1910(明治43)年の大逆事件と韓国併合を中心とした近代以降の日本の歴史が、文学者の作品や人生にどのような影響を与えてきたのかを詳しく分析した一冊。
登場するのは、佐藤春夫、与謝野鉄幹、夏目漱石、永井荷風、谷崎潤一郎、小林勝、井上光晴、中上健次、有島武郎、金時鐘、梁石日、金石範、開高健、小松左京、三島由紀夫、村上春樹、大江健三郎など。
柳田国男の『遠野物語』の刊行が、一九一〇年という日本近代史上記憶されるべき年と重なっていたことを想起しよう。周知のように柳田は、自身の民俗学的思考を、「新たなる国学」という自覚のもとに整備していった。
金胤奎(キムインキュウ)を本名とする立原正秋は、両親とも純粋な朝鮮人であることを隠してきた「来歴否認者」であったが、それは文学者には必ずしも珍しいタイプではない。
漱石のテキストでも、同性愛的接触は御法度になっている。その代償行為として、『それから』では「親友の妹」との結婚というテーマが浮上する。それは、男同士の緊密な関係性を担保するための「女性の交換」である。
この「親友の妹」との結婚というテーマは、例えば石川啄木と宮崎郁雨の関係を想起させる。郁雨は啄木の妹の光子との結婚を望んだものの断わられ、啄木の妻節子の妹ふき子と結婚したのであった。
全体に分析が鋭くて面白いのだが、やや図式化し過ぎな点が気になった。また、文章もわかりやすいとは言えない。
三島由紀夫から村上春樹への、文学的パラダイムの移行のポイントには、「在日」性の文学の去就にはおよそ無縁な、戦後社会におけるサブカルチャー的な文化現象、とりわけその「純文学」世界への浸透という問題があった。
こうした一文を理解しようとするだけでも、相当な時間がかかる気がする。
2010年11月15日、平凡社新書、760円。