石垣島へ移り住んでからの歌275首を収めた第4歌集。
パイナップル景気も遠い物語マンゴー農家が徐々に増えゆく
指笛を鳴らしつつ行く子どもあり豊年祭が近づいてくる
手土産のパウンドケーキ焼く午後の一回休みという幸もある
一度だけ雪が降ったという記憶島の古老の夢かもしれぬ
耳ふたひら海へ流しにゆく月夜 鯨のうたを聞かせんとして
カタツムリの殻を砕きて土に混ぜ器を焼きし頃の八重山
石は石を産むことあらず水底の沈思となりて冷えびえとあり
もっともっと産みたかったよ一年中花咲く島をずんずん歩く
落ちて来る最初の雨滴受けようと窪めるときの手のやわらかさ
集合写真に小さく円く穿たれた一人のような沖縄 今も
1首目、今はやりのマンゴーも、やがて「遠い物語」になってしまうのかもしれない。
3首目、「一回休み」という言葉をプラスの意味に転じたところがおもしろい。
4首目は美しい歌。実際にあったことなのか夢の話なのか、もはや確かめる術はない。
6首目、上句に生々しい手触りがあって印象に残る。
8首目、亜熱帯性気候の植物の繁茂する様子や、沖縄が都道府県別の出生率で一位であることなどを踏まえて読むといいのだろう。
10首目、基地問題などにおける沖縄の扱われ方。結句「今も」が、薩摩による侵攻、明治の琉球処分、戦後のアメリカによる統治といった歴史を思わせて、ずしりと重い。
沖縄の自然や暮らしを詠んだ歌が印象に残る一方で、社会問題を詠んだ歌にはやや深みが足りないように感じた。
2015年4月19日、書肆侃侃房「現代歌人シリーズ」、2000円。