2020年04月30日

5月3日放送の「NHK短歌」

現在、「緊急事態宣言に伴いNHK短歌の収録を見合わせています」という状況で、5月3日(日)の放送は、昨年5月に放送した回の再放送となります。
https://www.nhk.jp/p/ts/JM12GR5RLP/

楽しみにして下さっていた皆さんには申し訳ありません。

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2020年04月29日

大島史洋歌集『どんぐり』

ooshima.jpg

2014年から2018年までの作品540余首を収めた第13歌集。

亡き友とかわす会話のつまらなさおのれの思うままにはこべば
旅にある吾ならねどもしばらくを木蓮の咲く駅を楽しむ
楽団を裏より見れば譜面台の白き四角が放射状に並ぶ
どのように書いても裏の魂胆が見える、というところまで来た
江戸の世の貧しき武士のなりわいは今に残れり舘林の躑躅
率直に言ってくれしと喜びを幾たびも聞き嫌われてきぬ
いくたびも舌にまさぐるゆるゆるとなりしばかりに歯は異物なり
今の世にもてあそぶごと楽しめりゴッホの狂気ゴーギャンの傲慢
海岸の岩場の先に立てる人何か叫びぬ口動く見ゆ
死に顔は見られたくないと小高言い吾は見ざりきわが友小高

1首目、現実の相手ならば予想外の受け答えが返ってくる時もある。
2首目、地元の駅にいて旅先のような気分を味わっているところ。
3首目、そう言えば、客席から見る時は譜面はあまり目立たない。
4首目、短歌の詠み方についての話だと思って読むと味わい深い。
5首目、下級武士が副業として躑躅の栽培をしていた歴史。
6首目、「率直に言ってくれてありがとう」と表面上は言うのだが。
7首目、ぐらぐらするまでは歯を異物とは認識していない。
8首目、「もてあそぶごと」がいい。本来は生死にかかわる話。
9首目、風や波音にかき消されて、何を言ってるか聞こえない。
10首目、小高賢の生前の言葉を思い出し、棺を覗かなかったのだ。

2020年4月13日、現代短歌社、3000円。

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2020年04月28日

『アイヌ民族と日本人』の続き

引用したい個所がたくさんあって、迷ってしまう。

蠣崎波響の「夷酋列像」は代表的なアイヌ人物像として有名であるが、(・・・)この絵に限らず「蝦夷」を描いた絵画は、文献同様、おしなべて描く側のイデオロギー性なり文化意識を強烈に発散させているとみておかなければならない。

「夷酋列像」は4年前に展覧会で見て、その鮮やかな色彩や力強さが印象に残っている。
 http://matsutanka.seesaa.net/article/435963678.html
けれども、この絵の描かれた背景や夷風性を強調した描き方なども、十分に理解して鑑賞する必要があるのだろう。

武家社会の需要が高かった鷲鷹類の羽も重要な北方交易品として見逃せないものの一つである。羽が最高級の矢羽となる大鷲や尾白鷲は千島からカムチャッカにかけて、および樺太から沿海州にかけてが繁殖地であり、蝦夷地にも多く冬鳥として飛来したからである。

オオワシやオジロワシの羽が矢羽として流通していたことは初めて知った。近年まで弓道においても使われていたらしい。現在はワシントン条約などの制限に基づき、「保有」のみOKで「使用」「譲渡」は禁じられてる状態とのこと。
 https://www.kyudo.jp/pdf/info/usearrow_3.pdf

蝦夷平定の地に北方守護の観音や毘沙門がつぎつぎ建てられていくのは、武力討伐のあとの仏教による魂の征服といってよいかもしれない。

これは、近代以降、台湾・朝鮮・樺太・満洲・南洋群島に多数の神社が建立された事実ともつながる話だ。下記のサイトによれば「その数は史料上確認されているものだけでも1,600余社」にのぼっている。
 http://www.himoji.jp/database/db04/

アイヌと和人の関係をめぐる問題は、こんなふうに様々な形で現代までつながっていることなのだと思う。

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2020年04月27日

菊池勇夫『アイヌ民族と日本人』


副題は「東アジアのなかの蝦夷地」。

アイヌの歴史や文化を日本史の枠組みを超えた東アジア全体の中で捉えるとともに、和人とアイヌの関わりや交流がどのような意味を担ってきたのかを解き明かしている。

とにかく知らないことが多いので、ワクワクしながら読んだ。

アイヌの活動は中世や近世でも同様であって、樺太アイヌの山丹交易(沿海州方面との交易)にみられるように、明・清の中国に求心する北東アジアと日本とをつなげる役割を果たしていた。

近年、蝦夷錦に代表される北方の交易が注目を集めているが、そこで大きな役割を果たしたのがアイヌであった。中国―沿海州の諸民族―樺太・北海道アイヌ―日本というルートである。

中世の武家政権が征夷大将軍として出発し、その後室町・江戸幕府と継承されてきたことは、現実的な重みはともかく、夷狄・蝦夷が武家権力の国家意識のうえで絶えず再生産されつづけるということでもあった点を見逃してはなるまい。

古代には蝦夷征討で有名な坂上田村麻呂など実際的な意味を持っていた征夷大将軍が、後に武家の棟梁の肩書きのように鎌倉・室町・江戸幕府に引き継がれていく。それは日本史で習った話であったが、これまでその意味を考えたことがなかった。

松前藩に与えられた対アイヌ交易独占権は、幕府の外交体制全体としてみるならば、対馬藩による朝鮮、薩摩藩による琉球と、国境を接する場所での異国押えの管理システムの一環をなすものであったこともつとに指摘されてきたところである。

こうした領土意識は、江戸時代にとどまらず、近代以降の日本へとつながっていくものだろう。2001年まで中央省庁には北海道開発庁・沖縄開発庁が存在したし、現在の北方領土・尖閣諸島・竹島といった領土問題の舞台にもなっている。

1994年9月25日、朝日選書、1400円。

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2020年04月26日

「塔」2020年4月号(その2)

基板二個取り替へられて機嫌よきテレビと過す大晦日(おほ
つごもり)を            安永 明

映りの悪いテレビを修理してもらったところ。「機嫌よき」と擬人化したことで、古い友人と一緒に年末を過ごしている感じが生まれた。

点となるあたりに森はあるのだろう鳥かろがろとビルを越え
ゆく                黒木浩子

町中のビルを越えて行った鳥の群れがやがて小さくなって見えなくなる。遠くその方角に、鳥のねぐらとなる森があるのを想像している。

寒いから寒いぶんだけ着られずに乾くだろうと思うだけ着る
                  松岡明香

冬は洗濯物がなかなか乾かない季節。寒いからと言って何枚も着るのではなく、洗濯のローテーションを考えながら着なくてはならない。

読点に宿る悲しみ 自転車は漕げば漕ぐほど遠くに行ける
                  長谷川麟

初二句と三句以下の取り合わせがいい。句点と違って読点には、書き手の思いがこもる。自転車に乗って悲しみを紛らしているところか。

今ならば何メートルに達するや田島直人の三段跳びは
                  前田 豊

上句の発想が面白い。ベルリンオリンピックで優勝した時の世界記録16m00を現在の記録と比較すると、圧倒的な強さが伝わらない。

ハツ四つ串いつぽんにつらぬかれ鶏(とり)は四羽も殺されて
ゐる                千葉優作

「ハツ」は心臓なので一羽から一つしか取れない。一本の焼き鳥の串に四羽の命が刺さっていると思うと、何だか食べるのが怖くなる。

妹に似てというより父に似てまた祖父に似て甥の目鋭し
                  丸山恵子

妹の息子であるが、男性ということもあり、その眼差しから父や祖父の顔が思い浮かんだのだ。父や祖父はもう亡くなっているのだろう。

別れたくなさすぎたから居酒屋でぐじゃぐじゃのシクラメンに
なった               蔵田なつくら

相手から別れ話を持ちかけられて、夜の居酒屋で大泣きしているところ。「シクラメン」がおもしろい。顔全体に涙が広がっている感じ。


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2020年04月25日

「塔」2020年4月号(その1)

こころより体は孤独かもしれずぼんやりと見る病窓の夜
                  岩野伸子

孤独と言うと一般的には心の話と思うが、体が孤独なのだと言う。入院中のどこにも行けず部屋に閉じ込められている感じがよく伝わる。

安政地震に両脚残しし折鳥居生田の森に奉られてあり
                  佐近田栄懿子

1853年の地震で倒壊した鳥居の笠木や礎石が生田神社に祀られている。支柱の一本は同じ神戸の金星台で石碑に使われているらしい。

大晦日も夜勤といいし子のために年越しそばをラインでおくる
                  大森千里

年越しそばも食べずに働いている子のことを思って、ラインで画像を送ったのだろう。離れていても一緒にそばを食べている気分になる。

ふるさとはいつも誰かが死ぬところ帰省のたびに香典包む
                  数又みはる

上句の断言に重みがある。故郷を離れてから長い歳月が過ぎ、今では親戚や知り合いが亡くなった時にだけ訪れる場所になっているのだ。

水面にふる雪のやうにとどかないさびしさがある「いいね」は
しない               澄田広枝

親しい人のTwitterやFacebookの書き込みを読んで、自分の思いが届いてないことを感じたのだ。「いいね」しないのがせめてもの抵抗。

量られて買われてそして溶かされて何処へゆくのか祖母の
指輪は               中山悦子

亡くなった祖母の金の指輪を売却したのだ。形見の指輪だったものがただの物質としての金となり、祖母の記憶も遠いものになっていく。

了解と送りて終はりし筈なるにその了解に返信がくる
                  大島りえ子

電話を切るタイミングも難しいが、メールでも時々こういうことがある。もう一回返信すべきか、もうこのままで止めていいのか迷う。

ポリタンの上で寝ている猫もいる十日えびすの夜店のかたえ
                  川俣水雪

1月10日に主に西日本の神社で行われる行事。水や灯油を入れるポリタンクの上に寝ている猫が、何とも良い雰囲気を醸し出している。


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2020年04月24日

石川美南歌集『体内飛行』

ishikawa.jpg

「短歌研究」に連載された「体内飛行」30首×8回と「1980−2019」40首の計280首を収めた第5歌集。

中学生の頃が一番きつかつただらうな伏目がちのメドゥーサ
ひとりへの傾斜怖くて暗がりに踏み出すときは手すりに頼る
遠国の地図と思へば親指のつけ根に茜なす旧市街
人口の減少のこと聞きながらバス停〈願(ねがひ)〉〈黒姫〉〈椿〉
バスタオル干しつつ焦る 人の言ふ「まあ良いけど」は良くない合図
こんなにも凸凹な表面に触れ確かめてをり人をわたしを
現実よ まばたきのたび分岐してその幾つかにあなたが翳る
祖母の好きな讃美歌流れ、わたしよりなぜかあなたが先に泣き出す
見なくてもいいとやんはり断られひとりつくづく見る出べそかな
一人一切れ尻に敷いては千切らるる検診台の浅黄のシート

1首目、メドゥーサに自分を喩えて、過去を回想している。
2首目、好きな人への思いが募ることに対するおそれ。
3首目、てのひらに刻まれた線を町の地図に見立てている。
4首目、バス停の名前から物語が生まれるように感じる。
5首目、相手の答え方のパターンが徐々にわかってきたのだ。
6首目、性愛は相手以上に自分自身を確かめることでもある。
7首目、まばたきをするたびに別の未来が見えてくる感じ。
8首目、祖母の葬儀の場面。血縁ではない夫が悲しんでくれる。
9首目、妊娠中のお腹を見せようとして夫に断られたのだ。
10首目、検診用の使い捨てロールシートの具体的な描写。

好きな人ができて、結婚して、妊娠するという流れで展開する。それを言葉で説明するのではなく「指のサイズ確かめたのち」「試着室に純白の渦作られて」「これが心音です」といった言い方で伝えるところがうまい。

また「遠視性乱視かつ斜視」「アトピーの悪化」などについて、自ら歌に詠んでいるところにも力を感じた。

2020年3月20日、短歌研究社、2000円。

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2020年04月23日

アサダ・ワタル『住み開き 増補版』


副題は「もう一つのコミュニティづくり」。
2012年に筑摩書房より刊行された単行本を増補・文庫化したもの。

自宅の一部をカフェや美術館、図書館、イベントスペースなどとして開放することを「住み開き」と名付け、全国で35件の実践例を紹介している。印象的なのは、「住み開き」を通じてそれまでとは違うタイプの人と人のつながりが生まれていることだ。

集会所を借りるよりもお金がかからない、などの経済的な面もあるだろうが、何よりも、「自宅開放」が人とのつながりをより強固に編み上げる機能を果たしているのだ。
結局のところ、「住み開き」は他者を変える、地域を変える前に、「私」をこそ開き、「私」をこそ変えるのだと。

もちろん、自宅に人が出入りするのだから難しい面もたくさんある。実際に「2012年発刊当時掲載した31事例のうち、実に半数以上が同地での活動を解消」しているそうだ。別形態への展開や発展的な解消もあるけれど、「掲載の数年後に、メンバーの仕事と生活の環境変化のために活動終了」といった例もある。

そうした後日談も含めて、いろいろと学ぶことの多い一冊であった。

2020年3月10日、ちくま文庫、820円。


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2020年04月22日

結核

母の短期記憶はかなり衰えていて、何か言ってもすぐに忘れてしまう。それでも、近所の方やヘルパーさん、ケアマネさんの助けを借り、山梨の自宅でひとり暮らしを続けている。

先日、一番頼りにしている近所の方と電話で話したのだが、母は新型コロナウイルスのことがよくわからないらしい。何度教えてもすぐに忘れて頭に入らないとのこと。幸いなことに、まだ感染者の出ていない市に住んでいるのだが、それでも病院に行く時などはマスクが必須だ。

何とかマスクを着けさせようと、その方は「今、重い結核が流行ってて大変なのよ」と伝えたと言う。すると、母にも大変な事態だということが通じたらしい。「新型コロナウイルス」という新しい言葉ではダメだったことが、「結核」という昔なじみの言葉でうまく行ったのである。

とりあえず、2か月に一度の受診も無事に乗り切ったようで、ひとまずホッとする。

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2020年04月21日

松木武彦編著『考古学から学ぶ古墳入門』


このところ古墳に興味があって、あちこち見に行っている。見るだけでなく少しは知識も得ようと思って、この本を買った。古墳の役割や歴史、形状や構造、見るポイントなどが詳しく解説されている。

15万基以上という古墳の数は、日本のコンビニエンス・ストアの店舗総数の約3倍です。
仏教の伝来と公認によって思想が国際的に開明化したことが、前方後円墳を消滅させました。
デジタルの地理情報を容易に手に入れ、操作することができるようになったいまでは、それらを使って古墳を見つける試みも始まっています。

古墳の数が全国に15万基以上もあり、しかもまだ見つかっていない古墳もあるというのは驚きだ。

著者は古墳を愛してやまない人らしい。石室の撮影ポイントの一つに「天井」を挙げて「カッパ着用なら玄室の床に寝転がって撮る」と書いている。

いや、すごいな。一度やってみよう。

2019年6月11日、講談社、1500円。

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2020年04月20日

アニメ「啄木鳥探偵處」

4月13日から放送が始まったテレビアニメ「啄木鳥探偵處」の第1話がGYAOで無料配信されている。
https://gyao.yahoo.co.jp/p/00198/v08810/

伊井圭(2014年逝去)の原作も面白いが、アニメも良かった。
http://matsutanka.seesaa.net/article/387138705.html

啄木が探偵をしていたというのは、もちろんフィクションだが、友人の金田一が蔵書を売って啄木の下宿代を払ったエピソードなどは事実である。その時の啄木の言葉も、本人が日記に書いている。

予は、唯、死んだら貴君を守りますと笑談らしく言つて、複雑な笑方をした。それが予の唯一の心の表し方であつたのだ! (明治41年9月6日)

ここは何度読んでもグッとくる。

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2020年04月19日

「塔」5月号の再校作業

昨日から今朝にかけて「塔」5月号の再校をした。
2名で7時間、お喋りすることもなくやって、ようやく終了。
午後には無事に印刷所へ向けて発送した。

たぶん来月もこの状況が続くのだろうな。

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2020年04月18日

朝日新聞「be on Saturday」

今朝の朝日新聞の別冊「be on Saturday」は、僕の興味にぐいぐい迫ってきた。

まずは、「フロントランナー」の宮川将人さん。
 地域と畑は自分たちで守る! それが合言葉だ。熊本県で若手農家約130人の仲間と共に、イノシシを主とする獣害に立ち向かっている。

続いて「みちものがたり」。
 アムール川流域から樺太を経て、蝦夷地へ至る「北のシルクロード」。織物だけでなく大陸製のガラス玉も入ってきたという。この壮大なルートを舞台に、アイヌの人たちが果たした役割は大きい。

最後に、山折哲雄の連載「生老病死」。
 和歌や俳句にとってもっとも欠かせない主張は何かといえば、死や死者にたいする悲傷の調べであり想像力だったという外はないだろう。つまり挽歌の世界である。人間の死を勘定に入れない歌などそもそも歌の名に値しなかった。

朝から、良いものを読ませてもらった。

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続「巣ごもりの日々」

今日も一日じっと家で過ごす予定。

昨日は「塔」編集部16名でオンライン会議の練習をした。いろいろと慣れないことばかりだけれど、現在の状況に少しずつ対応していかなくてはと思う。新しいことをするのは、それはそれで楽しい。

今日、明日と「塔」5月号の再校作業を自宅で行う。ふだんは永田家に集まって十数名でやっている作業だけれど、今月は2名でやるしかない。一体、何時間かかることやら。まあ、雑誌が刊行される前に全部読めてしまえるのは、それはそれで楽しい。

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2020年04月17日

映画「ワンダーウォール劇場版」

監督:前田悠希
脚本:渡辺あや
出演:須藤蓮、岡山天音、三村和敬、中崎敏、若葉竜也、成海璃子、山村紅葉ほか。

築100年を超える古い木造の大学寮に住む学生と、寮の取り壊しを計画する大学側との交渉や対立を描いた物語。京都大学の吉田寮がモデルになっている。

もとはNHK京都放送局制作のテレビドラマとして2018年に放送されたもの。

男子学生4名の個性がうまく描かれていて、他者とコミュニケーションを取りながら共に生きていくことの難しさや大切さがよく伝わってきた。

出町座、68分。

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2020年04月16日

清水由美『日本語びいき』


2010年に世界文化社より刊行された『日本人の日本語知らず。』を改題・加筆修正して文庫化したもの。日本語教師、日本語教師養成講座講師を務める著者が、数々の具体例を挙げながら日本語の魅力や不思議を教えてくれる。

動詞から名詞への転成は、日本語ではたいへん簡単にできます。(・・・)今ざっと机の上を見まわしただけでも、はさみ、下敷き、爪切り、ものさし、ペン立て、筆入れ、があるのですが、これらも、はさむ、敷く、切る、などの動詞から作られた名詞です。
「歌う」と言ったら「今から」歌うのです。未来です。「結婚する」と言ったら、「近々」結婚するのです。将来の予定です。動詞のタイプによっては、辞書に載っている形が「現在」形とは限らないのでした。
「やめる」に意志があれば、「〜で」は〈手段〉や〈道具〉を表し、意志がなければ〈原因〉を表すことになるのです。
日本語に移入された時期の早い外来語は、「チ」が多く、歴史の浅い外来語ほど、「ティ」で書かれる例が増えます。つまり「ティ」のほうが、新しいのです。

全21章、どこを読んでも新しい気付きに満ちている。日本語教師になろうかなと思うくらい面白い。

2018年8月25日、中公文庫、700円。

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2020年04月15日

巣ごもりの日々

一日中、家にこもって本を読んだり原稿を書いたり料理を作ったりしている。3月・4月・5月と、ほとんどの予定が中止や延期になってしまった。当然のことながら、収入もほとんどない。時間があるからと言って山梨の母の家を訪ねるのも、さすがに躊躇われる。幸いなことに積ん読になっている本が何十冊もあるので、この機会に読んで減らしていこうと思う。と言いながら、今日もe-honで3冊本を買ってしまった。

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2020年04月12日

齋藤芳生歌集『花の渦』

saito.jpg

378首を収めた第3歌集。

黙礼するにあらねどすこし目を伏せて道路除染の前を過ぎたり
  線香花火
牡丹、松葉、柳、散り菊 ほのほのと照らされて父も母も老いたり
ひとを恋う髪すすがんとする水のするどくてはつか雪のにおいす
高校生ら一駅ごとに降りてゆき花水坂(はなみずざか)駅が最後のひとり
「フクシマの桃をあなたは食べますか」問いしひとを憎まねど忘れず
先に帰れと言われても兄を待っている弟は兄と同じ瞳をして
風化、とは みほとけの崩(く)えゆくさまを曝してふくしまの秋は短い
さらさらと雪ふりかかる渡し場の跡に身を寄せあえるは水鶏(くいな)
「畢(おわり)」の一字がくるくるまわって止まらない大長編小説読了ののち
はつ雪の前に交換せねばらならぬこころもありて 生活はつづく

1首目、福島に住む作者の除染作業に対する微妙な感情が滲む。
2首目、線香花火の始めから終わりまでが人間の一生と重なる。
3首目、清冽で冷たい水と熱い恋心の取り合わせがいい。
4首目、飯坂電車の駅。ローカル線の雰囲気がよく伝わってくる。
5首目、結句「憎まねど忘れず」に憎むよりも強い憤りを感じる。
6首目、作者は学習塾に勤める。兄の授業が終わるのを待つ弟。
7首目、摩崖仏の風化と原発事故に対する人々の記憶の風化。
8首目、川岸に残る杭や桟橋のかげに水鶏が集まってきている。
9首目、「畢」という文字は確かにマニ車のように回りそうだ。
10首目、車のタイヤ交換の話であるとともに心構えの話でもある。

2019年11月16日、現代短歌社、2700円。

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2020年04月11日

大東亜建設と国語問題

『金田一京助と日本語の近代』の中に、金田一京助が1942年4月に発表した「大東亜建設と国語問題」が引かれている。

 武力戦は一億一心の体あたりで、完勝成らむとしてゐるが、次いで来るものは文化戦である。
 文化戦の一等先に立つ大事なものは、どうしても言葉である。これを思ふと、我々の国語は、これからの戦の、飛行機とも、戦車とも爆弾とも魚雷ともなる武器である。

日本語を「飛行機」「戦車」「爆弾」「魚雷」などの武器と重ねて論じているところに驚く。こうした戦時下の翼賛的な文章を現在の目から批判するのは簡単なことだ。けれども、このようなナショナリズムの表れ方は、例えば古くは正岡子規などにも見られる。

従来の和歌を以て日本文学の基礎とし、城壁と為さんとするは、弓矢剣槍を以て戦はんとすると同じ事にて、明治時代に行はるべき事にては無之候。今日軍艦を購ひ、大砲を購ひ、巨額の金を外国に出すも、畢竟日本国を固むるに外ならず、されば僅少の金額にて購ひ得べき外国の文学思想抔(など)は、続々輸入して日本文学の城壁を固めたく存候。
         正岡子規「六たび歌よみに与ふる書」

子規の論は肯定的に、金田一の論は否定的に、今では受け止められることだろう。でも実際には、この両者は明治と昭和という隔たりがあるだけで、ひとつながりの流れにあるものなのだと思う。

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2020年04月09日

安田敏朗『金田一京助と日本語の近代』


国語学者・言語学者・アイヌ語学者として、また石川啄木の友人としても知られる金田一京助。戦前から戦後にかけての彼の軌跡をたどりつつ、アイヌに対する差別意識、戦前・戦中の体制翼賛、戦後も変らない天皇制擁護といった問題点を取り上げた本。

記録するという一点を除いてしまえば、金田一ははたしてアイヌ文化への敬意をもっていたのか、疑問とせざるをえない。つまり、ある古老が記憶していた口承文芸をすべて「記録」してしまえば、その古老は金田一にとって何の存在意義もなくなる、というに等しい。
「平時」ではできない「改革」を戦時体制下におこなおう、という主張である。これは国語協会全体の論調でもあるのだが、容易に敗戦後の「改革」を主張する根拠ともなっていく。
要は、金田一もふくめて、敗戦をどの程度真剣にうけとめていたのかという問題である。「作法」にしたがうのが敬語だとすれば、民主主義も「作法」としてしかうけとっていなかったことになるだろう。

このようなかなり厳しい指摘が続くのだが、これらは金田一個人の問題というよりも、近代以降の日本が抱えた問題と見た方が良いと思う。その問題は現在も解消されずに残っている。

金田一がアイヌ語研究に進んだのは、もともとアイヌ語に興味を持っていたからではなかった。師の上田万年の日本語の系統を探るプロジェクトにおいて弟子たちが各言語に配置された結果であったのだ。

 ・橋本進吉  古代日本語
 ・小倉進平  朝鮮語
 ・伊波普猷  琉球語
 ・金田一京助 アイヌ語
 ・後藤朝太郎 中国語
(・藤岡勝二  満洲語、蒙古語)

著者が「日本帝国大学言語学」と名付けるように、言語の研究もまた当時の政治や社会の状況と密接に結びついたものだったのである。

2008年8月12日、平凡社新書、880円。

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2020年04月08日

藤巻光浩『国境の北と日本人』


副題は「ポストコロニアルな旅へ」。

サハリン(旧樺太)、旭川、青森という三つの地域への旅行記。単なる旅の記録ではなく、旅を通じて歴史・国家・民族・政治・文化など様々な問題について考察を深めていく。

日本で教育を受けると、先住民族であるアイヌやヴィルタのことや、彼らのオホーツク海での交易のことなどは、ほぼ触れられることがない。その代りに、自然と共生する、絶滅をひっそりと待つばかりの穏やかな存在としてのステレオタイプが定着することになる。
北海道にある神社は非常に興味深い。この地は、明治維新の後で「北海道」と名付けられ、屯田兵を入植させていったため、この地の神社は神仏が習合していた歴史を持たないことになる。
開拓事業以後、田畑が開かれ、稲の品種改良を経て、東北は日本の「米どころ」となり、現在は豊かな生活を営むことができるようになった、という日本という国家のストーリーが出来上がる。これが、「銀シャリ信仰」に基づく発展段階史観であり、それを支える「(日本の)稲作イデオロギー」である。

著者は旅をすることで認識やものの見方、価値観などが変化し、自分自身が変ることを大事にしている。自分が変らない旅は単なる移動に過ぎないということだろう。

2019年1月30日、緑風出版、2000円。


posted by 松村正直 at 06:45| Comment(0) | 樺太・千島・アイヌ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月07日

【中止】春の短歌祭

5月17日(日) に予定されていた「第71回春の短歌祭」(講演「なぜ啄木の小説は失敗し短歌は成功したのか」)は中止となりました。

posted by 松村正直 at 16:10| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月06日

映画「三島由紀夫 VS 東大全共闘 50年目の真実」

監督:豊島圭介
ナビゲーター:東出昌大
出演:三島由紀夫、芥正彦、木村修、橋爪大三郎ほか

1969(昭和44)年5月13日に東京大学駒場キャンパスの900番教室で行われた三島由紀夫と東大全共闘の伝説の討論会。

「安田講堂で全学連の諸君がたてこもった時に、天皇という言葉を一言彼等が言えば、私は喜んで一緒にとじこもったであろうし、喜んで一緒にやったと思う」「私は諸君の熱情は信じます。これだけは信じます。他のものは一切信じないとしても」など、三島のいくつかの発言は知っていたが、映像は初めて見た。

全共闘メンバーの話を聞く三島の態度が素晴らしい。途中で発言を遮ったり批判にムキになったりせず、相手の言おうとしていることを丁寧に汲み取ってそれに応じている。特に芥正彦とのやり取りは見応え十分であった。

討論の内容や時代背景については、時おり平野啓一郎、内田樹、小熊英二らによる解説が挿まれていて、理解を助けてくれる。

posted by 松村正直 at 00:07| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月05日

藤島秀憲歌集『ミステリー』

著者 : 藤島秀憲
短歌研究社
発売日 : 2019-10-11

456首を収めた第3歌集。

二週間ぶりのわたしの笑い声わたしは聞きぬ中野まで来て
駅から五分の町にわが住みまだ知らぬ六分の町七分の町
「自由業ねえ」と小首をかしげつつコーヒーはまだわれに出されず
わが腰の湿布は燃えるゴミにして日曜に貼り火曜に剝がす
親がもと子がもの泳ぐ水の面にわがもの顔の伊右衛門が浮く
おのが名を投票用紙に書きしという父の陽気をわれ受け継がず
吹きていし風しずまりぬ池の面に映れる塔を鴨が横切る
箸置きのある生活に戻りたり朝のひかりが浅漬けに差す
若き葉に蓋されている並木道ふぁいおーふぁいおー野球部がくる
せせらぎの音に消される雨の音 紐を二度ひき部屋を暗くす

1首目、長らく笑っていなかったことに気づいたのだ。
2首目、駅と家を往復するだけの生活が続いている。
3首目、不動産屋で部屋を借りる場面。自由業だと借りにくい。
4首目、毎週のルーチン。火曜が燃えるごみの日なのだろう。
5首目、「が」「も」の音の響き合いが楽しい。
6首目、選挙に来て、ふと亡くなった父を思い出したのか。
7首目、風が吹いている間は水面が揺れて塔の像はぼやけていた。
8首目、結婚して二人の暮らしが始まったところ。小さな幸せ。
9首目、「ふぁいおー」が実際の掛け声をよく表している。
10首目、旅先の宿に泊まった場面。「紐を二度ひき」が良い。

2019年9月27日、短歌研究社、2500円。

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2020年04月04日

古事記講座と歌会

今日は某所で少人数の古事記講座と歌会。様々な集まりが中止か決行かの難しい判断を迫られているが、どちらを選ぶにしろ大変なことに変わりはない。

13:00〜16:00の3時間の会だったが、いろいろと学ぶことがあって楽しかった。

例えば、「み」も「ち」も「霊威」を意味する言葉だが、「み」は位が高く(わだつみ、やまつみ)、「ち」は位が低い(みずち、おろち、いかずち)こと。かつて蚊取り線香の原料に使われていたのは、除虫菊の葉や茎ではなく花であること。その他、初めて知ったことがたくさんあった。

posted by 松村正直 at 19:27| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月03日

最後の授業

某カルチャーセンターは明日から休業になるとのことで、今日が「最後の授業」。いつ再開できるかは未定の状態なので、「また元気にお会いできる日まで」と言って皆さんと別れた。

posted by 松村正直 at 23:03| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月01日

4月1日

新年度。新学期。
誰にとっても良い人生のスタートでありますように。

posted by 松村正直 at 22:53| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする