永井隆が死の直前に編んだ随筆集の文庫版。
先日、奥出雲の永井隆記念館を訪れた際に購入した一冊。
熱が続いて、食べ物がまずい。何かおいしい物はあるまいか?……と、あれこれ考えていると、おのずから頭の中に浮かんできたのが、子どものころ、母が食べさせてくれた、ヤブカンゾウのおひたし……。あれは出雲の国の山奥、斐伊川(ひいかわ)に沿った村でした。
幼少期を過ごした奥出雲の記憶は晩年になっても鮮明であったようだ。「食卓に出されたヤブカンゾウのおひたしは、長い冬ごもりをした私たちの目に、天地の春を一皿に集めて盛ったように見えました」とある。
また、永井は「アララギ」で短歌を作っていたこともある。
(…)その杉山の向こうの谷は六枚板という地区で、火傷によく効く冷泉が湧いた。斎藤茂吉先生が歌集「あらたま」を編集なさったのは、その湯の宿であった。
ここで斎藤茂吉に対して「先生」という敬称を用いているのは、そういう経歴ゆえなのだろう。永井の短歌は、『新しき朝』という遺歌集にまとめられている。
全体にカトリックの信仰や神についての話が多いので、信者でない人には読みにくい部分もあるかもしれない。けれども、子育てや原爆に関する話など、今に通じる話も多い。
ところが人間というものは、はじめはびっくりしたことでも、だんだん慣れてくると、そうたいしたことではなかったかのように思うようになりがちであります。
これは原爆のことを言っているのだが、3・11の原発事故にも当て嵌まることのように感じる。
1996年1月30日発行、2010年6月15日5刷、サンパウロ、680円。