鴉啼き、雀囀り、犬吠えて、やがて人間が雨戸繰る音
おこのみやき焼き疲れたるゆうぐれに焼いて食うとぞおこのみやきを
腹ふくれて店出でしとき松の木のかたえに地蔵の前垂れ赤し
死にかけの蟬咥えきて翅もぎて脚もぎて部品となしゆくはよし
かなぶんが狗尾草(えのころぐさ)の穂を抱けばはつか撓いて平衡得たり
エンジンをかけたるままのトラックの窓に対なす足の裏見ゆ
複写機がホチキスどめまでするからににぎりめし二個食い終わりたり
口頭に聞きてメモする懲罰の「けんせき処分」また「ゆしかい雇」
妻とゆきし伊豆大島の思い出がロープに揺るる雑巾となりて
蛇の肉はげしくつつく嘴のしばしば瓦に打ちつくる音
1995年から2010年までの作品380首余りを収めた第1歌集。
作歌期間から考えて相当に厳選したにちがいない。
仕事の歌、職場の歌、そして食べたり食べられたりする歌が多い。仕事関係だろうか、パリ、ネバダ、台湾、香港、北京、広州など海外詠もある。
1首目、屋外から聞えてくる音の順序によって、巧みに朝の時間の流れを表している。
4首目、猫が蝉の身体をバラバラにしているところ。「よし」と肯定的に捉えているのが印象的だ。
5首目、飛んできたカナブンが止まってしばらく揺れていた狗尾草の穂が、また動かなくなるまで。映像的で美しい一首。
6首目、建築現場や道路作業などの昼休みか。「対なす足の裏」が簡潔でいい。
9首目、「○○旅館」などと書かれたタオルが、今では雑巾となっているのだ。
10首目、蛇の肉を食らう鴉。この暗い激しさは、作者が心に秘め持つ激しさでもあるのだろう。
2015年12月1日、現代短歌社、2500円。