「谷町の和子です」と言ふわれを車椅子の従姉瞬かず見る
上杉和子
親戚同士は名字が同じことも多いので、住んでいる場所で区別することがある。老齢の従姉との再会の場面。「谷町の」が実にリアルだ。
幸せに○を入れ死にたくなるにも○を入れたいくらしの調査
佐近田榮懿子
「幸せ」と「死にたくなる」は相反することのように感じるが、実はそうではない。死を安らかに受け入れる気分が生まれつつある。
スーパーの売場ちらっと見るだけでここが海から近いとわかる
廣野翔一
鮮魚売場のスペースが広かったり、町中では見かけないような珍しい魚が並んでいたりするのだろう。海に近い場所ならではの光景だ。
もう誰も鬼にはならず節分は猫に向かって豆をころがす
大森千里
子どもたちが巣立って、もう本格的に豆まきをすることもない。相手をしてくれるのは猫ばかり。投げるのでなく「ころがす」のがいい。
「この島の自然は好き」「は」を強く答え続けて四十年経つ
ほうり真子
佐渡に住む作者。島外から嫁いで四十年経っても、人間関係や古いしきたりには馴染めない部分があるのだろう。「は」の一語が重い。
真夜中の公衆便所の明るさのまえで体操する運転手
吉岡昌俊
公衆便所で用を足して、ついでに身体をほぐしているところか。深夜に働くタクシー運転手の孤独な姿がありありと見えてくる歌だ。
をちこちのスピーカーから「故郷」がずれつつ響く午後五時
明(あか)し 篠野 京
町の防災無線スピーカーから流れる夕方5時を告げる曲。「ずれつつ」がいい。輪唱のように重なりながら数か所から聞こえてくる。
さつま芋の色を連ねて走りゆく貨物列車は冬の日向を
高松紗都子
貨物列車の色を「さつま芋」に喩えたのが面白い。赤紫色のコンテナが何両も連なっていく。さつま芋の収穫を見ているような気分だ。