2021年01月31日

雑詠(001)

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いつ来ても清掃中のトイレありさほどきれいというにあらねど
レジを打つひとの背後に整然とならぶ煙草は二〇五種類
手作りのサンドイッチを売る店のお兄さん手の柔らかそうな
カーナビの町と町との境目の峠、二軒のラブホテルあり
放置すればそのまま嘘になってゆくだけ鹿の皮うつくしいから
勝敗の決したるのちなお数手すすめてわれは投了したり
泳ぐのをやめたる鴨は日を浴びて丸まっており冬の中州に

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2021年01月30日

池田 渓『東大なんか入らなきゃよかった』


副題は「誰も教えてくれなかった不都合な話」。

東大卒のライターである著者が、自らの経験や取材をもとに卒業生たちのその後の人生を記した本。

「東大うつ」(銀行)、「東大ハード」(官僚)、「東大いじめ」(市役所)、「東大オーバー」(博士課程)、「東大プア」(警備員)などの実例を挙げて、東大卒でも楽ではない(当り前だが)現実を描き出している。

送別会にかぎらず、あらゆる組織の行事は出ていく人ではなくその場に残り続ける人たち、つまり組織のために行われる。
出版に携わる人なら思い知っているが、本というものはびっくりするほど売れない。売れない本は即座に絶版とされ、在庫は再生紙工場行きだ。

最初は軽い気持ちで笑いながら読んでいたのだが、だんだんと笑えなくなってきて、妙に落ち込んでしまった。

2020年9月26日、飛鳥新社、1364円

posted by 松村正直 at 22:06| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月29日

『駅へ』新装版について

 shoei3.jpg


1月発売予定だった『駅へ』新装版ですが、準備が遅れていて、
2月10日頃の発売になる見込みです。
すみませんが、もうしばらくお待ちください。

一般の書店での取り扱いはなく、STORESでの販売と手持ち分の
通販になります。

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2021年01月28日

谷岡亜紀歌集『ひどいどしゃぶり』


514首を収めた第5歌集。1ページ4首組は珍しい。
作者ならではのハードボイルド風な文体と内容。

人も猿も戦い疲れ死ににけり無音の空に昼の月泛(う)く
屋上のオープンカフェに月待てり春のスープに匙を沈めて
深夜また冷たい便器にひざまづき罪の報いのごとく吐きおり
男あり広場の空にステッキを構え鴉とたたかいており
千人の午睡を運ぶ巨大機の三万フィートの春のたそがれ
わが前を全てが過ぎてゆくとして回転寿司の春の飛魚
一瞬ののち天を指し死を告げる審判者(アンパイア)いて白昼なりき
倒産した自動車教習所の日暮れS字クランクに陽の残りおり
水だけを飲みて束の間ほの暗く点す螢のひかりのみどり
大鍋に豚の心臓が煮られいてここから日本までの五千キロ

1首目、映画「猿の惑星」か。釈迢空の有名な一首を踏まえている。
2首目、月の出を待つゆったりとした気分と春の心地よさが伝わる。
3首目、飲み過ぎて嘔吐する場面を神への礼拝のイメージと重ねた。
4首目、「たたかいて」がいい。鴉を追う老人の真面目で滑稽な姿。
5首目、飛行中のジャンボジェット機。もしも墜落したら、と思う。
6首目、レーンを眺めながらもの思いに耽る。「飛魚」が絶妙だ。
7首目、荘厳なイメージの上句だが実は野球の審判のジェスチャー。
8首目、「S字クランク」がいい。教習所でしか使わない言葉だ。
9首目、ホタルの成虫は口が退化して、水を飲むことしかできない。
10首目、クアラルンプールの市場。日本ではないことを実感する。

2020年8月1日、ながらみ書房、2500円。

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2021年01月27日

山梨へ

今日から1泊2日で山梨の母の家へ。

当初は病院受診に付き添う予定だったのだが、現在母は入院中。半月前に屋外で転倒して救急車で運ばれ、骨盤にひびが入っていることがわかり寝たきりの状態だ。

コロナ禍のため家族も面会は出来ないので、今回は病院に必要なものを持って行くのと、介護認定の更新手続きだけをする予定。あと、無人になった自宅の片付けや郵便物のチェックなど。

退院しても自宅での一人暮らしはもう無理だと医師に言われているので、施設への入居を検討しているところ。いつかそうなるのはわかっていたけれど、いよいよという感じだ。

2016年の春に認知症が発覚してから、もうすぐ5年。ご近所の方やケアマネさん、ヘルパーさん、伯母などの助けを借りて、母もよく頑張ってきたなと思う。僕自身はあまり役に立てなかったけれど。

posted by 松村正直 at 07:34| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月26日

牧村健一郎『漱石と鉄道』


漱石と鉄道の関わりを深く掘り下げて考察した一冊。漱石の旅の行程を当時の時刻表をもとにたどり、また漱石作品に出てくる鉄道の描写についても取り上げている。

明治期の鉄道が人々にどのように利用され、日本人の行動や思考をどのように変えていったかが、実によくわかる内容だ。

汽車の車内は、さまざまな階層の人びとが一時的に膝をつき合わせ、会話を交わし、別れていく。同じ時間をつかのま共有し、離れていく。プラットホームでは出会いや別れが繰り返される。こうした光景は、近代になって鉄道が登場するまでは、見られないものだった。
郵便事業や電信と同様、鉄道は中央集権的な国民国家を作り上げる基幹事業であり、国家機構の頂点と末端をつなげる強力なネットワークを形成する。
日清戦争は山陽鉄道広島延伸を待って始まった、ともいえる。兵隊や装備を満載した列車が山陽鉄道のレールを西に走った。

明治期の鉄道が持っていたこうした特徴や意味は、鉄道が当り前に存在する現在では逆に見えにくくなっていると言っていいだろう。

銚子は江戸時代以来、東回り海運と利根川舟運の結節地で、東北と江戸を結ぶ重要な中継地だった。銚子から江戸に行くには、利根川を上り、野田近くから江戸川に入り、江戸に下る。今も続く銚子や野田の醤油業の隆盛は、利根川なくしては語れない。

鉄道の発達はまた日本の物流地図を塗り替えることにもなった。銚子と東京は今ではとても遠い印象を受けるのだが、かつて両者は舟運によって深く結ばれていたのである。

2020年4月25日、朝日新聞社、1700円。

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2021年01月25日

映画「国葬」

監督:セルゲイ・ロズニツァ
オランダ・リトアニア合作

旧ソ連の指導者スターリンの国葬を描いたドキュメンタリー。

1953年3月5日のスターリンの死を報じる場面から始まり、東側諸国の首脳陣の弔問、葬儀、パレード、追悼集会、レーニン廟への安置までが克明に記録されている。

モスクワ周辺の群衆だけでなく遠くウラジオストクや、旧ソ連領のウクライナ、カザフスタン、アゼルバイジャン、リトアニアなど、民族も風土も生活も違う土地に住む多くの「ソ連人」たちが一様に悲しんでいる姿が映し出される。

それは、もともとプロパガンダ用に撮影された大量のフィルムを元に製作されたドキュメンタリーだからなのだが、悲しむ人々の様子に嘘や演技がある感じも受けない。

スターリンの棺が赤いことも印象に残った。赤い棺というものを見たのは初めてだ。パレードに随行する人々も、腕に赤い喪章を付けている。

追悼集会はフルシチョフの司会のもと、マレンコフ、ベリヤ、モロトフの三人が順に演説を行う。この三人がほどなく失脚または処刑になる運命を思うと、何とも複雑な気分にさせられる。

スターリンの個人崇拝や旧ソ連の体制批判をするのは簡単だ。けれども、例えば昭和天皇の大喪の礼もかなりのものだったと思う。

そしてもう一つ。この映画には単なる批判にとどまらない「何か」がある。ある種の美しさや感動が含まれていると言っていい。いや、そこに美しさや感動を覚えてしまう感性が私たちの中にあることに気付かされてしまうのだ。そこに、この映画の本当の怖さがある。

出町座、135分。

posted by 松村正直 at 19:32| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月24日

大口玲子歌集『自由』


現代歌人シリーズ30。
2018年から2020年までの作品408首を収めた第7歌集。

滝壺に女は消えて悲しみし男の一首は地上に残る
食前の祈り英語は短くてきみより長く祈りて食べる
二泊三日を英語キャンプに過ごしたる息子帰りきてしばらく無言
  大阪拘置所面会室3番
面会の椅子は低くて冷たくてアクリル板の汚れが目立つ
「ひさしぶり、誰だつたつけ」と言はれたるわれはふつつかな嫁として立つ
食用と鑑賞用を区切る石 鯉はそれぞれの生を泳げり
冷笑も共感も受け一輪となりて立ちたりフラワーデモに
不登校は悪くないといふ物言ひに悪意はなくて慰めもなし
前世はすずめと言ふ子 キリスト者のお前に前世なんてないのに
背伸びしてパンを差し出す子どもの手うつくしかりき息子に言はず

1首目、「関之尾滝」にまつわる伝説。時代を超えて歌だけが残る。
2首目、同じ祈りの言葉でも英語と日本語では長さが違ってしまう。
3首目、英語漬けの三日間を終えて疲れ切って憮然とした様子。
4首目、死刑判決を受けた容疑者にキリスト者として面会に行く。
5首目、入院中の義母を前に、嫁という立場を意識せざるを得ない。
6首目、鯉は自分の運命を知らない。人間も同じなのかもと思う。
7首目、性暴力の根絶を目指すデモ。「一輪となりて」がいい。
8首目、良いか悪いかという見方自体が既に問題を含んでいるのだ。
9首目、三句以下の強さと冷たさに、信仰を持つ者の厳しさを思う。
10首目、無意識に自分の息子の手と比べてしまったのだろう。

「自由」というタイトルに読む前は戸惑いを覚えたが、歌集にはさまざまな形で「自由」について問い掛ける歌が収められていて、タイトルの必然性を納得させられた。

息子に対する愛情の強さとともに、息苦しさも感じる一冊だった。

2020年12月15日、書肆侃侃房、2400円。

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2021年01月23日

木乃伊の輸入

昨日、ヨーロッパでミイラが医薬品として流通していたという話を書いた。今日、ネットの記事に「木乃伊」(ミイラ)が江戸時代の日本に薬として輸入されていた話が載っている。

https://news.yahoo.co.jp/articles

ミイラ、すごいな。
遠くエジプトから、めぐりめぐって日本まで来ていたのか!

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2021年01月22日

篠田航一『盗まれたエジプト文明』


副題は「ナイル5000年の墓泥棒」。

毎日新聞社のカイロ特派員として3年間エジプトに赴任した著者が、盗掘と略奪(とロマン)に彩られたエジプト史を描いた本。初心者にも一通りの流れがよくわかる内容となっている。

旧約聖書に出てくるヨセフが、農作物の不作に備えて穀物を貯蔵するために作った倉庫がピラミッドである。五世紀頃にはそんな説が唱えられていたという。
古代の王墓にあった副葬品の金銀財宝に加え、中世以降、盛んに略奪されたのは「ミイラ」だった。(中略)身分の貴賤にかかわらず、それがミイラである限りは貴重な医薬品として欧州で高く売れたからだ。
エジプトの考古学者はヒエログリフを勉強しているため、表音文字と表意文字について詳しく、日本人が両方を使うことも知っている。

この本に載ってるのは過去の話だけではない。「いまも暗躍する盗掘者たち」という章もあり、多くの文化財が盗掘されて国外に流出している現状が記されている。ちょうど1月17日の読売新聞にも「コロナ苦境 盗掘に走る」「エジプト 急増2.6倍」という大きな記事が載っていて、現在進行形の話であることをあらためて感じた。

2020年8月20日、文春新書、880円。

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2021年01月21日

房総半島

そう言えば、房総半島には一度も行ったことがない。
千葉市より南には足を踏み入れたことがないと思う。

このところ、読書や調べものをしていて房総半島に関する記述に出会うことが続いている。偶然にしては重なり過ぎていて、運命に近いものを感じる。コロナが落ち着いたら、ぜひ一度訪れてみたい。

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2021年01月20日

映画「男はつらいよ 寅次郎あじさいの恋」

監督:山田洋次
出演:渥美清、倍賞千恵子、いしだあゆみ、柄本明、片岡仁左衛門

1982年公開のシリーズ29作目。

「男はつらいよ」の中で寅さんが最も男女の関係に近づいたとも言われる作品。いしだあゆみが素足で歩く場面が何度かあって、足の動きや表情を捉えているのが印象的だった。

京都の葵祭や鴨川、また鎌倉・江ノ島など、知っている場所がいくつも出てくる。時代によって変わるものと変らないものがあることを、あらためて感じた。

京都みなみ会館、110分。

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2021年01月19日

繁延あづさ『山と獣と肉と皮』


写真家である著者は、2011年の東日本大震災をきっかけに東京から長崎へ引っ越し、夫と3人の子どもと暮らし始めた。近所の猟師から猪や鹿の肉をもらったことで狩猟に興味を持ち、肉食や命について考えるようになっていく。

もうひとつ、強烈な存在感の理由として思い当たることがある。それは、心臓や脚を台所で切り分けるときに、私の体もこうなんだろう≠ニ思わずにはいられないことだ。鹿や猪は哺乳類だから、人間と身体構造が近いのは当然といえば当然。
もう何頭食べたかわからないほど、獣を食べてきた。そもそもスーパーの肉ばかりを食べていたときには、何頭≠ネどと思ったことは一度もなかった。山の獣の命を食べるようになってはじめて、1頭や1匹(=1命)と認識するようになった。

もともと家族の風景として出産や死を撮影してきた著者が、狩猟や肉食、皮革処理などに引き付けられ、やがて「穢れ」や「キヨメ」の問題とも向き合っていく。実体験に裏打ちされた考察は、命の本質に触れていて深い。

2020年10月2日、亜紀書房、1600円。

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2021年01月18日

島田修三歌集『露台亭夜曲』


2013年から2016年までの作品489首を収めた第8歌集。

ゆく春の思はざる寒(かん)ふかき夜をヨブ記は終はりヨブ死ににけり
かの宵の電話にいたく優しかりき然(さ)うか訣れを告げてゐたのか
井戸端に手桶は並びなみなみと湛ふる水のみな暮れてをり
紫陽花のいたく汚れて枯れのこる脇坂歯科の裏木戸あたり
落としどころ考へながらのぼる階を鈴ふるごときこゑのくだり来
鉄瓶も鰹節(かつぶし)削りも擂り鉢もくりやを去つて復た還らざらむ
月かげのあまねく注ぐ芝の上を影濃やかに蟷螂は在り
女房に逃げられましたと暗く告ぐ逃がしてやつたと思ひたまへよ
鶏粥に香るシャンツァイ撒き散らし混ぜくりまはし掻つこむ俺は
静かなる風情に鋪道(みち)ゆく柴犬がダックスフントを無視するところ

1首目、ヨブ記を読んでいる作者。下句の前後関係の逆転が面白い。
2首目、ほどなくして亡くなった相手。後から思えばという後悔。
3首目、「みな暮れて」は当り前のことなのだが、情感のある描写。
4首目、「脇坂歯科」という名前がよく効いている。絵になる光景。
5首目、「落とし」「のぼる」「くだり」と、上下の動きが続く。
6首目、昭和の頃にはどの家庭にもあった物。失われると戻らない。
7首目、「濃やかに」がいい。芝の上にくっきりと影が映っている。
8首目、同じ出来事でも見方を変えただけで随分印象が違ってくる。
9首目、複合動詞三連発に勢いがある。食べる前から美味しそう。
10首目、柴犬の澄ました感じが伝わる。意識はしているのだろう。

空豆の茹(う)であがりたるを啖らひつつ何おもふなくひとときは過ぐ(2013年)
茹でたての空豆にほふ食卓に羽いぢらしき小蠅の飛び来
(2014年)
茹であがり緑にけぶるそらまめを掌(て)にのせ俺はくたびれたる人(2015年)
茹でたてのそら豆のあさき緑色を喰ふ縹渺の世のひと俺は
(2016年)

毎年、茹で立ての空豆の歌が出てくる。きっと好きなのだろう。
季節のものなので毎年その時期になると詠んでいるのだ。

2020年11月10日、角川文化振興財団、2600円。

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2021年01月17日

「Number」1018号

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将棋特集第2弾「藤井聡太と将棋の冒険。」

昨年9月にスポーツ誌「Number」で初めて将棋の特集が組まれた時は驚いた。今回も充実した内容で、インタビューや観戦記を通じてそれぞれの棋士の個性が浮き彫りになっている。写真もいい。

中でも、渡辺明と池谷裕二(脳研究者)の対談が面白かった。誌面に掲載されていないネット公開の部分に事実誤認があって、いろいろと批判も起きているようだけれど、こういうジャンルの違う人同士の対談はやはり刺激的だ。

将棋に限らず、頭脳明晰でありたければ「筋トレしろ、走り込みしろ」という話になってくる。体を動かすとそれだけで脳が活性化しますから。
脳そのものは衰えません。あとは若い人にどう対抗していくかです。ですから、もし若者の新しい方法論についていけるなら、原理的にはトップレベルを維持できるはずなんです。
僕らは「記憶の干渉」と言いますが、似たことをやると脳が混乱するんです。ノートパソコンだったら、座る場所を次々移動した方がいい。その方が学習効果は高くなります。

池谷氏の発言から。信じる信じないはともかく、どれもふだんの生活に取り入れられる話だ。

2021年1月21日号(1月7日発売)、640円。

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2021年01月16日

原 武史『「線」の思考』


副題は「鉄道と宗教と天皇と」。

点でも面でもなく鉄道という「線」をたどりつつ、土地の歴史や人々の動きをじっくりと考察した8篇の論考を収めている。初出は「小説新潮」2018年から2020年発表。

著者の趣味である鉄道と専攻の政治思想史が融合した内容と言っていいだろう。特に皇室とキリスト教の関わりの深さが印象的だった。

明治から敗戦まで全国各地に配置された陸軍の部隊である師団の存在が、一九六〇年代までの炭鉱同様、地方都市の繁栄を維持していた面があることもまた確かだ。言い換えれば、戦後に師団が消えたことが、地方の衰退を招く一因となったのである。
日蓮が生きていた当時、現在の東京のあたりは、まだ湾が複雑に入り組む湿地帯だった。むしろ、浦賀水道を介して鎌倉とつながる安房のほうが、行き来がしやすく、政治の中心に近かったのである。
明治以降の皇室は皇室典範により男系の男子による皇位継承が定められた。(・・・)一方、天照皇大神宮教では女系の女子のによる教主の継承が続いている。
九州北部には、神功皇后を聖母としてまつる信仰が少なくとも中世からあった。だからこそ、近世になって聖母マリアを崇敬するカトリックをすんなりと受容し、弾圧されてもなお聖母信仰だけは捨てなかったのではなかろうか。

なるほど、どれもハッとさせられる指摘ばかりだ。他にも、千葉県には「四一〇メートル以上の山がなく、全都道府県のなかで最も地形がなだらか」であることなど、学ぶことが多い一冊だった。

2020年10月15日、新潮社、1800円。

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2021年01月15日

永田淳歌集『竜骨(キール)もて』

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2007年から2014年までの作品499首を収めた第3歌集。

ヒオウギの咲ける傍えに週に二度黄のゴミ袋四、五個の並ぶ
暁近く岩倉川の砂州の上を鹿の四頭渡りゆく見ゆ
死の後に死の影とうはなくなりぬ実家の庭に転がる青柿
秋の陽の傾きながら差す湖に櫂とふたりの魚釣る時間
着物の中は鶏がらだ 会場に誰か言いにき母の立てるを
杉原でなく恂{がとう空想の許されてあり薄き珈琲
一日の娘の視力を補いて後(のち)に眼鏡は机上に置かる
灯を点すごとくにゲラに朱を入れつ沫雪の降る午の窓辺に
悔いのなき人生などはつまらなし中二数学を子に教えつつ
我が知らぬ佳きこと数多あるらしくいいねいいねの念仏続く

1首目、週2回の燃えるゴミの日。ヒオウギとの取り合わせがいい。
2首目、とても美しい光景。映像を見ているような静謐さを感じる。
3首目、「死の影」という言葉は、確かに生者に対して使うものだ。
4首目、父と息子だけの時間。「櫂」という名前がよく効いている。
5首目、人間とはこんなひどい言葉も言ってしまえる存在なのだ。
6首目、もし恂{邦雄が夭折していたら短歌史はどうなっていたか。
7首目、一日の仕事を終えて、眼鏡もゆっくりと休んでいるみたい。
8首目、ところどころに赤い色が灯る。目がちらちらする感じ。
9首目、悔いのない人生なんて、ほんとうにあるのだろうかと思う。
10首目、「念仏」が強烈だ。SNS上の「いいね」に対する皮肉。

2020年7月1日、砂子屋書房、3000円。

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2021年01月14日

吉村昭『鯨の絵巻』


動物と関わって暮らす人々を描いた作品5篇を収めた短編集。

太地町の捕鯨の刃刺、鯉の養殖家、ヤマガラの飼育家、奄美のハブ捕り、牛蛙の漁り子と、かなり珍しい仕事をする男たちが主人公である。それぞれに抱えている孤独感や、生き物と向き合う時の緊張感などが印象に残る。

鯨は、セミ鯨、マッコウ鯨をのぞいて死亡すると海底に沈み、引揚げることは不可能になる。それを防止するために、鯨の死の寸前にその鼻の下をくりぬいて、あたかも牛の鼻に環を通すように綱を通す。

古式捕鯨のクライマックスとも言うべき「鼻切り」の場面。圧倒的な迫力だ。

1990年11月25日、新潮文庫、360円。

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2021年01月13日

ご報告

 既に「塔」1月号で発表になっております通り、2020年末をもって塔短歌会を退会いたしました。1997年12月に入会して以来、23年間お世話になり、感謝の気持ちでいっぱいです。まだまだ結社で果たすべき役割があるにもかかわらず、今回はわがままを聞き入れていただきました。

 もともと河野裕子さんに誘われて入った「塔」でしたので、2010年に河野さんが亡くなって以降、漠然といつかは退会することを考えておりました。ただ、編集長の任期中に辞めるわけにもいかず、また「塔」に対する愛着も止みがたく、一年また一年と先延ばしを続けてまいりました。

 昨年で私も50歳となり、人生の残り時間について考えることが多くなりました。これからの歌人として身の振り方を熟慮した末、思い切って退会の決断をした次第です。今後は「塔」を離れてフリーの立場で、今まで以上に真剣に、精力的に短歌に取り組んでいきたいと思います。

 「塔」の皆様には、これまで大変お世話になりました。お一人お一人に直接お会いしてお礼を申し上げたいところですが、そうもいきません。心苦しい限りですが、ご理解いただけましたら幸いです。塔短歌会のさらなる発展と皆様のご健詠を祈っております。

 またいつか、どこかでお会いしましょう!

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2021年01月12日

映画「相撲道―サムライを継ぐ者たち―」

監督・製作総指揮:坂田栄治
プロデューサー:下條有紀、林 貴恵

2018年12月から2019年6月までの約半年間、大相撲の境川部屋と高田川部屋に密着取材して描いた力士のドキュメンタリー。上質な内容で、とても良かった。

登場する主な力士は、境川部屋の豪栄道、妙義龍、佐田の海、高田川部屋の竜電、輝。インタビューなどを通じて、それぞれの力士の個性や考え方が見えてくるのが面白い。

猛稽古で鳴らした高田川親方(元関脇・安芸乃島)の「稽古したから強くなるわけじゃない」という言葉にハッとさせられた。普通なら「稽古すれば強くなる」と言うところだろう。続く「強いやつは強いんですよ。でも人間って心が弱いでしょ。そこを支えるのは稽古しかない」という話に納得。

そう言えば、先日読んだ池田はるみさんの歌集『亀さんゐない』にも、「相撲道」の出てくる歌があった。

氷壁のやうな日本の相撲道モンゴルのひと白鵬に課す

これ以外にも相撲の歌が多く、「阿炎」「豊真将」「稀勢の里」「日馬富士」「白鵬」「栃錦」「高安」「朝乃山」「勝武士」「炎鵬」「徳勝龍」などが登場する。

いつか両国国技館に相撲を観に行きたいな。

京都シネマ、104分。

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2021年01月11日

池田はるみ歌集『亀さんゐない』


2015年から2020年までの作品を収めた第7歌集。

足あとがつくほど降つて 足跡を消すほど降つて まだ雪止まぬ
まだ青い老人われはつもりたるおち葉のうへをしづかにあゆむ
乗り込めばかすかに水の匂ひせり 今朝地下鉄に秋が届きぬ
ああわれも独り言いふこのごろは人の気持ちが分からないから
肩、腰をほぐされゆけばつぎつぎと城が落ちたといふ感じせり
高齢にあらぬエネルギー発したる草間彌生をわれは愛さず
「日本出身横綱」などと造語され国を負はさる稀勢の里はも
洋服の古きをならべ売つてゐるメルカリとちがひ現物にして
一歳の食欲盛ん 手づかみでひとりで食べるうどんが美味い
たかだかと呼び出しのこゑ伸びてゆく畑のやうな体育館に

1首目、雪の積もっていく様子を足跡の描写でうまく表現している。
2首目、まだ初心者の老人という感じ。滑らないように慎重に歩く。
3首目、地上と違って季節感が見えにくいが、匂いで秋を感じる。
4首目、独り言が増える理由を自分なりに分析しているのが印象的。
5首目、身体のこわばりがほぐれるのを城の陥落に喩えたのが独特。
6首目、「われは愛さず」がいい。世間的な風潮には同調しない。
7首目、モンゴル出身横綱に対する言い方。国籍など関係ないのに。
8首目、門前仲町の縁日の歌。中古品を売っている点では同じだが。
9首目、見るだけで美味しさが伝わる食べ方だ。大人にはできない。
10首目、大相撲の無観客開催の様子。無人の客席が段々畑みたい。

2020年9月3日、短歌研究社、3000円。

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2021年01月10日

服部文祥『サバイバル家族』


食糧を現地調達する「サバイバル登山」で知られる著者のエッセイ集。結婚して三人の子が産まれ、犬や猫や鶏を飼う生活が綴られる。

随所に記されている人生哲学には共感する部分が多い。

何かをするには、別の何かは犠牲になる。自分の選んだ道が自分にとって最良なのか、比較的良いのか、ぼちぼちなのかを、別の人生と比べることはできない。
私の信条は「なにも経験しない平坦な人生より、良いことでも悪いことでも色々経験したほうがいい」である。

車も携帯電話も持たず、エアコンの設置にも頑なに反対する。さらには、こんな宣言までしてしまう。

「俺は今後できるだけ庭でウンコすることにする」
全家族(妻、長男、次男、長女)が夕食に集まったときに宣言した。子どもたちはしばし動きを止めた程度の反応しかしなかった。

いやはや、これはとても真似できない。
服部家では採卵目的で鶏を飼育し、人工孵卵器を使って雛も育てている。生れたばかりの雛は、まだオスとメスの区別がつかない。

オスのニワトリは成鶏になると「時の声」を上げるようになる。日本語でコケコッコーというやつだ。最初はまだへたくそで、ココッコーなどと言っているが、これが聞こえたら、週末にはもうトリ鍋にするしかない。若オンドリにとって「時の声」は自分への死刑宣告である。

卵を産まず、鳴き声を立てるだけのオスには、殺される運命が待っているのだ。

2020年9月25日、中央公論新社、1650円。


posted by 松村正直 at 11:06| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月09日

映画「続・男はつらいよ」

監督:山田洋次
脚本:山田洋次、小林俊一、宮崎晃
出演:渥美清、倍賞千恵子、佐藤オリエ、山ア努、前田吟、東野英治郎、ミヤコ蝶々、笠智衆ほか

1969年11月公開のシリーズ2作目。清水寺、嵐山、三条大橋など、京都でロケが行われている。寅さんと生みの母の再会をめぐるドラマなど、見どころが多い。

寅さんの泣くシーンが多いことにも驚く。また、前作で結婚したさくらに産まれた子(満男)の顔が寅さんに似ているという話もあって、後に満男が寅さんに懐くようになる伏線が、既に張られている。

京都みなみ会館、93分。

posted by 松村正直 at 08:15| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月08日

『オナカシロコ』の続き

エッセイの部分から2つ。

私が初めて観たテレビは「文明堂のコマーシャル」だったと母が言っていた。クマのぬいぐるみがラインダンスを踊る、あのCMだ。

懐かしい。「カステラ一番、電話は二番、三時のおやつは文明堂〜」というテーマソングが頭に流れる。もっとも、これは関東で流れたCMなので、「あのCM」と言われても、全国の人が知っているわけではない。関西に来てこのCMの話をしたらみんな知らないので驚いた。反対に、例えば「パルナス、パルナス、モスクワの味〜」と言われても僕にはわからない。けっこう地域差がある。

来年の春といえば、ぜひガラケーをスマホに替えたい。スマホを持っていないばかりに損をしてしまうことが増えて来た。

令和の世にガラケーを使っている人は(僕も含めて)絶滅危惧種なので、「おお、ここにも仲間が!」と嬉しくなる。ただ、この歌集の「来年」とは2020年のことなので、もうスマホを買ってしまったかもしれないな。

posted by 松村正直 at 07:08| Comment(2) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月07日

藤島秀憲歌集『オナカシロコ』

著者 : 藤島秀憲
ふらんす堂
発売日 : 2020-10-30

2019年1月1日から12月31日まで、ふらんす堂のホームページに連載された短歌日記(短歌+エッセイ)をまとめた第4歌集。エッセイも面白いのだが、とりあえず引用は歌だけで。

生簀(いけす)には馬面剝(うまづらはぎ)の二匹おり低カロリーの白身がおよぐ
仏壇に先を譲りてふたたびをエレベーターの待ち人となる
どんぶりをはみ出す海老の尻尾たち昼に混み合う店を行き来す
充血は充実ならず夜を明かし鏡にうつすひだりのまなこ
引用の歌を怪しみ書庫へ行く明治三十一年へ行く
さるすべりの百日間がはじまりぬ選挙のあとの町のそこここ
対岸のアマゾンの倉庫に窓見えず窓の見えねば働くひと見えず
かたゆでの玉子となりて満員の車両に秋のわたしが傾(かし)ぐ
いずこよりA氏は来るや駅前に落ち葉つもれば落ち葉を消しに
あっけない死ほど疑い深き死と刑事が写しし寝間居間わたし

1首目、まだ生きている魚を「低カロリーの白身」として見る視線。
2首目、エレベーターで運ばれる仏壇。死の順番を譲ったみたいだ。
3首目、大きな海老の載る天丼が名物のお店なのだろう。
4首目、「充血」と「充実」は確かに違う。徹夜明けの疲労が濃い。
5首目、明治31年刊行の歌集の歌。ちょっとしたタイムトラベル。
6首目、さるすべりは「百日紅」。夏から秋にかけて長く花が咲く。
7首目、倉庫の窓という具体を通じて、巨大物流企業の怖さを描く。
8首目、「かたゆでの玉子」がいい。身体や意識がこわばる感じ。
9首目、知らない誰かが、いつも落ち葉の掃除をしてくれている。
10首目、自宅で父が亡くなった時の回想。不審死として扱われる。

2020年10月19日、ふらんす堂、2000円。

posted by 松村正直 at 08:30| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月06日

宮崎郁雨『函館の砂』


副題は「啄木の歌と私と」。

石川啄木の函館時代の友人で、多額の資金援助をし、また啄木の妻の妹と結婚するなど、深い関わりを持った宮崎郁雨。この本は、彼が晩年の75歳の時に出版した回想録である。

啄木との関係においては常に受身な印象が強い宮崎だが、啄木のすべてを受け入れていたわけではなかった。とても真面目な性格だったようで、啄木の女性関係や借金問題に対して厳しい批判も書いている。

後年の彼の恋愛観の変貌と一部の行状に就ては、或はこれを彼の人間的成長と見、思想的伸展とする見解も当然成立つだろうが、私は彼の境遇と心情の如何に拘わらず必ずしも同情的な好意は持てない。
次々と借金を重ねて行った彼の無反省的行動の裏には、実際には必須の事情が伏在したのだけれども、こうした彼の処世概念と、寺育ちという特殊な生態の生んだ自助心の稀薄とが大きく影響して居たのではあるまいか。

その一方で、「性情の対蹠的な私は、自身には到底持ち又は行い得ない不縛奔放の彼の思度や行為の持つ不思議な魅力に引かれて」という記述もある。啄木に対する愛憎半ばする思いが滲みつつも、全体として深い理解と愛情を感じる一冊だと思う。

1960年11月5日、東峰書院、380円。


posted by 松村正直 at 17:39| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月05日

初夢

A「『樺太を訪れた歌人たち』って、実は全5部作らしいよ」
B「えっ?本当に?」
A「うん。『台湾を〜』『朝鮮を〜』『満洲を〜』『南洋群島/千島を〜』と続くんだとか」
B「壮大な計画だな!」
A「その前に死んじゃうと思うけど」

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2021年01月04日

永井祐歌集『広い世界と2や8や7』


287首を収めた第2歌集。
(だから「2や8や7」なのか?)

よれよれにジャケットがなるジャケットでジャケットでしないことをするから
一人カラオケ わたしはなぜかしたくなく君はときどきやっていること
待てばくる電車を並んで待っている かつおだしの匂いをかぎながら
公園のトイレに夜の皺が寄る わたしが着てる薄過ぎるシャツ
マスカットは秋の食べ物 秋になると色んなものの上にのるから
冬の街あるいてゆけば増強された筋肉みたいなダウンジャケット
パリなんてベタだと思う 君がいて靴の色まで夕方になる
公園の入り口にある桜の木 黒いダウンの子供も見てた
ファミレスが得意なのはハンバーグとパフェ わたしにも聞こえる虫の声
とうめいな袋の中でポッキーがきれいに横に並んでいるよ

1首目、「ジャケット」3回の繰り返しと言葉の大胆な省略が巧み。
4首目、「夜の皺」が印象的。皴からシャツへという流れも自然だ。
5首目、マスカット自体ではなくケーキやパフェに載るマスカット。
6首目、ダウンジャケットのもこもこしている感じが目に浮かぶ。
9首目、豊富なメニューの中にも、得意分野と不得意分野がある。

「コンビニ」「携帯」「iPhone」「TSUTAYA」「コーヒー」「エアコン」「シャツ」の歌が多い。カタカナが多い。算用数字が多い。一字空けが多い。

2020年12月8日、左右社、1600円。


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2021年01月03日

小林真代歌集『Turf』(その2)

続いて後半から。

骨になりこの地に残るといふことのしづけさにけふの日が差してゐる
夜が先か雪が先かと思ひつつカーテンを閉ぢ灯りを点す
ふるさとをきつと頼りにしてほしい 皮剝けばなほ白き大根
昼に食ふはずが夜食ふサラダうどん嗚呼昼の味がすると思へり
あかりひとつ消せば隣の部屋の声くきやかになるホテル東洋
脚立返しに来ましたと呼ぶ塗装屋の声が足場の底から聞こゆ
産みし子が遠くの街ではたちになる今日をたのしむビール冷やして
足尾銅山鉱毒事件をおほふ泥 除染といふ語新しからず
用水路でザリガニ獲つてよろこんで弟はまだ姉のものなりき
自分のことばかりしてゐし一日の日記書くときひとをおもひぬ

1首目、死後の自分の骨に日が差しているような寂しさと安らぎだ。
2首目、上句の言い回しが独特。夕暮れに雪が降り出しそうな気配。
3首目、進学を機に離れる子にも、いつか故郷が心の拠り所になる。
4首目、昼食べても夜食べても同じサラダうどんだが、何か違う。
5首目、寝ようと思って灯りを消すと、隣の部屋の音が気になる。
6首目、「足場の底から」がいい。作業現場の空間が感じられる。
7首目、息子に対する祝いであると同時に、自分への祝いでもある。
8首目、「除染」が新語ではなかった驚き。歴史は繰り返される。
9首目、子どもの頃の思い出。「姉のものなりき」の断定がいい。
10首目、自分のことだけでは心は満たされないのかもしれない。

2020年9月26日、青磁社、2500円。

posted by 松村正直 at 10:01| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月02日

小林真代歌集『Turf』(その1)

2009年から2019年までの作品を収めた第1歌集。

作者は福島県いわき市在住。震災や原発事故の影響や内装工事の現場の歌を中心に、印象に残る歌がとても多い。まずは前半から。

本物のサーカスを見た記憶なくシャガール展へ馬を見にゆく
運転免許証優良講習に集ひけるけふの人みな冬生まれ
震度6に怯えて逃げし石田さんの犬いまどこをにげてゐるのか
トンネルを数へつつゆく海岸線途中から海を数へてしまふ
弟によく似た嬰児抱きつつ弟こんなにかはいかつたか
つばくらめ村人よりも先に来て仮設住宅に巣をつくりをり
どんな検査だつたか問へば舌打ちしフツー。フツーの内部被ばく測定
除染なら三十年は仕事がある。食ひつぱぐれない。やらないか、除染。
ひとつづつテトラポッドを吊り上げて重機は雲ののろさで動く
女性用作業ズボンの臀部にある丸みと裏地が女性用なり

1首目、生まれ育った家庭環境。シャガール展へという流れが良い。
2首目、誕生日の前後一か月が更新期間。「みな冬生まれ」なのだ。
3首目、パニックになって逃げ出し犬。今も逃げ続けているのか。
4首目、トンネルの中の時間が長くて、時々海が見える感じなのだ。
5首目、甥のことだと読んだ。下句がやや失礼な内容ながら率直。
6首目、震災や原発事故などの背景を何も知らない燕の明るさ。
7首目、何にでも「フツー」と答える子。普通のことではないのに。
8首目、放射能汚染の除染作業が安定した仕事の口になる現実。
9首目、「雲ののろさ」が印象的。海岸や空の風景が見えてくる。
10首目、男性が多い現場で自分が女性であることを意識する瞬間。

2020年9月26日、青磁社、2500円。


posted by 松村正直 at 10:56| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月01日

謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。

2021年の目標は

・「啄木ごっこ」をひたすら書く。
・3月で朝日新聞の短歌時評が終わるので、これまで書いてきた
 時評関係の文章を何らかの形でまとめる。
・「パンの耳」第4号を出す。
・母の家にひと月に一度は行く。
・父にも会う。
・作品や評論を発表する場を設ける。

といったところでしょうか。
今年もよろしくお願いします。

posted by 松村正直 at 08:05| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする