2010年から16年までの作品375首を収めた第2歌集。
冒頭に引っ越しの一連があり、何だか暗いトーンだなと思って読み進めていくと〈空の壜捨てるこころは痛みおり婚解きにゆく霜月の朝〉という歌があって事情がわかる。
コンビニに似た明るさの古書店で買いたり『和泉式部日記』を
艶やかなグランドピアノに負けぬよう肩剥き出しに女は弾けり
あばら骨状に並んだ団地見ゆ塗り替えられた白さ鋭く
ひつまぶし三種の食べ方楽しみて吐息のような白湯を飲みたり
駅頭に夜の花屋は開かれて影ごと花を売りさばきおり
分度器の薄れた目盛りを思い出す秋のひかりが睫毛に触れて
妙に軋む雨の日の椅子 売り上げと関わりあらぬデータ打ち込む
描かれた陽は透きとおる厚らかに塗り重ねたる油彩のなかに
鋭角に葱切りゆける包丁は大雪の夜に父が砥ぎたる
名刺として鱗いちまいずつ配り人に戻りて乗る銀座線
1首目、昔からある古書店は薄暗いが、ブックオフはとても明るい。そこで買うのが古典であるというのも、妙にちぐはぐな感じ。
2首目、「剥き出し」という語の選びに、女性であることの痛みを感じる。
3首目、「あばら骨状」がいい。地図などで見ると確かにそんなふうに見える。
4首目、そのまま、葱とわさび、お茶漬け。「吐息のような」に満足感が滲む。
5首目、明るい花に寄り添うように「影」があるという発見。
6首目、分度器の目盛と目の縁にある睫毛。言われてみればよく似ている。
7首目、三・四句目から自分の仕事に対する徒労感のようなものが伝わる。
8首目、厚く塗りかねているのに透明感があるのが不思議なのだ。
9首目、葱を切る場面に父が包丁を砥ぐ場面がオーバーラップする。
10首目、仕事を終えて素顔の自分に戻るところ。人魚のイメージでもあるし、羽を抜いて機を織る鶴のようでもある。
2017年7月1日、短歌研究社、2500円。