
357首を収めた第1歌集。
店灯りのやうに色づく枇杷の実の、ここも誰かのふるさとである
みりん甘くて泣きたくなった銀鱈の皮をゆつくり嚙む夏の夜
墓石にかけようと買つてきた水の、ペットボトルに口つけて飲む
水の色、にはあらざれどみづいろのとんぼ過(よぎ)りつ池のほとりを
新郎と呼ぶとき君は新郎のやうだよきみが結婚をする
円卓をまはせばここに戻りくる あと一人分の酢豚をさらふ
衣ばかりの海老天のごときわが生を年越しそばにおよがせてゐる
母の通ひ詰めたるパチンコ店三つひとつもあらずふるさと日暮れ
ただいまと君が言ふ家の暗がりをこんにちはと明るく言ひて通りぬ
この夏をいかに過ごしてゐるならむ花火のひとつでも見てればいいが
ほむら立つ山に出湯のあることのあたりまへにはあらず家族は
二枚目は焼き方あさきトーストをきみの母から受け取つてゐる
おそるおそる立ちて待ちをり皆知らぬ人ばかりなる立ち食ひうどん
力の限りあなたをおもふぎゆつと眼をとぢても潰れない二つの目玉
筋肉のいづれ動かせばこの顔が笑顔になるかとおもひて動かす
1首目、巻頭歌。上句から下句へのつなぎ方に味わいがある。
2首目、銀鱈のみりん漬けを食べているところ。皮の食感が伝わる。
3首目、墓石にかける水も飲む水も同じ水であるということ。
4首目、美しい歌。「水の色」「みづいろ」の表記が効いている。
5首目、同性の「きみ」への思いはこの歌集の表には出ないモチーフだ。
6首目、全員が取り終わって残った分がまた回ってきたのだ。
7首目、細い海老がまとう大きな衣が汁の中にふやけていく。
8首目、個性の強い母への愛憎半ばする思いは繰り返し歌に出てくる。
9首目、同性の「君」の実家を訪ねた場面。「暗がり」「明るく」の対比。
10首目、会わずにいる母を詠んだ歌。「花火のひとつでも」が哀しい。
11首目、序詞的なつなぎ方。家族はいつでもバラバラになり得る。
12首目、用意されていた一枚目と、食べ終えてから焼く二枚目の違い。
13首目、確かに立ち食いうどんの店は「皆知らぬ人ばかり」感が強い。
14首目、「潰れない二つの目玉」に、ぎゅっと閉じる感じが強く出ている。
15首目、鏡に向かって表情を作っているところ。字余りの粘りのある調べ。
かなりクラシックな文語から今どきの口語まで幅広い言葉が使われているのが特徴。ざらりとした手彫りのような感触を持った文体である。ふるさと、母、食べ物に関する歌が多い。
状況の説明は少なく、歌の背後に何か隠れている気配が濃厚に感じられる。その簡単には言えない何かが、この歌集の大きな魅力にもなっている。
2018年8月8日、現代短歌社、2500円。