かなへびを咥えて来たる飼い猫を足で叱りて歯を磨きおり
永久保英敏
「足で叱りて」が面白い。洗面所で歯を磨いている作者のもとに、猫が獲物を見せに来たのだ。手が塞がって動けないので、足でさっと払いのける。
とろみある空気の中を跳ねるよう線路の上に赤とんぼ飛ぶ
中西寒天
「とろみある」という形容がいい。いかにも秋の空気という感じがする。そのとろみの中をゆっくりと飛ぶ赤とんぼ。懐かしさと心地よさが伝わってくる。
リコーダーを復習ふ子けふは二音のみシソシソシソシソ七夕近し
西山千鶴子
小学生が家でリコーダーを吹いているのが聴こえる。苦手な音のところだけ繰り返し練習しているのだろう。結句「七夕近し」が季節を感じさせて良い。
コロッケを揺らして帰る道端に朝顔の芽の双葉のみどり
吉原 真
肉屋か総菜屋でコロッケを買って帰るところ。何でもない日常の一こまだが、「コロッケを揺らし」「双葉のみどり」に幸せな気分がうまく出ている。
七夕も雨 締まりをらむ玄関の鍵をまはせば鍵の締まりぬ
篠野 京
家の鍵を開けようとしたら、既に開いていて、反対に閉めてしまったのだ。「七夕も雨」という初句も含めて、ちぐはぐでうまく行かない感じが滲む。
こはいから殺したいのと女生徒が蜘蛛を追ひつむ箒を持ちて
森永絹子
「こはいから殺したいの」という台詞はよく考えるとけっこう怖い。蜘蛛が現実に何をするわけでもないのだが。人間の心理を鋭く突いている歌だ。
轢かれたる蝉はかたちを失くしたりただ色だけを路上にのこし
吉田京子
蝉の色だけが模様のようにアスファルトに残っていたのだ。描写が的確で映像が目に浮かぶ。死んで地面に落ちた蝉のこの世での最後の姿。
帆船のごとく背中を膨らませ夏服の子ら湖へと下る
丸本ふみ
湖へ向かって子どもたちが坂道を駆けていくのだろう。白いシャツの背中が風に大きく膨らむ。季節も天気も未来も、すべてが明るさに溢れている。
騙し絵の鳥に見られるあなたとの朝の食卓、夜の食卓
岡田ゆり
ダイニングの壁に飾られている一枚の絵。下句「朝の食卓、夜の食卓」がいい。現実と絵の世界が入れ替わってしまうような不思議な感じがある。
「つぎのかげまで競争だ」子供って暑いことさえ遊びにできる
松岡明香
強い日差しが照り付ける夏の日。大人は無駄な体力を使わないようにひっそりと歩くが、子どもたちは日陰から日陰へと走って行く。汗をかきながら。