2015年06月01日

秋葉四郎編著 『茂吉幻の歌集『萬軍』』


副題は「戦争と斎藤茂吉」。

昭和20年に「決戦歌集」の一冊として八雲書店から刊行される予定だった斎藤茂吉の歌集『萬軍(ばんぐん)』。結局未完に終った『萬軍』の成立の経緯やその後を記すとともに、巻末に『萬軍』の茂吉自筆原稿の影印を収める。

『萬軍』は既に私家版と紅書房版(昭和63年)の2種類が世に流布している。著者は『萬軍』の全ての歌を検証し、自筆原稿とそれらの版との異動を明らかにしている。資料的にも価値の高い一冊と言っていいだろう。

『萬軍』と直接関係ないのだが、昭和17年2月号の「日の出」に掲載された「東條首相に捧ぐる歌」というものが載っている。8人の歌人が東條英樹に捧げた歌である。

東條首相にまうしていはく時宗のかのあら魂に豈おとらめや
                 斎藤茂吉
北の元(げん)撃ちしは北條驕米(けうべい)を東に屠る東條英機
                 逗子八郎
胆甕のごとき時宗か大日本背負ひて立てる東條英機
                 金子薫園

8人のうち実に3人が、東條英機を北条時宗になぞらえている。今から見ると奇異な印象を受けるのだが、おそらく当時は太平洋戦争と元寇を重ね合わせることが一般的に行われていたのだろう。

佐佐木信綱が太平洋戦争の開戦を詠んだ一首も、そういう文脈で読むと理解できる。

元寇の後(のち)六百六十年大いなる国難来る国難は来る
                 佐佐木信綱『黎明』

1281年の弘安の役から1941年の開戦まで660年という歌であるが、当時はこうした受け止め方に実感があったのだろう。

2012年8月28日、岩波書店、2100円。

posted by 松村正直 at 22:19| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする