2020年03月31日

知らない漢字

啄木の全集を読んでいると、しばしば見たことのない漢字に出くわす。今日はこの中央の字。

P1070662.JPG


調べてみると「セン」という字だった。「潺湲」という熟語になっていて、「さらさらと水の流れるさま。涙がしきりに流れるさま」を意味するとのこと。

かつて谷崎潤一郎が過ごした京都の書斎が「潺湲亭」という名前だったそうな。
https://nissin.jp/sekisontei_project/02.html


posted by 松村正直 at 17:03| Comment(0) | 石川啄木 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月30日

石牟礼道子・藤原新也『なみだふるはな』


2012年に河出書房新社より刊行された単行本の文庫化。
東日本大震災後の2011年6月13日から15日の三日間、熊本市の石牟礼道子宅で行われた対談を収めている。

帯に「水俣と福島―共振する、ふたつの土地」とあり、最初はちょっと強引な結び付け方ではないかと思ったのだが、対談を読み進めるうちに、水俣で起きたことと福島で起きたことの間には深い共通点があることがよくわかった。

電気が最初に来た日は、何時ごろ電気が来ますと町内でふれ合って、時計を見ながらみんなで待っているんです、電気を。傘もない裸電球ですけれども。そのときの驚きとうれしさはなかったですよ。「それで世の中が開ける」という言葉が家では定着していました。その最初を開いてくれたのは会社だ、と。
「チッソ」とはいっていませんでしたね。いまでも「チッソ」とはいわない。水俣に行けば「会社」という。
うれしかったですよ。だって、大人たちが「市になってよかった」と。日本の近代というのは田舎をなくそうということだったでしょう。それで、「田舎者」という言葉がありますように、「いなかもん」といわれるほど屈辱はない。

水俣とチッソの関係は、福島(の浜通り)と東京電力の関係とよく似ている。

石牟礼の記憶は非常に鮮明で、細かな部分にも話は及ぶ。それを丁寧に掬い取りながら話題を展開していく藤原のさばきも良い。内容の濃い優れた対談だと思う。

2020年3月20日、河出文庫、850円。

posted by 松村正直 at 21:18| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月29日

「塔」2020年3月号(その2)

手袋をはめた朝から冬だから落ち葉の道を立ちこぎでゆく
                 森 雪子

冬だから手袋をはめるのではなく、手袋をはめたから冬なのだという把握が面白い。寒さに縮こまらずに、自分を奮い立たそうとする。

全身に父の血母の血鳴り響くわたしはとてもいびつな楽器
                 田村穂隆

両親の血が自分の身体に流れていると思うと、好悪の入り混ざった感情が湧くのだ。そんな自分を「いびつな楽器」と表現したのがいい。

つぎつぎと二百の画面は暗みゆき二台の「社員さん」が灯りぬ
                 栗山れら

200台のパソコンの並ぶ職場に、正社員はたったの二人しかいない。定時にパートや派遣の人が仕事を終えた後も、その二人だけは残る。

スコープに見ゆる胃の荒れはわたくしのストレスにあらず
ハイターの跡         故 柴田匡志

病院で胃カメラの検査を受けている場面だろう。胃の内部に漂白剤の跡が残っている。自殺を企図して漂白剤を飲んだことがあったのか。

茗荷には茗荷にしかない色がある細く刻みて豆腐に載せる
                 丸山順司

ピンクと緑と黄色の混ざり合った独特な色合いをしていて、確かに茗荷色とでも呼ぶしかない。白い豆腐の上に色が映えて美味しそうだ。

どれよりも高く担がれヨコスカを米兵神輿がねりあるきゆく
                 北島邦夫

「よこすかみこしパレード」に米軍基地の兵士たちも参加している。アメリカ兵は背が高いので、数多くある神輿の中でも一番高くなる。

五十年前に出会いし三つ編みの少女が今はわれに指図す
                 坂下俊郎

「少女」=現在の妻ということだろう。ユーモアのある歌。あれこれ妻に指図されながら、三つ編みの少女だった頃を思い出している。

posted by 松村正直 at 00:31| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月28日

「塔」2020年3月号(その1)

ありがたうすみませんなどもう言はず一日黙つてゐたい病室
                 岩野伸子

入院中は看護師や見舞いの人に手伝ってもらうことが多く、そのたびにお礼を言っていると疲れてしまう。そっとしておいて欲しい気分。

いつまでも空き缶つぶす音がする妻を亡くしし人の庭より
                 竹下文子

独り暮らしになった男性が黙々と空き缶を潰している。その行為に没頭することで、心の空虚感をかろうじて埋めているのかもしれない。

男殺油地獄がもしあればあぶらはもっともっとひつよう
                 大森静佳

「女殺油地獄」では与兵衛がお吉を殺す場面で油壺が倒れて油まみれになる。この歌では逆に女が男を殺す場面をイメージしているのだ。

四つに組む力士のように舞茸の天麩羅ふたつ皿の上にあり
                 天野和子

初二句の比喩が面白い。てのひらのような形をした舞茸の天麩羅が二つ、立てたように皿に盛り付けられている。色も人間の肌っぽい。

干し首のごとき玉葱が吊られをりコーラあかるきヴェンダー
の陰               篠野 京

初句からぎょっとするような比喩が使われている。コカコーラの赤い自動販売機とその陰に吊られた玉葱の薄暗さの対比も印象に残る。

手の内の小さき画面に雨雲の無きを確かめスーパーへ行く
                 畑久美子

スマートフォンで天気予報の雨雲レーダーを見て、今のうちにと近所へ買い物に出たのだろう。何とも便利な時代になったものである。

子供なら跳んで渡つて遊ぶだらう礎石が並ぶ国分尼寺跡
                 岡田ゆり

点々と並ぶ礎石を見ながら、石から石へぴょんぴょん跳んでみたくなったのだ。でも、大人になるとなかなかそういうことはできない。

posted by 松村正直 at 00:56| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月27日

NHKスペシャル取材班『樺太地上戦』


副題は「終戦後7日間の悲劇」。
2017年8月14日のNHKスペシャルで放送された内容を書籍化したもの。

1945年8月9日のソ連の参戦に始まり、8月22日の停戦に至るまでに多くの死者を出した樺太の地上戦。生存者の証言や旧ソ連側の資料をもとに、その実態を描き出している。

日本国内での地上戦は沖縄戦(1945年3月26日〜6月23日)が唯一のものだったと信じている人は今も少なくない。樺太地上戦は日本人の記憶から失われたというよりは、認識すらされてこなかった歴史だった。
沖縄戦を当時、国はどう見ていたのか。内閣情報局が毎週発行していた「週報」から窺い知ることができる。1945(昭和20)年7月11日号で、沖縄戦について大本営報道部は、「3か月の貴重な時を稼いだ」とし、「作戦的勝利」と称賛している。
樺太(サハリン)の戦場で犠牲になった5000人とも6000人ともいわれる人々。その多くは民間人であったが、民間人と特定できる遺骨はいまだに1柱も日本に戻っていない。

8月15日の終戦後も「自衛戦闘」を継続するようにとの命令のもとに樺太では交戦が続いた。それはソ連軍の北海道占領を防ぐためだったとの見方もある。捨て石とされた人々の無念はいかばかりか。

2019年10月25日、KADOKAWA、1600円。

posted by 松村正直 at 00:06| Comment(0) | 樺太・千島・アイヌ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月26日

【延期】シリーズNORAサロン

4月8日(水)に予定していたシリーズNORAサロン「家族・社会・場所・歴史・表現」(松村正治×松村正直)は延期になりました。新しい日程が決まりましたら、またお知らせします。

posted by 松村正直 at 23:47| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

藤原龍一郎歌集『202X』

photo-fujiwara.jpg

10年ぶりに刊行された第11歌集。
現在の日本の政治状況・社会状況を憂える内容の歌が多い。

東京愛国五輪「日本ガマタ勝ッタ!」この永遠の戒厳令下
過労死の心霊もいるスポットと呪縛うれしき新国立競技場
駅前にアイドルならび声そろえ「千人針にご協力くださーい!!!」
新国立競技場のトラック喘ぎつつ夜ごと円谷幸吉走る
タブロイド版の見出しの大文字の「国民精神総動員(ONE TEAM)」 珈琲苦し
向日葵の数限りなく立ち枯れて向日葵畑そのジェノサイド
新国立競技場には屋根ありて雨に濡れざる学徒出陣

2首目、競技場建設に関わって亡くなった作業員たち。
3首目、もし戦争が始まればアイドルも戦争協力に駆り出される。
5首目、最近流行りの「ワンチーム」に戦前の「国民精神総動員」運動を重ねている。
7首目、昭和18年の出陣学徒壮行会は雨の神宮外苑で行われた。

東京オリンピックの延期が決まった今読むと、何か時代を予言したような印象も受ける一冊だ。

2020年3月11日、六花書林、2500円。

posted by 松村正直 at 06:03| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月25日

増補版というもの

西村佳哲『増補新版 いま、地方で生きるということ』は2011年刊行の本に2019年のインタビューが増補されている。8年の間に状況が変ったり、当初の思い通りに行かなくなったりした話も載っている。

彼はその後、キャベツ中心の大規模農家になりました。今はそのビジネスの成就に心血を注いでいるようです。当時は一緒に新しい試みを模索していましたが、今ではまったく交わることが無くなってしまいました。(柴田道文)
西村さんのインタビューの後にこの土地から離れていった人も沢山いましたし、私が『のんびり』に必死すぎたせいで、秋田に居ながらにして距離が生じてしまった人も多く、半ば強制的に自分の足で立たなければならなくなった。(矢吹史子)
氷見には2013年以来通えていないけど、子どもが生まれた子もいて、元気にしているという便りをもらっている。自費出版の写真集をみんなに届けに行ったのが最後です。(酒井咲帆)

こういう後日譚にこそ、生々しい現実が滲んでいるように感じる。それを読めるのが、この増補版の一番の良さかもしれない。

posted by 松村正直 at 21:13| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月23日

第22回「あなたを想う恋の歌」入賞作品

第22回「あなたを想う恋の歌」の入賞作品が発表されています。
https://www.manyounosato.com/sakuhin/sakuhin22

新型コロナウイルスの影響で授賞式が中止になってしまったのは残念ですが、今回も素敵な作品が多く集まり、熱のこもった選考が行われました。

最優秀賞
君が好きなロングヘアを切る日にはうるさいくらいセミが
鳴いてた         大塚 響花 (福井県)

優秀賞
閉ぢていく景色の中で君だけがいつもしづかな月光だつた
             島田 佳可 (熊本県)
ワイシャツの袖をまくりて草を刈るあなたを塩のように愛した
             長谷川 美智子 (愛知県)
君はもうこの角部屋には来ないから首を振らない扇風機一つ
             宮本 大乃心 (京都府)

入賞された皆さん、おめでとうございます。

posted by 松村正直 at 22:19| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月22日

渡部陽一『戦場カメラマンの仕事術』


テレビでも人気の著者が、戦場カメラマンになった経緯や取材の方法を記した本。第二部には4名のジャーナリストとの対談が載っている。

印象に残るのは下積み時代の話。アルバイトでお金を貯めては戦場に行くという日々だったようだ。

僕はひとりぼっちのフリーランスで、バナナの積み込み作業をして戦場に行き、編集部に写真を届け、1枚も使ってもらえずに、また積み込みをしてお金が貯まると戦場に行くという繰り返しでした。

他にも著者の考え方や大事にしていることが、いろいろと明らかにされている。

悩んだときにはゴー。悩んだそこには答えがある、と思うんですね。
21世紀はインターネットが発達して、取材の仕方、発表媒体、掲載のスピードなど様々な条件が変わってきています。しかし、基本のアプローチはアナログだと思います。
移動の段取りを自分で組み、手探りで進むことで、町の名前や思い出、移動手段のバス会社の名前などのひとつひとつがインプットされる。これもまた大切な取材の一環ですね。


2016年3月20日、光文社新書、880円。

posted by 松村正直 at 08:50| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月21日

読売新聞「四季」

今朝の読売新聞の長谷川櫂さんの詩歌コラム「四季」に歌を引いていただきました。

P1070656.JPG

こんなにも花咲くことのくるしくて苦しきゆえに咲くのか花は

posted by 松村正直 at 08:05| Comment(2) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月19日

【中止】広島県歌人協会短歌大会

4月5日(日)に行われる予定だった「広島県歌人協会短歌大会」は中止となりました。残念ですが、またの機会に。

posted by 松村正直 at 23:21| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

西村佳哲『増補新版 いま、地方で生きるということ』


2011年8月にミシマ社より刊行された本に増補加筆して文庫化したもの。東日本大震災後の2011年5月に東北と九州を訪れ、11人にインタビューしながら考えた内容に、8年後のインタビューが追加されている。

ふだん自然学校などを運営している方々が震災後の被災地に入って経験を生かしたボランティア活動をされていたことを、この本で初めて知った。「自然学校」と「震災」は全く関係ないように見えるのだが、ライフラインのない場所でどう生きるかという意味でとても近いものがあったのだ。

商売にせよ遊びにせよ、何事においても基本やっぱり“一人でできる”ということですよね。「自立」というか個々のパワーアップがないと、最終的に単なる村社会のようになってしまう。(柴田道文)
山菜やきのこの採り方だったり、いろんなことを知っていて。「なにもなくても生きていけるぜ」っていう、生きる力っていうのかな。それをすごく持っている人がたくさんいて。(柏ア未来)
欧米では公(public)・共(Common)・私(Private)の三つは別々の概念として捉えられている。(・・・)ところが日本では「公共」という言葉で、このうちの二つが一緒くたになっている。(徳吉英一郎)
中央/地方と分けてとらえること自体に違和感がある。僕の中でそれらの領域の境目が薄れてきている感じがあるんです。(田北雅裕)
フィジカルをケアしておけばいいと言ったのは、物事に反応する自分自身が変わっていくから。たとえば健康になると気分がいいから、またジョギングやろうかなって気になったり。(豊嶋秀樹)

生きる上でのいろいろなヒントが詰まった本。
でも、最後は誰だって自分で考えて決めなくてはならない。

2019年12月10日、ちくま文庫、860円。

posted by 松村正直 at 09:16| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月17日

坂田美奈子『先住民アイヌはどんな歴史を歩んできたか』


歴史総合パートナーズ5。
このシリーズはコンパクトで奥が深くおススメ!

アイヌの歴史や先住民の問題については基本的な部分で知らないことが多かったので、非常にためになる内容であった。

先住民問題とは石器時代に遡る話ではなく、多くの場合、近代史の産物なのです。
現在に伝わるアイヌの伝統文化が花開いたのは、実は和人との経済関係でいえば場所請負制の全盛期にあたる18世紀後半から19世紀にかけての時期であるともいわれています。
アイヌの近代においては、政府が強要する「同化政策」とアイヌ自身による自発的な「文化変容」を分けて考える必要があるのです。
実際には和人のアイヌへの同化という現象も見られたにもかかわらず、アイヌと和人の通婚によって、アイヌのほうが一方的に和人へ同化し、アイヌという固有の民族は消滅する、と考えられていた(…)

本書の優れている点は、アイヌを差別され虐げられてきただけの民族といった捉え方はしていないところだろう。差別や抑圧の問題点を指摘するとともに、アイヌの主体的な動きもきちんと描き出している。

これは非常に微妙な部分なのだが、著者はアイヌを差別や庇護の対象として見るのではなく、和人と対等な存在として、できるだけ客観的に記述しようとしている。その姿勢に共感を覚えた。

2018年8月21日、清水書院、1000円。

posted by 松村正直 at 22:48| Comment(0) | 樺太・千島・アイヌ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月16日

パソコン修理

昨日パソコンが起動しなくなり、急いで業者に修理してもらった。
幸いなことにデータ類はすべて残っていたが、いろいろな設定等を
やり直さなくてはならない。バタバタしております。

posted by 松村正直 at 18:00| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月14日

千島列島

いつか千島列島に行ってみたいという夢があって、時々「クリルツアー」というロシアの旅行会社のHPを眺めている。

日本語版もちゃんとあって、「シュムシュ島とパラムシル島での12日間のコース」とか「オンネコタン島での10日間のコース」など、いくつかのコースが紹介されている。

謎めいたクリール諸島はどんなロマンずきな人にも旅行者にも天国です。 近づきにくいこと、人が住んでいないこと、地理的に孤立していること、活火山、少ない情報などが、この霧や噴煙につつまれ、たくさんの秘密をもつ元日本軍の基地のある島々へ人々をひきつけずにはおかないのです。

ちょっと微妙な日本語の味わいも素敵で、何だか現実の世界とは思えない。参加した日本人はいるんだろうか??

posted by 松村正直 at 22:11| Comment(0) | 樺太・千島・アイヌ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月13日

武漢作戦

日中戦争は1937(昭和12)年7月に始まり、12月には中国の首都南京が陥落する。蒋介石率いる国民政府は、長江を遡るように南京から中流の武漢を経て上流の重慶へと移り臨時首都とした。

これを追うように日本軍は1938年(昭和13年)6月から「武漢作戦」と呼ばれる攻略戦を行い、10月に武漢を占領する。斎藤茂吉『寒雲』には戦勝の喜びを詠んだ歌が多数収められている。

あやまれる蒋介石の面前に武漢おちて平和建立第一歩
武漢三鎮なだるるなして落ちしかば我が心今日も呆(ほ)けたるごとし

「武漢三鎮」とは漢口、武昌、漢陽の三つの町のことで、現在はいずれも武漢市となっている。

漢口は燃えつつありといふ声のそのかたはらに人声(ひとごゑ)きこゆ
漢口にすでに雪ふるありさまが映画となりてわれに見しむる

いずれもニュース映画を見ての作品だろう。茂吉が「平和建立第一歩」と詠んだ武漢占領であったが、その後も中国が降伏することはなく、戦争は泥沼化していくのであった。

posted by 松村正直 at 11:02| Comment(0) | 戦争遺跡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月12日

スペイン風邪

1918(大正7)年から翌年にかけて「スペイン風邪」と呼ばれるインフルエンザが大流行した。死者は全世界で5000万人とも1億人とも言われ、日本でも約39万人が亡くなっている。

当時、長崎医学専門学校の教授であった斎藤茂吉も罹患した一人である。大正7年には「はやり風」が長崎でも広まり、茂吉もかなり用心していたようだ。

  長崎歌会 大正七年十一月十一日 於斎藤茂吉宅 題「夜」
はやり風(かぜ)をおそれいましめてしぐれ来し浅夜(あさよ)の床に一人寝にけり

それから一年経っても流行は収まらない。大正8年末には次のような歌を詠んでいる。

  十二月三十日。十一月なかば妻、茂太を伴ひて東京より
  来る。今夕二人と共に大浦長崎ホテルを訪ふ
四歳(よんさい)の茂太(しげた)をつれて大浦(おほうら)の洋食くひに今宵(こよひ)は来たり
はやり風はげしくなりし長崎の夜寒(よさむ)をわが子外(と)に行かしめず
寒き雨まれまれに降りはやりかぜ衰(おとろ)へぬ長崎の年暮れむとす

まだ小さな息子が感染しないように、外へ出ることを禁じている。
けれども、そんな茂吉自身が感染してしまったのだった。翌大正9年の歌。

  一月六日。東京より弟西洋来る。妻・茂太等と共に
  大浦なる長崎ホテルにて晩餐を共にせりしが、予
  夜半より発熱、臥床をつづく
はやりかぜ一年(ひととせ)おそれ過ぎ来しが吾は臥(こや)りて現(うつつ)ともなし

回復までにはかなり時間がかかったようで、「わが病やうやく癒えて・・・」という歌が詠まれるのは「二月某日」のことである。

posted by 松村正直 at 18:27| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月11日

東直子歌集『春原さんのリコーダー』


1996年刊行の単行本も持っているのだが、読書会のために文庫版を買って再読。懐かしい。

てのひらにてのひらをおくほつほつと小さなほのおともれば眠る
かの家の玄関先を掃いている少女でいられるときの短さ
井戸の底に溺死しているおおかみの、いえ木の枝に届く雨つぶ
テーブルの下に手を置くあなただけ離島でくらす海鳥(かもめ)のひとみ
柿の木にちっちゃな柿がすずなりで父さんわたしは不機嫌でした
七人の用心棒にひとつずつ栗きんとんをさしあげました
信じない 靴をそろえて待つことも靴を乱して踏み込むことも
お別れの儀式は長いふぁふぁふぁふぁとうすみずいろのせんぷうきのはね
気持ち悪いから持って帰ってくれと父 色とりどりの折り鶴を見て
羽音かと思えば君が素裸で歯を磨きおり 夏の夜明けに

1首目、相聞歌としても、子を寝かし付ける歌としても読める。
2首目、上句と下句が「少女」を蝶番にしてつながっている。
3首目、「狼と七匹の仔山羊」などの童話のイメージが下敷きか。
4首目、おとなしくかしこまった表情をしているのだろう。
5首目、回想のシーンを見ながら現在の私が喋っている味わい。
6首目、「用心棒」と「栗きんとん」の取り合わせがおもしろい。
7首目、初句切れ一字空けの威勢の良さ。受身でも能動でもなく。
8首目、ひらがな表記が効果的。催眠術に掛けられていくみたい。
9首目、確かに本物の鶴は白いのに、千羽鶴はなぜか極彩色だ。
10首目、「はおとか」「はだかで」「はをみがき」と音が響く。

2019年10月10日、ちくま文庫、700円。

posted by 松村正直 at 08:08| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月09日

4月以降の予定

4月5日(日)広島県歌人協会短歌大会 講演「歌の読みとは」
   【中止になりました】

4月8日(水)シリーズNORAサロン(東京)
    「家族・社会・場所・歴史・表現」(松村正治×松村正直)
   【延期になりました】

5月17日(日)第71回春の短歌祭(京都)
     講演「なぜ啄木の小説は失敗し短歌は成功したのか」
   【中止になりました】

5月21日(木)JEUGIAカルチャー「中之島バラ園」吟行(大阪)
 https://culture.jeugia.co.jp/lesson_detail_17-15703.html
   【中止になりました】

6月1日(月)NHK学園「伊香保短歌大会」
        対談「啄木のこと、これからのこと」
 https://www.n-gaku.jp/life/topics/5078
   【中止になりました】

6月13日(土)朝日カルチャー講座「永井陽子の歌と人生」(芦屋)
 https://www.asahiculture.jp/course/ashiya/d8167ae0-1a81-d047-7e54-5e379423bbf9


posted by 松村正直 at 08:49| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

岩本久則『クジラの玉手箱』


副題は「生きてるクジラを楽しもう!」。
1995年に小学館より刊行された『キューソクのクジラの缶詰』を加筆・修正して文庫化したもの。

1988年に小笠原で日本初のホエール・ウォッチングを行った著者が、鯨の種類や生態、日本人と鯨の関わり、捕鯨とIWC脱退の問題など、様々な角度から鯨について記した本。

クジラは地球始まって以来、最大の生きものである。
シロナガスクジラは、かつての恐竜よりもさらに大きく、最大記録は30メートルに及ぶ。これはボーイング767の機体とほぼ同じ長さである。
ホエール・ウォッチャーの間では、自分でクジラを発見すると「僕のクジラが潜った」とか「私のクジラを見せて上げる」などと、まるで発見した人に全ての権限があるかのような発言が飛び出します。
当時(19世紀:松村注)の捕鯨は大きな経済活動であり、産業としての位置づけは、現在想像するよりもはるかに重要なものであった。

副題にのある通り、鯨を殺して食べるのではなく、生きている鯨を見て楽しもうというのが、著者の基本的な主張だ。巻末には国内や海外のホエール・ウォッチングのポイントを載っている。機会があれば一度見に行ってみたい。

2019年12月11日、小学館文庫、600円。

posted by 松村正直 at 21:28| Comment(0) | 鯨・イルカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月05日

樋口智子歌集『幾つかは星』

photo-higuchi.jpg

「りとむ」所属の作者の第2歌集。3人の子を詠んだ歌が多い。

一斉にはばたく音に振り向けばいま満ちてゆく木蓮の花
胎動の腹に手を当て耳寄せて〈父〉とは遠きアプローチなり
手のひらにおさまるほどに畳みゆく小さくなったこの春の服
白衣着て消すわたくしのわたくしをロッカー室のハンガーは吊る
くちびるがおしゃぶり落としみどりごの浅き眠りは岸離れたり
コイケヤがカルビーを論破してゆくを半開きの耳のままに聞きたり
パンくずを残してわれのヘンゼルとグレーテル もう、帰っておいで
あちらとこちら行ったり来たり行ったきり「わたし、しぬの?」という問いのなか
もうこんな時間になった昼よりも重たく沈むリラの香りは
食べるのがしんどい母の病床にお守りだった赤紫蘇ゆかり

1首目、木蓮の大きな花びらを鳥に見立てている。
2首目、体内に胎児を育む母に対して、父は外から接するしかない。
3首目、幼児の成長に伴って、次々と着られなくなる服。
4首目、私服から白衣に着替える時に、公私の切り替えもする。
5首目、うとうとしていた幼児が本格的な眠りに入っていく。
6首目、どちらのポテトチップスが美味しいかの論争だろう。
7首目、遊びに行ったきりなかなか帰ってこない兄妹。
8首目、母の臨終の場面。何度か意識を取り戻した末に亡くなる。
9首目、夕方になると街路樹のリラの香りが濃く漂う。
10首目、食卓などで「ゆかり」を見ては亡くなった母を思い出す。

2020年2月12日、本阿弥書店、2200円。

posted by 松村正直 at 08:07| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月04日

3月は・・・

連日のように短歌のイベント、歌会、カルチャー教室の中止・延期の連絡があって、3月の予定がほとんど無くなってしまった。ぽっかり時間が空いたのだけれど気分は落ち着かず、忙しいのか暇なのかよくわからない。机のまわりには中途半端な状態で本や資料が積まれて、時おりガラガラと崩れてゆく。

posted by 松村正直 at 21:32| Comment(0) | メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月03日

松本実穂歌集『黒い光』


副題は「二〇一五年パリ同時多発テロ事件・その後」。

「心の花」「パリ短歌」所属の作者の第1歌集。短歌136首と作者が撮った写真75点が収められている。

にんげんの死にゐる重み抱きたるマリアにほそき蠟燭ともす
汗のにじむ肌(はだへ)のごとく街の灯を浮かべて昏く流れゆく川
人に名を初めて呼ばるその声の新しきまま夏となりゆく
国籍を再び問はるテロ警戒巡視パトカー戻り来しのち
空港は風の立つ場所 セキュリティゲートを二回裸足でくぐる
坂道の続くゆふぐれ死んでゐる魚を提げて女歩めり
座りゐる(だらう)ギターを弾く(らしき)女、キュビズム風の絵画に

1首目、教会のピエタ。「にんげんの死にゐる重み」に体感がある。
2首目、夜の川の光景。人体に喩えた初二句が独特だ。
3首目、姓ではなく名で呼ばれることの喜び。
4首目、テロの後、自分が外国人であることを意識せざるを得ない。
5首目、靴も脱いで「裸足で」通らなくてはならないのだ。
6首目、「死んでゐる」と捉えると日常の光景が違って見えてくる。
7首目、キュビズム風の絵なので、はっきりと断言はできない。

2020年2月20日、KADOKAWA、2000円。

posted by 松村正直 at 23:51| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月02日

『秘境旅行』のその後

『秘境旅行』はもともと1962年刊行の本なので、60年近く前の話ということになる。ここに載っている写真の多くは、今ではもう撮ることができないだろう。失われてしまったものや、無くなってしまったものがたくさんある。

一方で、この本に書かれた話のその後が続いている例もある。

例えば「一校長の執念の結晶」として紹介されている広島県千代田町(現・北広島町)の新藤久人氏の収集品は、現在、芸北民俗芸能保存伝承館に保存されている。
https://www.town.kitahiroshima.lg.jp/site/bunkazai/1775.html

また、町ぐるみで養鶏が奨励されていた島根県大東町(現・雲南市)は今でも養鶏が盛んで、「うんなんたまごプロジェクト」といった町おこしにも活用されている。
https://www.unnan-tamago.com/

こんなふうに現在まで繋がっているものがあることを知ると、何だかとても嬉しい。

posted by 松村正直 at 18:03| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月01日

芳賀日出男『秘境旅行』


1962年に秋元書房から刊行された本を再編集し、加筆・修正のうえ文庫化したもの。おススメの一冊。

「写真家としてこの十年間二千日くらい旅行をした」と記す作者が、北は北海道のノサップ岬から南は沖縄の久高島まで、昭和30年代の日本各地を訪れた記録。

150点余り掲載されている写真が実にいい。風景も人の表情も、豊かで力がある。私の生まれる前の世界なので、懐かしさとは違う。別世界の美しさといった感じである。

文章も味わい深い。

歯舞をすぎてバスの車掌が、
「カワイさん前」
と呼ぶ。北海道の田舎を旅行していると「タカハシさん前」とか、「キムラさんのお宅前」という名のバスの停留所にあう。広々とした原野の中にぽつんと一軒、サイロウを持った農家がある。(北海道ノサップ)
鉄道東海道線が開通して回船制度が消滅すると、同時にそれは妻良の没落であった。以後七十年間、妻良は毒りんごを食べた白雪姫のように眠りつづけてしまった。(静岡県妻良)
誰一人知る人もない外泊の村へ坂をこしてゆくのはいくらか心細かった。それでも岬をまわって外泊を一目見た時、私の瞳は天地に一ミリずつ大きく開いたほどの素晴らしさに見とれた。(愛媛県外泊)

全国18か所が紹介されているのだが、私が行ったことのあるのは「網走」と「舳倉島」の2か所だけ。もっと日本のあちこちに行ってみないとなあ。

2020年1月25日、角川ソフィア文庫、1160円。

posted by 松村正直 at 21:58| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする