2018年11月01日

「塔」2018年10月号(その2)


 かなへびを咥えて来たる飼い猫を足で叱りて歯を磨きおり
                      永久保英敏

「足で叱りて」が面白い。洗面所で歯を磨いている作者のもとに、猫が獲物を見せに来たのだ。手が塞がって動けないので、足でさっと払いのける。

 とろみある空気の中を跳ねるよう線路の上に赤とんぼ飛ぶ
                      中西寒天

「とろみある」という形容がいい。いかにも秋の空気という感じがする。そのとろみの中をゆっくりと飛ぶ赤とんぼ。懐かしさと心地よさが伝わってくる。

 リコーダーを復習ふ子けふは二音のみシソシソシソシソ七夕近し
                      西山千鶴子

小学生が家でリコーダーを吹いているのが聴こえる。苦手な音のところだけ繰り返し練習しているのだろう。結句「七夕近し」が季節を感じさせて良い。

 コロッケを揺らして帰る道端に朝顔の芽の双葉のみどり
                      吉原 真

肉屋か総菜屋でコロッケを買って帰るところ。何でもない日常の一こまだが、「コロッケを揺らし」「双葉のみどり」に幸せな気分がうまく出ている。

 七夕も雨 締まりをらむ玄関の鍵をまはせば鍵の締まりぬ
                      篠野 京

家の鍵を開けようとしたら、既に開いていて、反対に閉めてしまったのだ。「七夕も雨」という初句も含めて、ちぐはぐでうまく行かない感じが滲む。

 こはいから殺したいのと女生徒が蜘蛛を追ひつむ箒を持ちて
                      森永絹子

「こはいから殺したいの」という台詞はよく考えるとけっこう怖い。蜘蛛が現実に何をするわけでもないのだが。人間の心理を鋭く突いている歌だ。

 轢かれたる蝉はかたちを失くしたりただ色だけを路上にのこし
                      吉田京子

蝉の色だけが模様のようにアスファルトに残っていたのだ。描写が的確で映像が目に浮かぶ。死んで地面に落ちた蝉のこの世での最後の姿。

 帆船のごとく背中を膨らませ夏服の子ら湖へと下る
                      丸本ふみ

湖へ向かって子どもたちが坂道を駆けていくのだろう。白いシャツの背中が風に大きく膨らむ。季節も天気も未来も、すべてが明るさに溢れている。

 騙し絵の鳥に見られるあなたとの朝の食卓、夜の食卓
                      岡田ゆり

ダイニングの壁に飾られている一枚の絵。下句「朝の食卓、夜の食卓」がいい。現実と絵の世界が入れ替わってしまうような不思議な感じがある。

 「つぎのかげまで競争だ」子供って暑いことさえ遊びにできる
                      松岡明香

強い日差しが照り付ける夏の日。大人は無駄な体力を使わないようにひっそりと歩くが、子どもたちは日陰から日陰へと走って行く。汗をかきながら。

posted by 松村正直 at 14:56| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする