兄姉を持たざるわれが妹にその味をきく法事の席に
大橋智恵子
作者は長女なのだろう。年上のきょうだいがいるというのはどんな気分なのか、妹に聞いてみたのである。「味」という言葉の選びがいい。
シャッターを上げた幅だけ陽のさして一生(ひとよ)をおえし
金魚を映す 中村佳世
陽の光が死んだ金魚の姿を浮かび上がらせている。「シャッターを上げた幅だけ」という描写が巧みで、場面が見えてくる。
おとろえる猫に添いつつ短篇をいくつも読んで夏が過ぎゆく
桶田夕美
年老いた猫がいるので、なかなか外出もできないのだ。長篇に没頭する気分にもなれず「短篇」を読んでいるところに実感がある。
春光は明朝体と思うとき文字で溢れる僕たちの庭
千種創一
春の明るく鮮やかな光を「明朝体」のようだと感じたのだろう。二人の庭に無数の明朝体の文字が躍っている。
優秀なデジタルカメラは外壁に描かれし啄木のかほ認識す
逢坂みずき
文学館などを訪れた場面だろう。カメラの顔認識機能が、壁に描かれた顔にピントを合わせたのだ。「優秀な」にユーモアが感じられる。