて
昇る陽に影は伸びつつ小さき刃に老いし漁師は梨剝きくれぬ
ゴミ袋提げつつ仰ぐ桜樹の、〈家〉を得て知るさみしさもある
やねのむかういつちやつたね、と手を振る児よ父に飛行機(ぶーん)はまだ見えてゐて
をさなごの放置死ののちはCMに蒙古斑なきさらさらおしり
柳川の朝の農道に振り上げて弁慶蟹の爪あかきかな
人去りし村にて仰ぐ上空のどこまでダムに抱かるるだらう

1首目、船を追うのをやめて離れてゆくカモメのあてどない感じ。
2首目、「漿膜」がいい。半透明の膜のように干潟が光っている。
3首目、気配を察知してぴょんぴょんと跳ね飛ぶ姿が目に浮かぶ。
4首目、父であること、男親であることの哀しみを強く味わう場面。
5首目、描写が的確で場面が鮮明に浮かぶ。「小さき刃」がいい。
6首目、朝のゴミ出しの場面。安らぎと引き換えに失うものもある。
7首目、背の低い子と自分の視界の広さが違うことにふと気が付く。
8首目、実際にはCMのように肌のきれいな赤子はほとんどいない。
9首目、体は赤くないのだろう。威嚇している爪の赤さが鮮やか。
10首目、ダム建設予定地。やがて水底になる場所から見上げる空。

子育ての歌が注目を集めているが、環境調査の仕事の現場の歌もとても良かった。

2021年2月1日、書肆侃侃房、2000円。


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2021年02月14日

飯島渉『感染症と私たちの歴史・これから』


歴史総合パートナーズC。

天然痘、ペスト、結核、インフルエンザなどの感染症の歴史を、人類の誕生から21世紀まで順にたどった本。このシリーズはどれもわかりやすくまとまっていて、問題の概要を摑むにはとてもいい。

新型コロナの感染拡大以降、感染症に関する本が相次いで刊行されているが、この本は2018年に出たもの。何かが起きてからではなく、起きる前の刊行という点が信頼できる。

近い将来、鳥インフルエンザが流行した場合、日本だけで死者は70万人を超えるという予測もあるのです。
日本にもたらされた梅毒は、唐瘡や琉球瘡、九州では特に南蛮瘡と呼ばれました。(・・・)もし、新たな感染症が登場したら、私たちはこうした差別的意識から完全に自由になれるでしょうか。
天然痘の根絶が成功すると、人々は20世紀中に多くの感染症の制圧が可能になると考えるようになりました。しかし、それは正しくありませんでした。

こうした文章は今では予言のように響いてくる。COVID-19に関しても「武漢風邪」「中国ウイルス」といった呼び方をする人々がいる。感染者に対する差別も含めて、まだまだ歴史から学ぶことは多い。

2018年8月21日、清水書院、1000円。


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2021年02月13日

映画「天国にちがいない」

監督・脚本・出演:エリア・スレイマン
原題:It Must Be Heaven
2019年、フランス・カタール・ドイツ・カナダ・トルコ・パレスチナ合作

イスラエル国籍のパレスチナ人監督エリア・スレイマンが自身の役で主演を務める作品。イスラエルのナザレ、パリ、ニューヨークと移動しながら、街の様子や人々の姿をひたすら観察する。ほとんど言葉は発しない。

一場面一場面がよく練られた上質なコントのような味わいで、非常に面白かった。ジム・ジャームッシュともウディ・アレンとも少し違う。個人的にはかなりおススメの作品。

もっとも、上映中に客席からいびきが聞こえてきたように、退屈に感じる人には退屈な映画かもしれない。特に何も起こらないので。

京都シネマ、102分。

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2021年02月12日

ナカムラクニオ『洋画家の美術史』


日本の近代洋画の歴史を16名の画家の作品や人生を通して描いた一冊。著者の考える「洋画」とは、次のようなものだ。

明治、大正期に西洋から日本に輸入され、独自に進化した「和制洋画」は、料理でいうと、カツレツ、カレーライス、コロッケ、エビフライ、あるいはビフテキとも似た「洋食」のような存在だろう。
「洋画」とは、明治時代以降「独自の進化を遂げたガラパゴス的西洋風絵画たち」を指すと考えていいのだろう。

登場する画家は、高橋由一、黒田清輝、藤島武二、萬鉄五郎、佐伯祐三、藤田嗣治、岸田劉生、坂本繁二郎、梅原龍三郎、長谷川利行、東郷青児、熊谷守一、曽宮一念、鳥海青児、須田剋太、三岸節子。

高橋由一の代表作「鮭」について、著者は「なぜ「新巻き鮭」なのか?」という問いを立て、次のように述べる。

実は江戸時代、絵画においても鮭のモチーフは人気だった。葛飾北斎も繰り返し描いている。幕末になると、大量の塩鮭が蝦夷地(北海道)から運ばれてくるようになり、鮭は庶民の食事として定番のメニューとなった。

図版には北斎の作品「塩鮭と白鼠」も載っており、それとの比較によって高橋の「鮭」の何が新しかったのかが浮き彫りにされている。実に鮮やかな解説だ。

絵画は大きく分けると「窓派」と「鏡派」の2種類ある。窓のように世界を切り取ったものと、鏡のように心を写し取ったものだ。

窓と鏡。おそらくこれは絵画にかぎらず、表現全般に当て嵌まることなのだと思う。

2021年1月30日、光文社新書、1120円。

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2021年02月11日

井上理津子『絶滅危惧個人商店』


「ちくま」2018年12月号から2020年5月号までの連載に加筆・編集を加えてまとめた一冊。

長年続く個人商店に取材して、店の歴史や店主の人生を丁寧に浮かび上がらせている。

取り上げられているのは、荒川区日暮里の佃煮「中野屋」、台東区の「金星堂洋品店」、葛飾区亀有の「栄眞堂書店」、新宿区神楽坂の「熱海湯」など18軒。

ジーンズという呼び方の語源は、イタリア語の「ジェノヴァ」。(・・・)フランス語で「ジェーヌ」と発音され、それが英語に転じてジーンズと呼ばれるようになったそうだ。
卸屋で仕入れるのは、タイヤ、車輪、スポーク、チェーン、フレーム、各種部品など自転車を構成する部材一式。「完成車」が流通するのは、少なくとも一九六〇年頃以降だと木下さんは言う。
「死んだ作家の本は読まれない。例外なのは、池波正太郎、山本周五郎、松本清張、吉村昭だけだね」古本の現場から、軽やかに時流を読む田辺さんである。

個人商店から、スーパーやデパートなどの大型店、ショッピングモール、さらにAmazonなどの通販へ。時代とともに私たちの買物の場もどんどん変ってきた。その中で得たものももちろん大きかったが、失ったものも少なくはなかったのだと思う。

2020年12月15日、筑摩書房、1500円。

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2021年02月10日

宮田登『民俗学』


1990年に放送大学の教材として刊行された本の文庫化。

「民俗学の成立と発達」「日本民俗学の先達たち」「常民と常民性」「ハレとケそしてケガレ」「ムラとイエ」「稲作と畑作」「山民と海民」「女性と子ども」「老人の文化」「交際と贈答」「盆と正月」「カミとヒト」「妖怪と幽霊」「仏教と民俗」「都市の民俗」という内容になっている。

柳田国男は、民俗学をたんなる古俗の詮索から脱却させ、すぐれて現代的課題にとり組むべき使命をもった学問として性格づけたのである。
若い世代の間に誕生日を祝う習俗が定着したけれど、この時の贈答も招待パーティもだんだん派手になってきた。年齢を満で数えるようになった結果、誕生日の実感が強くなったことや、個人意識の発達によるものである。
仏教と死者供養、先祖供養とのつながりは不可分のようにみえる。しかし本来仏教には、先祖供養の考えはなかった。

誕生日のお祝いや先祖供養の行事なども、当り前のことと思わずに一つ一つ丁寧に見ていくと、意外な事実が浮かび上がってくる。

内容的に古くなっている点もあるが、民俗学の基本を理解するのに良い一冊だと思う。

2019年12月10日発行、講談社学術文庫、960円。

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2021年02月09日

オンライン講座「京都市明細図でバーチャル旅行!」

「まいまい京都」主催のライブ配信「京都市明細図でバーチャル旅行!語られざる占領下の京都へ〜米軍司令部、壊された膨大な民家、花街…浮かび上がる戦争と京都〜」を受講した。

講師は福島幸宏(東京大学大学院情報学環特任准教授)さん。京都府立総合資料館や京都府立図書館の職員を長く勤めて来られた方だ。

今回の講座は2010年に資料館の収蔵品から再発見された「京都市明細図」をもとに、京都の町の歴史をたどる内容。今回初めて知ったのだが、京都市明細図はデジタル化されて一般公開もされている。
https://www.arc.ritsumei.ac.jp/archive01/theater/html/ModernKyoto/

昭和2年頃に原図が作成され、占領期の昭和26年頃まで随時書き込みや彩色が追加されており、当時の京都の町の様子が詳しくわかる。

戦時下の建物疎開によって家が取り壊されて道路や公園になった様子をたどることもできるし、敗戦後に岡崎公園や南禅寺界隈の別荘群が「進駐軍用地」「進駐軍家族宿舎」になっていた事実も確認できる。

楽しく充実した2時間だった。

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2021年02月08日

島田修三歌集『秋隣小曲集』

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2017年から2020年までの作品493首を収めた第9歌集。
40年連れ添った妻を脳梗塞で亡くし、自らも癌の手術を受ける。

六肢を提げすずめ蜂飛ぶ日溜りにすずめが来ればすずめ蜂消ゆ
「ミスティ」の流るる古き理髪店に冷たき刃(は)もて咽喉(のみど)を剃らる
レタスパックの草臥れたるを皿に盛り何を養ふ若からぬ身の
桜鯛の可愛ゆき一尾をあがなひて妻待つごとき夕闇にまぎる
雲のやうに来たりて午後の感情はもうたくさんだ、たくさんだ、といふ
「きゃりーぱみゅぱみゅ」といふ舌嚙むやうな名も覚えしが近頃聞かず
妻と在りし日の集合住宅(マンション)に聞こえざりし水のしたたり声のくぐもり
妻が行き連れ立ちて行きひとり行くクリーニング店より燕の巣消ゆ
瑞典にわが知るグレタ二人をりひとり変人もひとり故人
夏(なつ)さんと思ひてをりしが夏(シャー)さんであるとぞ夏さん絣が似合ふ

1首目、自然界では可愛らしい雀の方がスズメバチよりも強い存在。
2首目、刃の冷たさに一瞬ひやっとする。志賀直哉「剃刀」の世界。
3首目、「草臥れ」という表記で「草」と「レタス」が響き合う。
4首目、「妻待つ」と「妻待つごとき」の間にある大きな落差。
5首目、胸の内に押し寄せてくる感情や思い出に押し潰されそうだ。
6首目、芸能界の流行りや人気の移り変わりの激しさを感じる。
7首目、一人になって会話や物音が消えたことで初めて気が付く音。
8首目、妻と過ごした時間とその後の経過が印象的に詠まれている。
9首目、女優グレタ・ガルボと環境活動家のグレタ・トゥーンべリ。
10首目、名札などに「夏」とある人が中国の方だったことを知る。

2020年11月25日、砂子屋書房、3000円。

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2021年02月07日

『駅へ』新装版刊行!


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長らく品切となっていた私の第1歌集『駅へ』(2001年)が、このたび野兎舎から新装版となって刊行されました。20年ぶりの復刊となります。

フリーターですと答えてしばらくの間相手の反応を見る
抜かれても雲は車を追いかけない雲には雲のやり方がある
悪くない 置き忘れたらそれきりのビニール傘とぼくの関係
それ以上言わない人とそれ以上聞かない僕に静かに雪は
あなたとは遠くの場所を指す言葉ゆうぐれ赤い鳥居を渡る

現在、野兎舎のオンラインストアで販売中です。ぜひ、この機会にお買い求めください。
https://yatosha.stores.jp/items/600d346831862555b743dcdb

また、手持ちの在庫もありますので、メール等でご注文いただくこともできます。よろしくお願いします。

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2021年02月06日

青年団第84回公演「眠れない夜なんてない」

作・演出:平田オリザ
出演:猪俣俊明、羽場睦子、山内健司、能島瑞穂、松田弘子ほか
会場:AI・HALL 伊丹市立演劇ホール

舞台は1998年末のマレーシアの日本人向けリゾートのロビー。コテージタイプの施設に入居・滞在する5組の家族や従業員らの会話を通じて、彼らの過去や人生、そして終わりを迎えようとしている昭和に対する思いが明らかになっていく。

ロビーという場所の性格上、登場する人物が次々と入れ替わり、二人、三人、四人、五人、六人と様々な組み合わせが生まれる。また登場人物も、ロングステイで住んでいる人、施設の見学で滞在している人、仕事で来ている人、入居家族を訪ねて来た人など様々だ。

そのため、会話も当たり障りのない挨拶から、かなり個人的な秘密めいた話まで、実に幅が広い。同じ人物でも相手によって親密になったり、よそよそしい雰囲気になったり、声のトーンにも変化がある。

そのあたりを2時間たっぷりと楽しめる劇であった。オープニングやエンディングにラジカセから流れる当時の流行曲も懐かしかった。


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2021年02月04日

BOOTHでの販売

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BOOTHで歌集・歌書・同人誌の販売を始めました。
割引価格のものもありますので、ご覧ください。

https://masanao-m.booth.pm/

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2021年02月03日

映画「私たちの青春、台湾」

原題:「我們的青春,在台灣」「Our Youth in Taiwan」
監督:傅楡(フー・ユー)
出演:陳為廷(チェン・ウェイティン)、蔡博芸(ツァイ・ボーイー)ほか
2017年、台湾。

2014年に台湾で学生たちが起こした「ひまわり運動」を中心に、運動の参加者が悩み、考え、決断し、行動する姿を描いたドキュメンタリー。取材は2011年から2017年までの長期間にわたって行われている。

最初は数人で始まった小さな運動が、やがて立法院の占拠という大きなうねりとなって台湾社会に大きな影響を与えていく。その過程が克明に描かれてゆく。

また、台湾の学生運動だけでなく、中国本土や香港の学生との交流の場面もあり、台湾・中国・香港の民主化運動の発展に期待する監督の思いが伝わってくる作品だ。

けれども、結末はハッピーエンドではない。高揚感を味わった後の停滞や意見の相違、そしてスキャンダルなどを経て、仲間や集団はまたひとりひとりの個人へと戻っていく。

民主主義とは一体どういうことなのか。国や体制の違いを越えて私たちは相互に理解し合うことができるのか。そうした問題を深く考えさせる良質なドキュメンタリーだ。久しぶりにパンフレットも購入した。

京都みなみ会館、116分。

posted by 松村正直 at 07:47| Comment(0) | 台湾 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月02日

節分

・カルチャーセンターのあるショッピングモールへ行ったら、シャッターが下りて1月に閉店した店が4軒もあった。飲食店だけでなく様々な店が深刻な状態になっている。

・山科川の水面にオレンジの色が見える。何だろうとよく見ると朱色と黒と白の錦鯉であった。あまり水量の多くない川に立派な体格の錦鯉が一匹。どこからやって来たのか。

・節分ということで夕食には恵方巻と鰯を食べ、豆も食べた。今年の恵方は南南東とのこと。食後にウォーキングに出たら風が強くて寒い。でも、明日からはもう春だ。

posted by 松村正直 at 23:45| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年02月01日

大川慎太郎『証言 羽生世代』


1970年生まれの羽生善治を中心とした将棋界の「羽生世代」。16名の棋士へのインタビューを通じて、羽生世代に多くの強豪が集まり長年にわたって活躍を続けた理由に迫っている。

登場するのは、谷川浩司、島朗、森下卓、室岡克彦、藤井猛、先崎学、豊川孝弘、飯塚祐紀、渡辺明、深浦康市、久保利明、佐藤天彦、佐藤康光、郷田真隆、森内俊之、羽生善治。

印象的な発言をいくつか引いておこう。

羽生さんたちは最後の「精神世代」ですよね。いまはほとんど使われなくなった言葉ですけど、「気持ち」や「根性」を彼らは持っていました。(島朗)
昔のように最初から自分で考えて時間を目いっぱい使う将棋って、いまは年に数局しかないですよ。(略)自分のタイトル戦を振り返っても、羽生世代の棋士たちと指していた時のほうがハイレベルだったと思いますね。(渡辺明)
ギリギリの勝負をしたいという気持ちが常にあるからでしょうね。だからタイトル戦も常にフルセットまで行きたいんです。(深浦康市)
そりゃあ羽生、佐藤、森内がいなければもっと勝てたでしょう。でも、そんなことはどうでもいい。そんなので勝ってもしょうがないんです。(郷田真隆)

羽生世代がデビューして30年以上。当初は上の世代との比較で合理性やデジタルな側面が強調されていた彼らだが、今では下の世代との比較も加えて、より客観的な位置づけや評価が可能になっている。

棋士たちの発言は総じてみな謙虚だ。それは「自ら負けを認める将棋のゲーム性」によって培われたものでもあるだろうし、また勝負の世界の厳しさも感じさせるものである。

個人と個人が戦って、勝つか負けるかしかない世界。そこには、どんな言い訳も弁解も存在しない。

2020年12月20日、講談社現代新書、1000円。

posted by 松村正直 at 07:45| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする