2018年11月30日

竹田津実著 『獣医師の森への訪問者たち』


北海道で獣医師として働きながらキタキツネの生態調査やナショナルトラスト運動などに尽力した著者。1991年に退職してからは執筆家・写真家として活躍している。

表紙の写真が何とも素敵だ。「治療中に脱走したユキウサギを追う看護婦長・・・カミサンを撮ったもの」と説明がある。

以前、函館に住んでいた時に北海道関連の本をいくつも読んだのだが、その中にこの著者の『北海道動物記』『北海道野鳥記』(平凡社ライブラリー)があった。2冊とも非常に印象的でいっぺんに好きになった。

本書は主に1970年代の出来事や様々な人々との交流の思い出を記した18篇を収めている。「青春と読書」2016年10月号〜2018年5月号に連載した文章をまとめたものだ。

北海道と樺太の深いつながりを示す一篇もある。

Sさんは近くの養狐場に勤めていた。(・・・)日魯漁業(現・マルハニチロ)のもつ日魯毛皮(現・ニチロ毛皮)の網走飼育場の飼育員である。歴史は長い。終戦時は樺太、現サハリンにいた。その時も毛皮場の飼育員でそのままシベリアへ抑留され、そこでも同じことをやっていた。

樺太から引き揚げてきた人が北海道には多く住んでいる事実を、あらためて教えられる記述であった。

2018年11月25日、集英社文庫、740円。

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2018年11月29日

永田紅歌集 『春の顕微鏡』


2006年から2011年までの作品676首を収めた第4歌集。
3首組で300ページと、かなりのボリュームである。

記憶力あわきあなたは忘れゆく鎌倉駅の黒ぶちの子猫
裏門は厩舎の横にありけるを君が開きて我が閉じたり
歯を磨きながら会話を思うとき聞き違えられし言葉に気づく
アムールの真水が塩を薄めつつ海の凍りてゆくさまを聞く
道草を食っているのは馬だから人はその辺に立ちて待ちたり
ちょっとここで待っていてねと日溜まりが老婆をおきてどこかへゆけり
フラスコの首つかまえて二本ずつ運べば鳥を提げたるごとし
やがていろんな猫が入ってくるようになって芝生はトムを忘れる
すずかけの日射しは過去でしかないが私は捨ても否定もしない
遺体みな磁針のように北向きに寝かされて長き日本列島

1首目、デートで見かけた子猫のことを相手はいつか忘れてしまう。
2首目、いつも相手の後に続いて門を通り抜けたのだ。
3首目、何時間も前の会話の食い違いの理由にようやく気付く。
4首目、オホーツク海に流氷ができる仕組みの話。
5首目、「道草を食う」という慣用句を、本当の意味で使っている。
6首目、老婆が休んでいる間に日が移ってしまったのだ。
7首目、カモなどを手に提げているイメージだろう。
8首目、飼い猫のトムが死んだ後の庭。「芝生は」という主語が面白い。
9首目、自らの過去に対する向き合い方。
10首目、「磁針のように」という比喩と結句の飛躍が印象的な歌。

 「らりるれろ」言わせて遊ぶ電話には山手線の放送聞こゆ

東京で働いている夫と電話している場面。かつては酔った父に電話で言わせていた言葉である。

 らりるれろ言ってごらんとその母を真似て娘は電話のむこう
                    永田和宏『饗庭』

2018年9月25日、青磁社、3000円。

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2018年11月28日

歌集、お持ち帰りくださいの会

【歌集、お持ち帰りくださいの会】
日時:12月12日(水)17時〜
場所:塔短歌会事務所(烏丸丸太町)

蔵書整理で出てきた古い歌集や事務所の本棚に入りきらない歌集を、読んで頂ける方に無料でお譲りします! 会員でない方も大歓迎。17時にお集まりください。

事務所の地図→http://toutankakai.com/information/

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2018年11月27日

「塔」2018年11月号(その2)

 水平に、また垂直に伸びていく都市だ 五階の窓をひらけば
                        紫野 春

高い建物の窓から眺めると、街が平面的に広がるだけでなく、立体的に伸びていることに気が付く。「水平に、また垂直に」という始まり方がいい。

 年寄りはみな赤ん坊に触れたがり雨の街ゆくバス華やげり
                        王生令子

赤ちゃんが一人いることで、周りが賑やかになる感じがよく伝わってくる。赤ちゃんに触れると、何かエネルギーをもらって若返ったような気分になる。

 常夜灯ついてるほうがなんとなく心細くて暗闇にする
                        小松 岬

蛍光灯のナツメ球のこと。一般的には真っ暗だと不安なので常夜灯を点けておく。でも、言われてみれば確かに、ほのかな光なのでかえって心細い。

 二刀流宮本武蔵はすぐ倒(こ)ける父が作りし小っちゃい人形
                        松下英秋

情景がありありと目に浮かぶ歌。刀を二本持っているのでバランスが悪く、すぐに前に倒れてしまうのだ。何とも弱そうな宮本武蔵なのがおかしい。

 機械油に汚れし階段のぼりゆく産前休業まであと七週
                        吉田 典

工場などの職場で働いている作者。妊娠中なので階段をのぼるのも大変である。「あと七週」と自身に言い聞かせながら一日一日働いているのだ。

 浄水場のみづは水路を走りをりしんそこほそいクロイトトンボ
                        松原あけみ

水路の上をクロイトトンボが飛んでいるところ。「しんそこほそい」のひらがな表記が効果的。トンボの身体の細さだけでなく水の流れもイメージされる。

 落石に押し潰された看板の「落石注意」はだいぶ正しい
                        平出 奔

交通標識の破損をユーモアを交えて詠んでいる。まさに注意喚起していた通りに落石があったわけだから、標識としてはある意味本望かもしれない。


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2018年11月26日

「塔」2018年11月号(その1)

 たまたまに外出どきの蚊のひとつ肩にとまりてわが家にはひる
                        大橋智恵子

蚊のことが別に嫌いなわけではないようで、冷静に観察している。洋服の肩に止まったまま家に入って来てしまった蚊を心配しているようでもある。

 巡回の鳩のうしろをしずしずと立ちゆく朝のちいさき草は
                        なみの亜子

鳩が踏みつけた後で草がまた起き上がる様子。「巡回」とあるので、鳩はそのあたりを何度もぐるぐる歩いているのだ。鳩と草と作者の朝のひととき。

 子供らがよくしてくれてと人に言ひ母は私をつなぎとめたい
                        久岡貴子

上句だけ読むとほのぼのした家族の話かと思うのだが、下句でドキッとさせられる。母と娘の間の心理的な駆け引きが一首に深い陰翳を与えている。

 へろへろと去年の糸瓜が芽を出すから男なんてと思つてしまふ
                        大島りえ子

前年に育てた糸瓜のこぼれ種が芽を出したのか。糸瓜の芽から下句の「男なんて」に飛躍したところが面白い。何か不満に思うことがあったのだろう。

 三人産むはずだったのと今日も言う母の穴すべて今塞ぎたし
                        朝井さとる

実際は一人か二人しか産まなかった母。娘である作者にしてみれば、「私では不満なの」と言いたくなる。下句は介護の場面か。何とも強烈な表現。

 捻子一つ夫の手にありパソコンの椅子の組み立て終わりしあとを
                        数又みはる

ユーモアのある歌。どこかの捻子を一つ付け忘れたのだ。でも組み立てには順序があるから、もう一度バラバラにしない限り締めることができない。

 ふた回り小さきバスが巡行す若きみどりのペイント塗られ
                        岡山あずみ

近年あちこちでよく見かけるコミュニティバスだろう。通常の路線バスより小さな車体のものが多い。そして、過剰なまでの明るさが演出されている。


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2018年11月25日

選考会&会議

3連休の秋の京都は大勢の観光客で賑わっている。
いつも乗るJR奈良線も「稲荷駅」「東福寺駅」の混雑がすごい。

昨日は13:30〜17:30、塔短歌会事務所で選考会。
今日は11:00〜17:00、メルパルク京都で会議。

どちらも順調に話は進んだが、ずっと喋り続けたので疲れた。
明日からはまた通常の日々に戻る。

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2018年11月22日

京都平日歌会

今日は13:00から「塔」の京都平日歌会へ。
毎月第4木曜日に塔短歌会事務所で行っている。

会場が狭いため参加者同士の距離が近く、
意見が言いやすい歌会になっていると思う。
歌会にとってはそれがとても大切。

2012年に立ち上げた歌会も、今日で77回目。
調べてみると、そのうち72回出席している。

といっても、参加回数が1番というわけではなく
4番である。最も参加回数が多い方は75回。
皆さんとても熱心で、毎回励まされている。

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2018年11月21日

鶫書房

以前、ながらみ書房で『樺太を訪れた歌人たち』を担当してくださった爲永憲司さんが、今年3月に西荻窪で鶫書房という出版社を立ち上げた。

https://www.tsugumishobou.com/

「鶫」は「つぐみ」。

ホームページの「鶫書房編集便り」には、和歌・短歌の相当マニアックな話が載っていて面白い。近代短歌や書籍について調べるのが本当に好きなんだなあと思う。

「マツコの知らない世界」を観ていても感じることだが、「本当に好きだ」という気持ちや思いの強さは、その話題に興味がない人にも確実に伝わる。それは、とても大切なことだと思う。

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2018年11月19日

現代歌人集会秋季大会

12月2日(日)にアークホテル京都で、現代歌人集会秋季大会が
開催されます。米川千嘉子さんの講演「人間的なるものの深さへ
〜岩田正と窪田空穂〜」や第44回現代歌人集会賞(山下翔歌集
『温泉』)の授与式などが行われますので、ぜひご参加下さい。


  2018歌人集会秋季大会.png

   (クリックすると大きくなります)
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2018年11月17日

NHK取材班著 『外国人労働者をどう受け入れるか』


副題は「「安い労働力」から「戦力」へ」。

2016年に、日本で働く外国人労働者は100万人を超えた。その中には、「留学生」や「技能実習生」などの名目で働いている人も多い。以前、私が働いていた物流倉庫には中国人の実習生がいたし、プラスチック成型の工場ではベトナム人の実習生が働いていた。

今、ちょうど外国人労働者の受け入れ拡大のための「出入国管理法改正案」が国会で審議されているところ。外国人労働者を企業の論理で使い捨てにするのではなく、共存共栄していくためにはどうすれば良いのか。

これからの日本社会を考える上で、非常に大事な問題だと思う。

2017年8月10日、NHK出版新書、780円。

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2018年11月14日

「現代短歌」2018年12月号

第6回現代短歌社賞が発表になっている。
門脇篤史「風に舞ふ付箋紙」300首。

 ハムからハムをめくり取るときひんやりと肉の離るる音ぞ聞ゆる
 牛乳に浸すレバーのくれなゐが広がるゆふべ 目を閉ぢてゐる
 子を成すを恐るる我と恐るるに倦みたる妻と窓辺にゐたり

堅実な詠みぶりの力ある作者で、今後が楽しみだ。

選考委員4名(阿木津英・黒瀬珂瀾・瀬戸夏子・松村正直)による座談会も29ページにわたって掲載されている。ふつうは座談会を行っても誌面に載るのは半分か3分の1くらいの分量になるのだが、これは当日の話のほぼすべてが載っている。

ところどころ緊迫した(?)やり取りもあるので、皆さんぜひお読みください。

なお、第7回現代短歌社賞の募集も始まっています。
歌集未収録作品300首(未・既発表不問)。
締切は来年7月31日。

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2018年11月12日

カルチャーセンター

大阪、芦屋、京都でカルチャー講座を担当しています。
短歌に興味のある方は、どうぞご参加下さい。大歓迎です。

◎毎日文化センター梅田教室 06−6346−8700
 「短歌実作」 毎月第2土曜日 *奇数月を松村が担当しています。
   A組 10:30〜12:30
   B組 13:00〜15:00

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「はじめてよむ短歌」 毎月第1金曜日 10:30〜12:30

◎朝日カルチャーセンター芦屋教室 0797−38−2666
 「短歌実作(A)」 毎月第3金曜日 11:00〜13:00
 「短歌実作(B)」 毎月第3金曜日 13:30〜15:30

◎JEUGIAカルチャーイオンタウン豊中緑丘 06−4865−3530
 「はじめての短歌」 毎月第3月曜日 13:00〜15:00

◎JEUGIAカルチャーセンター京都 de Basic. 075−254−2835
 「はじめての短歌」 毎月第3水曜日 10:00〜12:00

◎JEUGIAカルチャーセンターMOMOテラス 075−623−5371
 「はじめての短歌」 毎月第1火曜日 10:30〜12:30

◎醍醐カルチャーセンター 075−573−5911
 「初めてでも大丈夫 短歌教室」 毎月第2月曜日 13:00〜15:00

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2018年11月11日

三上延著 『ビブリア古書堂の事件手帖』



副題は「扉子と不思議な客人たち」。

「ビブリア古書堂」の話は7冊で終ったと思っていたのだが、新しい本が出た。最初のシリーズから7年が経ち、栞子と大輔は結婚して娘の扉子(6歳)が生まれている。

四つの話がテンポよく展開して面白かった。
あとがきに「いずれまた登場するかもしれません」とある。
番外編というよりも新シリーズの始まりということなのだろう。

2018年9月22日、メディアワークス文庫、610円。

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2018年11月10日

米川千嘉子歌集 『牡丹の伯母』

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2015年から2018年までの作品440首を収めた第9歌集。
タイトルの読みは「ぼうたんのをば」。

岡本かの子の恋人の墓訪ひゆけば守りびと老いて墓移りぬと
つやつやの茄子の深色(ふかいろ)いただきぬ人間(ひと)ならどんな感情ならむ
ひとは誰かに出会はぬままに生きてゐる誰かに出会つたよりあかあかと
中古品となりし歌集を買ひもどす互ひにすこし年をとりたり
吉永小百合のほほゑみコンコースにつづき何かの罪のごとく老いざる
首すぢから腰から濡れて螺旋描(か)くやうに濃くなる菖蒲を見たり
転勤をかさねるうちにわが息子段ボール箱の一つにならむ
蠟梅のうすく磨いた花びらにそよと巻きつくひよどりの舌
リハビリ棟の窓に映れる二重奏若き腕(かひな)と老いたる腕(うで)と
最後の晩餐おもへば夫も子もをらずただしんしんと粥食べるわれ

1首目、かの子の恋人はたくさんいるが、これは早稲田の学生だった堀切茂雄のこと。若くして結核で亡くなった。
4首目、自分も歌集も同じだけの歳月を経て再会したのだ。
5首目、コンコースの柱などにポスターや映像があるのだろう。「何かの罪のごとく」が印象的。
8首目、「うすく磨いた」に蠟梅の花の質感がうまく出ていて、ほのかなエロスも感じる。
9首目、リハビリする人と介助する人。「腕」だけで表現しているのがいい。

2018年9月8日、砂子屋書房、3000円。


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2018年11月09日

久住邦晴著 『奇跡の本屋をつくりたい』



副題は「くすみ書房のオヤジが残したもの」。

「なぜだ!?売れない文庫フェア」「中学生はこれを読め!」などの企画や、併設するカフェの運営など、札幌でユニークな書店として知られた「くすみ書房」店主の書いた原稿をまとめた本。店は2015年に閉まり、著者は2017年に亡くなった。

多くのファンが支援する心温まるストーリーとしても読める一冊だが、それ以上に、書店の現状の厳しさが伝わってくる内容だ。様々な営業努力にもかかわらず売り上げは減り店は傾いていく。時代の流れと言えばその通りだが、その残酷な現実に胸が痛む。

本屋で本を買うことの大切さをあらためて感じた。

2018年8月28日、ミシマ社、1500円。

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2018年11月08日

近刊予告 『戦争の歌』


12月14日に笠間書院から『戦争の歌』という本を出します。
「コレクション日本歌人選 第4期」(20冊)の1冊です。

日清・日露戦争からアジア・太平洋戦争まで、戦争を詠んだ51の歌を取り上げて鑑賞しました。定価は1300円です。

http://shop.kasamashoin.jp/bd/isbn/9784305709189/


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2018年11月07日

北村薫著 『中野のお父さん』


2015年9月に文藝春秋から刊行された単行本の文庫化。

円紫さんシリーズ、覆面作家シリーズ、ベッキーさんシリーズなどを書いてきた作者の新たな「日常の謎」シリーズ。

文芸編集者の娘と国語教師の父が主人公ということもあって、本に関する話が多い。幸田露伴と斎藤茂吉の対談も出てくる。短歌は出てこないが、俳句の話は出てくる。

――《は》と《に》。わずかに一字の違いだ。しかし、おかげで解釈が揺らがなくなる。一句の意味が、堅固な城となる。

全体にやや軽めの内容で、次作が出たとしても読むかどうかは微妙。

2018年9月10日、文春文庫、650円。

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2018年11月06日

映画 「ボクはボク、クジラはクジラで、泳いでいる。」

監督:藤原知之、脚本:菊池誠
キャスト:矢野聖人、武田梨奈、岡本玲、鶴見辰吾ほか

和歌山県太地町の「くじらの博物館」を舞台に、若いトレーナーや学芸員たちが博物館を盛り上げようと奮闘する姿を描いた青春映画。

太地町には以前から一度行ってみたいと思いつつ、まだ実現していない。来年あたりぜひ訪れてみたい。

MOVIXあまがさき、117分。

posted by 松村正直 at 22:32| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年11月05日

飯田彩乃歌集 『リヴァーサイド』

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2010年から2017年の作品328首を収めた第1歌集。
「未来」所属。2016年、第27回「歌壇賞」受賞。

写真いちまい端から燃えてゆくやうに萎れてしまふガーベラの赤
木香薔薇の配線は入り組みながらすべての花を灯してゐたり
覗きこめばあなたは祖母の貌をして水の底よりわたくしを見る
雨音は性欲に似てカーテンをひらく右手を摑む左手
ベッドから遥かに望むつま先はなんと儚い岬だらうか
喫茶店の床にごろりと寝転んだ犬のかたちに呼吸(いき)はふくらむ
雨音ももう届かない川底にいまも開いてゐる傘がある
そこだけが雪原の夢 プロジェクタの前にあかるく埃は舞つて
腕は錨 ベッドのふちに垂らしては眠りの岸をたゆたつてゐる
釣り針を口にふくみてたゆたひぬ基礎体温のうねりの中に

2首目、木の枝を「配線」に喩えたのが鮮やか。木香薔薇ならではの感じ。
3首目、入院している祖母を見舞った歌。「祖母の貌をして」が悲しい。
6首目、犬の身体全体が膨らむ感じ。
7首目、傘が「開いてゐる」ところに哀れを感じる。
10首目、口に咥えた基礎体温計を「釣り針」に喩えているのが印象的。

比喩を使って日常を異化するのが得意な作者だが、歌集の最後の方の妊娠・出産を詠んだ歌については、この手法はあまり効果を上げていないように感じた。

2018年9月9日、本阿弥書店、2200円。


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2018年11月04日

三浦光子著 『兄啄木の思い出』


著者は石川啄木の妹。伝道師として布教活動を行ったのち、夫の三浦清一とともに神戸の養護施設「愛隣館」で働いた。

啄木に関する貴重な証言が多く収められているほか、いわゆる「不愉快な事件」や啄木の墓をめぐる問題についても自らの主張を述べている。

兄について書かれたもののなかには、じつに的はずれな批評、考察、曲解などをまことしやかに語り伝えているものもあります。こうしたことに触れるにつけて、私は驚くと同時に、ただ一人の妹として、できるだけ訂正しておきたいものと考え、このたび本書をまとめました。真実の啄木を知っていただきたいと思ったからです。

当時76歳だった著者の思いは、この「あとがき」の文章からもよくわかる。批判の矛先は啄木の妻・節子の実家である堀合家、金田一京助、宮崎郁雨、岩城之徳にも及んでいて、一人の人間の「真実」を捉えることの難しさを思わせられる。

1964年、理論社、420円。

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2018年11月03日

佐伯裕子歌集 『感傷生活』

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2011年から2017年までの作品397首を収めた第8歌集。

 ともに戦後を長く生ききて愛らしく小さくなりぬ東京タワー
 回すとき鍵というもの不安めき開けば黒々と海もりあがる
 誰とても親の裸は見たくなく襖のようにそろりとひらく
 桜は、そう散りかけがいいと囁かるわたしのような声の誰かに
 長方形の風を受けんと北の窓南の窓を開け放ちたり
 飛来するトンネルの穴つぎつぎに生きているまま吸いこまれたり
 どの人の仰向く顔も花に映えこの世ならざる輝きに充つ
 川よりも雲ゆく速度のはやき見て持ち重りする身体ひとつ
 右へ流れて列車の窓が去りしのち動きだしたりこちらの窓は
 天草はタコでしょと蛸の姿煮の大皿さしだすおばさんの力

1首目、作者は昭和22年生まれ。東京タワーは昭和33年竣工。
2首目、誰もいない家に帰って来て扉を開けるところだろう。
3首目、親の介護に関わる場面。上句のストレートな表現が痛切。
4首目、花見をしていて聞こえて来た言葉。下句がおもしろい。
5首目、長方形の窓の形のままに風が抜けていく感じ。
6首目、「飛来する」がすごい。「生きているまま」もすごい。
7首目、花見をしている人の顔を詠んでいて、少しこわい歌。
8首目、年齢を重ねてだんだん心の自由が効かなくなっていく。
9首目、駅で電車が行き違うところ。初句の入り方がいい。
10首目、旅先の食堂だろうか。おばさんの豪快な感じが楽しい。

2018年9月13日、砂子屋書房、3000円。


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2018年11月02日

玉井清弘歌集 『谿泉』




2014年から2016年までの作品465首を収めた第9歌集。

ショーケースに手をさし出(いだ)す観音に届くことなしこの世の落花
風呂敷に包まれている菓子の箱まむすびのうえに春の陽とどく
殺虫剤あびて逃れしすずめ蜂きのうの雨にうたれ死にけん
逆さまにプラスチックの烏二羽ぶら下げられぬ柿の上枝(ほつえ)に
歩きだすまでの同行二人なる杖は電車に置きどころなし
山脈を越えて土佐路となりたれば太平洋のかがよいあふる
倒木を撤去中なるアナウンス停車のむこう白波しぶく
でんぼやは生姜糖売る店なれど市立てる日の今日も閉店
朝一の一番釜のうどんへと並ぶ讃岐の男ら寡黙
古民家の管理のために火を焚くと今日もきたれる翁つつまし

2首目、「まむすび」は風呂敷の結び方。この一語で歌になった。
3首目、すずめ蜂の死に際の姿を想像して、憐れんでいる。
5首目、遍路に欠かせない杖だが、車中では何の役にも立たない。
6首目、四国山脈を越えて太平洋側に出た時の開放感。
9首目、「一番釜」という言葉を初めて知った。うどん好きな人々。
10首目、囲炉裏の火を焚かないと家が傷んでしまうのだ。

2018年9月14日、角川文化振興財団、2600円。


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2018年11月01日

「塔」2018年10月号(その2)


 かなへびを咥えて来たる飼い猫を足で叱りて歯を磨きおり
                      永久保英敏

「足で叱りて」が面白い。洗面所で歯を磨いている作者のもとに、猫が獲物を見せに来たのだ。手が塞がって動けないので、足でさっと払いのける。

 とろみある空気の中を跳ねるよう線路の上に赤とんぼ飛ぶ
                      中西寒天

「とろみある」という形容がいい。いかにも秋の空気という感じがする。そのとろみの中をゆっくりと飛ぶ赤とんぼ。懐かしさと心地よさが伝わってくる。

 リコーダーを復習ふ子けふは二音のみシソシソシソシソ七夕近し
                      西山千鶴子

小学生が家でリコーダーを吹いているのが聴こえる。苦手な音のところだけ繰り返し練習しているのだろう。結句「七夕近し」が季節を感じさせて良い。

 コロッケを揺らして帰る道端に朝顔の芽の双葉のみどり
                      吉原 真

肉屋か総菜屋でコロッケを買って帰るところ。何でもない日常の一こまだが、「コロッケを揺らし」「双葉のみどり」に幸せな気分がうまく出ている。

 七夕も雨 締まりをらむ玄関の鍵をまはせば鍵の締まりぬ
                      篠野 京

家の鍵を開けようとしたら、既に開いていて、反対に閉めてしまったのだ。「七夕も雨」という初句も含めて、ちぐはぐでうまく行かない感じが滲む。

 こはいから殺したいのと女生徒が蜘蛛を追ひつむ箒を持ちて
                      森永絹子

「こはいから殺したいの」という台詞はよく考えるとけっこう怖い。蜘蛛が現実に何をするわけでもないのだが。人間の心理を鋭く突いている歌だ。

 轢かれたる蝉はかたちを失くしたりただ色だけを路上にのこし
                      吉田京子

蝉の色だけが模様のようにアスファルトに残っていたのだ。描写が的確で映像が目に浮かぶ。死んで地面に落ちた蝉のこの世での最後の姿。

 帆船のごとく背中を膨らませ夏服の子ら湖へと下る
                      丸本ふみ

湖へ向かって子どもたちが坂道を駆けていくのだろう。白いシャツの背中が風に大きく膨らむ。季節も天気も未来も、すべてが明るさに溢れている。

 騙し絵の鳥に見られるあなたとの朝の食卓、夜の食卓
                      岡田ゆり

ダイニングの壁に飾られている一枚の絵。下句「朝の食卓、夜の食卓」がいい。現実と絵の世界が入れ替わってしまうような不思議な感じがある。

 「つぎのかげまで競争だ」子供って暑いことさえ遊びにできる
                      松岡明香

強い日差しが照り付ける夏の日。大人は無駄な体力を使わないようにひっそりと歩くが、子どもたちは日陰から日陰へと走って行く。汗をかきながら。

posted by 松村正直 at 14:56| Comment(2) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする