2020年11月30日

体調

しばらく体調を崩していたが、ほぼ回復。
今年も残り1か月か。

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2020年11月27日

「塔」2020年11月号(その3)

膝の痛み十段階の何番目?十段目ってどんな痛み 医師(せんせい)
                   山田精子

病院などで痛みの程度を尋ねられることがよくあるが、返事が難しい。十段階と言われても、その最大値がわかっているわけではない。

左肘でねじ伏せながらA3の図面コピーす月曜の午後
                   神山倶生

製本された図面なのだろう。A3は通常のコピー機では最大のサイズなので、左肘を使って画面に押し付けるようにしてコピーするのだ。

お互いの職場の愚痴を言い合って聞き合う隣の席 混ざりたい
                   田宮智美

展開の面白い歌。最初は自分たちの話かと思って読んでいくと、実は隣の席の話。しかも、嫌がっているのではなく仲間に入りたいのだ。

サボテンが親ならその子もサボテンであたまの先に頼りない棘
                   竹垣なほ志

まだ育ち始めたばかりのサボテンの苗。棘も生えたばかりで、柔らかいのだろう。それでも一丁前にサボテンらしさを醸し出している。

潮風の木かげに両脚投げ出してばーばと孫は蛸つぼを洗ふ
                   中村浩一郎

使い終った蛸壺を海辺で洗っている祖母と孫。「両脚投げ出して」という描写が良く、場面が目に浮かぶ。のどかな時間が流れている。

たいやきのはらわたなりしカスタード右手に受けて笑ってしまう
                   星亜衣子

カスタード入りのたい焼きにかぶりついたら、中身がドバっと溢れて、慌てて手で受けたのだ。「はらわたなりし」にユーモアがある。


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2020年11月26日

「塔」2020年11月号(その2)

幻の大間鉄道中止となり昭和十八年のままのアーチ橋
                   星野綾香

下北半島の大間町へ伸びる予定だった鉄道路線。使われることなく終ったアーチ橋は、戦時中のままで時間が止まってしまったみたいだ。

「明子さんがいいと言ふから安心や」あんなにあつさりホームに入りて
                   広瀬明子

義母を施設に入れた時のこと。安心して全面的に頼りにしている言葉を聴き、かえって騙しているような切ない気分になったのだろう。

わたくしとルビをふるとき私の上下に空いた隙間が白い
                   竹内 亮

漢字1字に対してルビ2文字までは問題ないが、それ以上だと漢字の上下が空いてしまう。「わたくし」は4文字なので、空白が目立つ。

ドアミラーの中に消えゆく姫女菀渋滞が少し短すぎるよ
                   鈴木健示

道端に咲くヒメジョオンを、車のミラーの中にぼんやりと眺めている。もっと見ていたかったのに、車列が早くも動き始めてしまった。

IHの薄さばかりを繰り返す母に教える湯の沸かし方
                   中井スピカ

認知機能が衰えつつある母なのだろう。ガスレンジは危ないのでIHに替えたのだが、使い方をなかなか理解してもらえないもどかしさ。

親戚の爺さん婆さん元気なりみんな飛沫をとばして喋る
                   逢坂みずき

マスクして飛沫を飛ばさないことが求められる世の中で、そんなことは意に介してないお年寄り。その大らかさに何だか励まされもする。


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2020年11月25日

「塔」2020年11月号(その1)

引きながら断つ刃物なり若鶏のうすくれなゐの胸のふくらみ
                   梶原さい子

鶏肉を調理している場面だが、「うすくれなゐ」「ふくらみ」という言葉があることで、まるで生きているような生々しさが生まれる。

石仏に生まれ変わりて一日をお供え物で暮らすのも良し
                   紺屋四郎

発想が何とも言えずおもしろい。大量にお供えがあるわけではないが、全く放置されているわけでもない。その加減がちょうどいい。

マスクをつけたままご参列いただけます 遺影のみマスクなしで笑顔で
                   小林真代

葬儀の場面でも今やマスクが欠かせないのだろう。マスクする参列者の中にあって、マスクしてない故人の遺影に着目したのが印象的だ。

右だけを陽にさらしつつ永遠にうなずく春の御地蔵様は
                   吉岡昌俊

彫られた時の顔のまま、据えられた時の向きのまま、地蔵は立っている。東向きに立っているので顔の右半分だけが陽を受けているのだ。

物解りよき娘として応対す実家の電話に出る夏の居間
                   芦田美香

帰省した実家で電話に出た場面。「母がいつもお世話になって…」といったやり取りか。ふだんは決して「物解りのよき娘」ではない。

どこからか連れてこられたと母は言ふ鍾乳洞のやうな眼をして
                   一宮奈生

認知機能が衰えた母と話をしているところ。「鍾乳洞のやうな」という比喩が胸にささる。母が少しずつ離れていってしまうような不安。


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2020年11月24日

セミナー「稚内からサハリンを語る」

UBRJ(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター境界研究ユニット)・実社会共創セミナー「稚内からサハリンを語る」(ZOOMウェビナー開催)を視聴した。

報告者 三谷 将(稚内市サハリン事務所長)
    斎藤譲一(稚内市教育委員会・学芸員)
進行役 岩下明裕(スラブ・ユーラシア研究センター)

三谷さんは通常はサハリンで仕事をしているのだが、コロナ禍のため3月に日本に帰国して以来、まだ現地に戻れていないとのこと。新型コロナの流行は国際交流にも大きな影響を及ぼしている。

稚内―コルサコフの定期航路は2018年を最後に途絶えている。これは日本とサハリンの人の往来が船から飛行機にシフトしているのも一つの原因らしい。そこには団体旅行から個人旅行へという旅のスタイルの変化も関わっている。

飛行機であれば成田空港や新千歳空港から直接ユジノサハリンスクへ行くことになり、稚内は素通りされてしまう。とりあえずは農産物を中心とした貨物の輸送に活路を見出したいようであったが、なかなか現状は厳しそうだ。

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2020年11月22日

日野原健司編『北斎 富嶽三十六景』


葛飾北斎の浮世絵版画シリーズ「富嶽三十六景」全46点をカラーで見開きに収め、それぞれ2ページの説明を付している。巻末には23ページにわたる解説があり、北斎の人となりや富嶽三十六景の成り立ちや特徴などがよくわかる。

編者が繰り返し書いているのは、北斎の絵が見たままの風景ではないということだ。

北斎の念頭にあったのは、実際の景色を描写することではなく、波と富士山を対比させる構図の面白さだったのであろう。(神奈川沖浪裏)
巨大な松と富士山との対比の面白さを演出するため、実際に目に見える風景よりも画面構成を優先しているのである。(青山円座松)
実際の風景をそのまま描くよりも、もっともらしい風景を自由に組み合わせてしまう北斎の自由な作画姿勢が認められるだろう。(甲州三嶌越)

それと、もう一つ。定番の描き方をしないということ。

定番の表現を好まない、天邪鬼な北斎の性格がよく表されていると言えよう。(下目黒)
日本橋と言えば、人々の雑踏を描くのが常識という中、あえてその定番を逸脱しようとしているのである。(江戸日本橋)
ありきたりな描写を好まない、北斎の作画姿勢がここでも反映されていると言えよう。(従千住花街眺望ノ不二)

こうした話は絵画に限らず、どんな表現にとって大切な点だと思う。

あと、面白かったのは、字の間違いがけっこうあること。これは今回初めて知った。

鰍沢を石斑沢と書こうとしたところ、誤って石班沢としてしまったのであろう。(甲州石班沢)
題名は「相州梅沢左」とあるが、「左」がどのような意味をもつかは判然としない。文字の形から考えて、「梅沢庄」あるいは「梅沢在」を誤って彫ってしまったと考えられている。(相州梅沢左)
題名が「雪ノ且」とあるが、「且」では意味が分からない。おそらく「雪ノ旦」とすべきところを誤ったのであろう。(礫川雪ノ且)

へえ、そんなことがあるんだ。
何とものどかな話だな。

2019年1月16日、岩波文庫、1000円。


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2020年11月19日

那智(その2)

熊野那智大社のすぐ隣にあるのが青岸渡寺(せいがんとじ)。


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境内からは美しい那智の滝と三重塔が見渡せる。


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佐藤佐太郎の歌碑。
「冬山の青岸渡寺の庭にいでて風にかたむく那智の滝みゆ」

『形影』所収の昭和43年の作品。今回現地に足を運んでよくわかったのだけど、那智の滝(の下半分くらい)は実際にまっすぐ落ちる時と斜めになる時がある。もともと逆Yの字状に広がっているのだが、風によって片方だけに流れることがあるのだ。

ちなみに、朱色の三重塔は昭和47年の再建なので、佐太郎が訪れた時にはまだ建っていなかったはず。


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三重塔の三階から眺めた那智の滝。
参拝料300円で中に入ることができる。


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上田三四二の歌碑。
「瀧の水は空のくぼみにあらはれて空ひきおろしざまに落下す」

『遊行』の一首。最初に左下の「三四二」の部分が見えて、万葉集の歌番号かと思ってしまった。

三重塔の近くに立つ歌碑だが、このあたりからでは「空のくぼみに」という感じではない。滝口は緑の樹木に囲まれていて、空とはつながっていない。


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滝壺近くの飛瀧神社(ひろうじんじゃ)から見た那智の滝。
ここまで来ると「空のくぼみに」という感じになる。


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お滝拝所舞台参入料300円を払って、さらに近くへ。
かなり大きな音も響いてきて、ずっと見ていても飽きない。


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2020年11月18日

那智(その1)

太地町へ行ったついでに那智にも足を延ばした。こちらも初めて。
太地から那智へはJR紀勢線で4駅、12分という近さである。


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まずは熊野那智大社へ。

山のふもとは人が少なかったが、バスで山を登って境内に来ると大勢の観光客で賑わっている。


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樟霊社(しょうれいしゃ)。
平重盛が植えたと伝えられる樹齢約850年の大きなクスノキ。


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胎内くぐり、300円。

太い幹の空洞部分に入って別の穴から出られるようになっている。あちこちの寺社で胎内くぐりはしたことがあるが、樹洞を抜けるのは初めて。


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こちらがが出口。

樹洞の中に梯子があって、地下から入って2階から出るような感じ。これは楽しい!おススメ!


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2020年11月17日

森まゆみ『本とあるく旅』


本と旅についてのエッセイ集。

京都に行くなら京都の本を、沖縄に行くなら沖縄の本を、現地で読むとすっと身体に入る。でもミスマッチも時々はいい。持っていった本などそっちのけで、フランスのルマンで『コンビニ人間』を読んだり、(・・・)

本と旅は相性がいい。どちらも日常を離れた移動の時間だ。本に関する旅もあれば、旅に関する本もある。本と旅は深くつながっている。

25年にわたって雑誌「谷中・根津・千駄木」の編集人を務めてきた著者は、実に多くの引き出しを持っている。そこから様々な知識や体験を自在に取り出して、次々と結び付けていく。その手腕が何とも鮮やかだ。

私は高校の国語で習った『こころ』が好きじゃない。
こういう自己中心の男と付き合うと女は不幸になる。小奴もさんざん啄木に貢がされた。
その後に読んだ『眠れる美女』そして京都を美化した『古都』や『美しさと哀しみと』は好きになれなかった。

著者のもの言いは率直で、男性作家に対して時に厳しい。

2020年8月28日、産業編集センター、1100円。


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2020年11月15日

三枝浩樹歌集『黄昏(クレプスキュール)』

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2009年から2015年までの作品440首を収めた第7歌集。
信仰について、山梨について、生死についての歌が多い。

蠅ほどのちいさな蜂を遊ばせてはくちょうそうが微かにゆれる
立て板に水、おしゃべりな人あれど和巳は多く語らざりけり
電話にて声のみ知りて親しめる雪の横手の友の明るさ
キリシタン大名有馬晴信の流謫(るたく)され斬首(ざんしゅ)され眠れるところ
特急通過を待つ間のありてひなびたるホームに仰ぐ山の近しさ
連れ合いは欠けてはならぬ人のこと五風十雨の日々がすぎゆく
ろうそくに移さんとしてマッチする五秒がほどのみじかき焰
死はいずれ人を分かてど今日の日の餐(さん)に与る灯の下に寄る
軒下に立てかけてある竹箒 生前死後という時間あり
香りにもほのかなさくら色あらん白湯に浮かべるはなびら二つ

1首目、繊細な描写。漢字で書くと「白鳥草」ではなく「白蝶草」。
2首目、早稲田祭の講演の後の懇親会での高橋和巳の姿。
3首目、声だけを知る間柄。横手市はかまくらで有名なところ。
4首目、肥前の藩主だった有馬晴信は、遠く山梨で死んでいる。
5首目、何でもない場面だが、のどかな気分がよく出ている。
6首目、「五風十雨」は天気が順調で世の中が安泰なこと。
7首目、夭折した立原道造をしのぶ歌。短く燃え尽きた命。
8首目、「死が二人を分かつまで」という結婚式の言葉を思う。
9首目、飯田龍太の居宅「山廬」を訪れた際の歌。主のいない家。
10首目、香りに色があるという発想が美しい。

「身延線常永駅」と題する一連5首がある。ここは山梨大学医学部附属病院の最寄り駅。母が入院していた時に使った駅なので懐かしい。

2020年7月20日、現代短歌社、2600円。


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2020年11月14日

橋本陽介『「文」とは何か』


副題は「愉しい日本語文法のはなし」。

学校文法の話から始めて、新しい言語学の知見を随所に織り交ぜながら、文法の面白さや奥深さについて記した本。体系的に記述されているわけではないが、非常に教えられるところの多い一冊であった。

学校の文法とは、古文(文語)を理解するために超実用的に作られているものであって、それは今でも変わっていない。
「いま、ここ」にあることは、言語以外でも表すことができる。指でさすこともできるし、「フエエ」と叫び声を上げて注意を向けることもできる。だが、「いま、ここ」にないことまで表現できてしまうのが言葉のすごいところだ。この機能のおかげで、嘘八百もつけるし、様々な物語を創作できる。
言語化されていないものは省略されているのではない。最初からないのだ。
言語の使用において、意味上の主語のデフォルトは自分自身、つまり一人称である。話し手から見て、自分自身は見えないから言語化されない。
引用部分では、「一度その行為が起こった」ことを表す文脈でも、タ形ではなく、ル形が使用されている。タ形は現実の時間軸にその出来事を位置づけるので、現実的になるが、ル形が使用されることによって全体として非現実的な印象になっている。

著者の語り口はいつも歯切れが良い。もっと、いろいろ読んでみたいと思わせてくれる。

2020年8月30日、光文社新書、840円。


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2020年11月12日

山梨から帰宅

今回は初めて、京都〜甲府の夜行バスを使った。
朝6:52、甲府駅着。


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とりあえず、武田信玄。


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甲府駅からJR身延線で50分、鰍沢口(かじかざわぐち)駅で下車。ここから、1日4本しかない身延町営バスで母の家に行く。


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バスの到着時刻まで、しばらく付近を散歩。

「かじかざわ」と言えば、葛飾北斎の富嶽三十六景に「甲州石班沢(かじかざわ)」という一枚がある。

https://www.adachi-hanga.com/ukiyo-e/items/hokusai062/

今ではもうこんな風景は見られないけれど。


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バスに揺られること50分で、母の家の最寄りのバス停に到着。
富士川と色づき始めた山なみ。


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もう紅葉のシーズンなのであった。


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2020年11月10日

山梨へ出発

今日の夜行バスで山梨へ行き、明日、あさってと母の家で過ごす。
23:03京都駅発のバスに乗って、向こうの家に着くのは明朝9:45頃の予定。寒くなってきたけれど、幸い天気は良いみたいだ。

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2020年11月09日

太地町(その2)


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偶然見つけた海蝕洞から眺めた海。


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レストラン「漁火」の鯨御膳。
ハリハリ鍋、赤身と皮の刺身、竜田揚げ、尾羽毛など。どれも美味しい。


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恵比寿神社の鯨の骨の鳥居。
現在のものは三代目で、イワシクジラのあご骨が使われている。


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燈明崎に向かう道。
左右から枝葉が伸びてトンネル状になっている。この先に岬がある。


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燈明崎。

古式捕鯨の時代にはここに「山見台」があり、沖を行く鯨を見つけたり、捕鯨の指揮を取ったりした。岬に来ると急に雲行きが怪しくなってきて、小雨がパラパラと降り出した。


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和田の石門。

古式捕鯨を始めた和田家の屋敷があったところ。海岸から洞窟のようになった門をくぐると、狭い路地に家が立ち並んでいる。まるで迷路みたい。


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足元のマンホールを見ると、「太地」の文字と海を泳ぐ鯨の絵が描かれていた。


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旅の土産に買った須の子(頬肉)の缶詰と鯨ハム。
ごちそうさまでした。


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2020年11月08日

太地町(その1)

鯨の町として有名な和歌山県の太地町に行ってきた。

同じ近畿圏ではあるけれど、京都からは特急を使っても4時間以上かかる。東京に行く方がはるかに近い。


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JR紀勢線の太地駅。

ホームの壁には鯨や魚など海の生きものが描かれている。駅は町の中心部からは少し離れたところにあり、循環バスが走っている。


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イルカが乗っているポスト。
赤ではなく水色に塗られていて、水しぶきが上がっている。


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まずは、太地町立くじらの博物館へ。

イルカの追い込み漁を描いたドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」の舞台となったこともあり、近年、太地町には動物愛護運動や捕鯨反対派の人たちが来るようになっている。この日も朝から博物館前で、追い込み漁やイルカの飼育に反対する演説が行われていた。


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博物館は1969年の開館ということで、さすがにあちこち古びた感じはあったけれど、展示内容は充実していた。


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古式捕鯨の様子を再現したジオラマ。


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屋外に展示されているシロナガスクジラの骨格標本(レプリカ)。
陸上で見ると驚くほどの大きさだ。


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自然の入り江を使って行われるクジラショー。

3種類のゴンドウクジラ(コビレゴンドウ、オキゴンドウ、ハナゴンドウ)が、飼育員の合図でジャンプしたり、鰭を振ったりする。イルカショーは何度も見たことがあるが、クジラショーは初めて。小さな子供を連れた家族で賑わっていた。


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捕鯨船「第一京丸」。

2012年まで実際に使われていた船が展示されている。船体に「RESEARCH」とあるのは、調査捕鯨を行なっていたため。


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2020年11月07日

「塔」2020年10月号(その3)

本堂を出づればたちまち驟雨きて水掛不動は濡れすぎて立つ
                    三好くに子

結句の「濡れすぎて」が面白い。水掛不動なのでもともと参拝者が柄杓で水を掛けるのものなのだが、驟雨にずぶ濡れになってしまった。

本当に元気なときはもう少し静かな声で話す父親
                    宮脇 泉

電話で声だけ聴いているのだろう。元気だよと言うのだけれど、無理に元気そうに振舞っている感じが声のトーンから伝わってくるのだ。

さざなみがあらぶりたてばあらがはずあめんぼはただ淵にただよふ
                    大江裕子

「淵」だけが漢字で残りはすべて平仮名にした表記がいい。ア段の音を多用した響きがよく、「あら」「ただ」の繰り返しも効いている。

嚥下にも障害あれば声はりて夫は読みおりベッドシーンも
                    海野久美

嚥下障害の改善のため日々発声の練習をしているのだろう。聞いていてちょっと恥ずかしくなるようなシーンも声に出して読むのである。

うなずいて答をはぐらかすたびに自分の声がまた遠ざかる
                    吉田 典

相手の質問を適当にはぐらかしていると、自分の本当の気持ちがわからなくなる。時には真っ直ぐに答える勇気も持たなければとの思い。

坐礁せしザトウクヂラの亡骸を海へと沈むガス抜きのあと
                    永山凌平

海岸に流れ着いた大きな鯨の死体を処分する場面。体内にガスが溜まって膨張し爆発する危険性があるので、ガス抜きをする必要がある。

明るくて元気な人を募集するマクドナルドの紙の憂うつ
                    青海ふゆ

マクドナルドのアルバイト募集の広告。店内も明るくて賑やか。世の中には明るくも元気でもない人が大勢いて、作者もそうなのだろう。

×(ばってん)が/(スラッシュ)となりサンダルはわたしをほっぽりだしながら死ぬ
                    星亜衣子

クロスベルトのサンダルの片方が外れてしまった様子を記号を使って巧みに表現した。下句に歩きにくくて途方に暮れた感じが出ている。


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2020年11月05日

「塔」2020年10月号(その2)

「明日また」と庭師帰りぬスコップと手押し車を地面に伏せて
                    野 岬

結句「地面に伏せて」がいい。そうすることが一日の仕事を終えた時の作法になっているのだろう。真面目そうな庭師の姿も思い浮かぶ。

やうやくに「既読」の着きて眼を閉ぢる明け方近く雨になるとふ
                    澄田広枝

LINEのメッセージを相手が読んだマークが付かず、夜遅くまでやきもきしていたのだ。下句の天気予報の内容が作者の心情と重なる。

ゆつくりとカーブしてゆく車窓なりしづかに海をせり上げながら
                    越智ひとみ

「せり上がる」ではなく「せり上げながら」と他動詞で表現したのが印象的。海岸線に沿って走る電車の様子が鮮やかに浮かび上がる。

「押忍」の読み方わからねど飛ばし見てゐる孫の漫画を
                    小畑志津子

「オス」「オッス」が読めなくてもさほど内容の理解に問題はない。孫が好きな少年漫画をちょっと読んでみようという好奇心が素敵だ。

快晴がなくなるという 昭和より見上げ続けた空の喪失
                    佐伯青香

天気の観測が目視から機械に切り替わったことを受け、「快晴」という表記は使われなくなった。なじみのある表記がなくなった寂しさ。

爪を切る たとえば木々に降りしきる驟雨のような日々 爪を切る
                    真栄城玄太

「爪を切る」の繰り返しに、孤独感とでもいうべき心情が滲み出る。爪を切る時の音と木々に当たる驟雨の音が遠く響き合うような一首。

住所氏名電話番号、体温も手渡さなければ入れぬと言う
                    成瀬真澄

新型コロナ対策のため店や会場の入口で検温が行われている。体温というのは、よく考えれば非常にプライベートな情報であるのだけど。

アネモネの苗を選んでいる君をシマトネリコの下に待ちおり
                    ぱいんぐりん

園芸店で買物をする間、君は少し離れた場所で待っているのだろう。「アネモネ」「シマトネリコ」という名前が楽しい気分を伝える。


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2020年11月04日

「塔」2020年10月号(その1)

牛肉になりたる牛の眼しらぬまま牛肉食ふは筋肉のため
                    岩野伸子

生きていた時の牛の姿を見ることなく、牛の肉を食べている。「筋肉のため」が印象的。タンパク質が生きるために必要な筋肉になる。

お互いに世代の違いを認め合う九十歳と九十一歳
                    紺屋四郎

高齢の方は何となくみんな同じ世代のように捉えてしまうけれども、そうではない。90歳と91歳でも微妙な世代の差が存在するのだ。

二年間の賞味期間をすぎてから存在感あり桃の缶詰
                    久岡貴子

賞味期限が切れるまでは特に意識しなかった缶詰が、急に意識にのぼってくる。いつ食べようか、早く食べなくてはと毎日気になる。

遅れきて会議の席につく一人「反対」とわかる椅子の引き方す
                    村上和子

椅子の引き方ひとつで、反対の考えを持っていることが場に伝わる。反対には意志が要るからだ。やや荒っぽい引き方だったのだろう。

生きづらいという謎のマウントを取り合っているように梅雨、
紫陽花は咲く              長谷川琳

生きづらさは最近の短歌でもキーワードの一つ。私の方がより「生きづらい」というアピール合戦になってしまう危うさを感じるのか。

私だけがこんなにつらいとたまにおもうちがうのに 遠くの
ジュンク堂               川上まなみ

上句で述べたことについて、四句目で「ちがうのに」とすかさず自分でツッコミを入れている。句割れ・句跨りのリズムも効果的だ。

ボタンではひらけぬ相模線となり駅に停まればすなわちひらく
                    相原かろ

手動ボタンで扉を開閉する方式でなく自動開閉になった。それを「ボタンではひらけぬ」と嬉しくなさそうに詠んだところに個性がある。

ひざの上に鉄橋のかげ走らせて淀川わたる新快速は
                    石原安藝子

鉄橋を通過する時の感じがよく出ている歌。窓の外を見ていなくても、鉄橋の影が次々と車内を過ぎるので鉄橋を渡っているとわかる。

posted by 松村正直 at 08:01| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月03日

近藤芳美と差別語

「現代短歌」2020年5月号の座談会「短歌と差別表現」(加藤英彦、染野太朗、松村由利子)のなかで、差別語を用いた作品が削除された例が取り上げられている。

『寺山修司青春歌集』(角川文庫、初版1972年)は2005年の改版で

作文に「父を還せ」と綴りたる鮮人の子は馬鈴薯が好き
屠夫らうたふ声の白息棒となり荒野の果てにつき刺さり見ゆ

などを削除しているらしい。
また、岸上大作『意志表示』(角川文庫、初版1972年)も1991年の改版で

北鮮へ還せと清潔なシュプレヒコールくりかえされる時も日本語
豚飼いて貧しく暮す鮮人村いちじくの葉の緑の濃さよ

といった歌が削除されているとのこと。
いずれも、「鮮人」「屠夫」「北鮮」といった言葉が差別語に該当するという判断なのだろう。

『近藤芳美集 第一巻』(岩波書店、2000年)においても、これと似たケースが見られる。一首丸ごとの削除ではないが、改変が行われているのだ。『定本近藤芳美歌集』(短歌新聞社、1978年)と比較してみよう。(Aが前者、Bが後者)

A自らはなれ土掘る朝鮮人人夫と苦力の人種意識もあはれ
B自らはなれ土掘る鮮人人夫と苦力の人種意識もあはれ
A移動刑事おそれて共に帰郷せる朝鮮人の友を思ふこの頃
B移動刑事おそれて共に帰郷せる鮮人の友を思ふこの頃
A朝鮮人に媚びて物喰ふ少女あり時報は街のいづくかに打つ
B鮮人に媚びて物喰ふ少女あり時報は街のいづくかに打つ
A北朝鮮に国興り行く選挙には吾らが残せし日本語を用ふ
B北鮮に国興り行く選挙には吾らが残せし日本語を用ふ

今日では差別語とされる「鮮人」が「朝鮮人」に、「北鮮」が「北朝鮮」に変っていることがわかる。

巻末の「書誌」を見ると、

なお、歌中・文中に今日から見て差別的な表現がある場合は、著者自らが改めた。

とある。改変は近藤自身が行ったもののようだ。その是非はともかく、こういう場合には改変箇所の一覧を載せて欲しいと思う。

posted by 松村正直 at 07:38| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月02日

「若き日の土屋文明」展

現在、群馬県立土屋文明記念館で「若き日の土屋文明」展が開催されています。期間は12月20日(日)まで。
http://bungaku.pref.gunma.jp/

この企画展の招待券が手元にたくさんありますので、欲しい方はご連絡ください。無料で差し上げます。何枚でも結構です。
masanao-m☆m7.dion.ne.jp (☆を@に変えて下さい)

posted by 松村正直 at 19:52| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年11月01日

ハロウィン

今年のハロウィンはずいぶんと静かだった。

もちろん新型コロナの影響なのだけど、実は2016年をピークにハロウィンの推定市場規模は3年連続で減少中だったらしい。
http://www.kinenbilabo.jp/?p=779

既に落ち目だったのか、ハロウィン。

posted by 松村正直 at 23:38| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする